竜潭崇信禅師の話

竜潭崇信(りゅうたん・そうしん)禅師は、湖北省、渚宮(しょきゅう)の餅を売る家の生まれ、生没年と俗姓は不詳、幼いときから英異な人であった。

のちに師となる天皇道悟禅師が請われて天皇寺に入ったとき、周囲の人は禅師が石頭大師の法と嗣いだ大徳とは知らなかった。崇信の餅屋は寺の門前すぐの所にあり、彼は毎日十個の餅を道悟禅師に布施していた。ところが道悟禅師は餅を受けとるといつも一つを崇信に与え、「汝に恵んで子孫を盛んにしよう」と言った。

崇信はあるとき考えた。「餅は私が持って行ったものなのに、どうして私にくれるのか。何か特別の理由があるのか」。さっそく道悟禅師に問いただすと禅師が言った。「汝が持ってきたものを汝が貰うのに何の咎がある」。崇信はこれを聞いてすこぶる玄旨を明らかにし、出家することを願い出た。すると禅師が言った。「汝はこれまで功徳を積むことを崇(たっと)んできたが、今はわが言を信ずるようになった。よって崇信と名づけよう」

こうして崇信は道悟禅師のもとで修行を始めた。一日、崇信が道悟禅師に言った。「私はここへ来てから、一度も心要(しんよう。心の肝要。法門の至極)を指示していただいたことがありません」

「汝が来てより未だかって心要を指示しなかったことはない」

「いずれの所でか指示する」

「汝がお茶を持ってくれば、受け取って飲んだではないか。食事を用意すれば、受け取って食べたではないか。汝がお辞儀をすれば、頷いたではないか。いずれの所か心要を指示せざる」

崇信はしばしうつむいて沈黙した。道悟禅師が言った。「本心を見たくば、ただそのままに見よ。少しでも思いが入ればたちまち違う」

本心のありかを悟った崇信はさらに質問した。

「如何が保持せん」

「性にまかせて自適し、縁にしたがい物にこだわるなかれ。凡心を尽くせば別に教えというべきものはない」

のちに湖南省れい(さんずいに豊)州の竜潭へ行き庵を作って住した。法嗣に徳山宣鑑(とくさん・せんかん)禅師がいる。

出典「景徳伝灯録巻十四、れい州竜潭崇信禅師」「宋高僧伝巻十、唐荊州天皇寺道悟伝(付説)」

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