最後の手段
           柏木亜希


 長い間、廃人になるのではと思うくらい体調が悪かったので、一念発起して民間療法の湿布を始めた。東城百合子氏の本『家庭でできる食事と手当法』を参考にしてオリジナル湿布を試しているところだ。
 体を休めていても疲れが取れず、意識がはっきりしない、栄養を摂取しても元気が出ない。これでは文章を書くことも、語学の勉強も読書もままならない。まさに私にとっては最後の手段である。

 ガンや様々な慢性病に改善が見られるという毒出し湿布のことは知っていた。しかし、何となく面倒なうえに、本当に湿布などで効果があるのか疑問だったので手を出さないでいた。
 まず生姜湿布を基本に、いろいろな食材を交ぜてみた。材料は、ひね生姜(皮ごと)、梅エキス、岩塩(荒塩)、梅干、ヨモギ葉茶、ビワ茶葉、ラップ、使い捨てカイロ、ゴマ油、の九点である。
 人によってはアレルギーも出るかと思うので、これはあくまでも私の体質に合わせたオリジナル湿布である。ゴマ油はかぶれを防ぐために事前に肌にぬる。

 この湿布の主役は何といっても生姜である。生姜の酵素が腹部皮膚に浸透して細胞内の酸素を補給し、血流を良くし、毒素を洗い流す仕組みだ。しかし、こう書かれても実感もイメージもわかない。とにかく半信半疑ながらも制作してみることにした。
 本来の生姜湿布は、八十度以下の湯に生姜のしぼり汁を煮出した液で蒸しタオルを作り腹部を暖める。しかし、三つ注意事項がある。
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二枚目
 一、 空腹時にやる。
 二、 入浴の前後は避ける。
 三、 虫垂炎の炎症時は避ける。
 さて、私のオリジナル湿布の作り方は次のとおりだ。
 ひね生姜を洗い、皮ごと擂粉木(すりこぎ)で万遍なく叩きつぶす。十分に水分が染み出したころ、残りの材料の梅エキス、梅干、岩塩、ヨモギ茶葉、ビワ茶葉を交ぜて練っていく。梅エキスの黒色で、見たところ泥団子のようだ。岩塩をふり入れたのは海水の浄化力をイメージしてのことだ。
 練り上げていくうちに薬効で手が熱くなってくる。納得がいくまで交ぜると、さっそく、ラップを広げた上に湿布のペーストを伸ばし腹部に当てて腹巻をして、その上から使い捨てカイロを貼りつける。高温・低温やけどに注意だ。カイロを使うのは煮出し湯の温熱のかわりだ。準備からここまで、二時間くらい経過していた。
 横になっていると、湿布作りの疲れと、カイロの熱によりお腹がとろけるように暖まり、波間に脱力しながら漂う気持ちになり眠くなる。股関節や大腿部が熱くなり、足裏までもそれが起こった。眠りはすばらしく心地良いものだった。
 三時間ほど後、覚醒の岸辺に打ち寄せられ目をゆるく開ける。このときの脱力感といったら、実に海水浴に行った晩と同じものだった。それと同時にいかに普段全身が強張っていたのかを知ることとなる。
 私はこの湿布を始めて二週間になる。体が軽くなり、無駄な食事をとらなくてもよくなってきた。内蔵の重たい感じも軽減されてきている。腸の働きが良くなってきたのだろう。何より、以前より気力と体力が少しずつついてきた。記憶力にも差が出てきた。
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三枚目 
 私の湿布はまだ改良中である。今度は、木灰を交ぜて少しペーストの扱いやすさと、毒素の吸引力を高めてみたい。それが予想通りいくかはまったくわからないし、手探りなわけだが楽しみでもある。
 私がいろいろこのようなことを実験しているのも、元々アトピーがあるせいだ。いちばんひどいときは水や化学繊維にも反応していた。
 おかげで今までたくさんの食品や素材に対する薬効や体の反応を調べることになったが、とても勉強になった。しかし、今回トライしてみた民間湿布療法は引き算的手法である。対するのは無論、栄養学的摂取の足し算であろう。今までずっと、ただ体に貼るだけの湿布には何となく興味が持てなかった。皮膚からの刺激で病気が治るなどと、にわかに信じられなかった。だが、私には効果があった。当然効果の実感は人によりそれぞれであろう。肌の弱い人もいれば、アレルギー反応の出る人もいるだろう。しかし、各々の材料を単品で用いるより交ぜると互いの力が増すようだ。
 ところで、経皮毒の反対方向の現象が湿布療法であるならば、どうこれを分かりやすく説明できるのか。
 この世の物質元素はすべて振動することにより熱やエネルギーを伝えている。高校の物理で習うことだ。となると、病んだ振動の人体に、薬効のある健やかな振動を与え共振させているわけだ。
 先人が体感や経験で植物の振動を薬効として分類してきた知恵には、長大な時と清い祈りがこもる。
 少しずつ軽くなってきた腸の感覚と共に、内臓も自分の心の在り方の鏡なのでは、と感じた。