千手観音の話

チベットの民話の中に観音さまの話があったのでご紹介したい。チベット人は熱心な仏教徒ばかりという民族なので、民話の中にも仏教に関する話がたくさん含まれているのである。

極楽世界におられる阿弥陀さまが、あるとき私たちが住む娑婆(しゃば)世界をご覧になり、そこに生きる衆生のあまりに悲惨な姿に心を痛められた。そして阿弥陀さまの大慈大悲の心から観音菩薩が生まれ、慈悲の化身である観音さまは迷いと苦しみに満ちた娑婆世界に降り立つと、究極の安らぎの世界である智慧と真理の世界へと、休むことなく衆生を教え導いた。

ところがいくら救済しても、すぐにそれ以上の生き物が生まれてきて苦しみの声をあげる。そのため観音さまはとても全ての衆生を救うことはできないと絶望し、慈悲心と絶望感との板ばさみで、その体は粉々に砕け散った。それを見た阿弥陀さまは新しい体を観音菩薩に授けた。

その新しい体には十一のお顔と千本の腕、そして手にはあらゆることを見通す目が付いていた。観音さまは衆生済度のための機能を満載した十一面千手千眼(じゅういちめん・せんじゅせんげん)観音菩薩として生まれ変わったのである。

ところがこの体でも全ての生き物を救うことはできなかった。あまりに生き物が多く、あまりにその迷いが深かったからである。そのため悲しみのあまり観音さまは涙を流した。するとその右目の水晶の涙から白いターラー菩薩、左目の水晶の涙から緑のターラー菩薩が生まれ、二人のターラー菩薩は観音さまとともに衆生済度の活動を開始した。そのためいかなる場所、いかなる生き物であろうと、苦しむ衆生がいればただちに救えるようになった、という話である。

だから十一の顔、千の手と眼、という千手観音菩薩のものものしいお姿は、衆生済度に尽力する姿を表現したものなのである。またターラー菩薩は日本の仏教にはほとんど登場しないが、チベットでは人気の高い仏さまである。

ただし実際に千本の腕を持っている千手観音像は数が少ない。それは千本の腕を作るのが難しいからであり、多くは四二本で千手観音としている。なぜ四二本で千手観音なのかというと、四二本のうちの合掌している二本を除いた四〇本の腕が、それぞれ二五の世界の衆生を救うとされており、四〇に二五を掛けると千になるという計算である。

なお実際に千本の腕を持つ千手観音像としては、奈良の唐招提寺(とうしょうだいじ)や、大阪の葛井寺(ふじいでら)の観音像が有名である。また京都の三十三間堂の千手観音像は腕は四二本であるが、千体の観音像が堂内に安置されている。

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