吉野ヶ岳(よしのがたけ。547・0メートル)

  二〇二〇年六月九日(火)曇のち晴。暑い一日

越前五山のひとつ吉野ヶ岳は、福井市と永平寺とのあいだにある山。この山名はこの山が旧吉野村に属していたことに由来し、山上に蔵王権現をまつっていることから蔵王山(ざおうざん)とも呼ばれる。山頂の手前にある蔵王権現堂に、蔵王権現、十一面観音、多聞天、をまつっているのであるが、仏像の種類は解説板によって違いがあった。この旧吉野七村の総社とされる権現堂への参道がこの山の登山道である。

蔵王権現は修験道の祖、役の行者が奈良県吉野山(よしのやま)で感得したという修験道の本尊さま、そのため吉野山の蔵王堂には三体の巨大な蔵王権現像がまつられている。おそらくその蔵王権現を泰澄大師がここに勧請したというのがこの山の開山伝説なのであろう。二人とも霞の中の人物ではあるが、泰澄大師は役の行者の五〇年ほど後の生まれとされるから、これはあり得ないことではない。おそらく吉野村という地名も吉野山と何か関係があるのだろう。

駐車場は参道入り口に一台分、それと百メートルほど先にある千手観音をまつる下手(しもて?)神社の下に数台分。参道の入り口には鳥居と、勢いよく水が湧き出る手水(ちょうず)があり、この手水の水は冷たくておいしかった。湧水を引いているのではないかと思う。

入山者の少ない山なのか、この日は山中で人っ子ひとり会わなかった。道はほとんどが赤土の道、全体にスギとヒノキが植林されているが自然林もよく残っている。大葉ギボウシとコアジサイがよく目に付き、コアジサイは満開、ヤマアジサイも数カ所で咲いていた。山頂付近にはユズリハが多く、刈り込んだように丸くこんもりとした形の株もあった。ユズリハの新緑は美しい。

途中で一ヵ所、舗装された立派な林道を横切った。この林道の名は大仏(だいぶつ)林道、これは永平寺の後ろにある大仏寺山に由来する林道名であろう。大仏寺は永平寺の旧称、この大仏寺山に永平寺の前身の大仏寺があった。

蔵王権現堂から五〇メートルほど下りた谷底に、権現さまへ供える水を汲む閼伽水(あかみず)の水場があった。しばらく雨が降っていないせいか、水量はポタリポタリという程度だったが、それでも水は冷たかった。この山にある水場はここと参道入り口の二カ所であるが、実質的には参道入り口の一カ所のみ。

権現堂から杉の巨木を見上げながら五分ほど進んだ先に山頂があった。それが意外にも平地の広がる景色のいい山頂だったので、なぜここに権現堂を建てなかったのかという疑問が湧いてきた。冬の強風を避けたのだろうか。

この山は山頂以外はまったく展望のない山であるが、山頂に立つと福井市内がよく見える。この山の行場としての価値はここにあると思う。ここから人々の安寧を祈願するのがこの山におけるいちばんの修行だったと思う。山頂の先二〇〇メートルに白山展望所があり、霞の中にとけ込んだ白山をかろうじて見ることができた。


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