珍しいお客
          羽田竹美


 紅葉がはじまったハゼノキの隣にある椿の葉が、乾いた音をたてて揺れている。朝の八時ごろであった。二、三日前、冬鳥のジョウビタキの雄がホバリングをしながらコムラサキの実をついばむのを見た。ジュウビタキは用心深い鳥で、庭を見ている私に気づくとすぐに飛び去ってしまう。私はカーテンの陰に身を隠した。ところが、椿の葉陰にいる鳥はゆうゆうと何かを食べている。やがて、ぱっと飛び立つと八重桜の枝に留まった。窓からは丸見えだ。
「ヤマガラ!」
 今まで来たことのない鳥である。
 もう二十年以上も前、明治神宮の探鳥会に行ったときにヤマガラがすぐ近くの枝でエゴノキの実を嘴で割っていた。人々がカメラを向けたり、双眼鏡でのぞいたりしていても平気で食べるのに集中していた。
 ヤマガラは人に慣れやすい鳥と言われている。昔、縁日でヤマガラを使っておみくじを売るおじさんがいた。ヤマガラはおじさんの言うとおりにお社の鈴を鳴らしておみくじを嘴にくわえてもってくる。何ともかわいらしいおみくじのお運びさんであった。
 庭に来たヤマガラは八重桜の枝からプランターの上に下りると、花はないが草の実がこぼれているのだろう、土を盛んにつついていた。明治神宮に来るヤマガラが足を伸ばして我が庭にやってきたのだろうか。
 私の足が悪くなって探鳥会に行かれなくなってから庭に餌台を作り、籠を吊るし、枝にリンゴやミカンを刺して冬だけ野鳥のレストランを開店している。リビングのガラス戸から椅子に座って見られるレストランのお客はそれぞれ個性があっておもしろい。常連さんは、スズメ、メジロ、シジュウカラ、カワラヒワ、ウグイス、ツグミ、ヒヨドリ、ムクドリ、オナガなどである。
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二枚目
 しかし、このごろはワカケホンセイインコという飼い鳥が野生化した緑色の大きなインコが毎日四〜五羽やってくる。餌台のヒマワリの種をみんなたいらげ、リンゴやミカンをわしづかみにして持ち去る暴挙に手をやいていた。
 南国に棲むこの鳥を業者が輸入したが売れず、多摩川の河川敷に百羽ほど捨てたのだそうだ。日本の冬には耐えられないで死滅するだろう、と思っていたが、世田谷には大きな木のあるお寺がたくさんある。木の洞で冬を越し、生き残ってどんどん増え、今や埼玉や千葉方面にも勢力を伸ばしていると聞く。鋭い嘴と爪を持っているからかなり獰猛で、近くに行っても逃げようともしない。はじめは水鉄砲で脅してみたが、そんなことにはびくともしないしたたかさであった。
 そこで、レストランのオーナーのおばさんは考えた。子どものころ鏡に太陽の光を反射させ、隠れながら道を通る人にいたずらをした記憶が蘇った。反射する光を動物や鳥が嫌うと何かで読んだ。それで、ワカケホンセイインコが来たとき、ピカッと光攻撃してみた。
「ヤッター」
 一羽残らず飛び去り、その日は再びやって来なかった。
 お腹をすかせてやってくるのだろうと、ちょっぴりかわいそうになって、少し食べさせて、頃合いをみてから、
「そろそろお引取りくださーい」
 と、反射光線を発射する。我ながらよい方法を考え出したと、悦に入っている。
 ワカケホンセイインコは歓迎しないお客だが、多いに歓迎する珍しいお客が来ると、野鳥図鑑を出して名前を確認し、一人で頬をゆるめてわくわくしてしまう。
 庭の片隅に栗の木があったころ、アオジが木の下に来ていたし、都内にはめったに来ないアカハラが餌台にいたこともあった。そのころは毎年シメという冬鳥がヒマワリの種を食べに来ていたのだが、今は来なくなってしまった。シメとアカハラは同じような大きさの鳥であるからアカハラはシメに誘われてやってきたのかもしれない。
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三枚目
 同じくらいの大きさの鳥というと、何年前か忘れたが、餌台のヒマワリの種を、信じられない鳥が食べているのを発見して、目をみはった。イカルという鳥らしい。が、まさか・・・? 夢を見ているようで信じられなかった。図鑑を出して調べてみると、コイカルであった。イカルとコイカルの違いを見つけて、やはりコイカルだと確信した。
 天にものぼるうれしさで、同じ野鳥の会の会員である兄に電話すると、それは珍しいと言ってくれた。ひとしきり庭に来る野鳥の話をして電話を切ったが、それでもまだ誰かに話したくて野鳥の会にも電話してしまった。会報の「鳥信」のコーナーに載せますから葉書に書いて投函してくださいと言われたのでそのようにすると、後日ちゃんと載っていたのでうれしさが二倍になった。
 日本に渡ってきてから市街地を通過するときに我が庭に寄ってくれる渡り鳥がある。
 新緑の美しい季節に聞きなれない鳥の声がして耳をすますと、葉桜の枝でキビタキの雄が囀っていた。胸からお腹にかけて、黄色にほんのりオレンジが混じって美しい。高い空を飛んでいてよくぞ我が庭を選んで下りてくれたと、感動で胸がいっぱいになった。十月ごろには南に帰るキビタキの雌が寄ってくれることもあった。雌は灰緑でめだたないが、まん丸の目がかわいかった。
 鳥は大好きである。ワカケホンセイインコだって大食漢で餌台の餌をみんな食べていかなければかわいいのに、と思ってしまう。
 一昨年、次男の結婚に悩んでいたとき、ルリビタキという青い鳥がきてくれた。これによって八歳年上のお嫁さんを受け入れられたのであった。彼女の優しさと心配りの素晴らしさはあのルリビタキを見た感動を感謝に変えたい気持ちである。 
 庭に来る珍しいお客はそれぞれが私の心を喜びで揺るがせ、楽しい思い出作りに貢献してくれている。私はリビングの窓から庭を見ながら、たえず耳と目を全開にして珍しいお客を待っている。