経ヶ岳(きょうがたけ。1625.2メートル)

 平成十六年五月二二日(土) 曇のち雨

大野市と勝山市の境にある経ヶ岳は、福井県内に山頂がある山の中の最高峰。つまり石川県との県境に山頂がある三ノ峰(さんのみね)と大長山(おおちょうざん)を除けば県内でいちばん高い山。

経ヶ岳とか経ヶ峰という名前の山は、福井県内でさえ他にいくつか存在するから、日本全体ではかなりの数になると思う。こうした山名は山中にお経を埋めたことに由来しており、今回の経ヶ岳も山頂から経筒が発見されている。埋経(まいきょう)は未来にお経を伝えることを目的とする行為、そしてその埋めた場所は経塚(きょうづか)と呼ばれる。つまり経塚はお経のタイムカプセル。

埋経の方法は、銅製の経筒に紙のお経を入れて埋めるのが一般的であるが、平らな川原石にお経を一字ずつ書いた一字一石経(いちじいっせききょう)をそのまま埋めることもある。これだともちろんお経の復元は不可能であるが、災害防止祈願、堤防や堂塔を作るときの地鎮、などを目的に江戸時代に盛んにおこなわれた。

この日の山行は最初から道をまちがえた。経ヶ岳登山口という標識が立つ林道入口に、四駆が数台駐まっていたので、ここに違いないと私もそこに車をとめた。ところがそれがまちがいの始まり、狭い林道を四〇分ほど歩いた林道終点の登山口にあったのは、なんと唐谷(からたに)コース登山口の標識、これは予定していた尾根道ではなく、残雪で通過が難しいという情報を得ていた沢道の登山口であった。

もどろうかとも思ったが、時間がないのと、あまり踏まれていないだけに魅力的な道に見えたので、そのまま進むことにした。ところが出会うのは山菜採りの人ばかり、そのときになってやっと、今が山菜採りの適期であること、林道入口にあった車が山菜採りの車であることに気がついた。

結局この道で会った登山者は、私と同じ理由でまちがえてこの谷に入ったという、神奈川県から来た男性一人のみ。彼は朝いちばんに能郷白山(のうごうはくさん)に登り、それから経ヶ岳に来たと言っていた。山のハシゴは私もやったことがあるが、予想以上に体力的にも精神的にもきつかったので二度とやろうとは思わない。

谷の中ほどに孵化したばかりのオタマジャクシが群棲する、直径一メートルほどの水たまりがあった。カエルの子供たちは小さな体を寄せ合って直径五〇センチぐらいの集団になっていた。同じ水たまりにイモリも一匹棲んでいた。この両者は食うものと食われるものの関係のように見えた。

谷を登りつめると、ミズバショウが咲き始めたばかり、コバイケイソウが芽吹いたばかり、という「池の大沢」という湿地帯に出た。この湿地帯は噴火口の底に水がたまってできたもの、経ヶ岳は福井県には珍しい火山、山頂があるのは火口壁の上、ということである。雨が降り出して遠目が効かず、この湿地帯通過に手間どった。

池の大沢からひと登りした切窓で尾根道と合流する。そこから山頂まであと三〇分ほどであるが、とっくに下山にとりかかるべき時間を過ぎている。面白い道なので道草を食いすぎたと、雲に隠れた山頂を背景に写真を撮り、尾根道を下った。

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