ジャータカ物語二
これは世尊が祇園精舎に滞在されたとき、一人の智慧のある女に関連して語ったことである。コーサラ国のある森の入口で三人の男が畑を耕しているとき、森の中で盗賊たちが略奪をはたらき逃走した。
そのため人々は盗賊を探しまわり、森の入口で三人の男を見つけると言った。「お前たちはさきほど森の中で略奪をはたらき、今ここで農夫のふりをしているのだろう」。そして三人を縛りあげ、コーサラ国王に引き渡した。
すると王宮に一人の女がやって来て、「私に覆いを下さい。私に覆いを下さい」と言って、泣きながら繰りかえし繰りかえし王宮を巡った。それを聞いた王が言った。「あの女に上着を与えよ」。ところが上着を与えると女が言った。「私はこんな覆いを求めていません。夫という覆いを求めているのです」
その言葉を伝えると、王は女を呼び寄せて言った。
「お前は夫という覆いを求めているのか」
「その通りでございます。王さま。女にとって夫はまさしく覆いです。夫がいなければ千金の上着をまとった女も裸同然です」
この言葉を理解するには、「水のない川は裸であり、王のいない国は裸であり、夫のいない女も裸である。たとえ女に十人の兄弟があったとしても」という言葉が経典にあることを知らねばならない。王は女の言葉に満足して言った。
「この三人はおまえの何であるか」
「王さま。一人は夫。一人は兄弟。一人は息子です」
「私はお前のいうことが気に入った。一人だけ渡してやろう。三人のうちの誰を望むか」
「王さま。私は別の夫を持つこともできますし、息子もまた授かりましょう。けれども両親はすでに亡くなったので兄弟を得ることはできません。だから兄弟を渡して下さい」。王はこの言葉に感服し、三人とも釈放した。
このできごとは修行者のあいだにも知れわたり、「友よ。一人の女のおかげで三人の男が苦しみから救われた」、と話し合っているところに世尊がやって来た。
「そなたたちは、ここで何の話をしているのか」
「これこれの話です」
「この女が三人の男を苦しみから救ったのは今だけのことではない。前世でもやはり救ったのだ」。そう言って世尊は過去の話をされた。
昔バラナシの都でブラフマダッタ王が国を治めていたとき、三人の男が森の入口で畑を耕していた。・・・以下、途中まで同じ・・・。
王が「三人のうちの誰を望むのか」と問うたとき、女はこたえた。
「王さま。三人とも渡して下さい」
「それはできない」
「ならば兄弟を渡して下さい」
「息子か夫をとれ。兄弟がなぜ必要なのか」
「王さま。夫と息子はまた得ることができますが、兄弟は得ることができません」。そう言って女は詩をとなえた。
「王よ、ひざには息子が
道を歩けば夫が
また見つかるでしょう
しかし兄弟は二度と見つかりません」
王は「この女は真実を語っている」と感服し、三人とも渡した。
最後に世尊が言われた。「そのときの四人はいまの四人であり、王は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第六七話
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