ダライラマ十四世の話

ダライラマ法王の話を聴きにインドへ行きませんか、という案内がある旅行社から送られてきた。これは面白い企画だとさっそく参加申し込みをしたが、こんな旅行に参加する人がほかにいるのかと心配していたら催行決定となり、しかも参加者八名のうち六名が女性であった。その旅行がおこなわれたのは平成二五年八月下旬であった。

ダライラマというのはチベットの政治と宗教の最高指導者の称号であり、チベットではダライラマは観音菩薩の化身とされているが、現役のダライラマ十四世は「私はただの人間です」と人間宣言をしている。

チベットには活仏転生(かつぶつてんしょう)制度とでも呼ぶべき輪廻説に基づく制度がある。活仏というのは人身の仏のことであり、人身の仏が衆生済度のために生死をくり返しながらこの世に出現し続ける、というのが活仏転生である。ダライラマもその活仏の一人であるから、ダライラマが亡くなると、その生まれ変わりを探し出して次のダライラマにする、ということがおこなわれてきた。

現役のダライラマ十四世も同様であり、彼は一九三五年にチベット北東部アムド地方の小農の家に生まれた人であるが、十三世の生まれ変わりと認められて十四世となり、幼いときから英才教育を受け、十五歳で即位して正式にダライラマになったのである。

ところが中国がチベットを武力侵略したため、一九五九年三月にインドへ亡命、ダラムサラに亡命政府を樹立して中国政府と対峙、それから五五年間にわたってチベット問題の解決と衆生済度のために尽力してきた。チベット問題とは、中国がチベットを武力占領していること、チベット人を迫害していること、植民政策によりチベットを中国化していること、などの問題である。

ダライラマは一九八九年にノーベル平和賞を受賞した。この賞は「チベット問題を慈悲の心と非暴力によって解決していく」という彼の宣言と活動に対して贈られたものであり、この宣言と活動は人類にとって歴史的な大実験だと思う。慈悲と非暴力を大切にする仏教の教えと、軍事力と経済力がすべてと考えているように見える中国の独裁政権のやり方と、はたしてどちらが人類のために貢献するか、どちらが歴史の流れに大きな影響を与えるか、見守っていきたいと思う。

ダライラマが亡命したのは正解であったと思う。亡命せずにチベットに残っていたら、傀儡政権のボスとして協力させられたあげくとうに殺されていたと思う。彼がこれまでに味わった悲しみや失望などのことを考えると、私がかかえている苦労などものの数ではないと思えてきて元気が出てくる。

チベットは現在、中国領チベット自治区となっているが、実際には自治はまったくおこなわれていない。そのためダライラマはチベット人による自治の実現を当面の活動目標としている。チベットの独立をいくら叫んでも中国が受け容れるはずがない。そのため話し合いで達成できそうな自治の実現を目標にしたのであろう。

ダラムサラの町はインドの首都デリーから北へ六百キロ、平原地帯を過ぎて山岳地帯に少し入った所にあり、町の人口は二万人ほどであるが今はその半分がチベット人だという。ダライラマは町の中ではなく、イギリス人が避暑地として開いたアッパーダラムサラと呼ばれる標高千八百メートルの山上に住んでいる。おそらくそこの涼しい気候が気に入ったのだと思う。晴れていればそこからヒマラヤが見えるといわれたが、雨期の最中だったので一度も見えなかった。

ダラムサラにあるチベット亡命政府は、二階建てと三階建ての小さな建物四つからなる小さな政府であった。インドに住むチベット人は十三万人ぐらいというから、その人口を管轄する日本の市役所に比べても規模は小さく、しかもインドに間借りしている状態なので、軍隊や警察を持つことはできず、警備の組織はあっても武器は所持できず、ということで、法話の会の会場警備はインドの警察がおこなっていた。なおインドにおけるチベット仏教の中心的な施設は南インドにある。

昨年までは毎年二千人ほどのチベット人が、チベットからインドへ密入国していたという。そういう人はまずダラムサラに来てダライラマに会い、それから亡命政府の援助で落ちつき先を探していたが、中国が国境警備を厳重にしたため今年はまだ十人しか入国していないという。

インドはそうしたチベット人を無制限に受け容れているのだから、ふところの深い国である。国土が広い上に、もともと多民族が混在する国なので、こうしたことが可能なのであろうが、将来チベットが独立することになれば、親インド反中国の国になるのはまちがいなく、それはそれほど遠い未来のことではないかもしれない。しかも中国がチベット支配のために使っている費用よりも、インドがチベット人のために使っている費用の方がはるかに少ないと思う。

インド人の中にチベット人に対する反発がないのかときくと、もちろんある、だからダライラマは慎重な気配りをしているという返事であった。ところが旅行中こんなことがあった。ダラムサラでチベット人の工房を訪ねたとき、日本人にはアメ玉が配られたのに、インド人のガイドはもらえなかった。そのためガイドはインド人に対する感謝の念が足りないと言って怒っていた。こういう小さなことが国民感情を左右するのであろう。

ダラムサラにはチベット難民の子供を預かって教育する、チベット子供村という全寮制の学校がある。その幼児から高校生までが学ぶ学校に、通訳の日本人女性が連れて行ってくれた。彼女はこの学校に二人の息子を通わせていたということで、そのため授業中の教室の中や寮の中まで自分の家のように案内してくれた。現在の生徒数は二千人ほどだが多いときには三千人をこえていた、そのときは一つのベッドに二人寝ていた、この学校でもっとも重視する教育は利他の心を育てることである、などの話がここで聞いた話の中で印象に残った。

     
集会の様子

今回の法話の会は韓国の仏教徒が施主であった。中国の強い影響下にある韓国では、ダライラマを自国に招いて法話の会を開くことなどできない。そのためダラムサラで開いているというのである。こうした法話の会が、韓国、台湾、シンガポール、インド、モンゴル、ロシア、などの仏教徒が施主になって年に六〜七回、この地で開かれているという。

それに対してダライラマを自国に招くことができる日本の仏教徒は、国内で法話や法要の会を開いている。中国政府がそのたびに嫌がらせをしてくるのは、ダライラマの影響力を怖れているからである。その影響力の中にはノーベル平和賞受賞の重みから来るものもあるが、その人柄にふれることで多くの人がダライラマのファンになるという影響力も大きい。つまりファンになった人たちはその反作用でみんな中国嫌いになってしまうのであり、ダライラマが世界各地を飛び回るたびに反中国の人間が増えていくのだから、中国政府がいら立つのも無理はない。

この目の上のたんこぶを取り除こうと、中国政府がダラムサラに暗殺団を送り込んだという情報が昨年流れた。そうした状況なので会場の警備は厳重であり、荷物の検査も徹底していた。

法話の会は法王公邸前にあるチベット寺院の中で、平成二五年八月二五日から三日間おこなわれ、参加人数は公式発表がないのでよく分からないが五千〜七千人ぐらい、その中には欧米人も多く含まれていたし、旅行中の日本人やダラムサラに長期滞在している日本人も十数人来ていた。

ダライラマは本堂の中央正面で法話をおこない、その部屋には施主の韓国人五百人ほどが詰め、その外側の部屋が日本人を含むその他の外国人やチベット人に割り当てられ、本堂周辺にもチベット人がたくさん詰めかけていた。マットを敷いた床の上に直接坐るので、みんなお尻の下に敷くクッションを持ってきていた。私は宿のバスタオルをクッション代わりにした。

ダライラマはチベット語で法話をおこない、それをマリア・リンチェンというチベット名(おそらく受戒名)を持つ日本人通訳が逐次通訳した。長年ダライラマの通訳をつとめている彼女が、前もって法王が見える一番いい場所を占領してくれていたので、法王が話す姿を直接見ることができたし、設置されたモニターで大写しの顔を見ることもできた。また初日の法話のあとには、法王が日本人の席に立ち寄ってみんなと握手をしてくれた。

私たちの場所は法王がよく見える場所なので、目の前の通路にチベット人がやって来ては、靴を脱いでダライラマに向かって礼拝していた。そうした姿を見ていると次第にこちらの心も高揚してきて、こういう場に身を置き、こうした雰囲気を味わうことができただけでも、ダラムサラに来たかいがあったと感じた。

法話は午前と午後の二時間ずつの予定であったが、朝八時から十二時までの四時間ぶっ通しの時間割に変更され、始まるとすぐパンとチベットのバター茶が配られ、十時ごろトイレ休憩、そのあとインド式のお茶が出て、終了後には中庭で希望者に食事も提供された。それらの費用も施主が負担するのである。

法話のときダライラマは坐りっぱなしで四時間休むことなく話していたが、聴いている方はトイレに行ったり、お茶を飲んだり、お喋りしたり、居眠りしたり、チベット服で着飾った子供たちが通路を走りまわったりと賑やかであった。おめかししてはしゃぎ回る子供たちの姿は日本の七・五・三の行事を思い出させた。

チベット仏教は世界に広まっていくだろう、というのが今回の経験から得た感想であった。その理由としては、まずインドに亡命したことでチベット人が英語を身に付けたことが挙げられる。これは布教する上で大きな強みである。

つぎの理由は、国と宗教の存亡の危機にチベット人が立たされていることである。仏道修行は本気になるかならないかが分かれ目であり、戦う相手は自分の心であるから本気になれば必ず勝つが、本気にならなければ必ず負ける。そして人間はせっぱ詰まらなければ本気になれないものである。つまり大きな危機感をもつチベット人は本気になりやすいと思うのである。

第三はチベット仏教の理屈っぽさである。これは理屈に弱い日本人には合わないと思うが、理屈っぽい欧米人には向いていると思う。もっとも同行者にこのことを言ったら、「理屈に疲れている欧米人には理屈を捨てていく日本の仏教の方が合う」という意見が出た。また「ブッダや観音菩薩の姿を心に思い描く瞑想が、仏像になじみのない欧米人に受け容れられるとは思わない」という意見もあった。

チベット仏教はヒマラヤを越えてインドから直輸入されたきわめて理屈っぽい仏教であり、そのおもな輸入先はいまも広大な遺跡が残るナーランダ寺である。理屈っぽい人間が住むインド直輸入の理屈っぽい仏教ということで、学ぶには論理学が不可欠とされており、そのためダラムサラにはチベット仏教論理大学という学校がある。

実はチベット仏教と同じ内容の仏教が日本にも伝来している。それは奈良時代から平安時代にかけて奈良で栄えた南都六宗(なんとろくしゅう)と呼ばれる仏教で、その中の律宗(りっしゅう)は戒律を学ぶ学派、倶舎宗(くしゃしゅう)はチベット仏教でも必修とされる説一切有部(せついっさいうぶ)の倶舎論を学ぶ学派、成実宗(じょうじつしゅう)は説一切有部を批判する経量部(きょうりょうぶ)を学ぶ学派、法相宗(ほっそうしゅう)は唯識を学ぶ学派、三論宗(さんろんしゅう。三論とは中論、百論、十二門論)はチベット仏教でいちばん重視される中観派(ちゅうがんは)の空の教えを学ぶ学派に相当する。ただし華厳宗(けごんしゅう)は中国で成立した宗派なのでチベット仏教には存在しない。

チベット仏教ではこのあたりまでが顕教(けんぎょう)に含まれ、このあと密教を学ぶことになるらしい。ところがこうした理屈っぽい仏教は日本人の肌に合わず、やがて日本化された鎌倉仏教に取って代わられることになる。私がチベット仏教は日本人に合わないと思うのはそのためである。

現在、奈良の東大寺は華厳宗、薬師寺や興福寺は法相宗の寺になっているが、昔は一寺一宗ではなく一寺で複数の教えを兼学しており、六宗すべてを兼学する寺もあった。なお六宗に真言宗と天台宗を加わえたものを八宗、さらに禅宗と浄土教を加わえたものを十宗としている。

帰途にシーク教の大本山、アムリトサルの黄金寺院に立ち寄った。この寺院の一角では毎日一万食もの食事が、宗教や人種にかかわりなく無料で提供されており、たくさんの人が途切れることなく食べに来ていた。人々の空腹を満たすこうした活動は効果が大きいと思う。ここには無料宿泊所もあって四〇年ほどまえ私はそこで数泊したことがある。

それらの活動のための資金はすべて寄付でまかなわれており、給仕や皿洗いなどの仕事もすべて奉仕活動で運営されている。ターバン姿で世界中を駆けめぐって仕事をしているシーク教徒には金持ちが多い。そういう人がどんどん寄付してくれるのであろう。奉仕活動をしている人には気さくな人が多く、カメラを向けるとみんなポーズをとってくれた。

     
ダライラマ法王の言葉

以下に法王の言葉をご紹介したい。ただし聴きながらメモしたものなので内容はあまり正確ではない。

人類五千年の歴史の中で宗教はあらゆる面、とくに平和を守る面で人間の役に立ってきた。ところが最近は科学技術の発達のおかげで物質的、肉体的には豊かになってきたが、宗教的なこと、心の中のことが忘れられつつある。ほとんどの人は外ばかり見ていて、心の中を見る人は少ない。しかし五感を通して得られることで心は救われない。また心が豊かになることもない。

平和と幸せを守るにはルールを守って正しく生きることが必要であり、それは個人も国家も同じである。世界全体を幸せにするという考えがなければ、自分の国も自分自身も幸せにはなれない。幸せも苦しみも、ものの考え方から起こる。そしてそれは自分が作り出したものなので変えることもできる。動物は苦を避けることしかできないが、人間はそうであってはならない。

心の平和を築くには苦を消滅させなければならない。苦しみは自分がその原因を作っている。

苦の原因は煩悩と、煩悩にもとづく行為である。心のあり方を正しくすることで苦を断滅させることができる。

釈尊は因果の法則を説いた。それは悪いことをすれば苦を受けるという法則である。悪とは他を不幸にすること、苦しめることである。正しく生きていれば心の平安は得られる。

幸せの達成を生きる目的とするべきである。そして幸せを得るには智慧を学ばなければならない。智慧は何を為すべきか、何を為すべきでないかを教えてくれる。

よりよく生きるためには利他の心を育て、利己主義をなくしていくことが必要である。そうすれば宗教を持つ持たないにかかわらず、今世の中でもよい結果が現れ、自分も世界も幸せにすることができる。

よき人間として生きることが幸せに生きることになる。それぞれの宗教の教えを守り、自己規制をおこない、五感の対象に引きずられないことが大切である。

自分が恵まれた状態にあることを知るべきである。したいことができるというのは、きわめて恵まれた状態なのである。

宗教には神を認める宗教と、認めない宗教がある。しかし神性はすべての人に備わっている。仏教は神を認めず、無我と無常を説いている。無我を説くのは仏教だけである。心と体の支配者である独立した自我の存在を仏教は認めていないが、世俗のレベルでは自我は存在している。

仏教の目的は心を正すこと、考え方のまちがいを正し、考え方をよりよく変えていくことにある。私たちは二十一世紀の仏教徒にならなければいけない。それには学ぶことが大切で、仏教とは何か、仏陀とは何か、を知らなければ二十一世紀の仏教徒ではない。

仏教の目的は悟りを開き仏陀になることである。

釈尊は偉大だからその言葉をすべて信じてもよい、と考えてはならない。了義(りょうぎ)と未了義を見きわめなければいけない。了義は真実の教え、未了義は方便の教えである。信じる前にそうしたことをよく確かめなければいけない。

悟りを妨げているものは無知である。だから正しい教えを学び、無知をなくしていかねばならない。よく分析し、智慧を開き、信心を確立していくことが大切であり、祈るだけではいけない。

説一切有部、経量部、唯識、中観という四つの学派がある。下の段階の学派から順に学ぶことが推奨されている。

チベット仏教には百のお経と、二百のその解説がある。

病気によって薬はかわる。だからこれが最高の薬だというものは存在しない。理性によって考え、選び、自分に合ったものを信じる。しかし他も大切にしなければならない。

瞑想には分析的と一点集中の二つがある。

仏教のテキストを読んでよく理解し、それを瞑想を通して身に付けていく。愛や慈悲、空や無我には形がない。だからその意味を知らなければイメージできない。瞑想の対象をよく理解し、瞑想によってそれを自分になじませていくのである。

師とする人の資質をよく調べ、それから師を決めるべきである。そのためには十二年かかってもかまわない。師の資質の第一は戒を守っていること。第二は寂静な心を持っていること。第三は物事の本質を見る智慧を持っていることである。

生は突然訪れる死で終わる。明日の朝が先に来るか、それとも死が先に来るか、それは誰にも分からない。人として生まれたこの生涯を意義あるもののために使いたい。

仏教徒なら死に直面したとき穏やかに死を迎えることができるよう訓練するべきである。

私は自分が皆さんとまったく同じ人間だと思って話をしている。自分が観音菩薩の生まれ変わりだなどと思ってはいない。

来世の幸せを求めるには因果の教え、悟りを得るには中観の縁起が必要である。来世の幸せは一時的なものであり、空の理解、無我の理解を高めることが究極の目的である。

怒りを根絶するには空を知ることが必要である。

苦しみのない真実が存在する。

空はタキシラで生まれ、ナーランダで広まった。般若の智慧は母、そこから仏陀が生まれてくる。

空や無我にキリスト教徒は首を突っこまない方がよい。神も空であるとなると神への信心を妨げることになる。

一切智が最終目的である。心の汚れを落としていくなら一切智を得られる。一切智がなければ利他を完全になし遂げることはできない。

心の本質は光り輝く智慧である。それを知らないことから輪廻は起こる。しかし心の汚れは一時的なものである。

空の瞑想と菩提心の瞑想の二つがたいせつである。

菩提心を起こすことよりもすぐれたことはない。菩提心の馬に乗ってこの生から次の生へ、そして次の生へと幸せな旅をしていくことができる。

日本の禅宗にはすぐれた禅定の実践者がたくさんいる。その修行をする前に発菩提心を実践すればよいと思う。


「菩提心生起の言葉」

すべての有情を救済しようという願いによって

仏法僧の三宝に

悟りの神髄に至るまで

常に私は帰依いたします


智慧と慈悲をもって精進し

すべての有情を利益するために

私は仏陀の御前に

完全なる菩提心を生起します


この虚空が存在する限り

有情が存在する限り

私も存在し続けて

有情の苦しみを取り除くことができますように

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