大梅法常禅師の話

大梅法常(たいばい・ほうじょう。七五二〜八三九)禅師は、唐の時代の湖北省の生まれ、幼年より玉泉寺で修学し、竜興寺で具足戒を受けた。多くの経を暗唱する博覧強記の人であったが、長じては禅に志向し馬祖大師の法を嗣いだ。

初めて馬祖に参禅したとき、法常が質問した。

「如何(いか)なるかこれ仏」

「即心是仏(そくしんぜぶつ。心が仏である)」

法常はこの一言でたちまち大悟し、その後、漢の時代に梅子真(ばいししん)という人が隠棲して仙人になったと伝えられる大梅山に入り、四〇年間、ひとり悟後の修行に励んだ。あるとき塩官斉安(えんかん・さいあん)禅師の会下(えか)の修行者が、杖にする木を探して山に入り、道に迷って大梅禅師の庵にたどり着いた。僧が庵主にたずねた。

「山に入ってどれ程になられるのか」

「ただ四山の青くまた黄色になるを見るのみ」

「どうすれば山を出られるでしょう」

「流れに従って行くがよい」

このできごとを僧が塩官禅師に報告すると、禅師が言った。「私が江西にいたとき一人のすばらしい修行者を見かけた。以来まったく消息を聞かないが、あるいはその人かもしれん」

塩官禅師はその僧を大梅山に行かせて招いたが、大梅禅師は山を下りなかった。馬祖大師がこのうわさを聞き、一人の僧を大梅山にやって質問させた。

「和尚は馬師に会ったときに何を得て、この山に住しておられるのか」

「馬師は即心是仏と言った。それでここに住しておる」

「馬師は最近、違う教えを説いておりますぞ」

「どう違うのだ」

「最近は非心非仏(ひしんひぶつ)と説いております」

「それは揺さぶりというものだ。馬師が非心非仏と言おうと、私はただ即心是仏だ」

僧が帰って報告すると馬師が言った。「梅子(ばいし)熟せり」。

これよりようやく世に知られるようになり、大梅山に修行者が集まってきた。

つぎに大梅禅師の言葉をご紹介する。

「汝ら諸人、おのおの回心して本に達し、その末を追うなかれ。その本を得れば、その末おのずから至る。もし本を知らんと欲せば、ただ自心を了ぜよ」

「この心はもとこれ一切世間出世間法の根本なり。ゆえに心生ずれば種々の法生じ、心滅すれば種々の法滅す。心もし一切の善悪に付さずして生ぜば、万法はもと如々たり」

禅師は八八歳で遷化した。亡くなる直前、弟子たちに言った。「来るに拒むべきなく、往(ゆ)くに追うべきなし」。それからしばらくくつろいでいたが、ムササビの鳴く声を聞くとまた言った。「この物は他物にあらず。汝ら諸人、よくこれを護持せよ」。言いおわると示寂した。

智覚禅師延寿が讃えて言った。「師、はじめに道を得るは、即心是仏。最後に徒に示すは、物は他物にあらず。万法(ばんぽう)の源をきわめ、千聖(せんしょう。諸仏諸祖)の骨に徹す。真化は移らず。何ぞ出没を妨げん」

出典「景徳伝灯録巻七、明州大梅山法常禅師」「宋高僧伝巻十一、唐明州大梅山法常伝」

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