今昔物語その二十三

今は昔、ある国に、殺生や放逸などの悪事をおこなうこと限りなしという男がいた。そうした歳月を積み重ねているのを見かねた人が、男に教えて言った。「罪を作った者は必ず地獄におちる。それでもいいのか」

ところが男はこの言葉を信じようとはせず、「地獄におちるなどと、まったくのそら言だ。そんなことがあるはずがない」と言って、ますます殺生と放逸のかぎりを尽くした。そうこうするうちに男は重い病にかかり、やがて死を迎えた。そのとき男はその命終の場に火の車がやって来るのを見た。男は底知れぬ恐怖に襲われ、智慧のある僧をまねき嘆き悲しみながら言った。

「我れは長年もっぱら罪を作って生きてきた。罪を作ると地獄におちると人が忠告してくれても、そんなことはそら言と思いやめなかった。ところが死に臨んだ今、目の前に火の車がやって来て我れを連れて行こうとしている。罪を作る者は地獄におちるというのは本当であった」

後悔して泣く男の話を枕元で聞いていた僧が言った。「汝は長年、罪を作れば地獄におちるということを信じなかったが、火の車を見て今は信じるのか」

「火の車が現れたからには深く信じる」

「されば弥陀の念仏を称うれば、必ず極楽に往生するということを信ぜよ。これも仏が説かれた教えである」

これを聞いた病人は掌(たなごころ)を合わせて額に当て、南無阿弥陀仏とたしかに千度称えた。

「火の車はまだ見えるか」

「火の車は消えてなくなり、今は金色の大きな蓮の花が一輪見える」

そう言って男は息絶えた。僧は貴いことと感激し涙を流した。

出典「今昔物語集。巻第十五。第四十七話」

もどる