今昔物語その七

今は昔、睿桓(えいかん)という名の上人がいた。その母は若いころから人や生き物を哀れむ心の深い、正直で穏和な女性であった。

彼女は道心が強く生じたことから、ついに髪を下ろして出家して釈妙(しゃくみょう)と名乗り、出家後は戒律を守って犯さず、汚れた手で水瓶(すいびょう)を持たず、手を洗わなければ袈裟を着けず、仏前に参るときは必ず身を浄めてからお参りし、足を西に向けて寝ることもなく、西に向かって大小便をすることもなかった。

そして昼夜に法華経を読誦し、寝ても覚めても弥陀の名を唱え、念仏が百万遍に及ぶこと数百回であった。釈妙尼は常に夢を見た。仏がやって来て次のように告げる夢であった。「我れは常に汝を守護している。臨終のときには必ず迎えにくる」

そして老いを迎えて命終わるときには、顔を仏に向け、手に仏の御手(みて)に掛けた五色の糸をとり、心をこめて念仏し、心乱れることなく亡くなった。

出典「今昔物語集。巻第十五。第四十話」

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