水林自然林を歩く





エンレイソウ



荒川



カタクリ



シュンラン



ムササビ

 昨年(二十三年)の五月半ば、私は福島市の西方、家からは車で十数分、

水林自然林へ出かけた。キビタキの鳴き声を耳にしながら、エゴノ木や山

桑の木、ホウの木の花を見上げながら歩いていた。木の幹に熊の爪あとを

見つけて、おもわずあたりを見回す。細い遊歩道の真ん中に、ヤマバトが

タカに襲われた血なまぐさい跡が残されており、生存の厳しさを目の当た

りにした。その道端にエンレイソウの大きな葉を見つけた。このエリアで

もエンレイソウの花を観賞できることを知り、来年はぜひ花の季節に来よ

う、と思った。この水林自然林は、一級河川、荒川の中流の右側に位置し

ていて、標高250メートル、面積は34ヘクタールある。

 荒川は吾妻山系を水源とした、福島市内を流れる阿武隈川と合流する川

である。流れが速いので「暴れ川」とも言われるほど、たびたび氾濫した。

享保年間には一揆が起きたほどの悲惨な災害があり、その後も明治四十

三年、昭和十三年、平成十年にも洪水や土石流で多くの被災者が出たので

あった。この辺りがその氾濫源であったことから、堤防を構築したり、

(当時の霞堤は現在も江戸時代の土木遺産として残っている)植林と育樹

を行ってきた森林なのである。

 アカマツ、イヌシデ、ハリギリなどの樹木も樹齢百年を越えていたのに、

最近になって、アカマツ林はマツクイムシの被害で伐採されてしまった。

その他にも古木で倒木となり、整理された数も少なくないようだ。

 しかし、森はまだ健在だ。森林の中へ入ると、とたんに森の香りに包ま

れて心が緩む。その香りというのは、草木が自らの身を守るために生み出

すホルモンで、フィトンチッドという物質なのだそうだ。

 林の中を小川が勢よく流れており、いっそう、すがすがしい気が林の中

に満ちている。

 私は、その、勢いのある小川を見ているうちに、今、盛んに考案されてい

る小水力発電にも利用できるのではないか、など思いつき、そして、また、

そうなったらたいへん、とうろたえる。しかし、植物、昆虫、野鳥、動物

などの自然林の中で、そのようなことができるはずはない、と否定する。

電力事情が危ぶまれる国に住む、さもしい人間の勝手な思いめぐらしに、

一人笑いをした。

 足元に気をつけて歩く。野草たちは芽生えたばかりで、小さくひ弱そう。

その中に、さっそくシュンランを見つけた。カタクリ、キクザキイチゲ、

そして、紫のエンレイソウの花が咲いていた!シロバナエンレイソウも。

 まだ、数少ない花をカメラに収めると、私は林を抜けて荒川の堤防へ登

ってみた。水の流れによって河底がえぐられないよう、そして、川の流れ

方を安定させるために河床固め工事が施工された。その川をしばし眺めた。

 水林自然林管理事務所へ寄った。T氏からこの森の中で撮影された動植

物の写真を見せていただく。T氏はプロ級のカメラマンだ。倒木から顔を

出している可愛いムササビの写真を頂戴した。思いがけないことで、私は

嬉しく感動する。

 そして、私はまた、四季折おりの野草や生きものたちに会いに、水林自

然林に通うことであろう。