〈詩〉

   
           高橋 勝


七月も末になると、旧暦のお盆のことが気に掛かる。お盆には、姉と兄弟が毎年実家に集まるのだ。昨年の情景が思い出される。

人のありさまは見ザル。人の言うことは聞かザル。ただ口を閉じているはずの両手だけは外して、侃々諤々、傍若無人の空間。時間が濁流のように流れていく。そして、私もいつかそのなかに巻き込まれている、いつものように。

姉も兄も弟も年波を重ねていることに驚きもせず、相も変わらず個性の塊みたいな人格で生きている。私はそのたびに不安に駆られ、疑念を抱かずにはいられない。多少の伝統があるとはいっても今や実家の家風も大地から浮きあがり、風に漂う雲のようにどこかに飛んでいってしまうのではないかと。そして、いったい何がそうさせてしまったのかと。

学生時代、家の手伝い一つもせず、私は自分なりの時間を日々過ごしていた。兄や姉などがそのことを批判する。
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二枚目
すると即座に母は、○○のことは何も言わせないよ、これは今月の生活費の分と、毎月とっておくんだから、と私のことには文句一つ言わせなかった。

その一方、物心ついたときからいつも耳に入っていた母のくちぐせ。なんでもいい、どうだっていいんだよ、と議論や言い争いをしていたときだった。そういうものなんだよ、かまうんじゃないよ、と悩み事を話しかけたり、人や学校の批判をしたりしたときだった。

だがそうであっても、この私が人のことを批判できるだろうか。どれほど私は涙にくれさせてきたことだろう、あのひとにも、かのひとにも……、まるで沸き上がる憎しみに抗うかのように。自分の未来は他のところにあるに違いないとまるで疑うことを知らないかのように。なんてことだ、私こそ真性のDNAを受けついでいたってことじゃないか…… ああっ! 

見知らぬ波打ち際、月光を浴びて頭を垂れ、ひとり彷徨っている小さな黒い姿。突如、男の目の前に浮かんだ影がある。まっすぐ私を見て微笑んでいる、いつもの母の顔だ。私は訝った、なぜ鬼の面ではないのか、と……。どこからか人の声が聴こえたような気がする、ほかに自分の人生でどんな母子の関係があり得たというのか、と。