今昔物語 その十五 

今は昔、世に一宿(いっしゅく)の上人と呼ばれる僧がいた。名を行空(ぎょうくう)といい、出家の後は住所を定めず、ひとところに二宿することなく、ましてや庵を作ることはなかったので、一宿の上人と呼ばれたのであった。

上人は若くして法華経を習い、昼に六部、夜に六部、合わせて毎日十二部、読誦することを欠かさなかった。また三衣一鉢(さんえいっぱつ)すら持たず、その他のものも蓄えず、身に付けているのは法華経一部だけであった。

上人が歩いているとき、道に迷うことがあれば見知らぬ童子が現れて道を教え、水のない所であれば見知らぬ女が現れて水を与え、食べ物がなくて飢えれば食べ物を与えてくれる人が現れた。また法華経の功徳により、貴く気高い僧と夢のなかで語らうとか、高貴な俗人が現れて付き添ってくれる、などの奇特なことが数多くあった。

そうして旅を続けたので、五畿七道(ごきしちどう。日本全国)のなか至らざる所なく、六十余国で見ざる国もなかった。老いを迎えたとき上人は九州にいた。齢九十にして法華経を読誦すること三十余万部に達し、命終のとき「普賢菩薩と文殊菩薩がお出でになられた」と言って貴い様でこの世を去った。

出典「今昔物語集。巻第十三。第二十四話」

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