イギリスの話

平成二六年九月にイギリスを旅行してきた。イギリスは正式国名をグレートブリテンと北アイルランドの連合王国(United kingdom of Great Britain and Northen Ireland。略してU・K)といい、スコットランドがイギリスから独立するかしないかを決める国民投票が、この旅行の直前にスコットランドで行われたことからも分かるように、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、の四ヵ国からなる連合王国である。なおイギリスという言葉はイギリスでは通じない。

旅行案内書によると、イギリスの国土の面積は日本の三分の二ほど、人口は日本の約半分の六三一八万人、元首はエリザベス女王二世、政体は立憲君主制と議院内閣制、となっており、宗教は英国国教会を主とするキリスト教徒が七二パーセント、イスラム教徒三パーセント、無信仰十五パーセントとある。

この国は十九世紀には世界の四分の一を支配していた。その最盛期の大英帝国に肩を並べられるのはモンゴル帝国のみであり、そのときのイギリスの強大な国力を教えてくれるのが大英博物館の展示品である。この博物館には大英帝国が世界中から集めてきた宝物が収められているので、泥棒博物館と悪口を言われたりするが、入場無料の上に、ガラスの隔てなしに展示品を見ることができ、写真撮影も構わないという大らかさなので、あまり悪口は言いたくない。近くにある壮大な国立美術館も無料であった。

イギリスはなぜ巨大帝国を築くことができたのか。その帝国はなぜ崩壊したのか。これがこの旅行をする前に感じた一番の疑問であった。そしてその答は単純化すれば以下のようなことになると思う。

大英帝国建国の原動力は強力な軍隊であった。大きな軍事力を持っていなければ世界制覇などできないのである。そして強力な軍事力を持てた理由は、世界に先がけて産業革命をなし遂げたことであった。産業革命による生産力の飛躍的な増大が、この国に大きな富をもたらし、その富が軍事力をもたらしたのである。

そのため産業革命が他の国々に及んだとき、大英帝国は軍事的にも経済的にも衰退し、植民地が次々に独立したことで崩壊した。その繁栄は植民地搾取の土台の上に築かれたものだったので、いつまでも続くはずはなかったし、続いてはならなかったのである。そして繁栄を享受した人々が身に付けた怠け癖のためにさらに社会が停滞した、ということであろう。

誰しもものごとが順調にいっているときには、他人の苦しみや悲しみに思いが及ばず、殺すなかれ、盗むなかれ、という当たり前のことさえ忘れてしまうのであるが、おごる平家は久しからず、夏が過ぎて秋が来るように、因果応報の付けはいつか回ってくるのである。

とはいえ大英帝国は多くの遺産をイギリス国民に残した。その中で最大のものは、大英博物館の展示品ではなく、英語が世界共通語になっていることであろう。そのことは、日本語が世界共通語になっていたらどれほど便利かを考えれば納得できる。

ここからはほめ言葉。イギリスはきわめて緑豊かな国であった。町を少し離れると、道路ぞいに木が壁のように生い茂っており、対向車が来たときにはその木の壁に幅寄せするため、バスのサイドミラーは傷だらけになっていた。しかもロンドンの町なかの街路樹でさえ、日本では山の中でしか見ることができないような二抱えもある古木であった。そのためわずか一週間旅行してきただけなのに、帰国したとき私が住む田舎町でさえ、木がほとんど生えていないと感じたほどであった。

日本の町には大きく枝を伸ばす古木や大木は少ない。その原因の一つは、木を見ると剪定したくなる日本人の習性であろう。そしてこの習性には台風が影響していると思う。台風を心配するあまり、枝をみんな切ってしまうのであり、日本で木を伸び放題にしているのは神社の鎮守の森ぐらいである。ちなみにイギリスには台風も地震も火山噴火もないという。

イギリスの景色は北海道とよく似ていた。手入れのよく行きとどいた牧草地の眺めが北海道旅行を思い出させたのであるが、そうした美しい牧草地を眺めたときのイギリス人の感想は、「この牧草を食べて育った牛はうまいだろう」なのだという。

イギリス庭園の一番の見どころは芝生の美しさだと知ったのも、この旅行の収穫の一つであった。「隣の芝生は青い」という言葉は、芝生好きの人間の言葉なのである。またイギリス人は古木や大木を大切にする人たちでもあった。だからこの二つを合わせたもの、つまり広々とした芝生の中で大きく枝を伸ばす古木や大木、それがイギリス人の大好きなものということになる。そして実際にそうした景色をたくさん見てきたのだから、この推測は当たっていると思う。日本人が盆栽の古木を愛でるように、イギリス人は芝生と古木を愛でているのであろう。

イギリスのテレビ番組を見ていると、いつも魅力的な家や庭や町並みが登場する。今回の旅行はそういう景色を見るのも目的の一つであったが、この国ではどこでも映画撮影ができると思ったほど、そうした景色はこの国ではきわめてありふれたものだったので、自然環境や住環境を守るイギリス人の熱意には感心するしかなかった。茅葺き屋根の家がたくさん残っていることにも感心した。そうした家を維持するにはお金がかかる。だから茅葺き屋根は豊かさの象徴と見なされているという。

イギリスの交通信号は、青から赤に変わるときは、青、黄、赤、の順で変わる。これは日本も同じである。ところが赤から青に変わるときも、赤、「黄」、青、の順で変わる。もうすぐ青になりますよ、と黄色が教えてくれるのであり、これはいい方法だと思った。ただし交差点の多くは、ラウンドアバウツと呼ばれる環状交差点になっているため、信号機が設置されている交差点はきわめて少なかった。

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