今昔物語その八

今は昔、池上の寛忠僧都(かんちゅうそうず)という僧がいた。その妹の尼僧は邪見な心やわがままな行いのない穏やかな人であり、生涯、嫁ぐことなく不犯を守り、常に世をいとい後世のことを心にかけていた。寛忠僧都はこの妹を哀れに思い、自分が住む寺のそばに住まわせて朝に晩に面倒を見ていた。

こうしていつしか老いを迎えると、尼僧はますます熱心に弥陀の念仏を唱えて余念なく、ひたすら極楽に往生することのみを願っていた。あるとき尼僧が僧都を呼んで言った。「私は明後日、極楽に往生します。ついては今日から不断念仏を修行しようと思います」

僧都はこれを聞いて尊びよろこび、貴い僧たちを請じて三日三晩にわたり不断念仏三昧を修した。尼僧がまた僧都を呼んで告げた。「西方から妙なる宝で飾られた御輿(みこし)が飛んできて、いま私の目の前にあります。しかしここは汚れた所なので仏菩薩は帰っていかれました」

僧都はこれを聞いて限りなく涙を流し、泣きながらも二度にわたり尼僧のために回向し、尼僧も感激して泣くこと限りなかった。あくる日、尼僧が僧都を呼び寄せて言った。「いま菩薩衆が迎えにこられました。往生のときがまいりました」。そして帳(とばり)の陰に身を隠し、念仏を唱えながら亡くなった。僧都はこれを見て泣きつつもよろこび貴び、いよいよ尼僧の往生を祈った。

出典「今昔物語集。巻第十五。第三十七話」

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