雑草と野草
            羽田竹美


 小学生のとき裏の原っぱでタンポポを掘ってきて庭に植えた。それが庭に広がって何年かしてたくさん花をつけるようになった。私は母に草取りのとき抜かないように頼んだし、姉の幼い子には取らないように言い聞かせた。
 このタンポポを幼い甥は「たぁちゃんのお花」と言っていた。
 これは日本タンポポであることがわかり、正確に言うと関東タンポポという種類であった。今、外来種の西洋タンポポが日本中を覆いつくしてしまい、関東タンポポ、関西タンポポ、白花タンポポという日本古来のタンポポは消えつつある。実家に父が元気でいたころは西洋タンポポが生えると、抜き取って関東タンポポを大事にしてくれていたが、父亡き後はどうなっているかわからない。
 日本タンポポであろうが、西洋タンポポであろうが、私はタンポポという花が好きである。車で走っていて空き地に一面に咲いているのを見ると、心が和んでくる。あんなところに寝ころんで雲を見ていたいと思う。我家の庭にも種がとんできてほんの少し咲いているのを大事にしている。
 雑草と野草という言葉があるが、前者は抜き取られ後者は大切にされる草である。特に、山野草と名のつくものは高価で売られている。タンポポはおそらく雑草に入れられているらしいが、私にとっては野草なのである。このようにこれらの言葉には境目が流動的である。この庭にもいわゆる雑草と言われる草がたくさん生えている。春になると、セリバヒエンソウ、ムラサキケマン、クサノオウが咲き出す。これらはみんな雑草の類の草であるが、私にとっては花がかわいいので野草である。ヒメウズという、なよやかな白い花をつける草もかわいがっている。一方、オニタビラコ、ネコノメソウやイネ科のチヂミザサ、スズメノカタビラは早めに抜き取らないと種になって翌年二倍三倍に増えるので始末に困る。前出のセリバヒエンソウ等も野草と思っているのだが、繁殖力が旺盛なのでほどほどにしないと庭を占領されてしまう。これらは花を楽しませてもらった後に早々とお引取りねがっている。どんな植物にも育つ条件に好き嫌いがあるが、うちの庭は日当たりがそんなによくないし、湿り気のある土壌なので、タンポポには嫌われているらしい。そのかわり、フタリシズカは群生しているし、スミレも増えてうれしい。このスミレは最近どこにでもある丸い葉のものだが、名前を調べてみたらビオラ・ソロリアという洒落た名前がついていた。
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二枚目
 ヒトリシズカという園芸店でも売っている野草を何年か前にいただいた。日当たりのよいところに植えておいたが何故か元気がない。そのうちだんだん数が少なくなってしまって残念に思っていたら、三メートルぐらい離れた木陰に増えているのを見つけた。私が植え替えたのではない。いったいどうしてここに? と不思議でならなかった。そこで、友達が来たときに話した。
「このヒトリシズカはね、夜中にとことこ歩いてね、こっちに移ったの。ここが気に入ったようよ。私は何にもしていないのよ。月明かりに、これが歩いているところ、見たかったわぁ」
「まったく、あなたの話聞いていると、童話の世界ね」
 友達が笑った。
『雑草と楽しむ庭作り』―築地書房―という本の広告が出ていたので購入した。植木屋さんが教える雑草とのつきあい方の本である。この本に出てくるオオキンケイギクは五〜七月にかけて丈の高い黄色の花を咲かせる草である。以前、中央高速を走るバスの中から両側の土手に群れをなして咲いているのを見た。たいそう美しかったので、雑草かしらわざわざ植えたのかしらと心に残り、家の庭にも欲しいな、と思った。しかし、この本を読んで驚いた。以前はホームセンターの園芸売り場などで売られていたが、今は姿が見えなくなった。というのは、二〇〇五年に施行された「特定外来生物による生態系等に係わる被害の防止に関する法律」(通称で『外来生物法』)により栽培だけでなく運搬も規制されているという。個人が違反すると、一年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金だそうだ。
 外来進入種が多くなって日本在来種が衰退し、生態系が壊されている島国日本では、やはりこのような法律は必要なのだろう。
 しかし、将来「特定外来生物」の可能性になるものとしてムラサキカタバミやランタナも入っているという。ムラサキカタバミはいくら抜いても生えてくるし、ランタナは丈夫な低木で美しい花を次々に咲かせるので、一本ほしいなと思っていたのだから、びっくりだ。手入れをしていない庭にムラサキカタバミが生えているというだけで罰金を払わされたらたまらない。
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三枚目
 雑草との付き合い方を教えてくれるこの本によると、雑草にも役割があるという。どんな悪条件でも生える雑草は土壌を改良し、耕し、ほかの植物が生きやすいようにする働きもあるそうだ。ちなみに、タンポポやアカザのようなゴボウ根の雑草は硬い土を耕しほぐしてくれるという。
 庭の通路にオオバコがはびこり、一時はむきになって抜き取っていたが、これをグランドカバーにすると、土の流出を防いでくれるので今はそのままにしている。
 ヘビイチゴが門から玄関の間のわずかの敷石の間に生えている。黄色い花がかわいいし、まっかな実が美しい。なぜこんな愛くるしいイチゴにヘビなどという気味の悪い名がついているかがわからない。垣根から外に逃げ出したヘビイチゴの赤い実を取ろうとした小さな男の子にお母さんが、
「だめよ! これは毒なのよ」
 と叱っていた。
 ヘビイチゴの名誉のために言っておくが、これは毒ではない。ヘビなどという名前がついているので恐れられているのが可愛そうだ。ただ、この実を食べると、甘くも酸っぱくもない間の抜けた味だそうだ。
 十年ほど前、花が好きな友達がやって来て、いろいろな草花を植えたプランターや鉢を勝手に置いていった。園芸種もあったが、名前のわからない草も入っていた。秋になると、泡のように白い花が咲いた。切花にしても水揚げがよい。ススキやカクトラノオ、萩と一緒に束ねて、お月見用のお花としてご近所に差し上げた。名前はしばらくわからなかったがひょんなことからマルバフジバカマというのだとわかった。これも外来種であるらしいが、箱根の山でみつかったそうだ。なかなかよい花だなと、甘やかしていたら、プランターから抜け出して丈も大きく育ち、茗荷畑を脅かすほどになったので、今はかなり抜き取っている。
 高価な野草は私の庭には育たないが、雑草に入れるか野草に入れるか考えてしまう可愛い花の咲く草は上手に付き合いながら、園芸種の草花と共存させている。
 今日も緑の美しい庭に出て、シジュウカラの囀りを聞きながら、雑草や野草とおしゃべりできるのがうれしい。