オモイツグモノ(前)



「ほれほれ、ちゃんと肩を使わんと。おみゃーのガリガリな腕じゃー、リキんだところで、たかが知れとるだぎゃ〜〜〜」

「う、うん・・・ていっ!」

「ど〜こ向かって投げとるだぎゃ、おみゃーは。ボールは相手の胸狙って投げるもんだで、ほれ、まっぺんやってみるだぎゃ」

「うう〜〜っ、てやっっ!!」

「あのな〜、いくらうちの乳がでけーちゅうたって、そこまではでかくねーだぎゃ〜〜」

 ハッハッハ、確かにな。俺の見立てじゃ、それでも90オーバーはガチだが。それはともかく、ここまでパスが続かないキャッチボールも珍しい。

 まあ、リオ自身が、キャッチボールどころか、ベースボールすらしたことがないというから、それはそれで仕方ないだろうな。それでも、ディオーネは、時折アドバイスを入れながら、根気強くボールを拾いに走り、再びリオに投げ返してしている。

 そもそも、ディオーネの方から誘ってきたわけだから、そう簡単に匙を投げられちゃ、リオの立場ってもんがないけどな。

「のわっっ!?」

 リオの投げたボールは、これまたあさっての方向に向かって飛んでいき、素っ頓狂な声を上げてジャンプしたディオーネの、はるか頭上を飛び越えて行ってしまった。

「おっ。あのよー!すまねーけどもが、ボール投げてくれんかみゃ―――!!」

 ディオーネは、通りがかりの戦士に向かって、せっかくの美声を台無しにするドラ声を張り上げて、景気よくグローブを振り回している。そして、その戦士は、足元に転がってきたボールを拾い上げると、ゆっくりと腕を振りかぶった。

「ギャオッッ!?」

 投げ返されたボールは、ディオーネの1メートル手前でホップするほどの剛速球となって飛来し、まともにディオーネの顔面を直撃した。

「わああっっ!?」

「ディオーネッッ!?」

 驚くとか慌てるとか、そんな次元をすっ飛ばして、俺達は、地面にひっくり返ったディオーネに駆け寄った。なにしろ、彼女の顔面に炸裂した硬式球は、背筋に粟が立つような鈍い音と共に、ろくすっぽバウンドもせずに、地面に転がったからだ。

 この分だと、顔面骨折は最低でも免れない。下手をしたら、即死しているかもしれない。こいつ、なんて事を!?

「リオ!」

「うん!」

 俺の声に、リオはすぐさま、メックウォーリアーのピストにすっ飛んでいくと、あっという間にその姿は見えなくなった。

 いくら、氏族人が四六時中闘争と流血を嗜んでいるように見えても、やはり、一定のルールってもんは存在する。その中のひとつに、

『不意打ち、カッコ悪い』

って奴がある。

 ディオーネの顔面に、硬式ボールを叩き付けたメック戦士。いったい、ディオーネにどんな恨みを持っているか知らないが、今の行動は、決して許されるようなものじゃない。

「いちち・・・・・・おーいて〜、いったい何が起きたんだぎゃ・・・・・・・・・」

「うわっっ!?」

 今まで見てきた中で、最も盛大な鼻血を吹き上げ、顔面を真っ赤に染めていたディオーネが、まるで何事もなかったかのように、いきなりむっくり起き上がったもんだから、驚いたとかそんな生易しいもんじゃない。

「フン、心配ない、人っ腹生まれ。この女は、この程度で壊れたりなどしない」

「なっ・・・・・・!?」

 人様にいきなり物をぶつけておいて、なんて言い草だ。思わず、この女戦士を睨みつけた瞬間、ディオーネの明るい声が、俺の調子を思い切り外してくれた。

「ミケーネ?ミケーネじゃねーかみゃあ!?おー!どえりゃーやっとかめだぎゃあ!!」

「フン、相変わらず・・・と言うか、さらに一段と、下品さに磨きがかかったようだ」

「タハハ、相変わらず厳しーだぎゃ。いやはや、今のは、ちっとびっくらこいたでよ」

 あれだけのことをされておいて、まったく機嫌を損ねていない様子のディオーネに、違う意味で、不安が大きくなっていくのを感じた。

 確かに、ディオーネは気立てのいい女性には違いないが、自らに対する悪意まで笑って済ませるほど、底抜けた博愛主義者ではない。

 しかし、このミケーネと言う女戦士に対するディオーネの言動は、悪友の悪ふざけに対するそれ以外のなにものでもない。

「ゴーストベアーとの戦いが、ようやく鎮まったばかりとは言え、いまだ予断を許さぬこの時期に子供のお守りか。セカンドラインは随分気楽そうで、うらやましいことだな」

「ニハハ、まー、そーゆーなだぎゃ。おみゃーこそ、えーんかみゃあ?こんな所まで遊びに来てからに。おみゃーのクラスター、即応配備っちゅー話じゃなかったんかみゃあ」

「それは、お前の関与する所ではない。私は、お前に用事があって、出向いたのだ」

「へ?うちにかみゃあ」

 意外な言葉に、ディオーネが思わず目を丸くするのが見える。そして、次の瞬間、ミケーネはとんでもないことを言い放った。

「スターコマンダー・ミケーネは、メックウォーリアー・ディオーネに対し、不服の神判を申し立てる」

「なっ!?」

 俺は、彼女の言葉に思わず耳を疑った。いったい、何があったかは知らない。しかし、どこかで、このミケーネというメック戦士との確執があったのは確かだろう。一方、ディオーネの方と言えば、たいして驚いている様子も無い。

「ま・・・・・・いつかは、そーくると思ぅとっただぎゃ」

「時間など関係ない、ましてや、過去の清算はな。問是?」

「是、なら、うちもそれはきっちり話つけにゃーならねーだぎゃ」

「ならば、お前に、戦士を名乗る資格があるかどうか、見定めさせてもらおう。私の搭乗するブラッドアスプ。そを迎えるのは、いつ、どこか?」

 ブラッドアスプ!?なんてこった、こいつ、あんな化け物で!?しかも、神判ってのは、基本的に挑まれた方が勝負方法を決めるってのに、コイツ、端っからメックバトルの方向に持っていきやがった。

「・・・・・・メックウォーリアー・ディオーネは、明後日、射爆場において、メック・ノヴァキャットで、スターコマンダー・ミケーネとブラッドアスプを迎えん。・・・・・・これで、えーんかみゃあ」

「・・・・・・よし、いいだろう。その言葉、忘れるな」

「いくらなんでも、三日くらい、よゆーで覚えとるでよ」

「フン、まあいい」

 フロントラインの戦士が不服の神判?しかも、メックでのタイマン勝負ときた。・・・・・・ディオーネ、お前、いったいコイツに何をしたから、ここまで目ェ付けられることになったんだよ?正直、見当が付きすぎて、却ってわからないぞ・・・・・・。

「クルツ!ローク様は見つからんかったけど、イオ様が来てくれたけん!!」

 な・・・・・・こ、こいつ、司令を引っ張ってきたのか・・・・・・?




 イオ司令は、戦士ミケーネの話を聞き終え、静かな表情で彼女に問いかけるように言葉を返した。

「却下します、貴女達、自分達が何を言っているのか、理解しての事ですか?」

・・・・・・もしかして、司令、怒って・・・いますか?

「我々クラン・ノヴァキャットが、遷都戦役において多くの熟練戦士を失った事、よもや忘れた訳ではないでしょう。フロントライン、セカンドライン問わず、熟練した戦士の存在は重要である。と言うのが、我らがカーン様の見解です。

 それだけではありません、現在、我々ノヴァキャットは友邦ドラコ連合と共に、ゴーストベアーに対する警戒と、有事に備えた即応体制の強化を推進しています。そのような時に、最悪、戦士の損失をもたらしかねない行動。

 それは、カーン様の御意向に逆らうということに他ならない。このことは、貴方達にも、理解することはできますね?問是」

「ア・・・・・・是」

 深く、それでいて静かに燃え上がる蒼い炎のように、怒りの感情を漂わせていく司令の言葉は、普段聞かせてくれる、あの耳に心地よい鈴音のような声ではなくなっている。

「これらに鑑みて、メックウォーリアー・ディオーネ、そして、スターコマンダー・ミケーネ。貴女達がどう思おうと、貴女達は紛れもなく、我がクラン・ノヴァキャットの宝なのです。そう、貴女達のいずれかでも、熟練した戦士を失う恐れのある審判を、許可することはできません。

 ・・・・・・もし、どうしても・・・と言うのであれば、それは貴女達だけの問題ではありません。然るべき場所で、然るべき審議を受けねばなりませんが、それでもよろしいか?ただし、それをカーン様がどうお受け取りになられるか、私は保証しませんが」

 表情は相変わらず穏やかだが、どうにも、目がビタイチ笑ってない。そりゃそうだろう、どうも、話の起こりは、2年くらい前まで遡るらしい。

 確かに、氏族の慣わしとして、神判での解決はごく当然の流れとは言える。だが、ならなぜその間、問題を放置しておいて、いまさらそれを蒸し返して騒ぎ立てるのか。

 神判なら、その場でいくらでも出来たはずだし、そうでなくても、それだけ不満に思うことならば、日を改めるにしても、そう長くは寝かしておくものでもないはずだ。そうなると、不服の神判に見せかけた謀殺。と、司令がそう考えたとしても無理はない。言いたいことはわかる、しかし、どこか不自然な匂いがしてならない。それは、司令だって感じているのだろう。

「スターコーネル・イオ、恐れながら、これは戦士としてのあり方に関わる問題であります!いかなる処分を受けようと、この申し出、曲げる気は一切ありません!!」

 さっそく噛み付いてきたミケーネに、イオ司令は、微かではあるが、うんざりとした表情を横切らせている。

 気持ちはわからなくはない、同じ部隊の人間同士のいざこざならともかく、他所の部隊の人間が、昔の話を振り回してねじこんできた挙句、クラスターにおける虎の子とも言うべきエースの一人と神判をさせろとゴネ始め、下手をすれば、クラスターにとっての損失を招きかねないという、実に迷惑千万な話を持ち込んできたのだ。

「スターコマンダー・ミケーネ、貴女の言い分もわからなくはありません。不服に満ちた生より、誇りある死。これは、揺るがしようの無い真理でもあります。メックウォーリアー・ディオーネ、貴女は、スターコマンダー・ミケーネの申し出に対し、どう考えていますか?」

「うちは、特に言うことはねーだぎゃ。スターコマンダー・ミケーネの気が済むよーにやりゃーえー、それだけだぎゃ」

「そうですか・・・・・・了解しました、メックウォーリアー・ディオーネ」

 ディオーネの意思確認をしたイオ司令は、ふたりを前に、静かな口調でとつとつと語り始める。

「スターコマンダー・ミケーネ、貴女も御存知の通り、現在、ノヴァキャットはゴーストベアーの侵攻に備えなければならない非常事態にあります。それは、貴女の所属するフロントラインのみならず、我々セカンドラインとて、それは同じ。

 率直に言えば、貴女の申し立ては、有事において、貴重な戦力を損耗する可能性のある、非常に不愉快なものでもあります。そして、不名誉を晴らすための行動に、時間は関係ないとは言え、それだけの問題を2年もの間、ただ放置していた事実。些か解せぬと同時に、無条件での賛同は出来かねます。

 この点においては、貴女の非を問わなければならない。我々戦士にとって、曇りなき誇りは至上。しかし、秩序と結束を徒に乱す行為は、協調の精神に反するもの。私の一存で、今回の事案を承認するわけにはいきません」

「了解した、スターコーネル・イオ。なれど、それは我が申し出た神判を認めない。という解釈となるのか」

「見くびられては困ります、しかし、神判の件について即答はできません。ふたりとも、私についてきなさい」

 そう言って、颯爽と歩き出した司令の後を、ディオーネとミケーネのふたりは、ほんの一瞬、お互いに顔を見合わせた後、母ライオンの後を追う仔ライオンのように、イオ司令の後ろについて歩き出していた。やはり、なんと言っても、司令と彼女達では、にじみ出る風格が違う。だが、あまりふざけてもいられない。

 あのミケーネの目に灯る、澱むような暗い光。あれは、伊達や酔狂で出来る目なんかじゃない。けれども、なぜにそこまで。と思わずにもいられない。いったい何が、と考えること自体、野暮と言うものなのかも知れないが。

「どうするんじゃ、エラいことになってもうたけん、クルツ・・・・・・!」

「そうだな、また始まった。って、ところか・・・・・・」

「なんじゃい!クルツ、ディオーネ姉ちゃんが危ないかもしれんちゅうのに!!」

「危ない・・・・・・?今までだって、こんなことは何度もあっただろ。それでも、上手く切り抜けてきたじゃないか」

「で・・・・・・でも!」

「どうした、何をそんなに慌ててるんだよ」

 彼女達が司令と共に去ってしまい、後に取り残された俺達は、その背中が見えなくなった後も、しばらく間抜けのように突っ立っていた。いきなり降って湧いたような、冗談じみた展開に、今更ながらにあきれるしかない。

 決闘なんて、中心領域でもそう珍しい事じゃない。俺自身が、その当事者になった事だってある。それで命を落とした知り合いも、たくさん知っている。仲間同士で命のやり取りなんぞ、このイカレきった御時世、信じられないとうろたえている方がどうかしている。それがこの氏族世界だ、なにが起こったっておかしくない。

「だって・・・・・・だって、ディオーネ姉ちゃんなんじゃ!」

「そうだな、ディオーネだ」

「なんじゃい!その言い方!!」

「彼女は戦士だ、そして、これも、戦士の生き方だ。戦いに敵も味方もない。一度戦うと決めた相手には、絶対に背中を向けない。それが、戦士じゃないのか?」

「じゃけん・・・あの姉ちゃんの目、普通じゃないけん。絶対、やばいけん!」

「それはお前が心配することじゃない、外野が騒いだところでどうにもならん。むしろ、それは侮辱になるぞ」

「う・・・・・・」

「戦士ミケーネの心配は、ディオーネがすればいい。俺達は、俺達に出来ることをするだけだ」

「クルツ・・・・・・」

「そんな顔するな、戦士が戦いに赴く時、笑って送り出せなくてどうする。それが、礼儀ってモンだ。それに、ここでこうしていても仕方ない。ハンガーに行くぞ」

「う・・・うん!」

 少し突き放すようなことを言っちまったが、下手ななだめすかしなど逆効果だ。リオにしてみれば、ディオーネは特別な存在であることくらい、俺でもわかる。だからこそ、信じる覚悟、って奴を持ってもらわないと困る。

 今のところの情勢は、比較的穏やかであるとは言え、いつ何時、遷都戦役以前の状況に振り戻るかもわからない。ただでさえ、アルシャイン・アヴェンジャーなる、ドラコの身の程知らず共がやらかしてくれた馬鹿騒ぎのせいで、無駄にゴーストベアーの怒りを買い、双方との緊張が高まりつつある。

そうなれば、この先、ディオーネが、実戦配備で戦場に赴く機会など、それこそいくらでも出てくるだろう。そうなった時に、いちいち周りでうろたえられていては、ディオーネ自身、それこそたまったものではない。

「リオ、お前、今日は徹夜だからな」

「え・・・ええ!?」

「何驚いてんだよお前は、当たり前だろ、これからサンドラのセッティングで忙しくなるんだ。ひとりでも人手が必要なんだよ、家で寝てる暇なんてないからな」

「うん!!」

 さて、コイツにも覚悟を決めてもらおう。もちろん、俺も決める。まあ、まさか本当に徹夜なんざさせるつもりはないけどな。だが、あの眉無し女には、ディオーネとサンドラの恐ろしさを、骨の髄まで思い知らせないといかん。見てやがれ、吠え面かかせてやる。




『あ―――――っっ!!』

 仮眠室から聞こえてくる悲鳴と同時に、ドアが跳ね開けられる音がして、騒がしい足音が猛スピードで接近してくる。

「クルツ!なんで起こしてくれなかったんじゃ!!」

「起きなかった!だから起こさなかった!」

「なに言ぅとるんじゃ!もう10時じゃけん!一時間の休憩なのに、2時間も寝てしもうたけん!どうするんじゃ!!」

「まあ、失敗は誰にでもあるさ、気にするなよ」

「間違ったのはクルツじゃろ!なに立場逆転させとるんじゃい!!」

「鋭いね、チミ」

「もう!!」

 ぐっすり眠ったせいか、回転数も十分に上がりまくっているリオは、肩を怒らせながら自分の持ち場に戻っていく。そして、慣れた様子でゴーグルと防塵マスクを被ると、ボロとパーツクリーナー片手に、部品の洗浄と磨き出しを始めていた。

「朝まで寝かしておこう作戦、失敗ッスね、班長」

「ああ、子供ながらに、なかなか切り替えの早い奴だ」

 昼間のあの騒ぎの後すぐ、ハンガーに戻った俺は、班員全てを集めて事情を説明し、ディオーネのノヴァキャットに対する臨時整備をすることになった。とは言え、まず先に手をつけるのは、機体のクリーニングだ。

 機体の掃除を馬鹿にしちゃいけない、中も外もくまなく磨いていく過程で、思いもかけなかった異常に気付くことも多い。自転車からメックまで、掃除は全ての整備の基礎だ。お前さんも、たまにはピカピカに磨いてやんなよ、愛機をな。

 別に、ふざけて言ってるんじゃないぞ。機体に染み込んだディオーネの癖を殺さず、それでいて、よりスムーズな稼動状態に仕上げるのが今回の仕事だ。新品同然の状態にしてしまっても、それではディオーネが慣らしを一からやり直さなければならなくなるし、そもそも、オーバーホールも慣らしの時間もない。

 まだ、ディオーネとミケーネの神判が、正式に決定した状況ではないが、『その時』に備えるのが、俺達テックの仕事だ。その時になってから慌てて動くようじゃ、テックとして三流以下だ。こんな時だからこそ、使える時間は、一秒だって無駄にはしたくない。

 それに、俺達の班は、ディオーネのノヴァキャットだけ整備していればいいと言うわけじゃない。それこそ、マスターやアストラをはじめとして、クラスターに配備されているメック全てが俺達の担当になる。だからこそ、サンドラの整備に割くための時間は、俺達自身で工夫して作るしかない。

「けど班長、例の話、マジッスか・・・?」

「ああ、まだ正式に決定した訳じゃないけどな。イオ司令がなんとか動いてくれてるが、あまり楽観しない方がいいかもしれんぞ。なんせ、例の相手方がヤバめだ。なんて言うか、目が普通じゃない」

「普通じゃない・・・ッスか・・・・・・」

「ああ、『原理主義者』って奴だな。こいつはチトばかし、厄介な事になりそうだぞ」

 原理主義者、俺達は、融通の聞かない戦士階級の人間をそう呼ぶ。要するに、戦士の掟に忠実な戦士、って奴だ。

 フリーボーンの人間なら、気に入らなければ全ての階級関係なしに容赦なく殴り、場合によっちゃあ無礼討ちもなんのその。誇りと名誉が血肉であり、命よりも重きを為すそれを汚すことは、何人たりともそれを許さない。そして、その代償は血と命で贖わせる。

 全ての上に君臨する存在にして、非情なるタイラント。とまあ、そんなとこだが、俺だって、今までどれだけ不愉快な目に合わされたか、そんなのいちいち覚えちゃいない。

 こんなの、今さら改めて言う事でもなかろうが、ノヴァキャットは、単に、歌って踊れる、キャンプファイアーと占い大好きな、お気楽氏族などでは決して無い。

 300年という氏族世界の歴史の中で、正々堂々と自分の力で戦い抜き、遷都戦役では、その道のりで、数百万以上もの犠牲と損失を出しながらも、あのジェイドファルコンやゴーストベアーを初めとする、トップクラスの実力派氏族の猛攻に耐え抜いた、飾りものではない実力を持っている。

 そして、それを支えているのが、さっき話したような、原理主義者達の力であることも否定しない。いや、そもそも否定しちまったら、

『じゃあ氏族の意味無いじゃん』

 となってしまう。とにかく、うちのクラスターの連中に変わりモンが多いだけであって、ノヴァキャット全体でみれば、ジェイドファルコンや、今はもう亡いスモークジャガーほどではないにしろ、やはり氏族は氏族である。『そういう奴』がいたとしても、別におかしくもなんともない。

「とにかく、神判は明後日だ。明日の午前中には、試運転ができるようにするぞ。そのあと、細かいセッティングの調整をしたいしな。悪いが、頑張ってくれ」

「水臭いこと言いっこなしッスよ、班長。それに、リオちゃんもああして頑張ってるんッスから、俺達プロがやらいでどうするってか。ってやつッスよ」

 そう言ってくれると思ってはいたが、やはり、その心意気はなにものにもましてありがたい。それに、ただ気をもんでいても仕方が無い。その時間で、俺達に出来ることをしている方が、下らない事を考えずにすむ。

 あとは、どうやってリオの奴に休憩をとらせて、ついでに朝までゆっくり寝かせておくか、その算段を考えないとならない。どっちかって言うと、そっちの方がよっぽど難しそうだ。




 消灯時刻もとっくに過ぎたころ、イオ司令の出頭命令を受け、司令執務室を訪ねた俺は、執務室の惨状に目を疑った。いや、被害はあくまでもピンポイント的なものなんだが、そのピンポイントの対象が問題だった。

「クルツ君、これから重要なお話があります。心して、聞くように」

「了解です」

 努めて平静を装いながら返事をする、が、執務室の片隅に放り投げられている粗大ゴミが、物凄く気になる。

 厚さ5センチはある天板が粉砕された執務机、そりゃもう、見事なまでに粉々で、大ハンマーで叩き壊したんじゃないかとさえ思える砕けっぷりだった。

 ただ、そうじゃないのは、破壊力に満ち溢れた鈍器が見当たらないのと、司令の右拳が、ほんのり桜色に染まっていることで、多分、司令直々の鉄拳が為した業ではないかと思ってみたり見なかったり。

 イオ司令も、マスターと同じシブコだから、そのくらいの芸当は、出来て別に不思議じゃない。と、まあ、それはいいとして、だ。俺は、姿勢を正しつつ、まだ、何やら考えを巡らせている様子の彼女の言葉を待つ。

「スターコマンダー・ミケーネのクラスターに問い合わせました、実に話になりません。このような時期に、何を考えているのか、非常に理解に苦しみます」

 イオ司令の言葉もそうだが、その表情は、彼女という人間にしては珍しく、怒りに満ち溢れている。怒った顔も魅力的、なんてトンマな事を言っている時ではない。彼女は、今まさに、本気で怒りを露わにしているのだ。

「スターコマンダー・ミケーネは、上官に対して、神判によって要求を押し通したそうです。それだけでなく、上層部に対しても事案を認めさせたとのこと。

 もはや、私の権限で処理できる問題ではなくなりました。もし、ここで私が否決すれば、さらに事態をこじらせてしまいます」

 あの眉無し女、なんて真似をしてくれやがったんだ。しっかり外堀を埋めるような真似しやがって、これでは、ディオーネは、いよいよ神判を受けて立たざるを得なくなった。畜生、最悪だ。

「こうなった以上、もはや、なりふりなどかまっていられなくなりました。あの遷都戦役によってもたらされた試練は、我々ノヴァキャットを、よりあるべき道へと導いてくれました。しかし、これが到達ではない、これからがこそ、我々ノヴァキャットにとっての始まりなのです。

 当然、未来はノヴァキャットだけのものではない。中心領域の未来こそが、ノヴァキャットの未来と同義。そして、我々戦士に与えられた使命が、戦うことによって切り拓いていくことならば、それを踏まえた上での熟練戦士の温存は、クラン・ノヴァキャット全体の至上命題。

 そして、たとえセカンドラインとしての立場に置かれているとは言え、それは我々にとっても同じこと。我がクラスターも、もうこれ以上熟練戦士を失うわけにはいきません。

 メックウォーリアー・ディオーネには、なんとしてもこの神判に勝利して頂きます。ひいてはクルツ君、メックウォーリアー・ディオーネの乗機については、クラスターが保有する装備資機材の使用と、あらゆる改修・整備案を認めます。

 とは言え、明後日の刻限までそう時間があるわけでもありませんが、持てる知識と技術の全てを投入して、事にあたってください」

「了解です、この三本のコードに誓って」

 確かに、司令の言うとおりだ。どちらか一方の損失が避けられないというのなら、こちらがむざむざそれを被ってやる筋合いはない。

 ディオーネ自身、ただ出自がフリーボーンだと言うだけであって、フロントラインの戦士に対して、決して引けをとるようなことは無い。それは、彼女が、クラン・ノヴァキャットのフラッグシップ・メック、ノヴァキャットを与えられ、それを駆ることを許されたと言う事実が証明している。

「クルツ君」

「はい、何でしょうか」

「私達戦士は、より良き死を求むるため戦うもの。しかし、それは、後に続く者達を照らす光たらんとするため。私は、そう考えています」

 静かに紡がれる司令の言葉、俺は、その言葉に、ただ耳を傾ける。

「戦って、戦って、戦い抜いて、そして、いつしかその頂に登り、戦士の中の戦士となる。それも良いでしょう、しかし、それだけではないはずです。この世界は道、幾重にも重なり、交わる道なのです。そして、私も、貴方も、誰もがその道を歩む者です。

 魁を歩く者もいれば、殿を歩くものもいるように、私達と肩を並べて歩む者もいれば、私達の背を追って歩む者もいます。

 ならば、その道の半ばで歩みを止めたその時、何を遺せるか、何を託せるか。共に歩む者に、そして、後に続く者に、歩みの意味を示し、その先を託すこと。それが、歩みを終える者の義務であり、権利である。私は、そう考えています」

 とつとつと流れる司令の言葉、そして、その紡ぎが止まり、彼女は、何かを思うように目を伏せる。そして、意を決するように、まっすぐに視線を向けて来る。

「ただ己が名誉のみを追い、己が心を満たすためだけの歩み。それがいかに愚かしく、そして、無意味なものか。それは、正流を乱し、行く末さえも霞ませてしまう。大河にあって、ただ水の流れだけを凝視し、遥か辿り着くべき悠久の大海を見失う。まさに、今のこの世界が示す姿、そして、我々氏族の姿そのものだとは思いませんか?」

 彼女が俺に向けた、思いもしなかった問いかけ。どう答えるべきなのか、俺の中には、その言葉の重みに値する返事は、すぐには浮かばなかった。

「我々氏族は、偉父祖が心より希求した、世界の平穏を築き上げるべく生まれたもののはずです。しかし、現実には、この中心領域に平穏をもたらすどころか、さらなる混乱と災禍をもたらしている。

 誇りと名誉に生き、ブラッドネームを冠し、リメンバランスにその名を遺す。しかし、それで世の平穏が築けるでしょうか。いいえ、築けるはずがありません。我々戦士が、自らの死を礎にして得なければならないもの、それは、誇りでも名誉でもない。

 偉父祖アレクサンドル・ケレンスキーが、心から望んでやまなかったもの。生きとし生けるものが、その生を、その思いを全うできる、ただそれだけの世界だったはずです。己が力を示し、他者を従わせ、望むものを手に入れる。それでは、偉父祖を絶望させた悪魔と、何が違いますか?」

 静かに、そして、真摯に問いかけてくる司令の言葉を前に、口の中が干乾びていくような感覚に包まれる。司令は、何を思い、俺に、この話をしているのだろう。

「どうして、神判ひとつでこんな話を。と、思うでしょうね」

 司令は、静かに、しかし、鋭い光を投げかけるように俺を見る。

「道を見据えて歩む者、そして、道を見失い迷う者。私には、あのふたりが、そう見えるのです」

「見据える者と、迷う者・・・・・・・・・」

「戦士ディオーネ・・・・・・彼女が、なぜ、このような二線級の部隊に身を置いているのか、そのことについて疑問を持ったことはありませんか?心技体、そのいずれにおいても、一線級の戦士に対し、引けをとるものではない。むしろ、ケシークにおける序列の中へすら、その名を連ねる資格を十分に備えた彼女が、です」

「それは・・・・・・彼女が、母親から生まれた者だから・・・・・・だと」

「それはひとつの要素に過ぎません、彼女の母は、今でこそドロップアウトし、市民階級の一員として、違う道で社会に貢献することを選んだ戦士のひとりです。そして、かの偉大なる『ロス』の血銘を継ぐ者でもあります」

「それは・・・・・・・・・!」

 初めて聞かされた司令の話に、俺は、一瞬耳を疑った。ディオーネの母親が、トゥルーボーンの戦士だった・・・・・・!?

「彼女にとって重要だったことは、自分自身の誇りと名誉に対する渇望を満たすことではありませんでした。彼女は、自分の歩んだ道の意味を後続の者に拓き、そして、さらなる先を指し示せるよう、人として恥じぬ生き方を貫くことでした。

 彼女が、何を視たのか、そして、何を思ったのか。ただ、少なくとも彼女は、彼女自身の信念に従ったと、私は今でも信じています。その代償は、両の目の光を失いかけるという、過酷なものであったにもかかわらず、です」

 彼女が語る、ディオーネの『母』。なぜ、これを話してくれたのか。しかし、そこに、司令の語るものの答えがある。そう思いながら、俺は、彼女の言葉を待った。

「私は、あの時、まだ取るに足らない子供に過ぎませんでした。けれども、後にも先にも、彼女ほどの大きさをもつ人間を、私は他に知りません。彼女が、私と、そのシブコに託そうとしたもの。それは、あの時から今日に至るまで、私が、戦士たらんとするための矜持であり、指針としてあり続けています。

 そして、戦士ディオーネも、母が託し、そして示した光を受け継ぎ生きている。それが、彼女にとって、どれだけ困難な道を歩ませることになったか。しかし、それでも、彼女は歩き続けている。

 クルツ君、私の話に疑問を感じませんか。いえ、むしろ、感じて頂かなければ、残念ですが、それは貴方が、この世界に埋もれてしまったと見るべきかもしれません」

 ・・・・・・いや、そんなことは、そんなことはない、と思いたい。しかし、果たして本当にそうだろうか。

 司令の語ったものは、俺の知る氏族の姿とは明らかに違う。氏族に対する違和感を持ちながら、むしろ、その違和感ですら当たり前、と感じ始めてしまった自分。そして、今その違和感を問いかけられ、戸惑う自分。

「・・・・・・私の信念は、おそらく異端なのかもしれません。実際、そう思い詰まされたことも幾たびかありました。しかし、自分だけの誇りと名誉を満たすためだけの生き様。何故、自分がここに存在するのか、その意味を忘れたかのような生き様。

 それが、氏族同士の対立を生み、挙句の果てには、ウォーデンとクルセイダーと言う、派閥さえ生んでしまった。協調の精神、その真の意味さえも見失いかけた我々。

 もう、そうなった時点で、氏族はその使命と結束が崩壊しかけているのです。そして、それが結果として、中心領域に新たな火種と怨嗟をもたらしてしまった。

 救うべき世界を、自らが傷付け破壊する。我々氏族を、破壊者と呼ぶことはあっても、救世主と呼ぶ者は、中心領域にあって皆無のはず。それが、我々氏族の偽らざる現実なのです」

 司令の言うとおりなのかもしれない、確かに、ただ強くあるだけなら、氏族もブラッドネームも必要ない。自らを鍛え、より強い武器を手に取ればいい。ならばなぜ、氏族が生まれ、ブラッドネームが存在するのか。

 死を恐れず、むしろ、その死を礎にするための大義。死を覚悟せねばならないほどに果たさなければならないもの。それは、個人の誇り?名誉?違う、そんなものが目的ではないはずだ。少なくとも、それでは誰も、何も救えない。

 救う?何を?それは、他でもない彼らの故郷、中心領域。そして、母なる星『テラ』であったはずだ。

 なぜ、アレクサンドル・ケレンスキーは、自分を信じた人々の運命を一身に背負い、あてすら見えない宇宙へと旅立ったのか。なぜ、在りし日の星間連盟の理念を継ぐ存在、『氏族』を創ったのか。

 氏族は、自らが絶望した世界を破壊するための、絶望に復讐するための剣だったのだろうか。ならば、彼は、復讐者だったのだろうか、世界の破壊を望んだ男だったのか。否、それは断じて否のはずだ。

 エクソダスは、彼から全てを奪い去った。思い出も、平穏も、そして、愛する者も。限界をとうに超えた重圧と苦悩に、最後は自分自身さえも失ってしまったと言われた男。では、彼の望んだ道は、その元凶の破壊を渇望する復讐者になることだったのか。

 並みの人間なら、それでもいいだろう。いや、むしろ、それが当たり前かもしれない。人はそれほど強くない、孤独であればあるほど、なおさらだ。

 しかし、彼は、その『当たり前』が許されない存在だった。数え切れないほど多くの人々の信頼と希望、彼らの未来と中心領域の未来が、彼一人の双肩に託された。そして、それらを全て、自ら望んで背負った男だったはずだ。

 世界を愛するがゆえに、愛したがために、彼は、血の涙さえ流すことを許されない道を選び、地球と中心領域を後にしたはずだ。しかし、300年と言う時間は、彼の願いを、祈りを、届かないものに変えてしまった。

「クルツ君」

「は・・・はい!」

「私は、このクラスターを、いつまでもセカンドラインに甘んじさせるつもりはありません。この世界において、力が必要と言うのなら、その力を求めましょう。名誉も、誇りも、必要と言うなら求めましょう。所詮、それらは頂を目指すための踏み石に過ぎません。

 ですが、それを得なければ先に進めないというのなら、いくらでも仮面を被りましょう、自分を封じましょう。まったくもって愚かしいことです、私自身、落ちるところまで落ちて、ようやくその事に気付くのですから。

 泣いて、喚いて、憤って、感情を撒き散らすことが足枷となるなら、それらを全て封じましょう。戦士は全てを捨てて歩き続けねばならない、かつて、偉父祖がそうしたように。

 私は、戦士としての仮面を被ることを選んだ者。この身が未来の礎のひとつとなれるのならば、己が全てを封じ込める仮面を被り続けることを選び、そして、最期の時まで、私は、その選択を後悔などしない。

 このクラスターは、私に与えられた力。そして、私の問いに応え、そして集った者達が成す力。私にとって、覚悟の無い人間は不要。しかし、覚悟がある人間は、等しく共に進むべきもの。そう、このクラスターを作る人間ひとりひとりが、私の力なのです。

 もうこれ以上、来るべき時を前に、ただのひとりも失うわけには行かない。時が来れば、私だけではない、このクラスター全てを礎にする。それがより良き未来へ続く道となるなら、このイオ・ドラムンド、ただのひとつも躊躇はしません」

 仮面、破滅さえ厭わない仮面。いまさら聞き慣れているはずなのに、何かが違う。戦士だから、戦うことを恐れないのではない、死を恐れないのではない。戦士であるがゆえに、果たさなければならない使命があると司令は言う。

「我々戦士は、偉父祖より託された遺志を成し遂げることこそ本懐。己の強さや名誉など、使命を為す上で自ずとついてくるもの。己の強さや名誉を求めることが目的となった時点で、既に道を外れていると言ってもいいのです。我々は、その程度の事を、目的になどしてはならないのです。

 クルツ君、いえ、トマスン・クルツ、中心領域の戦士にして、未来の我が力となるべき者。スターコーネル・イオ・ドラムンドの名と権限において下命します。メックウォーリアー・ディオーネに、持てる全ての力を与えよ。それができるのは、貴方だけしかいない。貴方は三本のコードに誓うと言った、だが、それでは足りない。貴方の存在に対し、そして、貴方の魂に懸けて誓いなさい」

 イオ司令の言葉が、電撃のように俺を打つ。ボンズマンの誇りと名誉ではなく、俺自身に対して誓え、と。

「了解しました、スターコーネル・イオ・ドラムンド」

 それだけしか言えなかった、しかし、それ以上の言葉は無意味。ただ下命を果たす、それだけが、今において、彼女の望みであり、必要とするもの。

「良い返事です。あの時の、夜間における規則違反、あえて不問に付した事、正解でした」

 ・・・・・・え?

「いつどこで、どのようにして道が交わり、そして、なにが必要となるか。神ならぬ身である以上、計り知れぬこと多々あれど、今というものが確かに存在する・・・・・・面白いものです、だからこそ、世界は驚きと愉しみに満ちている」

 司令・・・・・・?

「貴方は、10年の長きに渡り、彼女の心を支え、力を与えてきた。そして、これからもそうであることを信じています。貴方は面白い、そして、読めない。ロークが、貴方を我等ノヴァキャットに迎え入れたこと、納得もいこうというものです」

 10年間の間、俺がディオーネの力にだって・・・・・・まさか、いや、しかし・・・・・・・・・。

「剣に光を与える者よ、貴方は、貴方自身で思う以上に、その存在は強く大きい。それを、ゆめ忘れぬよう」

 最後に締めくくった司令の言葉、そして、その表情は、俺達が知っている、偽りのない司令の笑顔だった。




オモイツグモノ(前) 終

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