今昔物語その二十一

今は昔、陸奥の国の新田(にった)郡に小松寺という寺があり、そこに玄海という僧が住していた。この僧はもとは世俗の生活をする人であったが、妻子と世俗を捨ててこの寺に住してからは、ひたすら仏の道に心を掛け、昼は法華経一部、夜は大仏頂(だいぶっちょう)真言を七辺、誦すことを欠かさなかった。

あるとき彼は夢を見た。それは、にわかに左右の脇につばさが生え、西に向かって飛んでいくという夢であった。そして千万の国を飛びすぎると妙なる世界に行き着いた。その世界はすべてが七宝(しっぽう)でできていた。そこに下り立って我が身をよく見ると、大仏頂真言を左のつばさ、法華経の第八巻を右のつばさにしていた。その世界の宝樹、楼閣、宮殿などを眺めながらめぐり歩いていると、一人の聖人が現れて言った。

「汝は自分がどこへ来たか知っているか」

「知りません」

「ここは極楽世界の一隅である。汝はすぐ元の国に帰るがよい。あと三日したらここへ迎えよう」

玄海はこの言葉を聞くや、行ったときのごとく飛んで帰り、そのとき夢が覚めた。その間、弟子たちは「師は死んでしまわれた」と言って嘆き悲しんでいたが、生き返った玄海が夢のことを話して聞かせると、みな感激し貴ぶこと限りなかった。

その後、玄海はいよいよ心をこめて法華経と大仏頂真言を誦し、三年後に亡くなった。極楽世界の三日はこの世の三年に相当するのである。

出典「今昔物語集。巻第十五。第十九話」

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