今昔物語その十九
今は昔、円融(えんゆう)天皇の御代(みよ)に、宮内卿高階良臣(くないきょう・たかしなの・よしおみ)という人がいた。良臣は優れた才を持ち主であり、特に文の道に優れ、若く盛んなときは朝廷に仕えて官位は思いのままであった。
ところが老境に入ると深く仏法を信じ、現世の名声や物欲を捨てて後世の極楽往生を願い、昼夜に法華経を誦し、寝ても覚めても弥陀の念仏を称え、天元三年の正月ごろから身に病を受けたが、わずらいながらも怠ることはなかった。
病は癒えることなく七月になり、明後日に死ぬというとき小康を得た。それを見て妻子眷属は喜ぶこと限りなかったが、良臣は僧を請じて髻(もとどり)を切り、戒を受けて出家した。すると病が癒えたように心持ちが良くなり、妻子眷属にもろもろのことを言い残して七月五日に亡くなった。臨終のときには、空に妙なる音楽が聞こえ、にわかにすばらしい香りが家中に満ち、酷暑のころですぐに遺体が臭うはずであったが、数日経っても臭うことはなかった。
出典「今昔物語集。巻第十五。第三十四話」
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