ジャータカ物語十二

これは世尊が祇園精舎に滞在されたとき、ある名前を気にする修行者に関連して語ったことである。悪者という名の良家の息子が教えに帰依して出家した。ところが他の修行者から、「立ちなさい。悪者。ここへ来なさい。悪者」と言われるのが嫌になって考えた。「悪者というのは不吉でいやな名前だ。幸せを意味する別の名前にかえてもらおう」

そこで規範師や親教師のところへ行き、「尊師よ。私の名前は不吉です。別の名前にかえて下さい」と頼んだが、「友よ。名前というのは単なる符号にすぎない。名前によって利益があるのではない。今の名前で満足しなさい」と諭された。しかしそれでも納得できず何度も頼みに行ったので、彼が名前を気にしていることが知れ渡ってしまった。

ある日、修行者たちが集まってそのうわさをしているを見て、世尊がたずねた。「修行者よ。ここに集まって何の話をしているのか」

「これこれのことです」

「彼が名前を気にするのは今だけのことではない。過去にもそうであった」。世尊はそう言って過去の話をされた。

昔、タキシラで、菩薩はその地方第一の先生となって多くの弟子たちに呪文を教えていた。その中に悪者という名の若いバラモンがいた。その弟子は「こちらへ来なさい。悪者。あちらへ行きなさい。悪者」と人から言われるのが嫌になって考えた。「私の名は不吉だ。もっといい名前にかえてもらおう」

そして先生のところへ行って頼んだ。「先生。私の名前は不吉です。別の名前を付けて下さい」。すると先生が言った。「遊行して気に入った名前を見つけて来なさい。そうすればその名を付けてあげよう」

彼は「分かりました」とさっそく出発し、ある町に到着した。そこではジーバカ(生きている)という名前の男が死んだばかりであった。彼は男が墓場に運ばれるのを見て親族にたずねた。

「この人は何という名前ですか」

「ジーバカという名前です」

「ジーバカという名前でも死ぬのですか」

「ジーバカも死にます。アジーバカ(生きていない)も死にます。名前はただの符号にすぎません」

都へ行くと、ダナパーリー(財産を守る者)という名の召使いの女が、主人に縄で打たれていた。彼は主人に尋ねた。

「なぜこの人を打つのですか」

「借金を返さないからです」

「彼女の名前は何ですか」

「ダナパーリーです」

「ダナパーリーという名でありながら、借金も返せないのですか」

「ダナパーリーも貧乏し、アダナパーリー(財産を守らない者)も貧乏します。名前はただの符号にすぎません」

森の中を歩いていると、道に迷っている男に会った。

「あなたは何でそんなに急いでいるのです」

「道に迷ったからです」

「あなたの名前は何といいますか」

「パンタカ(旅行家)です」

「パンタカという名前でも道に迷うのですか」

「パンタカであっても、そうでなくても道に迷います。名前は単なる符号にすぎません」

タキシラに帰ると先生がたずねた。

「いい名前が見つかったかね」

「先生、ジーバカも死にます。アジーバカも死にます。ダナパーリーも貧乏し、アダナパーリーも貧乏します。パンタカも道に迷い、アパンタカも道に迷います。名前はただの符号にすぎません。名前で幸福は得られず、行為によって得られます。私に別の名前は必要ありません」

先生はそれを聞いて詩をとなえた。

「ジーバカが死に

 ダナパーリーが貧しく

 パンタカが森で迷う

 パーパカ(悪者)はそれを知って帰ってきた」

最後に世尊が言われた。「そのとき名前を気にしていた男は、今の名前を気にしている修行者であり、そのときの弟子たちは今の仏弟子たちであり、先生は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第九七

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