ジャータカ物語五

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、世の中のためになる行為について語ったことである。昔、バナラシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はその正妃の胎内に入り、命名の日にブラフマダッタ・クマーラ(梵与王子)と名付けられ、十六歳になるとタキシラで、技芸を学び、三つのベーダの奥義を究め、十八の学問を完全に習得した。そのため王は副王の地位を王子に授けた。

その頃バラナシの住民は、神々を供養する祭をおこなうとき、香や花だけでなく、山羊や豚や鶏などを殺してその血や肉も神に供えていた。副王はそれを見て考えた。「人々は祭のために多くの生き物を殺している。たくさんの人がそうした不正をおこなっている。私が王位についたなら、策を講じて一人として生き物を殺すことのないようにしよう」

ある日、副王が車に乗って都の外を走っていると、一本のバニヤン樹の大木のまわりに大勢の人が集まり、子宝や財産や名声などを樹神に祈願していた。それを見た副王は車を下り、信者のふりをして樹神に香と花と水を供え、木を右回りにまわって礼拝し都へ帰った。そしてそれからはしばしばそこへ行き、信者のようにふるまい樹神に供え物をした。

父王が亡くなって王位につくと、新王は貪欲、憎悪、迷妄、恐怖という四つの非道を避け、施し、戒め、喜捨、正直、柔和、苦行、忍耐、怒らないこと、害さないこと、争わないこと、という王の十の規範を守り、正義によって国を治めた。そして「王位につく前に私には一つの願いがあった。それをいま実行しよう」と考え、廷臣、バラモン、資産家などを集めて言った。

「そなた達は私が王位につくことができた理由を知っているか」

「存じません。王さま」

「私が郊外にあるバニヤン樹に香や花を供えるのを、そなた達は見たことがあるだろう」

「ございます。王さま」

「そのとき私は樹神に祈願し、約束した。もしも私が王位につくことができたなら、あなたのために祭をおこないますと。そして王位につくことができたのだから、私はいま祭をおこなおうと思う。そなたたちは遅滞なく準備をするがよい」

「何を準備すればよいのですか。王さま」

「そのとき私は樹神に約束した。私の王国では、殺生、盗み、邪淫、妄語、飲酒の五つの破戒行為、また殺生、盗み、邪淫、妄語、両舌、悪口、綺語、貪欲、怒り、邪見など十の不善を犯したものがいれば、その者たちを殺してその血と肉と内蔵を供えて祭をおこないます、と。だから太鼓を打って次のように布告するがよい。

我らの王は副王のとき樹神に祈願し約束された。私が王位につくことができたなら、破戒者すべてを殺して祭をおこないます、と。そのため王はいま、五種あるいは十種の戒めを破るもの千人を殺して、その者たちの血と肉と内臓を樹神に供えることを望んでおられる。王国内のすべての住民はそのように承知せよ、と」

そして王はさらに詩をとなえた。

「無智な者たち千人による

 供犠を私は約束した

 私はいま供犠をおこなう

 不正な者が多いから」

廷臣たちはさっそく周囲十二ヨージャナに太鼓を打って布告し、そのためこの王が国を治めているときには、五つあるいは十の戒めのうちの一つすら犯す者は現れなかった。こうして王は一人としてあきらめずに、国じゅうの住民に戒めを守らせ、自らも施しなどの善行につとめ、寿命が尽きると神々の都を満たそうと、徒衆を率いてそこへ生まれ変わって行った。

最後に世尊が言われた。「修行者たちよ。如来が世間のために働いたのは今だけのことではない。前世でもこのように働いたのである。そしてそのときの徒衆はいまの仏の徒衆であり、バラナシの王は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第五〇話

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