オモイツグモノ(中)



「クルツ!またうちをだまして!なんで起こしてくれなかったんじゃ!!」

「イテテテテ!悪かった!悪かった!」

「徹夜で頑張れ言ぅたんはクルツじゃろ!なんでうちだけのけもんにしたんじゃ!!」

 他の班員達と、それこそ徹夜作業で、サンドラをベストコンディションに仕上げ終えた俺は、一息つく間もそこそこに、朝一発目から、怒り狂ったリオの襲撃を受けた。

 夜食タイムの時に、俺達テックの備蓄食料の中でも、とっておきだった中心領域製コーンポタージュと、チキンヌードルをふんだんに振舞ったことが功を奏し、暖かい食い物で満ち足りたリオの胃袋は、そのまま主を心地よい眠りへと誘ってくれた。

 俺達は、そのままリオを仮眠室に運び、朝までぐっすり寝かせてやった。寝る前の歯磨きをさせなかったことが、気がかりと言えば気がかりだったが、一日くらいは仕方ないとして、本当に徹夜させるよりはマシだと判断し、そのまま寝かしておいた。

「うちだって、ディオーネ姉ちゃんのために頑張りたかったのに!どうしてくれるんじゃい!!」

「ええ、殴りなさい、殴りなさい、それで貴女の気持ちがすむのなら!」

「言われんでもそうするわい!」

「アダダダッッ!すまんかった!正直すまんかった!!」

 まさか、いまさら『あれはお前を落ち着かせるための方便だった』なんて言えるはずもなし。ここは、大人しくリオの好きにさせるしかないな。とは言え、未来の戦士を目指しているだけあって、こいつの鍛え方は、同年代のガキの水準を遥かに上回っているわけで、振り下ろされる一発一発がすこぶる痛い。

 おまけに、向こうは一晩ぐっすり眠っているから、出力と反応速度はかなりなもんだ。そもそも、油断しているところを飛びつかれ、顔面に張り付かれたかと思いきや、いきなり後頭部や延髄にチョップの嵐が炸裂したから、徹夜明けの頭にはかなりこたえる代物だ。

「いよ〜、お早うさんだぎゃ〜〜」

 リオの腹で目隠しをされている状態なもんだから、姿は見えないが、ディオーネの声が聞こえた。そう思った時、俺の顔面から、リオの腹が引き剥がされた。た・・・助かったぞ・・・・・・。

「ほれ、リオ介、あんまりヤンチャしとるんじゃにゃーよ〜」

「ディ・・・ディオーネ姉ちゃん、でも、クルツが・・・・・・!」

「おみゃーのことを思ってやったことだて、今回だけは許してやるだぎゃ、の?」

「で、でも・・・・・・!」

 まるで、赤ん坊のように両脇を持ち上げられながら、ディオーネに諭されているリオは、やはりと言うか、まだ不満を顔に貼り付けている。

「おみゃーの気持ちは嬉しいでよ、うちのために、なんかしよーとしてくれたんだぎゃ?その心根が一番の応援だぎゃ、だから、機嫌直してちょうよ、な?」

「う・・・うん・・・・・・」

「おし、それでこそ、だてね」

「わっ!」

 胸の中に埋もれるように抱きすくめられ、驚く声を上げるリオを、そっと床におろしたディオーネは、疲労と攻撃のダメージで、まだ頭がふらついている俺の方を見て、柔らかい笑みを浮かべている。

「お疲れさん、クルツ。うちのサンドラ、さっそくピカピカにしてくれたみてーだて。急な話ですまんかったけどもが、ありがとさんだぎゃ」

「いえ、ともかく、間に合わせることができました。これから試し乗りしてもらって、装備の換装も含めて、セッティングを詰めようと思っているんですが」

「その前に、朝飯食って、ひと休みしてくるでよ。試し乗りは、昼からでええだぎゃ」

「でも、それでは・・・・・・」

「隊長を通して話はつけてあるだぎゃ、とにかく、ひと眠りして頭をすっきりさせる。話は、それからだぎゃ。うちは、その間にシステムチェックでもしとくだぎゃ。リオは、ちとばかしうちの手伝いをしてちょうよ。おみゃーの分の朝飯は、弁当にして持ってきてあるだで、の?」

「うん!」

「ちゅーことだで、ほれ、クルツ。いつまでもんなとこ居てにゃーで、さっさと行ってくるだぎゃ」

「わ、わかりました・・・・・・」

「おー、腹いっぱい食って、昼までゆっくり休んどくだぎゃ」

 ディオーネに背中を押されるような形で、ハンガーを後にした俺達は、ぞろぞろと食堂に向かって進撃を始めた。とは言っても、まあ、待っているのは、いつもの素っ気無いキシ・ヌードルなわけなんだけどな。




「おお・・・・・・」

 奇跡の朝に、鐘は響くよRing On Ring On・・・・・・じゃなくてだな。

「班長、今日のキシ・ヌードル、具が入ってますよ・・・・・・?」

「そうだな・・・・・・いったい、何があったんだ・・・・・・?」

 隊内食堂のカウンターで、今日の朝飯を受け取った俺達テック・ザ・ボンズマンズは、その食器の中身に、皆一様に、信じられないものを見たような表情になる。ボウルの中に、なみなみと盛られたそれは、まさしく具沢山。しかも、スープもミソペースト仕立てだ。

「ディオーネの奴がな、お前らの朝メシは、奮発してやれって言ってきたんだよ」

 俺とシゲが、前代未聞のボウルの中身に顔を見合わせていると、糧食班長がカウンター越しに声をかけてきた。

「もし、自分が明日の神判で負けることがあったら、それは、俺達がお前らに美味いメシを食わせなかったからだ。って、言われてな」

 俺には到底出せそうにも無い、苦みばしった笑みを浮かべながら、糧食班長は、その巨体をカウンターにのしかからせている。

「やっさん・・・・・・」

「まあ、他ならないディオーネの『頼み』だ、断る理由などどこにもない。あのお嬢さんは、明日命がけの神判に挑む。そして、お前らは、彼女がベストの状態で戦えるように、手を尽くしている。確かにそういう意味じゃ、彼女の言うとおり、お前らも一緒に戦ってるようなもんだ」

 俺達が普段、『やっさん』と呼ぶ糧食班長は、包丁やフライパンよりも、コンバットナイフやシュテルンナハト・アーマーマグナムの方がよっぽど似合いそうな、並みの戦士なら、その手首を簡単にへし折ってしまいそうな太い腕を組みつつも、年齢を感じさせない、その岩のような顔をほころばせている。

 噂話では、フリーボーンの元戦士であり、歩く最終兵器とまで呼ばれたほどの男だったらしい。だが、寄る年波と、若手の台頭に押し流された形で、ゾラーマかドロップアウトの二者択一に置かれた中、糧食班で、戦士達の力を支えていくことを選んだ男だとも言われている。

 遷都戦役の時、敵の突入部隊に占拠されかかったジャンプシップで、コックとして乗艦していた彼は、既に引退した身ながらも、手にしたもの全てを武器にすると言う、卓越したゲリラ戦法をもって、たったひとりで突入部隊を撹乱した上、友軍の応援が到着するまでの時間を稼ぎきり、艦の奪還を成功させたという噂も聞く。

 もちろん、根拠なんて無い。その面相が、料理人というより戦士のそれに近い。と、言うことで、まことしやかに囁かれた噂話以外のなにものでもない。だが、そんなことはどうでもいい。やっさんが、こうして、クラスターの土台を支える力のひとつであることは、動かしようのない事実だ。

「俺とお前らは似た者同士かもしれんな、俺は、ここで大喰らい共の胃袋を膨らせてやる。お前らは、メックをいつでも完璧にして、思う存分暴れられるようにしてやる。どれも、あの威勢のいい連中を支えている。

 そいつをわかっているのは、ほんの一握りしかいやしない。だが、それはそれでいいと思っている。土台がでしゃばれば、お屋敷の立場がない。だが、土台が無ければ、お屋敷も立ち行かない。埋もれて見えない土台でも、その下でしっかりお屋敷を支えている。

 土台がしっかりしてりゃ、お屋敷だって、もっともっと、大きく立派になれるもんだ。俺は、そういうのも、悪くはないと思っている」

「やっさん・・・・・・」

「俺はな、今日も明日もあさっても、ずっとずっと、同じ面子がメシを食いに来くることが楽しみなんだ。俺の作ったメシで、若造共が力をつけてると思うと、嬉しいとは思わないか。それは、お前らも一緒なんじゃないか?」

 確かに・・・・・・確かに、そうかもしれない。俺達テックが整備したメックで出撃していった戦士達。彼らがひとり残らず帰ってくることが最高の喜びだ。

 だが、その一方で、帰ってこなかった奴を思うたび、もしかして、後もう少しだけ手をかけていれば、もしかしたら。などと、今さらどうにもしようがない事を思いながら、一晩中悶々としたことは、一度や二度じゃきかない。実際、今だってそうだ。

 やっさんの言いたいことは、痛いくらい良くわかる。俺達の仕事は、あくまでも裏方だ。決して表にでしゃばるわけにはいかないし、ましてや、評価されるなんてのを期待するのは、空気も現実も読めないバカのすることだ。

 だが、やっさんは、自分の名誉と誇りにしがみつく事よりも、後進のために力を尽くす事を選んだ。俺達の感覚なら、別段、特別でもなんでもない。けれども、氏族の世界では、それを『脱落者』と呼び、負け犬扱いにする。けれども、やっさんは、『それでもいい』と言う。

 自分を捨てて、後に続く者の礎になることを選んだ男。氏族人として、それがどれだけ辛い選択だったか。それは決して、『それでもいい』で済ます事が出来るような、簡単な問題じゃなかったはずだ。だが、やっさんは、時代を次の世代に譲った。

「まあいい、いつまでも年寄りの話に付き合っていても退屈だろう。いって、食ってくるといい」

「そんなことはありませんが・・・・・・けど、ありがとう、やっさん」

「ああ、腹一杯食ってくれ、お代わりもあるからな。それとな、俺の名前はケイシーだ。同じお仲間同士だ、頑張ってくれよ、クルツ」

「わかった・・・・・・ありがとう、ケイシー」

「ああ」

 やっさん、いや、ケイシーは、骨太な笑顔を浮かべながら、また、厨房の奥に引っ込んでいった。俺達列外階級のボンズマンは、この世界じゃ、それこそ奴隷同然に扱われて然るべきものとされている。

 だから、俺を始めとして、シゲも他の班員も、それこそはらわたが煮えくり返るような思いを味あわされたことは、今まで食ってきたパンの枚数と一緒で、いちいち覚えてなんかいやしない。

 だが、少なくとも、ディオーネは、常に俺達と同じ目線にいた。戦士がテック、しかも、ボンズマンと対等の立ち位置に身を置く事は、それこそ糾弾の火種にされかねない。けれども、彼女は、そんなことは少しも意に介せず、俺達を、自分と同じ『仲間』として、整備班と接していた。

 だからこそ、こんな時、彼女の周りにいる人間は、協力を惜しまないのだろう。せっかくのシフト休を潰された俺の部下達も、そして、規則を敢えて無視したケイシーも、不平不満は一言も口にしてはいない。それは、彼らが、ディオーネを『認めていた』からに他ならないはずだ。

 こんな青臭いこと、特段したり顔で言うようなものではない。けれども、今、こうして『自分にできる事』で、ディオーネのために力を尽くしている人間が、このクラスターのあちこちにいる。と言うことを思うと、どうしても、そう思わざるを得なかった。

 そして、もしかすると、すべて大丈夫なのかもしれない。と、なぜか、張り詰めていた気分が、いつものように軽くなるのが、よくわかった。




「今からウルトラ・システムの試射を始めるぞ、ヘルメットは全員着装してるな?」

『こちらモニター班、準備よし。いつでもいけるッスよ』

「よ〜し、飛んでくるカートには気をつけろ。当たったら、死ぬほど痛いぞ。って言うか、死ぬからな、普通に」

『大丈夫ッスよ、班長。こっちに飛んできても、ヒラリとかわしますって』

「あー、そいつは結構。期待してるからな」

 状況が状況なわけだが、やはり、セッティングを終えた搭載火器の試射は、なんと言うかワクワクする。ガキの頃、組み立てと調整を終えたラジコンをいざ走らせる時のような、そんな感覚に近いな。

『よー、そこの漫才コンビ。そろそろブッ放してもえーかみゃあ』

「こいつはすみません、よし、オペレーター、出番だぞ」

 昨日からこっち、あんまり手伝わせろとやかましいから、リオにはオペレーターをしてもらう。もちろん、横で俺が監督しながら指示してるんで、どっちかと言うと、ウグイス嬢だな。

「ウルトラAC5、システム・オールグリーン。射撃、どうぞ!」

 ぶっつけ本番なのに、随分堂に入っているもんだ。これなら、ジャンプシップのオペレーターも夢じゃないな。ハハハ。

『そいじゃ、遠慮なくいくでよ』

 待ちくたびれたようなディオーネの言葉が終わった瞬間、強烈な砲声がガンガン鼓膜を振動させてくる。AC5クラスとは言っても、連射可能なウルトラ・システムだから、その発射音とマズルブラストは相当なものだ。

 そして、射爆場に設置された標的に向かって、一直線に低進する弾道を描きながら飛んでいく曳光弾が、吸い込まれるように消えた瞬間、立ち並んだ標的が、火薬仕掛けのギミックのように、面白いように次々と吹っ飛んでいくのが見えた。

 ディオーネのノヴァキャットは、スタンダートな装備ではなく、速射系のC型装備と言う奴だ。今しがたぶっ放しているウルトラAC5もそうだが、LB−10X・オートキャノンやラージ・パルスレーザーなど、総合的な打撃力よりも、手数を重視した装備になっている。

『けど、班長』

「ん、どうした?」

『ディオーネさんッスけど、なんで、装備をプライマリーに戻さないんッスかね』

「さあな、こいつばかりは、俺らがどうこう言える筋合いじゃないんだが」

 シゲの疑問ももっともだ、C型は、実弾火器と光学兵器のバランスが良く、対空・対地とあらゆる状況に対応できる、いわば汎用装備とも言える。

 しかし、C型がその能力を発揮するのは、部隊行動時においての事で、単体で見た場合の戦闘力は、ハードパンチャータイプのプライマリーやA型と比べれば、無難にまとまり過ぎている感がある。

 今回の神判のように、一対一での戦闘となると微妙な所だ。相手が、あの怪獣じみた戦闘力を持つブラッドアスプだから、余計にそう感じる。

 なぜ、ディオーネが敢えて装備を換装せず、神判に臨もうとするのかはわからない。これまでも、必要とあれば、いくらでも重装備に換装して実戦に立っている。しかし、今回のようなこだわりを見せたのは、おそらく初めてのことだ。

『よ〜、さすがクルツだぎゃ。移動も照準も、うちの思いどーりに反応してくれとるだぎゃ。まったくストレス無しだて、ニハハハハハ』

 いきなり、ノヴァキャットが俺に話しかけてきた。わけじゃなくて、外部スピーカーを通して聞こえてくるディオーネの声は、期待したとおりのものだったから、俺達テックを一安心させてくれた。

「それならなによりです、それじゃ、稼動データのチェックをしてみますか。OSとドライバーの連動を最適化すれば、ほぼ思ったとおりのタイミングで捕捉と射撃が出来るはずですよ」

『おー、今でも十分、手足同然に動いてくれとるだぎゃ。これなら、ちっとも負ける気がしにゃーよ』

「それは良かった」

 調整に調整を重ねて、細かいセッティングとシステムチェックを繰り返したサンドラは、ディオーネの意思と適切にシンクロしているようだ。実戦でも、ここまできめ細かく機体を仕上げたことはあまりない。

 なんなら、また赤く塗って、勝利の角でも取り付けたい気分だ。ノヴァキャットなら、さぞかし良く似合うかもしれない。




 調整と稼動試験に一段落つけた俺達は、噂を聞いて駆けつけてきたハナヱさんも交えて、休憩のコーヒーブレイクと相成った。なんと言うか、今度の神判騒ぎで、当の本人よりも、周りの人間がよっぽど深刻に事態を受け止めているような具合だ。

 まあ、それだけ、愛されているということかもしれないな。氏族的に、『愛』という言い回しは、ちとばかし適当じゃないかもしれんけどもが。

・・・・・・で?見るとお嬢様方、テーブルを挟んでなにやら議論の真っ最中だ。

「それじゃ『褌虱』じゃないですか、もしかして、『神風』って書きたかったんですか?」

「お・・・おー、もしかして、ちと間違っとったかみゃあ」

「ちょっとどころか、まったく別物ですよ」

「むーん・・・・・・『カンジ』っちゅーんは、たいがい難しいもんだぎゃ」

 何をしているのかと見れば、今回の一件を聞いて飛んできたハナヱさんが、ディオーネとハチマキに書いた必勝祈願の祝詞について、なにやら講義を始めている。

「それに、『神風』は、ちょっと意味合い的に縁起が悪いから駄目ですよ。これじゃ、いったまんま、二度と帰ってこないみたいじゃないですか」

「む〜・・・そいじゃあ、コイツなんかどーかみゃあ」

「・・・・・・これ、本当に意味がわかってて言ってるんですか?」

「うんにゃ」

「・・・・・・あのですね、『玉砕』だなんて、さらに縁起が悪いじゃないですか!」

「そーは言ぅても、見た感じカッコえーだぎゃ」

「格好良くても、駄目なものは駄目です!なに字面だけで決めてるんですか、まったく!・・・・・・いいですか?そもそも漢字というものは、その一つ一つに言霊が宿っているんですよ。それをおろそかにすると言うことは・・・・・・」

 ふむ、なかなかに盛り上がってらっしゃるようで。

「そんなにムキにならんでもえーだがや、んだらば、こりゃどーいう意味なんだぎゃ?」

「平たく言えば、『全滅』ですよ」

 ハハハ、そりゃ確かにマズい。

「む〜〜・・・確かに、そいつぁヤバすぎるだぎゃ。けどもが、おみゃー達ドラコ人は、なんでそんな回りくどい言い方するんだぎゃ?」

「お国の為に戦い、そして散っていった英霊達に対して、全滅なんて言い方はあんまりじゃないですか。ですから、その曇り無き魂を宝玉になぞらえているんです。つまり、全ての力を出し尽くし、砕け散ってしまった。と言う意味なんですよ」

「タマが砕ける・・・・・・そいつぁ、確かにヤバそーだぎゃ」

 そこのアナタ、なんで俺を見るんです?

「なにはしたない想像しているんですか、貴女は。三千の英霊に祟られますよ」

「まー、それはそーとして。そいじゃ、なにがえーかみゃあ?」

「そう慌てないでください、そもそも、マジックで描いたものじゃ、効果も怪しいですよ。私が書いてあげますから、本番はそれを持って行ってくださいね」

「あいや、そいつぁすまねーだぎゃ」

 そう言うと、ハナヱさんは、鞄の中から、なにやらいろいろ取り出して準備を始めている。なんだか、随分本格的というか、大がかりだな・・・・・・?

「ボカチン、そりゃーいったい、何しとるんだぎゃ?」

「何って、墨をすっているんですよ」

「おみゃー、いつもそれ、持ち歩いとるんかね?」

「そうですよ、武芸者としてのたしなみですから。・・・・・・少し待っててくださいね、すぐに出来ますから」

「おー」

 ハナヱさんは、持参したハチマキを作業台の上に広げ、毛筆に墨を含ませると、厳かな手つきで、その上に文字を書き始めている。

「さあ、できましたよ。これで、ディオーネさんの勝利は約束されたも同然ですよ」

「ほ〜・・・・・・こいつぁ、見事なモンだぎゃ・・・・・・」

「でしょう?」

「で、こりゃいったい、なんて書いてあるんだぎゃ?」

「あのですね・・・・・・」

 感心したそばから、読めないんじゃどうしようもないな。

「これは『必勝』、必ず勝つ、そう言う意味です」

「む〜ん・・・なんか、そのまんまだぎゃ。でも、却って無駄な飾りがない分、心にくるモンがあるだぎゃ。おし、明日はそいつに大決定だぎゃ」

「ええ、是非とも頑張ってください。戦勝報告、楽しみに待っていますからね」

「だでよ、感謝の極みだぎゃ、ボカチン」

 おお、どうやら決まったようだな。なんにせよ、ハナヱさんも、普段なんだかんだ言っても、結構ディオーネの事を気にかけているようだ。まあ、今さら言うまでも無いが、傍から見れば、彼女達は立派な親友同士さな。




 その日の夕方、一日の日程を全て予定通りに終了した俺達は、ノヴァキャットの最終的な点検を始める準備をする。なにしろ、人間のする仕事だから、念には念を入れて、入れ過ぎるという事はないわけだ。

「いよー、クルツー。おつかれさんだぎゃ〜〜」

 昼間の試運転で、セッティングの立会いをしてもらったディオーネが、再びハンガーに現れた。彼女自身の満足いく結果が出たので、あとは俺達の方で最終的な詰めをするだけだから、後はこちらに任せてゆっくり休んで、明日に備え、英気を養ってもらうという流れで落ち着いたはずだったんだが・・・・・・。

「フヘッ、他の連中も、どえりゃーがんばっとるだぎゃ。うちのサンドラだけ、こんだけピッカピカにしてもらえて、なんか得した気分だてね」

 ハンガーを訪れたディオーネは、相変わらずというか、まったく動じた様子が無い。いや、取り乱せとか動揺しろとか言うんじゃない。そもそも、そんなマネをされたら、こっちが困る。

 まあ、なんと言うか、戦いに臨む緊張感とか、そう言ったものが欲しい所だが、まあ、そればっかりは、本人の問題だから、俺がどうこう言う問題ではない。

「それと、これな、うちからの差し入れだぎゃ。夜食がてらにでも、みんなで食ってちょうよ」

 そう言うと、ディオーネは、手にしていた包みを、どさりとテーブルの上に置いた。中身は・・・多分、彼女謹製のウィロー・プディングだろうな。だが、重すぎず軽すぎず、休憩のお供にはうってつけだ。

「それと、いまさらかもしれませんが、装備の方はこれでいいんですか?さすがに、ブラッドアスプ相手に、火力不足のような気がするんですが・・・・・・」

「いや、最初に言ったよーに、サンドラは、そのまんまでえーだぎゃ」

「そうですか・・・・・・?」

「おー、調整さえばっちりやってくれたら、それでえーだぎゃ」

「わかりました、では、そうします」

「おー、頼んだだぎゃ」

「ええ」

「フヘヘ、うちだと思って、隅々まで、じっくりたっぷりイジくり回してちょ〜よ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「冗談だがね」

 相変わらず品の無い冗談には、どうにも返す言葉が無い。だが、ディオーネは、不意にマグカップを置いて立ち上がると、トコトコと愛機の前まで歩いていく。そして、ノヴァキャットの足元に立ち止まると、まるで子供のようにそれを見上げていた。それからしばらく、何かを考えてるような様子で何やらうなずきながら、俺を振り向いた。

「あ、そーそー。昼間動かしてみて、ちと考えとったんだけどもが、やっぱ、ちょいとばっかし注文があるだぎゃ、やってくれんかみゃあ」

「ええ、なんなりと」

「サンドラにな、ジャンプジェットの積み込みを頼てーんだて」

「ジャンプジェット?」

「おー」

 ・・・・・・これはまた、いったいどういった風の吹き回しやら。確かに、ノヴァキャットにジャンプジェットは搭載可能だが、これまで、彼女が自分のメックにジャンプジェットを搭載したことはあまりない。またいつものように、何か思いつきでもしたのだろうか。

「ですが、ペイロードはもう一杯一杯ですよ?砲をどれか外すことになりますが」

「そいじゃ、LB10−Xを下げとくだぎゃ、別に気圏戦闘機を相手にするわけじゃにゃーし、パルスレーザーとウルトラACがあれば、まず十分だがね」

 確かに妥当な選択かもしれない、LBの売りは炸裂散弾による広範囲破壊だが、メック相手では、よほど装甲がお粗末な機種か気圏戦闘機でもない限り、絶対的な効果はあまりない。それに、ウルトラAC5があれば、無くても確かに困らないではある。

 ともかく、俺はシゲを呼んで、ジャンプジェットの搭載と、ドライバーとOSの更新を指示する。たいした作業ではないから、増設自体は時間的に問題ない。こういう時は、オムニメックの互換性の高さが有り難い。

 これがIICやISメックだったりしたら、今さらこんなマネをしようものなら、俺達全員、まず間違いなく徹夜だ。いや、それ以前に、絶対間に合わない。

「すまにゃーね、本当なら、昼間にでも言っとくべきだっただぎゃ」

「いや、それは問題ありませんよ。ドライバーの方も、以前の作戦で、ジャンプジェットを搭載した時のログがありますから、すぐに馴染ませることは出来ますし」

 機体内部のマルチサイロを開放し、ハードポイントにロケットユニットを接続する。と、ここまではなんてことない作業だが、ドライバーの接続と設定が一番気を使う。メインはもちろん、予備のドライブも設定するのを忘れようものなら、戦闘中、一発喰らった拍子に、システム自体がお陀仏になりかねない。

 ハードとソフトの組み込みを終え、ジャンプ可能になったノヴァキャットのシステムを走らせ、メイン、サブ共に何の不具合も生じていないことを確認する。というか、生じてもらったら困るわけなんだが。

 まっさらの新品ではなく、ある程度使い慣らしたストックを引っ張り出し、換装作業を進める。何しろ、もうテストの時間もないわけだから、信頼性と確実性のより高い方法を選ばせてもらった。

 そんなこんなで、ディオーネがしばらく暇つぶしをしている時間で、ジャンプジェットの搭載はつつがなく終わり、システムの更新とチェックも兼ねて、一応、作動確認のため基本操作をしてもらうことにする。

『相変わらず、えー仕事しとるだてね』

 外部スピーカーを通して聞こえてくる言葉どおり、点火タイミングもノズル偏向モーションも、いたってスムーズそのもの。これなら、彼女のリクエストどおり、ここ一番と言う所で不発はまずありえないだろう。そして、ノヴァキャットに乗り込んでもらっていたディオーネが、満足そうな表情でラダーを降りてくる。

「これで、後は明日の本番に臨むだけ、ちゅうカンジだぎゃ」

「そうですね、あとは、細かいチェックと最終確認は、こっちで責任もってやっておきますから」

「なにからなにまですまねーの、で?ちっとばかし、時間、あるだぎゃ?」

「え?はい、それは大丈夫ですが」

「そいじゃ、少し昔話でもしよかみゃあ」

「は?・・・・・・え、ええ」

 猫みたいな気まぐれは、彼女の十八番みたいなものだから、別に気にはならないが、昔話とは、いったいなんだろう。

「フヘヘ、おみゃー、さっきから、バッチシ顔に書いてあるだぎゃ。なんでうちがミケーネに恨まれとるか、ってみゃあ」

「それは・・・・・・」

「まー、えーだぎゃ。そんな、おみゃーが思っとるほど大層な話でもねーだて。おみゃーだって、スカっとしねーのは嫌れーだぎゃ?」

「ですが・・・・・・」

「まー遠慮すんじゃねーだぎゃ、おみゃーらしくもねー。それと、お茶党のおみゃーには悪ーけどもが、うちのはコーヒーで頼むだぎゃ」

 とりあえず、ディオーネのリクエストに応えて、淹れたばかりのコーヒーをカップに注ぎ、彼女の前に置く。

「ミケーネはな、うちに命を助けられたことが、面白くにゃーんだてよ」

「え・・・・・・」

 いきなり、核心を突くディオーネの言葉に、俺は、口元に運びかけたマグカップを持つ手が止まった。

「あいつとは昔、うちがここにくる前にいた部隊で、一緒だったんだぎゃ。ま、ちょいとしたゴタゴタで追い出されて、ローク隊長に拾ってもらったんだけどもがみゃあ」

「マスターに・・・・・・」

「うちみてーなフリーボーンが、一線級の部隊っちゅうんも、まあ、今から考えりゃーどえりゃー話だったけどもが、まあ、どういうわけか、そーなったんだぎゃ」

「ふむ・・・・・・」

「まあ、あん時ゃー、うちはライフルマンで後衛をつとめとったんだけどもが、そのバイナリーで、前衛のひとりが、あのミケーネ、っちゅーわけだぎゃ」

「そうだったんですか・・・・・・」

 確かに、ディオーネほどの実力なら、連中のいうところの『人っ腹うまれ』であったとしても、認めざるを得なかったかもしれない。俺の知る限り、他の氏族だったら、差別の壁に阻まれてしまい相当難しい所だろうが、このノヴァキャットならあり得ないということもない。

「ととと、ちぃとばっかし、脱線しちまっただぎゃ。まあ、ミケーネとは、昔同じバイナリーでチームを組んでたんだけどもが、まあ、どーいうわけか、うちによぅ張り合ってきとったけどもが、まあ、それはそれで可愛い奴だっただぎゃ」

 ・・・・・・可愛いって、アレが?

「おみゃー、失礼なこと言ぅとるんじゃねーだぎゃ。ま、年下だから、ってこともあるかもしれんけどみゃあ」

「年下?あれで?」

 こいつぁ驚いた、あの面体からして、てっきりディオーネと同世代か、さもなくば年上かと思っていた。

「ったく、つくづく失礼な奴だぎゃ。あーいった顔に育ったんは、別に奴の責任じゃねーだがね」

「す、すみません」

「ま、うちも大概年上のおみゃーに、たいがいタメ口叩いとるから、そりゃそれでえーだて。よそから見たら、そんなもんかもしれんしね。ま、ともかく、ミケーネの奴ぁ、意地っ張りな妹みてーな感じで、見てて飽きねー奴だっただぎゃ」

 ディオーネは、懐かしげに目を細めつつ、マグカップを口に運ぶ。

「でも、元の部隊をおん出て以来、連絡もとらんよーになって、しばらく、それっきりだったんだぎゃ。もっとも、面倒起こして部隊を出てった奴が、ぬけぬけと便りなんぞ寄越して、アイツの体面に泥塗るわけにもいかんと思っとったんだぎゃ」

「そうですか・・・・・・」

「それからして、遷都戦役の時な。一度、フロントラインの連中と、担当戦区が隣同士になった時があっただぎゃ?」

「ええ、確かに」

「そん時だぎゃ、やっとかめにミケーネに会ぅたんは」

「彼女に・・・・・・」

「あの時な、あいつ、殿に残って、味方の撤退を支援するつもりだったんだぎゃ」

「もしかして・・・・・・あの時の事ですか?」

「まーな」

 その話なら、俺も覚えがある。だが、あれは、誰かが犠牲にならなければ離脱できない状況ではなかった。もちろん、戦闘自体が大した事なかったわけではない。未帰還機も出たし、やむなく置き去りにしなければならなくなった民間人も大勢いた。

 だが、その時、彼らの戦区と隣接する形で展開していた俺達のクラスターが、彼らと合流しつつ後退すれば、戦力を切り捨てることなく撤収できる、とのヘッドクォーターの判断で、撤退行動の予定を変更して応援に回ることになった。

 なぜか、その場を動こうとしなかったフロントライン部隊のバイナリー。いや、あれはもう、バイナリーとしての体裁も保っちゃいなかった。たった一機残った満身創痍のアダー。損傷によるマシントラブルで通信が出来ない状況だったのか、それとも、他に何か要因があったのか。

 それは、今となっては知る由もない。だが、確実に言えることは、あのアダーが、いや、ミケーネが、あの場所に踏み止まらなければならない理由は、まったく無かった。と言うことだ。

「そりゃ、HQの理屈だぎゃ。アイツにしてみれば、ここが死に場所、と覚悟決めた所に、いきなりやってこられて、首根っこ引っ掴まれて連れ戻されたんだぎゃ。

 ミケーネは、確かに融通のきかねー、これと決めたら一直線。まったく周りが見えなくなるよーな堅物だけどもが、少なくとも、うちみてーな馬鹿じゃねーだぎゃ。

 ・・・・・・きっと、アイツにはアイツなりの思いがあったんじゃねーかみゃあ。あん時ゃ、とにかく必死だったから、そんなこと考えとる余裕もなかったけどもが、今にしてみりゃー、そー思うだぎゃ・・・・・・」

 ディオーネは、淡い笑みを浮かべながら、両手に包むように持つマグカップの水面を見つめ続けている。それは、まるで彼女の思いを映し出すかのように、穏やかな湯気をゆらめかせている。

「ま、そー言うことだぎゃ。だから、あんまりアイツを悪く思わにゃーでやってほしいんだて。アイツは、あーでしか物事をあらわせにゃー不器用モンなんだぎゃ」

「そう・・・ですか・・・・・・」

 言いたいことはわかる、理解もできる。だが、それを納得できるかと言えば、話は別だ。 手放しで感謝できない事もあるだろう、納得できない事だってあるだろう。けれども、それは悪意の元でなされた事ではない。陥れようとしたわけでも、その足を引っ張ろうとしたわけでもない。

 ディオーネは、命を落とす必要も価値もない戦いに、その身を投げ捨てようとした友に対し、見て見ぬ振りが出来なかった。ただ、それだけの事だったはずだ。

「おみゃー、まだ、うちらの事をわかっちゃいにゃーよーだてね」

「え・・・・・・?」

「利口な生き方よりも、戦士としての死に様」

「それは・・・・・・」

「ハナヱんトコでも言ぅとるだぎゃ?『虎は死して皮を残し、人は死して名を残す』ってな・・・フヘッ、まさに、そんとーりだぎゃ」

 確かに、ディオーネの言うとおりだ。戦士が死を恐れていては、それこそ話にならない。死ぬことも仕事の内、それは、中心領域も氏族も、なんら変わる所はない。しかし、それでは『死に急ぐ』ことと何が違うのか。今さらに、それがわからなくなる。

「おみゃーの言いたいこと、わからにゃーわけじゃねーだてよ。けどな、これは、うちらが氏族の戦士である以上、動かせにゃーもんなんだぎゃ。戦場で木っ端微塵になったり、真っ黒焦げになることより、負け犬になって生き延びることの方が、うちらにとっちゃー、ずっと恐ぎゃあことなんだて」

 いまさら散々聞き慣れた言葉、しかし、イオ司令の言葉を聞いてしまった後では、なぜか、その温度差が妙に気になって仕方ない。イオ司令の言葉もわかる、しかし、ディオーネの言葉もまた、ある意味では氏族の真実だからだ。

「ニハハ、まー、そんな顔すんじゃにゃーよ。だから、そー言うもんだと思ってくれりゃーそれでえーだてね。ってゆーか、おみゃー、何年氏族の飯食ってるから、んなこと今さら言わにゃーとならねーんだがね」

「そう・・・・・・ですね」

「ま、仕方にゃーね」

 苦笑いをこぼしながら、ディオーネは、マグカップのコーヒーに口をつけた。

「おみゃーにはおみゃーの、モノの見え方っちゅーもんがあるだて。気にする必要は、にゃーんもねーだてね」

「そう・・・ですか」

「ま、そんなとこだぎゃ。まったく、おみゃーときたら、ホントにつかめねー奴だぎゃ。やる気があんのかにゃーのかよくわからにゃーし、かといって、フラフラしとるかといえば、それも違う。うちには、おみゃーはなにか、別のもんを見ているようにしか思えにゃー時があるがね。

 それがなにかは、うちにはさっぱりわからねーて。でも、それがおみゃーの生き方なら、うちがどうこう言える筋合いでもねーけどもが」

「そんなことは・・・・・・」

「フ、まぁえーだぎゃ。悪気はにゃーよ、気にしねーでくれみゃあ。おみゃーだって、うちらのこと、全部理解したわけでも納得したわけでもねーだぎゃ?なら、ある意味お互い様っちゅーやつだてよ。

 明日は、うちも気合入れるだぎゃ。うちにはまだ、やらんとならにゃーことがたいがいあるでね。まだまだ、こんなところで楽になるわけにゃーいかねーんだて。でにゃーと、司令にぶっとばされちまうがね」

「司令に・・・・・・?」

「ただドンパチやらかして、手柄立てるだけが仕事じゃにゃーよ。そんな安い仕事するために、戦士やっとんじゃねーんだぎゃ。本当の仕事、果たさねーうちは、休めねーだてね」

「本当の、仕事・・・・・・」

 迷いも怯えもない、ただあるがままに全てを見つめ続ける瞳。その意思が向かわせるものの是非はわからない。また、問おうとも思わない。しかし、ディオーネが、望み願うもの。それは、ただ自分の名誉や誇りを超えた先にあるものだということ。それだけは、理解することが出来た。

「クルツ、明日の神判、タダのくだらねー喧嘩とは思わんでくれみゃあ。たった2年で、スターコマンダーになって、ブラッドアスプを手に入れて、歯ァ食い縛って、死に物狂いで力をつけて。

 うちには、そんなミケーネの顔がよぅ見えるんだて。うちのせいで、ミケーネが悩んで、苦しんだ、2年間っちゅー時間。それはそんまま、アイツにのっかかった重しなんだぎゃ。うちは、明日、そいつをのけてやる。

 さっきはあー言ったけどもが、どんな結果になるかは、正直わからねーて。けどもが、明日は、どんなことがあっても最後まで見届けて欲しい。これが、今のうちの願いだてね」

「わかりました、誓います」

「おー、そうしてちょうよ」

 普段のがさつな口調はそのままだった、けれども、その銀色の瞳に浮かぶ光には、一片の曇りも無い。いや、ディオーネは、いつでもその瞳を曇らせた事は無かった。常に自然体でいられる柔軟さ、それが彼女の強さであり、力であり続けていた。

 自分を飾らず、自分を偽らず、あるべき姿であり続ける強さ。トゥルーボーンの気高さと、フリーボーンのしなやかさを共に併せ持つ彼女。それは、自身の生い立ちによるものか、それとも、違う何かが存在しているからなのか。

 力は強さは己のためだけと信じる者、力は自分以外の何かの為にと信じる者。その、相反する二つの信念が、明日、持てる全ての力と技をもって激突する。

 その二つの異なるものの真価。それが、神判の形を借りて問われている。そして、その結末を見届ける事。それは、とても大事なことに思えて仕方なかった。考え過ぎかもしれない、しかし、そんな事を、なぜか思い浮かべていた。

『感謝を、中心領域の戦士よ。お前は、常に戦い歩む誇りと意義を与えてくれた。その存在、永遠に我が胸に刻まん』

「え?」

 不意に耳を打った、まるで竪琴の旋律のような澄んだ声に、俺は、弾かれるようにディオーネを振り返った。

「ん?どーかしたんかみゃあ、クルツ」

「あ・・・いや、しかし、今・・・・・・」

「疲れとるんじゃにゃーか、おみゃー。ま、適当に休むのも仕事の内。ともあれ、明日は楽しみにしとるだぎゃ」

「は・・・はあ・・・・・・」

 届いた言葉は、確かにディオーネのものだった。けれども、その真意を測ろうにも、彼女は、まるで古城の回廊にたたずむ猫のように、深く静かな笑みを浮かべているだけだった。



オモイツグモノ(中)

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