モンゴルの民話
これは「モンゴルの民話」という本の中で見つけたお話である。
昔々、モンゴルのある所に遊牧民のお爺さんとお婆さんが住んでいた。ある朝、お爺さんがゲル(大型テントのような遊牧民の家)の外に出て周囲を眺めていると、腹をすかせたライオンが近づいてくるのが見えた。お爺さんはあわててゲルに駆けもどるとお婆さんに言った。
「大変だ。大きなライオンがやって来る。わしらを食いに来たにちがいない。どうしたらいいだろう」
「大丈夫、力の強いものが勝つとは限らない。賢いものが勝つのよ。馬を捕らえる竿を持ってライオンのところへ行きなさい。ライオンはきっと『どこへ行く』ときくから、『食料にするライオンを捕らえに行く』と答えるのよ」
お爺さんが竿を持って出ていくと、はたしてライオンがきいた。「爺さん。どこへ行く」。お爺さんが教えられた通り答えると、ライオンはびっくりして言った。「どうやっておれを捕らえるつもりなんだ。おれはお前より百倍も強いし、一撃でお前を殺すことだってできるんだぞ」
「ならば、どちらが強いか試してみようじゃないか。お前の方が強ければ、わしがお前の家来になる。わしの方が強ければ、お前がわしの家来になる。それでどうだ」
ライオンが同意すると、お爺さんは石をひとつ拾い、それをライオンに渡して言った。「この石を握りつぶして汁を出してみろ」。ライオンはさっそく全力で石を握りしめたが、つぶすことも汁を出すこともできなかった。
それを見たお爺さんは、ポケットからガチョウの卵を取り出して言った。「わしが石の汁を絞り出してやる。よく見ていろ。わしの強さを」。そしていとも簡単に卵を握りつぶし中身を絞り出して見せた。それを見たライオンは、石を握りつぶしたと信じこんで腰を抜かすほど驚き、とても敵わないと負けを認めた。そのためお爺さんの家来にされてしまい、鼻にロープを付けて乗り回されることになった。
お爺さんは三日間、家のまわりでライオンを乗り回し、四日目には弓と矢を作る柳の枝を取りに森へ行った。柳の枝はなかなか折れなかった。それを見ていたライオンが帰るときに言った。「柳の枝もまともに折れないじゃないか。お前の力はどうしたんだ」。ぎょっとしたお爺さんは、これはしくじったと思い、家に帰るとお婆さんに言った。「わしが強くないことを知られてしまったらしい。ライオンに殺されてしまうぞ」
「心配しないで」とお婆さんが請け合った。「明日の朝、ライオンが帰ってきたら、今日の夕食は何を出すんだ、と私に聞くのよ」。ライオンが帰ってきたとき、お爺さんは大きな声でお婆さんに言った。「婆さん。今日は晩めしに何を作るつもりなんだ」
「そんなに怒鳴らないで。残り物の年寄りライオンがいやなら、新鮮なライオンのすね肉で煮物を作るから」。これを聞いたライオンは肝を冷やした。「どうやらあいつらは、おれを食うつもりらしい。これは逃げ出した方がよさそうだ」
森へ逃げ込んだライオンは、そこで狐に出会った。「ライオンさん。どうしたのです。鼻にラクダのような縄が付いているじゃないですか」。ライオンが事情を説明すると、狐はあざ笑って言った。「それは爺さんにだまされたんですよ。人間にそんな力があるものですか。一緒に行って、爺さんと婆さんを捕まえましょう。私の分け前を忘れないで下さいよ」
ライオンが狐と一緒にやって来るのを見たお爺さんは、あわててゲルに駆けもどり、お婆さんと相談した。しばらくして二人が戸口に姿を現すと、お婆さんがかん高い声で叫んだ。「ずる狐、おまえは若いライオンを連れてくると約束したじゃないか。なんだってそんな骨と皮の老いぼれを連れてくるんだ」
これを聞いたライオンはひどく腹を立て、うむを言わせず狐を殴り殺し、森の中へ逃げ込んだ。それからライオンはゲルには近づかなくなったそうな。
モンゴルは草原の国、草原には警察署もなければ消防署もない。だからライオンが来ようが泥棒が来ようが誰も助けに来てくれない。何事も智慧と根性を出して自分で解決しなければならないのである。なおモンゴルの民話になぜライオンが登場するのかと疑問を持つ人があるかも知れないが、昔はアジアにもライオンがいた。現にインド国内には今も野生のライオンが数百頭生息している。
参考文献「モンゴルの民話」松田忠徳編訳 1994年 恒文社
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