御池岳(おいけだけ。一二四一メートル)

   平成十八年十月十六日。晴。霞強し。

御池岳は滋賀県と三重県を分ける鈴鹿山脈の主峰にして、春にはカタクリ、夏にはコバイケイソウが咲き乱れる花の山。山上にはテーブルランドと呼ばれる平坦な石灰岩台地が広がり、そこに石灰岩台地に特有のドリーネという窪地に水がたまってできた池が点在する山。それらの池が御池岳の名の由来とされる。

この日の行程は、御池谷(おいけだに)から入山、御池谷の途中から尾根を直登して鈴北岳(すずきただけ)、そして御池岳、再び鈴北岳、鈴ヶ岳(すずがたけ)、御池谷を下山、であった。

この日は御池谷を遡上するつもりで出発したが、二〇分ほど歩いたところで谷の中の踏み跡がなくなり、テープが左の尾根に向かって付いていた。そのためそのテープをたどって道のない斜面を二時間ほど直登すると、鈴北岳と鞍掛峠を結ぶ尾根の一〇五六メートルのピークに出た。十五年ほど前に歩いたことのある御池谷の道は、いつの間にか消滅していたのである。

今ではほとんどの人が、鞍掛(くらかけ)トンネルの駐車場に車を置き、コグルミ谷から御池岳へ登り、鈴北岳から鞍掛峠へ下山、という一周コースを歩いている。古い案内書には鈴北岳と鞍掛峠の間はヤブこぎで苦労するとあるが、今はよく整備されている。そのかわりに御池谷や鈴ヶ岳を歩く人がいなくなったのである。十五年でこんなに変わるとは思わなかった。

この山は十五年前には背丈を越える笹に覆われていた。そのため登山道でもヤブこぎをさせられ、ヤブのひどい所では向こうから人が来てもぶつかる直前まで分からず、周囲の状況を見るため木に登ったこともあった。ところが今は笹がほとんど全滅し、全山下刈りをしたような状態になっている。

この原因は鹿、増えた鹿が笹を食い尽くしたのである。この日は姿を見せなかったが、いたるところ鹿の足跡だらけフンだらけ、鳴き声もひんぱんに聞こえていた。これだけフンが落ちていると川の水を飲む気がしないし、湧水といえど飲むのは危険である。石灰岩は水に浸食されやすく、そのため石灰岩の山では地下に水の流れるトンネルができ、その中を水は濾過されずに流れてくる。だから湧水であっても飲むのは危険なのである。

御池岳山頂の西側は崖になって切れ落ちていて、崖の上のボタンブチや天狗の鼻に立つと、さえぎるもののない景色が目の前に広がる。そのため景色の良くない山頂よりも、この崖の上で休憩している人が多かった。

鈴北岳山頂に広がる日本庭園は、スギ苔の中に石灰岩の岩が庭石のように立ちならぶ気持ちのいい場所、夜露に濡れた苔の緑と石灰岩の白の対比がよかった。こうした石塔原と呼ばれる地形も石灰岩台地に特有のもの。

鈴ヶ岳に立ち寄ってから、踏み跡すら残っていない御池谷を下山してみた。谷の中は尖った大小の石灰岩で埋めつくされ、苔の付いた石灰岩は滑りやすく浮き石も多く、細心の注意が必要であった。

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