中陰の話

近くのお菓子屋さんに、「中陰の法要で使うお菓子を買いに来た人に、中陰のことを説明する文書をお渡ししたいので」と頼まれ書いたのがこのお話である。心をこめて法要をおこなうには、その法要のことをよく知っていなければならないと思う。

     
初七日(しょなぬか)

初七日の守護仏(しゅごぶつ)は、悩みや障害を焼き尽くしてくれる不動明王(ふどうみょうおう)です。

人が亡くなったあとの四十九日間は、中陰(ちゅういん)と呼ばれる大切な法要の期間になっています。この中陰のことを説明するには、まず輪廻(りんね)のことを説明しなければなりません。仏教は輪廻を説いています。

輪廻というのは、車輪がころころと回転しながらどこまでも転がっていくように、生まれかわり死にかわり、死にかわり生まれかわりしながら、どこまでも命が相続していくことを意味しています。私たちは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天、の六道(ろくどう。六つの世界)を輪廻するといわれています。

そしてこの世で死んでから次の世に生まれるまでの間に、四十九日間の中休みの状態があるとされており、その期間を中陰と呼んでいます。中陰には「この世と次の世とのあいだの中間的な存在」の意味があり、「陰」は「存在」というような意味で使われる仏教用語です。

つまりこの中陰の間に、来世どこに生まれるか、何に生まれ変わるか、といったことが最終的に決定されるということから、七日ごとに供養の法要をおこなっているのです。

     
二七日(ふたなぬか)

二七日の守護仏は、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)です。仏教の教祖お釈迦さまは、二千四百年ほど前のインドの聖者です。

あの世の入口では、エンマ大王を代表とする十人の裁判官が待ちかまえていて、七日ごとに裁判がおこなわれ、その判決により来世が決まります。この十人の裁判官を十王(じゅうおう)といいます。

裁判は浄玻璃(じょうはり)の鏡の映像を証拠として進められます。この鏡に生前の行為が明らかに映し出され、反論する余地のない証拠になるのです。またこの世で作った善悪の行為の重さをはかる「業(ごう)の計り」も登場します。

この裁判にはもちろん弁護人もつきます。それは守護仏になっている十人の仏さま達、つまりこの文のはじめに書いてある守護仏です。

この裁判によって私たちは自らの欠点を自覚し、生まれかわり死にかわりしながら修行を積んで欠点を克服し、やがてはみんな仏さまへと成長していきます。すべての人は仏さまに成るための道を歩いているのであり、現在の生活もその修行の一部なのです。

     
三七日(みなぬか)

三七日の守護仏は、智恵を授けてくださる仏さまとして有名な文殊菩薩(もんじゅぼさつ)です。

エンマ大王の裁判では、「因果の法則」により裁かれます。そのためまずこの法則のことをご説明します。

因果の法則とは「原因と結果の法則」、つまり物事はすべて原因があって結果がある、だから原因を変えれば結果も変わる、原因を無くせば結果も無くなる、という法則です。世界は因果の法則にしたがって動いている、宇宙は無数の因果関係で成り立っている、というのが仏教の基本的な世界観です。

仏教はこの法則を人生に対しても適用し、「善いことをすれば善い報いがある、悪いことをすれば悪い報いがある」という道徳律を見出しました。これは仏教の背骨というべき大事な教えであり、これを納得すればそれだけで聖者の位に入るといわれます。

二宮金次郎さんがこんなことを言っています。「世の中には方角や日でもって禍福吉凶(かふくきっきょう)を占う人がいるが、そうしたことはみんな迷信だ。良くなるのも悪くなるのも、すべてその人の心とおこないが招いた結果なのだ。善いことをすれば善い報いがある。悪いことをすれば悪い報いがある。これが万古不変の法則である」

つまり来世どうなるかは、この世における生き方で決まる、善いことをすれば善い所、悪いことをすれば悪い所に生まれ変わる、ということです。エンマ大王の裁判は、この因果の法則を分かりやすく説明するための方便といえます。

     
四七日(よなぬか)

四七日の守護仏は、心を統一する力を授けてくださる普賢菩薩(ふげんぼさつ)です。

仏教は過去世、現在世、未来世の三世(さんぜ)にわたる因果関係を説いています。これは、過去世の生き方によって現在世の境遇が決定され、現在世の生き方によって未来世の境遇が決定されるという法則です。

仏教が三世因果を説く一つの理由は、悪いことばかりしていても恵まれた生活をして安らかに死んでいく人もある、善いことをたくさんしていても貧しい生活をして苦しみながら死んでいく人もある、というようにこの世のことだけ見ていると、善因善果、悪因悪果の法則が成り立たないと思うことがたくさんあるからでしょう。つまり過去世や未来世まで含めた大きな時間の流れの中で見れば、因果の法則は間違いなく成立しているというのです。

仏教は輪廻(りんね)を説くとともに、輪廻からの解放を説いています。つまり悟りを開いて仏さまになった人は、輪廻から解放され、迷いと苦しみのこの世界に二度と生まれてくることはないのです。ならばどうなるのかというと、大安楽なる根元の命に帰っていきます。

     
五七日(いつなぬか)

五七日の守護仏は、お地蔵さまです。

七日ごとに行われる中陰の法要は、亡くなった人のためにおこなう援護射撃、あるいは裁判所に出す嘆願書、のようなものです。読経には大きな功徳があります。その功徳を亡くなった人に回向(えこう)して安楽を祈るのが中陰法要の目的です。またこの法要は、亡くなった人への感謝の気持を表明する場であり、残された人たちが悲しみを共有する場でもあります。

ところで、中陰のときには仏壇のとびらを閉めなければならないのか、という質問をされたことがあります。閉めている家が多いのですが、これは開けておくべきです。中陰の間といえど、お仏壇の本尊さまやご先祖様を放っておいてはいけません。読経の時にはまず仏壇の本尊さまに回向し、それから中陰の法要をおこなうべきでしょう。

     
六七日(むなぬか)

六七日の守護仏は、弥勒菩薩(みろくぼさつ)です。五十六億七千万年後に人々を救うために出現する仏さまであり、今は兜率天(とそつてん)で修行中です。

私が住んでいる地域では、中陰の法要を逮夜(たいや)と呼ぶことがありますが、逮夜という言葉は本来、法要の日の前夜を意味しています。中陰の法要は夕方におこなうことが多く、その場合は当日ではなく前日の夕方に行うことになっていることから、中陰法要を逮夜と呼ぶようになったのでしょう。

京都や大阪あたりでは、三十五日で中陰法要を終了することがあります。中陰が三ヵ月にわたるときは、三月(みつき)は身につくに通じて良くないと、三十五日を満中陰とするのですが、これはまったく根拠のない語呂あわせです。

三十五日で中陰を終了する本当の理由は、四十九日間では長すぎるということでしょう。現代人は忙しいから仕方のないことかもしれませんが、できるだけ四十九日までおこなうべきです。

     
満中陰(まんちゅういん)

満中陰の守護仏は、私たちの心と体の病気を治してくださる薬師如来(やくしにょらい)です。

今ではほとんど見られなくなりましたが、忌(き)に服するとか、喪(も)に服するということが、昔はおこなわれていました。今でも満中陰を忌明け(きあけ)と呼ぶことや、「喪中につき年賀状を失礼します」のハガキに、そのなごりがわずかに残っています。

忌や喪に服する期間は、亡くなった人との関係によって変化するので簡単には言えないのですが、同居している家族が亡くなったような場合、満中陰の法要が終わるまでが忌中、一周忌の法要までが喪中、と考えればいいと思います。

中陰の間、亡くなった人は香りを食物にするといわれています。お香を絶やさないようにするのはそのためですが、火事の心配があるので外出のときは必ず火を消してください。

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