『何をどう書くか』
<質問>
日本人が日本語で書くのですから、だれでも文章は書けますーそう神尾先生はおっしゃっていますが、問題は、その主題なり素材なりを、どう処理するかです。
つまり、何を、どう書くか? その辺のところを分かりやすく説明してください。ぼんくらな僕にも、よく分かりますように!
お願いします。
(盛岡市のK・S氏)
身近な素材・主題を探す
ものを書こうという大野望(?)を抱かれたK・S氏のことですから、文面にあるような「ぼんくら」でないことは明瞭です。これは日本人独特の美徳の一つでしょう。こういう人にかぎって内心では、「本当は、おれ、頭がいいんだぞ」と、うぬぼれているものです。そうです。
人間はうぬぼれるべきです。自分をさげすむのはピエロだけでいいのです。本当は、ピエロこそ頭のいい人でなくてはできない仕事なのですが……。
前項で、私は「自身を持て!」とM・Yさんにアドバイスしました。それをK・S氏も思い出してください。と同時に、最も関心のある主題なり素材を一つだけ選んでほしい、と書きました。
その一つーこれが作品の源であり、命となるわけです。これは当然のことですが、身近なもののはずです。我々は月の世界や火星の話は文章にできません。なぜなら、全く何も知らないからです。そうです。知らないことは文字にできないのです。それゆえに、身近なところから主題なり、素材なりを選ぶのです。
ここでは便宜上、だれでも一度は体験したに違いないと思われます「失恋」を取り上げましょう。えっ、失恋をしたことがないって? そういう珍しい人も世の中にはいらっしゃるのですね! 信じられませんが……。そういう人は、おそらく人間ならだれしもが有している「恋心」というものを母親の体内に置き忘れてきた人でしょうから、博物館へでもいって恐竜の骨とにらめっこしてください。
何を訴えたいか
いま、「失恋」という素材を拾い上げました。これは、あくまでも「素材」でありまして、「主題(テーマ)」ではありません。間違わないでください。
右の小見出しの、「何を訴えたいか」というのが主題なのです。要するに、このテーマが決まれば、素材である失恋を、どのように処理するか、という段階になるわけです。
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二枚目
つまり、テーマと素材は密接な関係にあるわけです。男性と女性のようなー。切り離して考えてはいけません。切り離されたとき、人は失恋という状態になりますが、作品の場合は失敗作として冷遇されますから、気をつけてください。
では冷遇されないために、本論に戻りましょう。
さて、この「失恋」という素材を得て、K・S氏は、どうテーマを導かれるでしょうか? 電話での質問なら、すぐに返答があるでしょうが、私の一方的な語りかけですから、当然なことですが返答はありません。でも、心配しないでください。私にはK・S氏の回答が分かっているのです。
@ 悲しくて死にたいぐらいだ。
A 夢も希望もなくなった。
B 失恋するだろうと、覚悟していた。
C たまには、失恋も刺激になってよろしい。
D ああ、また失恋したか! へへへ……。
だいたい、この五つのセリフのどれかでしょう。@は重病で、Dは極軽症というわけです。つまり「失恋」と一口にいっても、このように受け止め方はさまざまなのです。
問題はこの五つの分類の中で、どれを選ぶかです。つまり、作者である読者のあなたに決定権があるのです。どれでも構いません。
もう一度述べますと、この中の一つー あなたの選んだものがテーマということになります。つまり小見出しの「何を訴えたいか」というテーゼの回答なのです。何と簡単なことではありませんか。
ストーリーと構成はテーマにそって
では、次の段階へ進みましょう。
@からDの中より、ここでは例題として、最もポピュラーな@を選んでみます。要するに「悲しくて死にたい」というわけです。さあ、ここまで話が進展してきますと、身をのり出さないわけにはいきません。何せ、生き死にの話なのですから、あだやおろそかにはできないわけです。換言しますと、作者であるあなたは読者を納得させなくてはなりません。「なるほど、そんなに悲しくて辛いのなら、死にたいとおもうのは当然だ!」と、納得させなくてはいけないのです。
そこで「あらすじ」を作ります。文字どおり「あらすじ」でいいわけです。ここで一息入れて、読者のあなたも「あらすじ作り」に挑戦してみてください。楽しい作業ですから、リラックスして箇条書きにでもしてー。
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三枚目
その間に、筆者である私も考えてみましたので記してみます。
イ A子はB男を、あるパーティーで見そめる。B男の男らしくて、しかも優しい性格に好意を抱く。
ロ パーティーの帰りに友人数人と喫茶店に行く。その中にB男もいる。C子が共通の友人であった、との 設定。
ハ そこで自己紹介があり、お互いの身の上を知る。年も三つ違いで、A子は安堵する。
ニ 柔道の山下選手の例ではないが、A子は積極的にB男にアタックを開始。
ホ 映画、食事、ピクニックと交際の末、一線を越えて深い仲になる。
ヘ 結婚問題が起きる。両親に相談。その結果、A子の母、B男の父が反対する。
ト 二人は、反対者を説得しようと試みる。
チ あまりの二人の情熱に、B男の父が告白する。「A子は私の子どもなのだ」と。つまり、A子の母は 子どもができないのでR大学で人工授精を受けた。提供者が当時インターンであったB男の父という設 定。
リ B男の父は気になって、提供先の住所、氏名を記入してあるリストを盗み見していたという裏づけー。
ヌ 戸籍上は他人なのだから結婚しよう、と二人は考える。だが、やがて生まれてくる子どものことを思 うと、B男は踏み切れない。A子は、子どもはつくらなければいいと主張する。
ル B男は悩んだ末、外国へ出かける。A子に、「永遠に帰らない。居所もしらせない。君の幸せを祈っ ている」との手紙を残してー。
ヲ A子は泣き明かす。しかし、最終的には死の誘惑から立ち直る。
いろいろなテーマの出し方
一応、即席でストーリーを作ってみました。この場合、あなたの意に添ったかどうかは、私は知りません。ただ「人工授精」という今日的な問題を持ち込んだところが、この「あらすじ」のナウイ点です。単なる好き嫌いではありふれていておもしろくないからです。
ところで、この場合、作者が本当に訴えたいのは「失恋して悲しい」というテーマと同時に、「人工授精」という社会的な大きい問題が派生しました。もの書きは、きっと後者の方に興味を覚えるかもしれません。筆者の私としましても、同様な誘惑を覚えます。いつか本当に書いてみたい、と思います。現在、人工受精児が我が国にも六千人余もいるそうですから、先刻のような例も起こりうる可能性があるはずです。こわい話ではあります。
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四枚目
このように、テーマが別のテーマを生み出すこともあります。そういうときは逃げないで挑戦してください。もうけもの、と考えてー。
もちろん、最初から「人工授精」をテーマとして取り上げていて、その話運びとして「失恋」をからませてもいいわけです。
どちらに、より比重をかけるかは作者の好み、自由であって、だれも文句は言えないのは、これまた当然のことです。
ところで、読者のあなたの「あらすじ」は、どういう話になりましたか? おもしろい話ができましたら、私あてに、お送りください。ぜひ拝見させていただきたい、と思いますので。
結論
小説でも随筆でも同じことですが、行きあたりばったりでは原稿用紙に向かわないようにしてください。
まず素材やテーマを手中にしたら、なでて、すかして、いろんな角度から眺めるのです。あなたが初めての赤ちゃんを眺めたときのようにです。
すると、それまで目に見えていなかったものが見えてきます。会話だって交わせるでしょう。たとえ石や花であってもです。
随筆の場合は、小説みたいに面倒くさい作業は必要ありません。なぜなら、長くないからです。
四百字詰めの原稿用紙で五枚もあれば、十分テーマが書き込めるはずです。
長くても七、八枚でまとめてください。それ以上の枚数の場合は、必ず余計なことを書いていると考えて差し支えありません。
そこで、こう考えてほしいのです。下手な人ほど枚数が長くなる、とー。
つまり、何を書くかということは、何を書かないか(削るか)ということなのだ、と。あるいは、まとめる能力がないから長くなるのだ、と。
読者の諸兄姉は、天才、秀才ぞろいなのですから、臆(おく)せず本数を書いてほしいと思います。「習うより馴れろ」ということばもあります。これは至言です。体が、指が、かってに文字を書きつらねていくようになりますと、あなたは本当の天才になったと自負してください。
K・S氏も、一日も早くペンを手にしてください。頭で考えているだけでは、作品をものにはできませんよ。せっかくの才能がもったいないです。磨けば光だすのが美貌と才能だそうですから、磨かなければ大損というわけです。既に美貌に自信あり、という人は文章修業に専念するだけでいいのですから、より楽なもの、これまた当然な話ではあります。