ジャータカ物語十四

これは師が竹林精舎に滞在されたとき、ダイバダッタに関連して語ったことである。あるとき修行者たちがダイバダッタの不徳について話しあっていた。

「友よ。ダイバダッタは、世尊の満月のごとき輝かしきお顔や、三十二相(さんじゅうにそう)と八十種好(はちじっしゅごう)で飾られた光明を放つお姿を見ても、心が清浄になることなく嫉妬心を起こしている。仏は戒と定と慧と解脱と解脱智見をそなえていると人々が言うと、そうした賞讃を聞くことに耐えられず嫉妬心を起こしている」

そこへ世尊がやって来た。

「修行者たちよ。ここに集まって何の話をしているのか」

「これこれのことです」

「ダイバダッタが私に嫉妬するのは今だけのことではない。昔もそうであった」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔、マガダ国の王舎城である王が国を治めていたとき、菩薩は象の胎内に入った。その象は全身真っ白で姿も美しかったので、王はその象を自分の乗用とし、祭の日になると町を天の都のように飾りつけ、美しく飾った象に乗って、多くの家臣を従えて町を回った。

すると象を見た人々が口々に言った。「何と美しい。あの歩き方、あの姿、あのような象は転輪聖王の乗り物にふさわしい」。この賞讃を聞くや王は象に対して嫉妬心を起こし、「象を崖から落として殺してしまおう」と考えた。そこで象使いにきいた。

「この象をしっかり訓練したか」

「よく訓練しました。王さま」

「それならベープラ山の崖を登らせることはできるか」

「できます。王さま」

王は象使いを象の背にすわらせて崖を登るように命じ、登りおえると象を絶壁の上に立たせるように命じた。そして「お前はよく仕込んであるといったが、ならばそこで三本足で立たせてみよ」と命じ、象が三本足で立つと「今度は二本の前足で立たせてみよ」と命じ、それもできると「後ろ足で立たせてみよ」と命じ、さらに「一本足で立たせてみよ」と命じ、それでも象が崖から落ちないのを見ると、「今度は空中に立たせてみよ」と命じた。

それを聞いた象使いは、「王は象が崖から落ちて死ぬことを望んでいるのだ」と得心し、象の耳元でささやいた。「王はお前が落ちて死ねばいいと思っている。この王はお前にはふさわしくない。お前に力があるなら、空を飛んでバラナシへ行くがよい」

するとその瞬間、象は軽々と宙に浮いた。象使いが王に言った。「大王よ。福徳をそなえたこの象は、あなたのような不徳な王にはふさわしくない。愚か者は宝物を得てもその価値を知らず、宝も名声も失ってしまう」。そして詩をとなえた。

「たとえ名声を得ても

 愚か者は自らわざわいを招き

 自分も他人も

 傷つけてしまう」

それから象は空を飛んでバラナシへ行き、バラナシ王の宮殿の上で停止した。町の人々は空中に立っている象を見ておどろき口々に言った。「象が空を飛び、王の庭の上にやってきた。何とすばらしいことだ」。空飛ぶ象の報告を受けた王は、庭に出て象に呼びかけた。「私を喜ばせるために来たのなら、下りてきなさい」

象はゆっくりと地上に降り立ち、象使いは象から下りて王に挨拶した。「どこから来たのか」と王がたずねると、象使いは「王舎城からまいりました」と言って来た理由を説明した。すると王は「よくぞ来られた」と心から満足して言い、領土を三つに分け、三分の一を象に、三分の一を象使いに与え、残りの三分の一を自分のものにした。

象が来てからバラナシ国は繁栄し、やがて全インドがバラナシ国の領土となり、王はインドで最高の王になった。王は布施などの善行をおこない、生前の行為に応じた次の世に生まれ変わって行った。

最後に世尊が言われた。「そのときのマガダ王はダイバダッタであり、バラナシ王は舎利弗尊者であり、象使いは阿難尊者であり、象は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第122話

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