ジャータカ物語九

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、真の利益に関して語った話である。舎衛城(しゃえじょう)に住むある豪商の息子は、まだ七歳なのに知恵が発達していて、ある日、「真の利益の入口とは何ですか」と父親に質問したが、父親は答えられなかった。

「この質問は私には難しすぎる。上は有頂天から下は阿鼻(あび)地獄にいたる世界の中で、一切智者である仏陀を除いてこの質問に答えられるものはいない」。そう考えた豪商は、たくさんの花輪と香と香油を持って、息子と一緒に世尊に会いにいき、礼拝と挨拶をして片隅に坐り、質問した。

「尊師よ。この子は知恵が発達していて、真の利益の入口のことを私に質問したのですが、私には答えられませんでした。そのためここにやって来たのです。どうかその質問に答えてやってください」

「私がこの子の質問に答えるのは、これが初めてではない。過去にも同じ質問に答えたことがあるが、この子は生まれ変わったことでそれを忘れてしまったのだ」。そう言って世尊は請われるままに過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は大金持ちの豪商として生まれ、その息子は七歳にしてすでに知恵が発達していた。ある日その息子が父親に質問した。「真の利益の入口とは何ですか」。すると豪商は詩でもって答えた。

「心と体に病がないこと、戒を守ること

 賢者に従うこと、学習すること

 法にしたがうこと、執着のないこと

 この六つが真の利益の入口である」

子供はこの六つの教えを守り、父親も布施などの善をおこない、やがて彼らはその行為に応じた次の世界に生まれ変わって行った。最後に世尊が言われた。「そのときの息子は今のそなたの息子であり、豪商は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第八四話

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