年金相談
           黒瀬長生


 私は、仕事の関係で年金受給者のいろいろな相談を受けることがある。先日(平成二十一年十月)、七十一歳のAさんとその娘さんが相談にお越しになった。お二人ともお年の割には派手な出で立ちであった。

 相談の内容は、夫が十年前に他界し、その遺族年金百四十万円と自分の老齢年金七十万円を受給しているが、老齢年金の支給を止めて、それと同額を遺族年金に加算してもらえないかとのことである。
 その理由を尋ねると、所得税がかかって仕方がないのでなんとかならないかとのことである。たしかに遺族年金は税法上では非課税扱いであるが、老齢年金には所得税がかかる。
 しかし、Aさんが受給している七十万円程度の老齢年金では所得税の課税対象外であるがと思っていると、Aさんはマンションを所有しその家賃収入があるという。これが原因で所得税がかかるのであろう。
 まして、遺族年金と老齢年金では明らかに受給要件が違う。この二つの年金額を、単純に合計して受け取る額を調整すればいいというものではない。にもかかわらずAさん親子は、税金を支払うのがいやだからなんとか税金対策の方法をおしえてほしいと懇願する。
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二枚目
 仕方なく、もし支払う税金が七十万円以上ならば、老齢年金を放棄すればどうですかと持ちかけた。すると税金は二十五万円程度なのでそれでは損をすると言う。
 Aさんは、年金を支払う財源は同じところなのだから、方法はいくらでもあるはずだと強い口調で言う。これも一つの理屈ではあるが、年金法の取り扱いではそんな都合のいいようにはなっていない。
 Aさんには相当のマンション収入があるようなので、所得税の納付はやむを得ないと説明し、ようやくお引き取り願ったが、親子は融通のきかない役所だと言わんばかりに不満げな顔付きで帰って行った。
 収入のある方には納税の義務がある。七十歳を過ぎても所得税を納付しなければならないのであれば、相当数のマンションを所有しているはずである。多額の収入がありながら、税金の支払いを逃れるために思案しているのだから困ったものである。

 それから数日経った。窓口に六十四歳のBさんが相談に来られた。三十歳で亡くなった娘の遺族年金四十万円を現在まで受給している。もし老齢年金の方を受け取る場合は四十五万円程度であるという。
 年金の法律では年金受給者が満六十五歳になるまでは、遺族年金と老齢年金のいずれか一つを選択して受給する仕組みになっているが、誰しも年金額の多い方を選択するのが普通である。所はBさんは年金金額の少ない遺族年金を受給中である。
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三枚目
 これは何かの間違いではないかと思われたので、年金額の多い老齢年金を受給すべきだがと説明すると、うなずいて、このままで結構ですと穏やかな口調で言う。
 Bさんは娘を忘れたくないので受給額が五万円くらい安くても我慢できる。また、この四十万円の遺族年金は娘がくれる生活費だと思っていると言う。Bさんの身なりからは、けっしてお金があり余っているようにはお見受けできなかったが、その心持ちに感心させられた。世の中お金だけでは割り切れないものがあるのだと教えられたのである。
 Bさんが帰られた後、相談窓口にさわやかな雰囲気が漂ったが、それと同時に先日のAさん親子の顔を思い出した。
 Aさんは年齢の割には若く見えた。服装も若々しく装飾品もきらびやかであった。同伴の娘さんも同様であった。日常の生活も相当裕福なものであろうと想像できた。その親子が二十五万円の所得税の支払いを渋っていたのである。
 それと対比すると、今日のBさんは年相応の清楚な身だしなみで、物腰も柔らかかった。娘を失った寂しさがそうさせているのであろうか。あるいは受給額で五万円の損失となっても娘の生きた証(あかし)を忘れたくないという親心がそうさせているのかもしれない。
 AさんとBさんのいずれが心豊かに、幸せな日々を送っておられるのであろうか……。第三者の私が判断するのは難しいが、Aさんのようなお金持ちとは縁遠い身なので、せめてBさんのようにお金に執着することなく心穏やかに過ごしたいものである。