ジャータカ物語十一

これは師が完全なる涅槃(ねはん)に入るべく臥していたとき、「こんな小さな町で涅槃に入らないで下さい」という阿難(あなん)尊者の言葉に関連して語ったことである。

あるとき世尊が言われた。「私が祇園精舎に滞在していたとき、ナーラ村生まれの舎利弗(しゃりほつ)尊者はカッティカ月の満月の夜にバラカで完全なる涅槃に入り、目連(もくれん)尊者はカッティカ月の黒い部分が半分になったとき完全なる涅槃に入った。最上の弟子たちが涅槃に入ったのだから、私もクシナガラで涅槃に入ろう」

そして遊行を続けてクシナガラにいたり、沙羅双樹の下で北枕に臥すと、ふたたび立ちあがることはなかった。そのとき阿難尊者が言った。「世尊よ。こんな小さな町の郊外の木の茂った場所で、完全なる涅槃に入らないで下さい。王舎城など大きな町でお入り下さい」

すると世尊が言われた。「阿難よ。ここを小さな町の郊外の木の茂った場所と言ってはならない。昔、私が転輪聖王(てんりんじょうおう)であったとき、私はここに住んでいた。そのときここは十二ヨージャナもある宝珠の壁に囲まれた大きな都であった」。そしてさらに詳しい話をされた。

そのとき木の下に置かれた七宝でできた寝台に、マハースダッサナ王が右脇を下に横たわっていた。そのやつれた姿を見てスバッダー王妃が言った。「王さま。ここにあなたのクサーバティーを初めとする八万四千の都があります。だから元気をお出し下さい」

「王妃よ。そのように言ってはならぬ。欲を持ってはいけない、欲を捨てなさい、と言うべきである」

「なぜですか。王さま」

「私は今日死ぬからである」

王妃はその言葉を聞いて涙を流し、八万四千の侍女たちも涙を流し、大臣たちも一人として涙をこらえられる者はいなかった。王は「泣いてはいけない」とみなをなだめてから王妃に言った。「王妃よ。形成されたものは胡麻の実ほども常住なものはない。すべては無常であり、壊れる性質を持っている」。そして詩をとなえた。

「形成されたものは無常である

 生じては滅することを本質とする

 生じ滅することの

 寂滅こそが安楽である」

それから王は、「布施をしなさい。戒を守りなさい。おこないを慎みなさい」と説き、天界に生まれ変わっていった。

最後に世尊がいわれた。「そのときのスバッダー王妃はラゴラ尊者の母であり、王の長子はラゴラ尊者であり、その他の人々は仏弟子たちであり、マハースダッサナ王は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第九五話

もどる