今昔物語 その十一

今は昔、醍醐(だいご)天皇の御代(みよ)に、実のならない大きな柿の木が、京都五条の道祖神が祀られているあたりにあった。実のならない木には神がよりつくといわれるが、その言葉の如くその木の上に忽然と仏が現れたことがあった。

その仏はきわめて貴いお姿で、めでたき光を放ちながら、空から雨のごとく様々な花を降らせていた。そのため京都中のあらゆる人々が数限りなく集まりきて、車を止めることもできないほどの人だかりとなり、こうして拝み騒ぎしながら六、七日が過ぎた。

当時、光大臣(ひかるのおとど)と呼ばれる深草(ふかくさ)天皇の皇子(みこ)がおられた。この大臣はたいへんに智恵のある聡明な人だったので、このような形で仏が出現されたことに納得がいかなかった。そして「まことの仏が突如として木の上などに現れなさるはずがない。これはおそらく天狗のしわざであろう」と考え、さらに「こうした幻術は七日を過ぎることはない。だから今日行って正体を見届けてやろう」と考えた。

そこできちんと装束を身につけ、高位の者が乗る立派な車で供ぞろえも美しく出立し、柿の木に到着すると、集まった群衆を追い払って車を止め、車の簾(すだれ)を高く巻き上げさせた。見上げると確かに木の先に仏がおられる。金色の光を放ちながら雨のごとく花を降らせているお姿はまことに限りなく貴い。

大臣は真正面に仏を見据えると、まばたきもせず二時間ほど見つめていた。仏は光を放ったり、花を降らせたりしていたが、じっと見つめられることに耐えきれなくなったのか、ついに大きなトビの姿を現し、木にぶつかってつばさを折りながら転げ落ちてきた。これを見た群衆は「なんと奇怪なことか」と唖然とし、ばたつくトビは走り寄った子供たちに打ち殺されてしまった。

「やはり思った通りだ。まことの仏が突然木の上に現れるはずがない。そんなことも分からずに、多くの人が大騒ぎしながら伏し拝むというのは愚かなことだ」。こう言って大臣は帰っていった。

出典「今昔物語巻第二十。第三話」

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