●2002年夏
石川県の加賀海岸に松やにを採取した跡があるとのことは、3年前に新聞(産経新聞1999.7.29)に掲載されたある読者からの投書で知りました。その時の説明では、戦時中に小松海軍航空隊所属の予科練習生が松根油(しょうこんゆ)を採取するために切り込みをした跡で、加賀市(石川県)の橋立海岸に数百本生き延びているとのことでした。松やにに興味のある筆者としては是非訪問したく思っておりましたが、その機会がなかなかありませんでしたが、今年のお盆に息子が帰省した時を狙って、両親を誘って調査に行ってきたわけです。
松やに採取跡だけではもったいないので、ついでといってはなんですが片山津温泉につかり、帰りは永平寺をお参りして来ました。橋立海岸は越前加賀国定公園に属し、橋立海岸は石川県に属しています。北陸自動車道の加賀ICを降りて、20Km程行くと加賀海岸の橋立海岸に到着します。ここの橋立漁港は昔北前船が出入りした港で、北前船の里資料館などあり、往時の繁栄を偲ぶことが出来ます。この橋立海岸の加佐の岬と呼ばれる所に、松やに採取跡が見られます。

橋立海岸の加佐の岬に立ち、松やに採取跡を眺めておりましたときに浮かんだ和歌を紹介しておきます。松やにが採取されたのは、新聞記事にもあるように戦前の一時期(昭和17-19年頃)、つまり今夏から57−59年前にもなります。幾星霜また、長年の風雪に耐え今なおその勇姿を保ち続けていることに感心すると共に、遙かなる時間を越えて今目の前にあるその姿が、時の流れを忘れさせてくれたような気がしました。

●加佐の岬にて
松やに採取跡は加賀海岸の内、加佐の岬から片野海岸の間4Km程が自然遊歩道となっており、その間に多く見られます。しかし、筆者としてもこの全コ−スを調査したわけではなく、加佐の岬周辺を探索したに過ぎませんので、松やに採取跡が実際どのくらい残っているのかは不明ですが、前記の新聞によれば数百本あるとのことです。実際、筆者が見渡した限りに置いても、ほとんどの木に採取跡が見られたことから、実際にもこれくらいの本数は十分あると思います。


加佐の岬の海岸
●松やに採取跡
松やに採取跡を眺めますと、当時の(57年前)松の木は樹齢30−50年にはなっていたと思われます。これは切り倒された松の木の幹から判断しても大体推定できます。切り倒された松の木は樹齢90年くらいです。つまり、57年前には樹齢30年以上にはなっていたと思われ、松やにを採取するには十分と思われます。

樹齢90年?
また、松やに採取方法ですが、切り付け方法から見ると、1−3年間採取したものと思われます。また、その切り付け方法は、当時日本の各地で採用されていた2枚エプロン法といわれる方法が主流になっていたので無いかと思われます。松の木はクロマツです。
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クロマツの看板がかかる松やに採取跡(右) |
松やに採取跡の松の木は、胸高のところで直径30−70cmある堂々とした松の木ですが、松やに採取による木の衰え、長年の風雪による劣化などにより、枯死しつつあるものも多く、中には松食い虫によるものもあり、長い年月を忍ばせますが、日本海からの風雪に耐えた姿には貫禄さえかいま見ることができます。



●参考
北前船の里資料館・・・加賀市橋立町イ乙1−1 tel 0761-75-1250