経ヶ岳(きょうがたけ。1625.2m)その二
平成二〇年五月六日(火) 晴
福井県の勝山市と大野市の境にある経ヶ岳は、吊り尾根で結ばれた北岳と南岳の二峰からなる双耳峰。山頂と三角点は南岳にある。この日の行程は隣の法恩寺山(ほうおんじさん。一三五六.七メートル)から経ヶ岳までの往復であったが、この尾根道で最大の見どころは白山連峰の眺め、残雪でかがやく白山は何度見ても見あきることがなく、しかも白山方面には人工的なものが一切見えないのである。
法恩寺山は山頂付近までスキー場になっていて、中ノ平駐車場がある八合目まで車で入ることができる。そのため今回の登山口は十数台分の広さがあるその駐車場。近くには避難小屋もあった。
この日の道は一部が白山禅定道(はくさん・ぜんじょうどう)と重なっている。これは泰澄(たいちょう)大師が開いたという白山登拝のための修験の道。白山禅定道には越前と加賀と美濃の三本があり、今も三方向から山頂へ通じている。修験道では山を歩く修行を禅定、そのための道を禅定道と呼んでいるのである。
なお禅宗では、坐禅によって体と呼吸と心を調えていく修行を禅定と呼び、禅定は段階を踏んで深まっていくとされ、そのため四禅八定(しぜんはちじょう)とか九次第定(くしだいじょう)などの段階が説かれる。山頂をめざして一歩ずつ登っていくことは、坐禅修行で心境を高めていくことに似ている。また心身に大きな負担をかけながら山を歩いていると、自ずと心が浄化される。そのため修行を目的とする登山を禅定と呼ぶようになったのであろう。
この日歩いたのは越前禅定道の一部、そしてこの道の起点になっているのは法恩寺山麓にある白山神社。そこから法恩寺山頂、福井と石川の県境になっている小原(おはら)峠、白山の登山口になっている市ノ瀬(いちのせ)、そして現在の観光新道を通って山頂に至る、というのが越前禅定道の道筋。昔は道の途中に行場と宿泊所を兼ねた十二の室(むろ)があり、法恩寺山上に跡が残る法恩寺(法音寺)はその第三の室であった。つまり法恩寺山の名はこの寺名に由来する。
白山は、越前の九頭竜川(くずりゅうがわ)、美濃の長良川(ながらがわ)、加賀の手取川(てどりがわ)や庄川(しょうがわ)、などの水源になっている。そのため農耕に欠かせない恵みの水をもたらす神の住む山と見なされて、これらの川の流域で白山信仰が成立し、やがて白山は三霊山の一つと称されるまでになった。なお三霊山の残りは富士山と立山。
泰澄大師は、白鳳十二年(六八二年)の福井市の生まれ、養老元年(七一七年)に二人の弟子とともに白山を開山、越前や加賀に五十余の寺を建立、七六七年に越前町の大谷寺で八六歳で遷化(せんげ。死去)、という人。生地には泰澄寺という寺が残っている。なおここでいう開山は、初めて白山に登頂したことではなく、修験道によって白山登拝の修行体系を整備したことを意味すると思う。また大師は神仏習合説の祖ともいわれている。
七一七年に大師が創建した白山神社は、もとは平泉寺(へいせんじ)という神仏習合の寺であったが、明治の神仏分離令により白山神社になった。そのため今でも平泉寺白山神社と呼ばれることもある。平泉寺は戦国時代には強大な勢力を誇っていたが、一向一揆の焼き討ちによって壊滅し、のちに復興されたが現在の境内はもとの十分の一の広さしかないという。
中ノ平出発
中ノ平登山口を出発するとすぐ禅定道らしき道に入るが、これが昔からの道かどうかは不明。スキー場が作られたことで、この山の地形や道は大きく様変わりしている。八合目からの出発なので、初めから山頂直下の急登がつづき、坂がなだらかになると法恩寺跡も法恩寺山頂も近い。山頂まで一時間ほど。
山頂に出ると正面に大長山(おおちょうざん)と赤兎山(あかうさぎやま)、そしてその向こうにまだしっかりと雪の残る白山連峰。ここからはこの雄大な眺めが山旅の道連れとなり、三〇分ほどで伏拝(ふしおがみ)に着く。ここは正面に白山を望む白山遙拝所(ようはいじょ)。
ここで白山に向かって下っていく禅定道と分かれ、経ヶ岳への縦走路に入る。急に道が悪くなり、道標もなくなり、しかも道は雪に埋まっていた。その雪が道を教えてくれるように尾根の上に残っていたので、残雪の道案内で歩いたが、当てにならない道案内なので何度も迷った。
北岳から赤兎へ向かう道が分かれている。この尾根道は数年に一度、下刈りがおこなわれ、そのときだけどっと人が入るとか。このあたりで福井県で唯一の百名山、荒島岳が姿をあらわす。
南岳は笹の生い茂る奥行きのある山頂。笹に隠れるように三角点があり、さらに笹をかき分けて進んだ先の広場に山頂の標識があった。この日は天気に恵まれ、眼下に広がる田んぼが日射しを反射してキラキラと輝いていた。保月山(ほづきやま)コースを上ってきた人と一時間ほどお喋りをしてから、来た道を引き返す。
帰りも迷うだろうと思っていたら、やはり迷った。それも迷うだろうと予想していたところでは迷わず、予想しなかった所で迷った。堅い雪なので足跡が残っていないのである。駐車場の近くでよく肥えた大物のカモシカが目の前を横切った。カモシカはよく立ち止まってふり返ったりするが、このカモシカは脇目もふらずに走り去った。
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