今昔物語その二

今は昔、信濃の国に筑摩(つかま)の湯という、多くの人が「薬湯なり」として湯浴みに来る温泉があった。ある夜その温泉の里人が夢を見た。それは人がやって来て、次のようなお告げをする夢であった。

「明日の昼ごろ、観音さまがお出でになり湯浴みをするであろう。結縁のため必ずみんな来るように」

夢の中で里人はたずねた。「どのような姿でお出でになるのでしょう」

「年は四〇ばかり、髭は黒く、い草の笠をかぶり、節黒の矢筒を背負い、革を巻いた弓を持ち、紺の着物を着て、白い足袋をはき、黒作りの太刀を帯び、葦毛(あしげ)の馬に乗って来る人あれば、それはまぎれもなく観音さまである」

里人はおどろき怪しみ、夜が明けると里のみんなに告げて回った。そのため人々はこぞって湯に集まって来て、湯を替え、庭を掃除してしめ縄を引き、香と花を供えた。そして居ならび待っていると、日は移り正午を過ぎて午後二時になるころ、葦毛の馬に乗った男がやって来た。夢で聞いたのと寸分ちがわぬ顔や身なりをしていた。

その男は人々に向かって言った。「これは何事じゃ」。ところが人々はただ礼拝するばかりで答える人はいない。男は一人の僧が手をすりあわせて礼拝しているところに近づき、ひどいなまり声でたずねた。「いったい何事があったというので、みながわしを拝むのだ」

「じつは昨夜、里人がしかじかの夢を見たのです」。それを聞くと男が言った。「わしは二日前に狩りをしていて、馬から落ちて左腕を骨折した。それを湯治しようとやって来ただけじゃ。このように拝まれるいわれはない」

そう言って逃げ回るのを、人々は追いかけて大騒ぎしながら拝む。男は困り果てて言った。「されば我が身は観音だったのか。それではわしは法師(ほうし)になろう」

男はその場に弓矢を捨て、武具をはずし、たちどころに髪を切り、法師になった。それを見た人々は貴び感激すること限りなかった。たまたまこの男を見知っている者が現れ、「あれは上野(こうずけ)の国の王藤(おうどう)様ではないか」と言ったものだから、それを聞いた人々はこの男を王藤観音と呼んだ。

男は出家すると比叡山の横川(よかわ)へ登り、覚朝僧都(かくちょうそうず)の弟子になって四年ばかり横川にいたあと土佐の国へ行った。その後のことを伝え聞く人はいない。

出典「今昔物語集、巻第十九、第十一話」

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