ジャータカ物語十

これは世尊が祇園精舎に滞在されたとき、ある恋に落ちた修行者に語った話である。舎衛城の良家の息子が世尊の教えに心服して出家したが、舎衛城を托鉢して回っているとき、一人の着飾った女性に恋をした。そのため規範師と親教師が、その修行者を世尊のところへ連れていった。世尊がたずねた。

「修行者よ。そなたが恋をしているというのは本当か」

「本当です。世尊」

「修行者よ。五欲の楽しみはそれを享受しているときは好ましいものだが、地獄などに生まれる原因となる。それはキンパッカの実を食べるに等しいことである。キンパッカの実は色も香りも味わいも備わっているが、食べると内蔵が破れて命がなくなる。多くの人がそれを知らずに食べて命を落とした」。そう言って過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は隊商の長となって五百の荷車をひきいて西の国へと向かい、ある森の入口に到着したとき人々に警告して言った。「この森には毒の実をつけるキンパッカという木がある。だからこれまでに食べたことのない木の実は、私に確認せずに食べてはいけない」

一行は森に入るとすぐにキンパッカの木を見つけた。木にはたわわに実がなっており、木の姿も、実の形や色や香りも、アンバに似ていた。そのため一部の者はアンバとまちがえてその実を食べ、ほかの者は確認してから食べようと隊長が来るのを待っていた。その実を見ると隊長はすぐに実を捨てさせ、食べた者には吐かせて薬を与えたが、命を失った者もあった。こうして一行は予定した国に到着して利益をあげ、故郷に帰って布施などの善行をおこない、生前の行為に応じた次の世に生まれ変わって行った。

話が終わると世尊は詩をとなえた。

「災難が来るとも知らずに

 愛欲を求めるものは

 結果が熟すとき苦しむ

 キンパッカの実を食べた者のように」

それから四つの真理を説き、それを聞いた修行者は聖者の最初の境地に達した。最後に世尊が言われた。「そのときの一行は今の仏弟子たちであり、隊商の長は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第八五話

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