ジャータカ物語十七

これは師が竹林精舎に滞在されたとき、ダイバダッタが自分は如来だとうぬぼれたことに関連して語ったことである。

ダイバダッタは禅定力と名声を失ったが、「まだ何か方法があるはずだ」と考えて、世尊に五つの要求を出し、それが認められなかったため和合を破り、まだ法と律に習熟していない五百人の修行者を引きつれて、ガヤーシーサで独自の教団を形成した。そのため世尊は、それらの修行者の智慧が熟するのを待って舎利弗尊者と目連尊者を派遣した。

二人の高弟がやって来るのを見たダイバダッタは、自分の教団に加わるために来たと勘違いしてよろこび、夜に法を説くときには如来の威厳を示そうと、「舎利弗尊者よ。修行者たちは疲労も倦怠もしていない。彼らと法の議論をなせ。私は痛む背中を伸ばしたい」と言って獅子臥(ししが)で眠りについた。すると二人の高弟は修行者に法を説いて道果を悟らしめ、すべての修行者を竹林精舎に連れもどした。

僧院がからになっているのを見たコーカーリカは、ダイバダッタのもとに行き、「ダイバダッタよ。二人の高弟が僧院をからにして去ったのに、あなたは眠っているのか」と言って上着をはぎ取り、かかとで胸をけりつけた。そのためダイバダッタの口から血が流れ出し、彼はそれ以来病気になった。

二人の高弟が帰ってきたとき世尊がたずねた。

「そなた達が行ったとき、ダイバダッタはどうしたのか」

舎利弗尊者が答えた。「尊師よ。ダイバダッタは私たちに威厳を示そうと如来の姿で横たわり、大きな災難を招いたのです」

「彼が私に従わずに災難を招いたのは、今だけのことではない」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はたてがみの長いライオンとして生まれ、ヒマラヤ地方のカンチャナグハーに住んでいた。ある日、ライオンは住み家を出て大きなあくびをし、あたりを見回して遠吠えをすると、獲物を探しに出かけた。そして大きな水牛を倒して上等なところを食べ、湖の水を腹一杯飲んで住み家に帰ったが、そのとき餌を探し歩いていたジャッカルがライオンに出くわし、逃げることができなかったのでライオンの前にひれ伏した。ライオンがきいた。

「一体どうしたのだ」

「旦那さま、私はあなたに仕えたいのです」

「よろしい。ついてきなさい。上等の肉を食べさせてやろう」

それ以来ジャッカルは、ライオンの食べ残しを食べてみるみる太っていった。ある日ライオンがジャッカルに言った。「山の上からあたりを見渡して、象でも馬でも水牛でも食べたい獲物を見つけたら、私のところに来て礼拝して言うがよい。これこれの肉が食べたくなったので、旦那さま、ご威光を現して下さい、と。そうすれば私がそいつを倒して食べ、お前にも肉を分けてやろう」

それ以来ジャッカルは、食べたい動物を見つけるとライオンの前にひざまずき、ご威光を現して下さい、と言った。するとライオンは、たとえそれが狂象であってもただちに倒し、上等な部分だけを自分が食べ、残りをジャッカルに与えた。ところがジャッカルは時がたつにつれて驕慢になり、こう考えるようになった。

「ライオンが四つ足なら私も四つ足だ。どうして毎日、残り物ばかり食べていていいものか。私も象を倒して食べてみよう。ご威光を現して下さい、という私の言葉のおかげでライオンは象を倒すことができるのだから、ジャッカルよ、威光を現せ、とライオンが言えば、私も象をかみ殺すことができるはずだ」

そしてライオンのところへ行って頼んだ。「旦那さま。私はずっとあなたが殺した獲物を食べてきましたが、一度、自分で象を倒して食べてみたいのです。だから今度は、私がカンチャナグハーに坐り、あなたが象を見つけて私のところに来て、ジャッカルよ威光を現せと言って下さい。それだけが私の望みです」

するとライオンが言った。「ジャッカルよ。象をかみ殺すことができるのは、ライオン族に限るのだ。象を倒して食べるジャッカルなどこの世にいない。そのようなことを言うのはやめよ」

ところがそう言われてもジャッカルはあきらめずに何度も頼んだので、「それなら私の住み家で寝ているがよい」と言って山の上からあたりを見渡し、大きな象を見つけるとジャッカルに言った。「ジャッカルよ。威光を現せ」

ジャッカルはカンチャナグハーを出ると大きくあくびをし、それからあたりを見渡して三度吼え、そして「象の顔に噛みついてやろう」と跳びかかったが、象はたちまちジャッカルを地面にたたきつけ、踏みつけて粉々にし、その上にふんを落とし、叫び声をあげながら森へ入っていった。それを見たライオンが詩をとなえた。

「お前の頭も肋骨も

 こなごなに砕けてしまった

 いまこそ威光を現せ

 ジャッカルよ」

ライオンは命のあるかぎりそこにとどまり、やがて生前の行為に応じた世界に生まれ変わって行った。さらに世尊が言われた。「そのときのジャッカルはダイバダッタであり、ライオンは実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一四三話

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