ジャータカ物語七

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、チッタハッタ・サーリプッタ長老に関連して語った話である。この長老は舎衛城の良家の生まれであったが、その良家の息子が野良仕事の帰りに僧院に立ち寄り、一人の長老の鉢から食べ物を分けてもらって食べたとき、つくづくこう考えた。「私は昼も夜も休まずに仕事をしているが、それでもこんな美味な食べ物を得たことがない。こんなことなら修行者になった方がましだ」。そして彼は出家したのであった。

ところが煩悩にとらわれていたため、出家後ひと月半で還俗してしまったが、そのとき一つの論書を習得した。そして食うに困ってまた出家し、煩悩に負けてまた還俗し、ということを繰りかえし、七度目に出家したときには七つの論書に精通する者となり、ついに禅定を深めて聖者の最高の境地に達した。そのため仲間の修行者たちが言った。

「友チッタハッタよ。今度はきみの煩悩は増大しないのか」

「友よ。私が在家生活をすることはもうありません」

修行者たちがうわさをして言った。「尊者チッタハッタ・サーリプッタは、聖者の最高の境地を得る能力が充分にありながら六度も還俗した。凡夫というものは救いがたいものだ」

そこへ世尊がやって来た。

「修行者たちよ。ここで何の話をしているのか」

「このような話です。世尊」

「修行者たちよ。凡夫の心は軽薄で制御しがたく、すぐ物に執着し、一度執着するとなかなか手放すことができないものであるが、だからこそ心を制御すればその利益と安楽は大きい」。そう言って詩をとなえた。

「心は軽薄で制御しがたく

 好むところにすぐとらわれる

 心を制御することはよいことである

 制御すれば安楽がもたらされる」

それからさらに言われた。「修行者たちよ。昔ある賢者は、一丁の鍬(くわ)を捨てられなかったため六度も還俗し、七度目に出家したときやっとその執着を捨てることができた」。そして過去の話をされた。

昔バラナシの都でブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はある貧しい農家に生まれ、鍬(くわ)賢者と名づけられ、成長すると、鍬で土地を耕して青菜、きゅうり、かぼちゃ、ひょうたんを植え、それらを売って暮らしを立てた。彼は鍬のほかには何ひとつ財産を持っていなかった。そのためある日こう考えた。「私にとって家庭生活が何になろう。出家した方がましだ」

そして鍬を人目につかない所に隠し、出家して仙人になったが、なまくらな鍬に対する執着が捨てられなかったため還俗した。こうして出家しては還俗することを六度くり返し、さすがに七度目に出家するときにはこう考えた。「このなまくらな鍬のためにくり返し還俗した。だから思い切ってこれを捨ててしまおう」

そして大河の岸へ行き、「これが落ちる場所を見たら、必ず取りに来るに違いない」と考えて目をきつく閉じ、それから鍬を頭上で大きく三回ふり回して川へ投げこみ、「私は征服した」と獅子のような雄叫びを三回あげた。

その声を通りかかったバラナシ王が聞いた。王は国境で起こった紛争を鎮圧しての帰りであった。戦いのあと、川の水で頭を洗い清め、装身具で身を飾り、象に乗って凱旋しているところであった。王が言った。「あの男は、私は征服したと言っている。何を征服したのか知りたい。あの男を呼んでこい」。そして男にきいた。「男よ。わたしは戦いの勝利者である。いま勝利を得て帰るところだ。ところでお前は何を征服したというのか」

鍬賢者が答えた。「大王よ。たとえ千回の戦い、十万回の戦いに勝利しようと、征服しがたいものがあります。それは自分の心です。私は貪欲という煩悩を征服したのです」

そして鍬賢者は大河を眺めて禅定に入り、威神力を得て空中に坐し、詩でもって王に法を説いた。

「失われる勝利

 それはまことの勝利ではない

 失われることのない勝利

 それがまことの勝利である」

この詩を聞いたとき、王は権力に対する執着から解放され、王の心に出家生活に対するあこがれが湧き上がってきた。王はさらにたずねた。

「これからどこへ行くのか」

「出家してヒマラヤで仙人になろうと思います」

「では、わしも出家することにしよう」

こうして王は世俗から離脱した。するとその場にいた軍人、バラモン、資産家、群衆も離脱し、それを聞いた周囲十二ヨージャナのバラナシの住民も離脱した。鍬賢者はそれらの群衆をひきいてヒマラヤへと向かい、群衆の列は十二ヨージャナも続いた。

そのとき神々の王、帝釈天の座が熱くなった。帝釈天はその原因をしらべ、鍬賢者が大いなる離脱をしようとしていることを知ると、大群衆であるから大きな修行場が必要になると考えて、工芸の神ビッサカンマに命じた。「鍬賢者が大いなる離脱をしようとしている。すぐにヒマラヤへ行き、長さ三〇ヨージャナ、幅十五ヨージャナの修行場を作れ」

「かしこまりました」とビッサカンマがヒマラヤ山中に道と修行場を作り、悪声を発する獣や鳥や悪鬼どもを立ちのかせると、鍬賢者がそこに群衆をひき連れて入り、広い修行場はたちまち修行者でいっぱいになった。そして全員が禅定を得て梵天の世界へ行くものとなった。

世尊がさらに言われた。「このように一度執着した心を解脱させるのは難しい。執着すれば賢者といえど智慧を失ってしまうからである」

それから四つの真理を明らかにし、その説明が終わったとき、ある者は聖者の最初の境地、ある者は第二の境地、ある者は第三の境地、ある者は最高の境地に達した。最後に世尊が言われた。「そのときの王は阿難尊者であり、徒衆は仏の徒衆であり、鍬賢者は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第七〇話

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