今昔物語 その九

今は昔、西の京に鷹使いの男がいた。男はその仕事が好きで好きでたまらなかったので、寝ても覚めても鷹のことばかり考えていた。鷹を手にとまらせたまま夜を明かしたこともあった。鷹小屋の止まり木にはいつも鷹が七、八羽も並んでおり、犬も十匹、二十匹と飼っていた。男の子がたくさんいたので、その子供たちにも鷹の使い方を仕込んでいた。

そして夏に鷹を訓練するときには数知れぬ多くの生き物を殺し、冬には毎日のように野に出て雉をとり、春になれば朝早くから鳴き声をまねて誘い出しては雉をとる、という歳月を重ねて男は老いを迎えた。

ある日のこと、男は風邪をひき、気分がすぐれず、夜も寝つけなかったが、明け方やっとまどろむことができた。ところがそのとき奇妙な夢を見た。雉になった自分と妻子が、嵯峨野にある大きな墓地に住んでいる夢であった。

それはひどく寒い冬が過ぎて、やっと春になったばかりのときだったので、雉になった男は「ひなたぼっこでもしよう。若菜でも摘もう」と妻子を引きつれて巣穴から出てきた。そして暖かな気持ちのよい日和に誘われて、子供も妻もてんでに若菜を摘んだり遊び戯れたりしながら、巣穴から遠く離れていった。

そのとき突然、太秦(うずまさ)の北の森のあたりで人の叫び声が起こり、大小の鈴の音が大空にひびき渡った。それを聞くと急に胸がふさがり、いたたまれないほどの恐怖に襲われた。高いところに上って見ると、駿馬(しゅんめ)にまたがった数人の男が嵯峨野を散らばり来るのが見えた。錦の帽子をかぶり、まだら模様の狩衣(かりぎぬ)を着た男たちが、鳴りひびく鈴をつけた鬼のような鷹を手に据え、飛び立とうとする鷹を手に引きもどしつつやって来るのであった。さらに笠をかぶった男たちが、杖を突きながら馬の前を歩いてくるのも見えた。その男たちはみな大きな鈴をつけた獅子のような犬をつれていた。

この様子を見、鈴の音を聞くと、目の前が暗くなり心も乱れ、「これは大変だ。早く妻子を呼び戻して隠れよう」とあたりを見回したが、ちりぢりになっているため呼び戻せず、気が動転して西も東も分からないまま深いヤブに逃げ込むと、近くのヤブに最愛の長男が隠れていた。

すぐに犬飼いや鷹飼いが近づいてくる。犬飼いは杖でヤブを打ち払いながら犬に臭いをかがせている。「これはえらいことだ。どうしよう」と思っていると、一人の犬飼いが長男が隠れているヤブに近寄ってヤブを打ち、折れ伏したススキを犬が嗅ぎまわっている。

「もうだめだ」と思った瞬間、長男は耐えきれずに飛び上がった。それと同時に犬飼いが大声で叫び、雉の位置を確認した鷹飼いが鷹を放った。長男が高く飛んでいくところを鷹は下から羽根を攻撃し、長男が力尽きて下りてくるところを、さらに下から飛びかかって腹と頭をつかみ、一緒に地上に転げ落ちた。そこに犬飼いがすばやく走り寄って鷹を引きはなし、長男の首の骨をねじり折った。悲鳴がひびき渡り、それを聞くと切り裂かれるような悲しみが体をつらぬいた。

「次男はどうしているか」と思って見回すと、次男が隠れているヤブに犬が近づいていく。「ああ、危ない」と見ているうちに、犬が飛びかかって次男をくわえ上げ、羽ばたきもがくところに犬飼いが走り寄り、首の骨をねじり折った。

「三男はどうした」と見れば、三男がいるヤブにも犬が寄っていく。そして耐えきれずに三男が飛び上がったところを、犬飼いが太い杖で頭を打って落とした。

「子供はみんな死んだ。せめて妻だけでも生き残ってくれ」と生きた心地もなく見ていると、犬飼いが近づく前に妻は北の山に向かって飛び立った。鷹飼いがこれを見つけて鷹を放ち馬を走らせる。妻は飛ぶのが早く、遠く離れた松の木の下のヤブまで飛んで逃げた。ところがすぐに犬がそのヤブに走り込んで妻をくわえ、鷹飼いは松の木に止まった鷹を手に戻した。

自分が隠れているヤブは、草やイバラが高く生い茂るヤブだったので、その中に深く身を隠していたが、五、六匹もの犬が近づいてきたためついに隠れていることができなくなり、北の山に向かって飛びだした。そのとき空には多くの鷹が高く低く飛んでおり、自分を見つけるとすぐに追いかけてきた。下では犬が鈴を鳴らしながら駆けてくる。鷹飼いは馬を走らせ追ってくる。犬飼はヤブを打ちつつ迫ってくる。

その中を飛んで辛くも深いヤブの中に逃げ込んだが、鷹は鈴を鳴らして犬に居場所を教え、犬はそれをたよりにあたりを嗅ぎ回る。声をからして叫ぶ犬飼いの声が雷のようにひびき渡る。逃れる手だてはない。どうすることもできず悲しきこと限りなく、ついに湿地のヤブに逆さまに、尻を出したまま頭だけ突っ込んでもぐり込んだ。

犬が間近に迫ってくる。「もうだめだ」。そう思ったとき目が覚めた。汗をびっしょりかいていた。「夢だったのか」と思うと同時に、夢の意味を悟った。「長いあいだ鷹狩りをしてきたことが夢に現れたに違いない。これまで多くの雉を殺してきたが、雉たちはみな今夢で見たような悲しい思いをしたのだろう。たいへんな罪を作ってきたものだ」

夜が明けるとすぐに鷹屋へ行き、足のひもを切ってすべての鷹を放し、犬も縄を切ってみな追い放ち、道具もすべて焼き捨てた。そして妻子に夢のことを泣く泣く語り聞かせ、その後、山寺に登り髻(もとどり)を切って出家し、貴い上人となって日夜に弥陀の念仏を称え、十余年後に貴い最後をとげた。

出典「今昔物語集。巻第十九。第八話」

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