浅間山(あさまやま。二五六八メートル)

   平成十九年十月三〇日(火)

群馬と長野の県境にそびえる浅間山は、世界有数の活発な火山として知られる百名山の一峰。天明三年(一七八三年)の大噴火では溶岩流と火砕流のために一五〇〇人の犠牲者を出した山。

そしてそのとき流れ下った溶岩流の広がる場所が「鬼押し出し」。この名前を初めて見たときは、なんとも変な名前を付けたものだと思ったが、黒鬼が勢ぞろいして押し出してきたような景観を見て、うまい命名であったと納得した。こうした所は桜島や岩手山にもある。なおこの山の巨大噴火口は釜山(かまやま)と呼ばれており、山名のあさまは火山を意味する古語である。

浅間山のふもとには軽井沢と小諸という観光地がある。だからこの山もひどく俗化した山だろうと思っていたが、行ってみたら手付かずの自然が豊かに残る山であった。噴火を繰りかえす危険な山なので、開発とも観光客とも無縁の存在なのである。

この山は山肌にスカートのひだのような模様がたくさん入っているため、遠くからでもすぐに見分けがつく。ところがこのひだ模様は実は手前の前掛山(まえかけやま。二五二四メートル)のもの、その模様の正体は山の斜面にできたたくさんの小さな谷であった。

浅間山は昭和四七年の噴火以降、山頂から四キロ以内は原則として立入禁止になっている。だからこの原則に従えば登れないはずであるが、現在はレベル一という穏やかな状態なので、火口から五百メートル離れた前掛山まで自己責任で登ることができる。そのため前掛山に浅間山の標識が立っていたが、かわいそうなのは名前を無視された前掛山。なお平成十二年の案内書では、入れるのは三キロ離れた黒斑山(くろふやま)までとなっている。

この山の軽井沢側からの道は入山禁止になっている。その理由はこの山で西風がよく吹くこと、つまり火口からあふれ出た火山性の毒ガスが東側の軽井沢方面によく流れるということである。また無風のときには窪地に火山性ガスが貯まっていることがあるので要注意。十数年前、八甲田山と安達太良山の窪地でガスによる複数の死者が出ている。

     
天狗温泉出発

この日の行程は表登山口というべき天狗温泉からの往復。一軒宿の天狗温泉の泉質は赤濁した軟らかな鉄鉱泉、入浴料は四百円、ただし四時以降は泊まり客専用となる。駐車料金は五百円、奥の方に無料駐車場もあった。

登山道の入口は温泉の建物横に立つ鳥居。その先に一の鳥居と二の鳥居があり、五合目に浅間(あさま)神社の社殿がある。この神社の祭神は浅間大神とあるから、ご神体は浅間山なのだろう。浅間大神は富士山の木花之開耶姫(このはなのさくやびめ)の姉妹とある。その木花之開耶姫をまつる富士山にある神社は、字が同じで読みがちがう浅間(せんげん)神社。

神社横にはトイレと水場を備えた火山館(かざんかん)という自然観察施設があり、この小屋のコンクリート製の頑丈な基礎部分は噴火の際の退避壕になっている。管理人も常駐していて、まさかと思いながらきいてみたら、冬も居りますという返事であった。この小屋があるためこの道は火山館コースと呼ばれている。

この山は現役の活発な火山なので至るところに溶岩の塊が転がっている。その中には直撃されたらコンクリートの退避壕といえど吹っ飛んでしまう大物もあり、鹿のフンのような小さな噴石もある。朝霧の中から姿を現した牙山(きばやま)と黒斑山の岩峰は迫力があった。霧は迫力を倍増させる。

この山の中腹にはカラ松の林が広がっており、カラ松の柔らかな落ち葉を踏んで歩くのは気持ちがよかった。次第に背が低くなってきたカラ松が、盆栽のようなカラ松になって終わる森林限界が七合目の賽の河原、そしてその先はオンタデしか生えない火山の領域となる。この山は森林帯と火山の領域のさかい目がはっきりしている。

早朝からヘリが山の上で荷揚げを繰り返していた。揚げていたのは釜山と前掛山との鞍部に退避壕を作るための資材であった。

少し雪が残る前掛山から眺めると、目の前に鎮座する釜山の巨大噴火口の縁から、火山性ガスが流れ出ているのが見えた。さらによく見ると噴火口の上まで踏み跡がついているが見えた。この山の立て札には自己責任という言葉がよく出てくるが、その自己責任でロープをくぐり抜けて釜山に登る人がいるらしい。もっとも登山道から噴火口の縁まではわずかな距離なので、噴火したときの危険度に大した違いはない、などと理屈をつけて私も登ってみた。

釜山の上は風がきつく、舞い上がった土が顔に当たって痛かった。これだけ風があればガスに巻かれる心配はないが、強風のため噴火口の中でガスが渦を巻き、火口内側のもろい地質の切り立った壁からは石や土が絶えず落下している。もしも足元がくずれて噴火口に落ちたらまず助からない。落ちたとき生きていてもガスにやられるし、噴火が始まれば火葬もお墓も不要の空中散骨になってしまう。

地図を見ると二五六八メートルの最高点は火口の反対側のあったが、噴火口の迫力と強風に圧倒されてしまい、もうそこまで行く元気が出なかった。

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