風 の 道 

 30段の石段を上がると、風の吹き抜ける堤防に出ます。
そこは眼下を利根川がゆったりと流れる海から77キロ地点、私の好き
な散歩コースです。風に吹かれながら,上流に向かって歩を進めます。
 耳を澄ますと、いろんな野鳥の鳴き声が聞こえてきます。やはり春は
ウグイスの声が群を抜いています。私は周囲を見渡して、人影のない
ことを確認してから「ホーホケキョ」と真似をします。
 河川敷も道の両側も雑草が生え、茎を伸ばし、ウグイスは姿を見せま
せんが、私の鳴き声に警戒する様子もなく、美声を響かせてくれます。
 2月下旬、待ち焦がれていた水仙が、やっと咲きました。
 昨年11月にボランテァ活動で植えた水仙です。
 寒風の通る堤防は、水仙の花茎もたくましく、ずんぐりしています。
 一昨年、昨年と約1000個の球根を植えたのに、咲いたのは30株
ほど、地面が固いので仕方ありません。
 この水仙のおかげで散歩の楽しみが増しました。私は歩きながら
花が折られていないか、踏みつけられていないかなど、さりげなく
チェックします。そして、友人に出会うと、「咲いていますよ」と、話題に
します。
 春休みに小学生の2人の孫がやってきました。 4泊5日です。 
 サッカーが上手くなりたいと願っている彼らは、堤防で体力づくりの
早朝マラソンをします。幼稚園時代は私も一緒に走っていたのに、もう
追いつけなくなりました。
 兄は尊敬しているコーチのようになりたいと、ボールを手放しません。
 河川敷の草むらに入っていた虫好きの弟は、魚釣りをしている中年の
男性に声をかけられて、バケツを覗き込んでいます。
 結構釣れるのか、車が4、5台は停まっています。
 
 この利根川は支流の小貝川と合流する辺りで広くなっています。
 水面がなめらかで、絹織物のような光沢があり、風が描く筋がまるで
着物の地紋に見えます。昔、徳川家康が鹿島参詣のおりに、利根川を
眺め、布を敷いたようだとお褒めになったといわれ、「布川」と書く地名
になったのだと、何かの本で読んだ記憶があります。  
 
 二月の寒い朝、私は長靴をはいて、風の通り道に立っていました。
見慣れた風景は雪に覆われ、白く輝き、別世界になっています。
 前夜の雨で凍りついたアスファルトを、滑らないように慎重に一歩
また一歩と、踏み出しました。
 わずか30分ほどでしたが、散歩の犬にも、ウオーキングの人たちにも
出会わず、散歩道を独り占めしました。