真夏の夜の夢



「・・・・・・なぁ、まだ直らねーんか?」

「もうちょっと待ってください、まずは、どこがイカれてるのか確認しないことには、手のつけようがないんですから」

 俺は、戦士階級宿舎の共同空調設備の室外機の前で、炎天下の下、じりじりとローストされているような暑さの中、傍から聞こえる雑音を聞き流しつつ、故障箇所の点検をする。

 室外機の調子がおかしいから、と、マスターに呼びつけられて、室外機の修理を仰せつかったわけなんだが、案の定、堪え性の無い人間がひとり、俺の脇でウロウロし始めたってわけだ。

「メックに比べりゃー、こんなもん、オモチャも同然だぎゃ〜〜?」

「そんなわけありませんよ、それに、メックはメックで、コイツはコイツで、修理するとなれば、それなりに手間がかかるんですから・・・・・・」

 ドラコ駐在官が世話になっている、ということで、うちのクラスターに寄贈されることになった空調機なんだが、その実情は、未だうちのクラスターに居残っている、変わり者じみた少数の駐在官達による、領事館への要望で設置されることになったというシロモノなわけだ。

 氏族の施設には、エアコンなんて贅沢極まりないものは、ほとんどといっていいくらい存在しない。あるとすれば、一部の上級幹部が使用する施設か、ジャンプシップとドロップシップくらいなもんだ。それだって、一般居住区にあるかどうかは、非常に怪しいわけなんだが。

 ともかく、この間の、駐在官宿舎を狙った爆弾テロによる火災事件以来、駐屯地内の居住区にドラコ駐在官が居ついたことで、はからずしもエアコンを手に入れることになった我がクラスターだが、その評判は、当然ながら、すこぶるよろしい。

 で、やはりと言うか、一度手に入れた幸せは、なるたけ長く掴み続けたい。と、いうのが人の情。というヤツであるからして、故障したから、じゃあ、我慢しましょう。ではなく、どうにかして、修理しよう。という流れになっても、まあむべなるかな、だ。

「まだかみゃあ」

「無茶言わないでくださいよ・・・・・・」

「むぅ〜〜、大体みゃあ、機械なんてもなぁ、ブッ叩いてみりゃー、たいがい直るもんだぎゃ〜〜?」

「何言ってるんですか、そんな安物のトライビットじゃあるまいし・・・・・・」

「まー、見とくだぎゃ」

「ちょっ!なにするんですか!?」

「うりゃっっ!!」

「あ゛っっ!?」

 俺が慌てた時にはもう遅い、並みの大人なら、一撃であの世逝きの切符売り場の前に立つことになる回し蹴りが、パネルを開け放した室外機の側面に直撃し、鈍い音と同時に、その外板がへこんだ。

 ・・・・・・なんてこった、信じられない。

 そして、断末魔にも似た轟音を上げた室外機から流れ出してきた、焦げ臭い匂いが漂う空気の中、俺は、目の前で起こった、到底信じ難い暴挙の前に、ただ呆然とするしかなかった。




「ぬぅああああああっっ!クッソ暑ぃだぎゃああああああ!!」

 うるせぇなぁ、コンチキショウ。

「せっかくシフト休に入ったっちゅーのに!なにが悲しくて、こんなトコでクソ暑ぃー思いしなけりゃならねーんだぎゃあ!!」

 呼びもしないのに人の部屋上がりこんどいて、こんなトコとか言うな。

「うぅううううぅるぅらぁらああああああああぁぁぁ」

 変な声出して唸るな、猫かお前は。

「クルツ――、暑ぃだぎゃ―――。なんとかしてくれみゃあ―――」

「なんとかしようにも、俺達ボンズマンの宿舎には、エアコンなんてないんですから、どうにもしようがないですよ」

「なんだぎゃそりゃ〜〜、おみゃー、そんなんでよく我慢できとるみゃあ〜」

「この生活もいい加減長いですからね、慣れてます」

「涼しくしてくれみゃあ」

「無理ですよ」

「即答なんぞせんで、もーちょっと考えたらどうなんだぎゃ〜〜」

「無理なものは無理ですよ、だいたい、人が修理している横で、短気起こして室外機に回し蹴りなんか入れるから、部品取り寄せじゃないと修理できなくなったんじゃないですか。とにかく、今週一杯は無理です。ここじゃなくても、どこか涼しい所でくつろげばいいじゃないですか」

「司令執務室は、5分で追い出されただぎゃ」

「そんなことしてたんですか・・・・・・」

 ・・・・・・やれやれ、しばらく姿を消したかと思っていたら、まさか、司令の所にまで迷惑をかけに行っていたとは。

 ディオーネの、無駄に有り余る行動力に呆れながらも、俺は、ハンダごてを手に、ちまちまと回路の応急処置を続ける。出力はかなりダウンするが、それでも、湿気を飛ばせるだけは出来るようにしておきたい。

 愚か者の放ったキック一発でお手上げ、などと、そんなことは、機械屋の沽券にかかわる。とにかく、瀕死の重傷を負い、生死の境をさまよっているエアコン様の息を、意地でも吹き返させなければならない。それが、俺のジャスティス。

 しかし・・・・・・ったく、正直、このクソ暑い中、人が細かい作業をしている時に、横でギャアギャア喚かれると、正直、癇に障って仕方ない。

 リオにいたっては、家庭学習に支障が出ると言うので、ハナヱさんの了承を得た上で、彼女の所に厄介にさせてもらっているが、この調子だと、ハナヱさんのいる宿舎も、空調が効かなくなったと見ていいだろう。

 だいたい、俺らボンズマンは冷房どころか、扇風機だって支給されてない。暑さをしのぐための手段は、窓を開けて風を呼び込む。つまり、『大自然の恵み』ってヤツに頼るしかないわけだ。

 でもって、往々にして、大自然ってのは気まぐれと言うかなんと言うか。と言うより、今まで、人間が自然に優しくしてこなかった分、人間に対して非常に厳しい。

「・・・・・・なにやってんですか?」

 突然、何を思ったか、ディオーネはごそごそとベッドの下にもぐりこみ、ご丁寧に空き箱をかき寄せて隙間に蓋をすると、そのまま息を潜めて身を隠した。

『・・・・・・うちは、ここにいねー』

「はぁ?」

『うちは、ここにはいねーだぎゃ』

「は・・・はぁ・・・・・・」

 いきなり何事かと思いながらも、まるで何かに警戒する猫のように、ベッドの下に潜り込んでしまったディオーネに首を傾げていると、ディオーネの『恐れるもの』が、深く静かな怒気の風と共に、俺の部屋を訪れた。

「メックウォーリアー・ディオーネはいるか」

「ど・・・どうしたんだ、アストラ・・・・・・?」

「ここに、メックウォーリアー・ディオーネがいるはずだ。スターコマンダー・アストラの名と権限において、彼女の引渡しを下命する」

「ど・・・どうしたんだ、今日はまた、随分厳しいな」

「無駄話はいい、メックウォーリアー・ディオーネの引渡しを」

 ここまで怒りをあらわにしたアストラは、ここしばらく見るか見ないかだ。理由はだいたい見当はつくが、普段はあれだけ姉思いなアストラだけに、これはちとタダ事じゃない。

「クルツ、念のために言っておくが、かばいだてすれば、例えお前でも、ただではすまさない」

「わ・・・わかった、けど、どうして俺の部屋だと・・・・・・?」

「ボンズマン宿舎近辺で、メックウォーリアー・ディオーネの姿を目撃したとの情報がある。となれば、彼女が潜伏を試みるのは、お前の居室しかありえない」

「そ・・・そうか・・・・・・」

 なるほど、もう、ディオーネの行動パターンは読まれているということか。

「さあ、クルツ。メックウォーリアー・ディオーネの引渡しを」

「お・・・・・・・・・」

 さて、コイツは進退窮まったことになったぞ。俺じゃなくて、ディオーネが。




「この裏切りモン、見損なっただぎゃ」

 その日の夕方、ハナヱさんの提案で、みんなで『ユウスズミ』なるものをすることと相成ったわけだが、そこでもまだ、ディオーネは、ひとり隅っこの方でブチブチと恨み言を呟きながら、時折俺に恨みがましい目を向けてくる。

「姉さん、クルツを恨むのは筋違いだ。今回の原因、それは、共同使用である空調機の室外機を破壊した姉さんにある」

「うぅ〜〜〜」

「ま、これに懲りたら、今度から短気起こしてクルツの仕事の邪魔すんじゃねーだで。おみゃーのおかげで、折角の休みをクソ暑い中ですごさにゃーならんくなった連中のこと考えりゃ、ゲンコツ一発で済んでラッキーと思ってくれんと」

 マスターの言葉に、不承不承うなずきながら、それでも、まだ不貞腐れたように、タンコブをこしらえた頭をさすりつつ、チラチラと俺の方に視線を飛ばしている。

「しかし・・・ハナヱさん、今日もリオの勉強を見てもらったわけなんですけど、大丈夫でしたか?」

「・・・・・・・・・うちはスルーかい」

「ええ、イオ司令が、執務室を使っても良いと言ってくださったので」

「え、そうなんですか?」

「はい、今日は、来客の予定は無いから、と」

「そうだったんですか・・・・・・」

 いやはや、5分で追い出された、どこぞの誰かさんとは、これまた天と地の差だ。そうしたら、案の定、ディオーネも心に刺さった何かがあったらしく、そのいじけっぷりは加速度を増してきた。

「えーだぎゃ、えーだぎゃ、どーせ、うちはいらない子なんだぎゃ・・・・・・」

「そんなことないけん、ディオーネ姉ちゃん、ぶちおもろいけん。一緒にいると楽しいけんね、うち、ディオーネ姉ちゃん大好きじゃ」

 リオは、そんなディオーネにちょこちょこと近寄ると、彼女の周りをまとわりつくように、その長い髪を三つ編みにしたり、ポニーテールにしたり、ツインテールにしたり、まるで、人形の髪型を変えるみたいに遊んでいる。

 普段は、『クセがつくからやめろ』と、髪に触られるのを嫌がるのに、今日は随分と気前良く、なすがままにさせている。やはり、マスターの雷と鉄拳制裁は、相当堪えたのかもしれない。こうして、好意的に接触してくる存在は、ヘコみまくった心に染みるのだろう。ウハハ、どうしてなかなか、可愛いとこもあるじゃないか。

「そりゃーそーと、ジャックのヤツは来とらんよーだの」

 クーラーボックスから、次の缶ビールを取り出しながら、マスターは、ここにいない友人の名を出した。

「ジャックの班は、今夜は第二当番ということで、来られないと言ってました」

「む〜・・・なら仕方ねーだがや、まったく、内務は内務で、面倒くせーもんだで」

「そうですね」

 仕事で夕涼みに来れなかったジャックだが、実に残念そうな様子だった。内務班勤務と言うことで、あまり時間を合わすことができないことが多いが、やはり、誘われるということは嬉しいことなんだろう。ちと、申し訳ないとは思ったけどな。

「そうそう、それはそうと、こんな暑い日ですし、それに、みんな明日もお休みなんですから、今晩、もっと涼しくなること、やってみませんか?」

 場の空気を入れ替えようとしてか、ドラコの伝統衣装、ユカタ・ローブに身を包んだハナヱさんが、明るい声で提案を一同に向けてきた。

「もっと涼しくなること、とは?」

 缶ビールを傾ける手を止めて、アストラが聞き返すと、ハナヱさん、得たりとばかりに満面の表情を浮かべている。さて、また、いつぞやのセツブンのようにならなけりゃいいが・・・・・・まあ、あの一件は、ハナヱさん自身、骨身に堪えたようでもあるし、まあ、心配は要らないだろう。

「夏の最強納涼イベントと言えば、やっぱり肝試しは外せないですよ」

「キモダメシ?・・・・・・なんです、それ」

「ウフフ・・・・・・肝試しって言うのはですね、真夜中のお寺やお社に行くんです、そして、一番奥まで行って、そこに置いてある証明を持って帰ってこなければいけないんです」

「ふむ、真夜中探検隊ってヤツかみゃあ」

「探検・・・・・・と言うより、不気味な場所で度胸試し、ですね」

「ほー、そいつぁー面白そーだで」

「そうですね、だから、気味の悪い場所、特に、『いわくあり』の場所なら、なお良し、ですよ」

「なるほどー、そりゃーえーだぎゃ」

 いや、良くない、そいつぁ、非常に良くないぞ。ハナヱさんの突発アイデアに、盛り上がりを見せ始めた大人連中とは裏腹に、リオ姫様の顔色が加速度的に青くなっていらっしゃられる。

 なんと言うか、リオは、得体の知れないものが大の苦手だ。まあ、子供らしいと言えば子供らしいんだが、原因の一端が、以前、俺が面白半分に聞かせて、心底縮み上がらせた怪談話だと言うこともあり、笑い飛ばすにはちと気がひける。

「よっしゃ、そう言うことなら、俺がいっちょお膳立てしてやるでよ」

 すっかり乗り気になってしまったマスターが、例の、あのイタズラ小僧のような表情で笑みを浮かべている。

「北ゲートエリアの兵員宿舎、あそこならキモダメシの場所にうってつけだでよ」

 イヒヒ、と、これ以上ないくらいわざとらしい笑いをこぼしながら、マスターは、さらりとトンでもないことをおっしゃってくださる。

 ちょっと待ってくれ、あそこはマジモンでヤバい。あそこで何があったか、マスターだって知らないわけじゃないだろうに。

「北ゲートエリア兵員宿舎って・・・・・・あの、廃墟みたいな所ですか?」

「おー」

「なんか、随分手酷く崩れてますけど、取り壊しか何かの途中なんですか?」

「取り壊しぃ?ヒヒヒ・・・・・・そんな生温いモンじゃねーでよ」

 おいおいおい、あの話をするのか・・・・・・って、さっきまで涼しかったのに、なんでいきなり、風が生暖かくなってくるんだ?

「え・・・・・・いったい、なにが・・・・・・?」

「ヒヒヒ・・・・・・アレはな、俺らノヴァキャットが、このイレースに遷都を完了させたばかりのころだがや。まあ、かれこれ二年ちょっとばかしになるでよ」

「は、はい・・・・・・」

「俺らは、ちょうどそのころ、この場所に駐屯地を構えることになっての。やっつけだったけどもが、どうにか体裁を整えたんだがや。

 ・・・・・・での、あん時ゃ、混乱も混乱で、フロントラインもセカンドラインもごっちゃになっとって、一時的とは言え、同じ場所に互いに間借りっちゅーんも、ちぃとも珍しくはなかったんだでよ」

 話しているうちに、マスター自身、浸りきってしまっているのか、その視線は、遠くを見ているようにも、近くを見ているようにも、どうにも判別できない。ありていに言って、非常に不気味悪い。

「でな、あの兵員宿舎は、暫定的に、シブコの幼年教導隊が使うことになったんだけどもが、入営式を明日に控えたそん時だでよ」

「その時・・・・・・?」

「消灯時間をちょっと回ったころだったがや、シブコの小僧っ子共が、寝コケきったそん時だでよ。兵員宿舎で大爆発が起こったんだで。事故かテロかは、まー想像に任せるとしても、問題は、そこで眠っとった小僧っ子共だがね」

「ま・・・まさか・・・・・・」

「おー、建物半分、軽く吹っ飛ばす爆発だっただで、40人のシブコ、わけもわからんうちに吹っ飛ばされて、全員お陀仏になっちまったでよ」

「そんな・・・・・・!」

「イヒヒヒヒ・・・・・・・・・」

 知らぬとは言え、あの廃墟にまつわる惨劇を聞かされたハナヱさんが、思わず息をのんだ瞬間、マスターは、三日月のように口元を吊り上げて笑い声を漏らした。

「まー、その程度なら、なんてこたぁねー、どこにでも転がっとる話だがや。けどな、問題はそのあとだでよ」

「問題・・・・・・?」

「知っての通り、俺ら氏族人っちゅーんは、空き缶一個だって無駄にゃーしねー。爆破された兵員宿舎も、瓦礫とホトケの撤去がすんだ後、用地再整備の目処がつくまでの間、内務班が警備訓練をする場所に使うことになったんだがや。で、それからだでよ・・・・・・・・・」

 一瞬、マスターの表情が古猫のように歪み、その瞳が、黄昏の光を受けてなのか、怪しい真紅に光った。

「警備班が制圧訓練をしとる最中、自分達しかおらんはずなのに、なぜか別のブロックで、大勢が控えとるよーな気配がする。誰かが知らんで入ったのかと思ぅて、確認に行ってみると、誰もいねー。と、思やー、今度は反対側で同じよーな気配がする。

 真っ昼間でもこのザマだで、夜間訓練ともなりゃー、そりゃー薄気味悪りーなんてもんじゃねー。それからだぎゃ、小僧っ子が角を走って行きよったとか、話し声が聞こえるとか、とにかく、話し出したらキリがねー。

 経緯が経緯だで、こいつぁー、ちとばかし洒落にならねーっちゅうことになっての。今じゃ、内務班も滅多なことじゃー、あの建物にゃー触らねーだでよ」

 さっきから手が痛いと思ったら、リオ介のヤツが、あらん限りの力で俺の腕を握り締めている。・・・・・・まったく、マスターも調子に乗って、イラんことを話してくれたもんだ。

「まーな、でも、わからんでもねーだでよ。それこそ、道中運良く命拾って、やっとこイレースにたどり着いて。でもって、明日から、いよいよ栄えある戦士候補生としての第一歩が始まる。そんな期待で一杯になって、どうにか寝付くことが出来て、その傍からこのザマだがや。

 あの小僧っ子共の無念っちゅーか、悔しさっちゅーんは、そりゃー、納得しようとしても、絶対に納得なんてできねーでよ」

 ポツリとつぶやくような言葉のあと、ゆっくりと顔を上げたマスターの顔が、なぜか違う人間の顔のように見えた。

 雰囲気に呑まれたがゆえの錯覚かもしれないが、別の人間だったものが乗り移って、マスターの肉体を借りて滲み出してきたような、そんな妖しさが漂っている。そして、俺の腕を握る手が、微かな震えと共に、より一層強さを増していた。

「そ・・・それなら、条件はバッチリじゃないですか」

「だでよ、そいじゃー、俺がいっちょいって、一番奥んトコに、証拠のブツを置いてくるだで」

「そうですね、それでは、ローク隊長、お願いしていいですか?」

「おー、じゃ、ちとばかしいってくるでよ」

 ハナヱさんの言葉に、マスターは得意げにうなずくと、さっそくのように、宿舎へと戻っていってしまった。

 ・・・・・・しかし、こいつぁ、本当に困ったことになったぞ。俺は、視界の隅に映る、これ以上なく表情を強張らせたリオの様子に、心の中で大きく溜息をつくしかなかった。




 さて、辺りもすっかり暗くなり、いよいよ、ハナヱさん立案の『キモダメシ』とやらを開催するお時間となった。でもって、リオを見てみると、案の定、心中穏やかではない様子だ。

 なんと言うか、周りの大人が盛り上がっている所に、反対の意を述べてそれを覆そうとするほど、コイツは我は強くないし、わがままと言うわけでもない。かと言って、弱気かといえばそうでもないんだが、リオの場合、空気を読み過ぎるというか、気を使い過ぎるというか、ああ、何を言ってるんだ俺は。

 とにかく、こうなったら『保護者』としての威信と面子にかけて、最大限、リオの精神的負担を軽くしてやる方策をとらせてもらう。

 まあ、ハナヱさん自身、別段悪気があるといったものではなく、ドラコ文化における、『夏の風物詩』とやらを紹介したという意味合い以上のものはない。

 大人にとっては、ちょいとした『刺激的』なお遊びかもしれないが、子供にしてみりゃ、まったく洒落になっていない場合も往々にしてある。それが、オカルトがらみとなれば、なおさらだ。

「あ〜・・・すみません、ここで、ひとつ提案があるんですが」

 俺は、考えていた案を実行に移すべく、出撃の順番を決めるクジ引きをしようとしている面々に、手を上げて提案をカマしてみることにする。

「なんですか、クルツさん?」

「え〜とですね、兵員食堂に置いたコインを、ピンで行って取ってくる。ということなんですが、なにぶん、安全性に難ありな建物なんで、ここはツーマンセルで行くのがベストだと思います。

 それに、道中、相方がいた方が、お互いのリアクションを見て、あとあと楽しめると思うんですが、いかがなもんで」

「二人一組で・・・・・・ですか?」

「はい」

「よっしゃ、それいいんでねーかみゃあ。うちは、賛成だぎゃ」

「えっ!?」

 さっそく、ディオーネが乗ってきたか。

「そうだな、クルツの言うとおり、瓦礫の撤去は完了したとは言え、不測の事態が起こらないとも限らない。ここは、安全確保の見地からいっても、バディを組んだ方が賢明だろう。これは訓練ではなく、あくまでもレクレーションなのだしな」

 いいぞ、アストラ。これ以上ないくらい筋の通った、文句なしの肯定案だ。きっと、そう言ってくれると信じていたぞ。なんて素晴らしい姉弟なんだ。

「それじゃ、バディの決定はドラフト制で行きましょう。一番信頼しているとか、一番面白いリアクションを期待できるとか、まあ、その他諸々の理由で一位を指名するんです。まあ、指名権というか、順番はクジ引きで決めましょう」

「何から何までクジ引きかみゃあ」

「それが一番面白いんですよ」

「む〜・・・わかっただぎゃ」

「そうですね」

 よっしゃ、これでうまいことクルツ時空に引きずり込んだぞ。

「それじゃ、カードをクジにしますんで、引いた数が指名優先権、と言うことで」

 俺は、ジャンプスーツのポケットから、いつも休憩時間の息抜きに使っているカード一式を取り出し、それぞれ1から6までの数字のカードを抜くと、不正が無いことを証明するように、いったん全部を披露してから、よくシャッフルして持ち直す。

「さ、どうぞ」

 俺が手を差し出すと、みんな思い思いにカードを抜いていく。そして、最後に、カードを引いたリオが、歓声を上げた。

「やった!うちが一番じゃ!!」

「お、よくやったな。それじゃ、リオ。お前から先に指名していいぞ」

 これぞクルツマジック、タネは秘密だ。まあ、手品の本に載ってるだろうから、そのあたりは、お前さん、自分で調べてくれ。

 ともあれ、リオが、一番精神的に安心できる相方を選ばせる。そうすれば、少しは不安や恐怖も薄れるはずだ。・・・・・・と、願うしかないけどな。

「それじゃリオ、誰でもいいぞ、誰をご指名?」

「うん!うち、クルツと行く!!」

「え、俺?」

「うん!」

 ・・・・・・おやおや、てっきり、アストラあたりかと思っていたが、よりによって俺か。まあ、悪い気はしないけどな。

「む〜〜、なんだぎゃそりゃ〜〜!・・・・・・ったく、そんなら、うちは誰でもえーだぎゃ」

「ま、そー言うもんじゃねーでよ」

 なぜか膨れまくっているディオーネを、軽くたしなめるように声をかけたマスターは、一瞬俺の方を見て笑うと、その人差し指をちょいちょいと曲げて見せた。

 ・・・・・・まさか、バレてたんじゃないだろうな。




「よし、それじゃ、まずは俺達から先に行くか」

「えっ!も、もう・・・・・・?」

「さっきのクジな、出発の順番も兼ねてるんだよ。ま、それにこういうのは、先送りより前倒しの方が、気分的には楽ってモンだぞ」

「うぅ・・・わ、わかった」

 ともあれ、この手の類の、リオの精神衛生上非常によろしくないイベントは、早々にクリアしてしまうに限る。

「がんばってくるだぎゃ〜〜」

「気をつけてくださいね」

 一同の声援を背中に受けながら、俺とリオのボンズマンコンビは、マグライト片手に、廃墟となった兵員宿舎へと、いざ突入を開始することと相成った。

「ま・・・真っ暗じゃのぅ・・・・・・」

「そうだなぁ、しかし、ここは本当に涼しいな」

 マグライトが照らし上げるオレンジ色の輪に映る視界を頼りに、俺達は、宿舎の一番奥にある兵員食堂を目指して歩く。時折、微かにディオーネやハナヱさんのものらしき声が聞こえてくる。しかし、それも、しばらくすると、距離が離れ過ぎてきたのか、まったく聞こえなくなった。

 完全な闇と静寂に閉ざされた世界は、やもすれば、まるで、別の次元に切り取られたかのような錯覚を起こさせる。

 時折差し込む蒼い光の中に、ふたり分の靴音が交じり合い、暗闇の中を漂い、まとわりつくような響きとなって戻ってくる。それは、この、うち捨てられた廃墟が搾り出す声のようにも、脈動のようにも聞こえる。

 そして、俺達の全身を包み込むように、深く静かに沈殿する闇は、冷ややかな大気を粘液のようによどませていた。

「クルツ!お願いじゃから、変なこと言わんで!!」

「おお、すまんすまん。つい口に出してたか」

「もう!」

 いかんいかん、怖がらせてどうするよ。俺。

「な、なあ、クルツ。兵員食堂って、まだまだ遠いんか?」

「・・・・・・ん?ああ、そうだな。構造上、一番奥まったあたりにあるみたいだからな」

「そ・・・そうなんか・・・・・・」

「まあ、あれだ。心配すんなって、死んだ人間より、生きてる人間の方が、よっぽど怖いモンはないんだからな」

「で、でも、気味悪いのは、やっぱり怖いわい」

「ま、お前もじきわかるようになるさな。人間ってヤツの、本当の怖さ、ってのをな」

「そ・・・そいうもんかのう・・・・・・」

「ああ、そういうもんだ」

 不安をにじませた顔で、俺を見上げているリオの頭に手を置きながら、俺は、少しでも気を紛らせるタシになればと、ちと小難しい事を言ってみる。

 コイツは、子供のクセに、物事を真っ正直に考えようとするから、こういった話題を振ってやると、すぐにこうやって考え込んじまう。だから、こういった状況の場合、下手に明るい話題を持ち出すより、よっぽど効果がある。

 そもそもからして、存在がはっきりしないヤツを怖がれる、というのは、ある意味平和な世界で暮らしているって証明でもある。こういった商売をしていると、おのずから、恐怖の対象が、目に見える現実のものに限定されてくる。

 教官・助教官のシゴキと懲罰から始まって、一線に出れば、敵との命のやり取りが始まる。そして、そうこうしているうちに、敵というものが、ただ銃を向け合う同士というだけではない。理不尽な上官、古参兵、悪しき伝統精神。それら一切合財をひっくるめ、味方の中にもいると気付けば、それだけですでにドツボだ。

 だが、生きてる人間の恐ろしさってのを実感するのは、やはり戦場に出た時に他ならない。捕虜にもされず、その場でなぶり殺されたヤツラなんてのは序の口。挙句の果てには、民間人にまで容赦なく獣性をぶつける有様を見れば、正直人間であることに辞表を提出したくなる。

 まあ、それはされおき、『怖いもの』ってのは、やはり人それぞれだろうが、いくらこのリオが、この年代の子供の割には修羅場を踏んでいるとは言え、やはり、中身は年相応の子供のソレだ。

 今歩いている兵員宿舎の廃墟だが、最初の計画で、こんな所をピンで歩かせようとした。ってのが、ちとばかり行き過ぎってのが実感できる。下手を打てば、一生モンのトラウマにだってなりかねない勢いだ。

  甘やかすのと、加減を調節するのとは別モンなわけだろうが、その塩梅が難しい。まあ、『子供は未来の宝』って言うくらいだからな。大事にしてやるに越したこたぁない。

 ・・・・・・って、おい。

「く・・・クルツ・・・・・・あ、あれ・・・・・・・・・」

 リオも、『ヤツ』が見えたらしい。俺の袖を引っ張って声をかけたあとは、完全に凍結してしまっている。

「まて、落ち着け。とにかく、深呼吸だ」

「う・・・あ・・・あう・・・・・・でで、でも・・・・・・・・・」

 こいつぁ参ったぞ、まさか、ガチでお目にかかるとは思わなんだ。廊下の向こう、俺達に背を向ける格好で、12・3歳くらいの子供が、何をするでもなく立っている。

 スゲぇ、ゴーストなんて見たの、ごっつひさしぶりやねん。って、なにミキの真似してんだ、俺。

「OK、リオ、大丈夫だ。こっちから動かなけりゃ、なんともない」

 しかし返事がない、代わりに、何がカタカタ言っているのかと思えば、リオの歯が震える音だった。・・・・・・イカン、今にも失禁しそうな顔してるぞ、おい。

 ・・・・・・くそ、仕方ない!

「こんなとこで、なにしてるの?」

 不意に、機先を制されるように声を向けられ、一瞬、空気の塊が顔面に直撃したような感覚が走った。正直、けっこう驚いちまったが、俺が言おうとした台詞を先に言われ、行き場のなくなった気合が空回りする気まずさをごまかすように、少年を見据えた。

「いやだなぁ、そんな怖い顔しないでよ」

「・・・・・・お前こそ、いったい何者だ?子供がこんな時間に、ひとりでなにをしている」

 マグライトで照らした先に浮かび上がったのは、金色の髪をした、まだあどけなさの残る少年だった。彼は、まぶしそうに目を細めながら、困ったような笑顔を浮かべている。

「あ〜・・・・・・みつかっちゃったね・・・・・・」

「見つかったって・・・・・・お前から声をかけたんだろう。それに、さっきも聞いたが、こんな所でなにを?」

「ん〜・・・・・・言わないと、駄目かな?」

「いや、別に言いたくなけりゃいいけどな。俺は、内務班の真似事をするつもりもないしな。ただ、相棒がお前さん見て大層驚いてんだ、一応、何者かぐらいは名乗っとけ?」

「でも、ソレはそっちだっていっしょだよね」

 ガキのくせして、随分ナナメな態度だな。かわいくねぇったらありゃしない。

「じゃあしかたない、そっちがそのつもりなら、俺と一緒に内務に出頭するか、ん?」

 こいつ、この態度、間違いなく金魚鉢生まれのガキだ。

「ク、クルツ、うちはもう大丈夫じゃけん。じゃけん、そんなきついこと言ぅたらダメじゃ」

「・・・・・・・そうか?」

 まあ、リオがそう言うなら、別にいいけどな・・・・・・。

「ありがとう、そう言ってくれると助かるな。・・・・・・僕は、パトリック。デルポルタス・ラインのシブキンだよ」

 リオの言葉に思うところあったのか、さっきまでの人を食ったような態度から一転して、あっさりと自分の名前を名乗って見せた。

「俺は、トマスン・クルツ。見ての通り、ボンズマンだ。で、こっちのチビ介はリオ、一応、こいつもボンズマン扱いだ。しかし、そうか・・・・・・デルポルタス・ラインか。その襟章だと、艦隊搭乗員候補か、エリートだな」

「そうでもないよ、でも、そうなれたら最高だけどね。ええと・・・・・・クルツさんに、リオだね。さっきはゴメン、脅かすつもりじゃなかったんだ」

「まあいいさ、こっちこそ、ムキになっちまって悪かったな」

「ううん、いいんだ。まさかこんな所で、他に人に会うとは思わなかったからね。ちょっと、どんな人なのか試させてもらったけどね」

「まあ、子連れテロ屋も、きょうび珍しくないご時世だからな」

「・・・・・・・・・そうだね」

「それに、あれだ、俺達がテロ屋かどうかは、この澄んだ瞳を見てもらえれば、一撃で違うとわかるわけなんだが」

「暗くてよくわかんないよ」

「だろうな、そう思うよ」

 最初は、なんとも金魚鉢生まれらしく、生意気なガキかと思ったが、話してみれば、一応年相応の可愛げらしきものは持ち合わせているようだ。ソレはさておき、リオのヤツも、ようやく落ち着いてきたのか、話しかけるタイミングを見計らっている様子だ。

「あ、あの!うち、リオじゃ!そのっ・・・パトリック・・・・・・!」

「パックでいいよ、みんなそう呼んでたから」

「あ・・・うん!じゃあ、パック」

「なに?リオ」

「パックも、ここでキモダメシしとったんか?」

「キモダメシ・・・・・・?なに、それ?」

「うん、キモダメシ言ぅんは、夜に怖いとこ行って、度胸試しをやるゲームなんじゃ」

「へえ・・・・・・聞いたことないけど、面白そうだね」

「うん、ドラコの遊びなんじゃ」

「ドラコの・・・・・・そうなんだ、中心領域には、面白い遊びがあるんだね」

「うん!」

 ハハハ、こいつも、周りは大人ばかりで、年の近い友達と言ったら、タマヨ達ぐらいだからな。さっきまでの縮み上がりっぷりが、跡形もなくなるほどはしゃいでおるわ。

 ともあれ、リオには、もっと同じ世代の友人達が必要なのは間違いない。俺達大人と一緒に居続けると、その時しか得られない何かを、永遠に見つけられずに終わってしまうことになるだろうから。

 けれども、リオの出自が、それを難しいものにしてしまっていることも事実だ。リオは、今居るノヴァキャットと言う世界を認めると同時に、スモークジャガーの眷属としての誇りも失ってはいない。

 それが、良くも悪くも、リオにとって様々な影響を与えている。お前さんも知ってるとは思うが、スモークジャガーという名は、それこそ、その勇猛さが完全に一人歩きし、『残虐なる破壊神』としての名を、銀河中に響かせる結果になった。

 今でも、スモークジャガーと聞くと、畏怖と嫌悪の表情を浮かべるものは多い。それは、かつて共に戦うことになった、このノヴァキャットですら同じだ。それだけ、スモークジャガーは、この銀河で、忌み嫌われる存在にされてしまっている。

 自業自得といえばそれまでなのかもしれないが、リオにしてみれば、それでも唯一無二の『ふるさと』だ。逆に、周りの雑音に流され、その大切な存在を足蹴にする奴がいたら、俺は、そんな人間は認めない。

 まあ、益体もない感傷をズラズラ並べてしまったが、リオの教育問題については、マスターや、さてはイオ司令までもが、常に最善の方策を取れるよう心を砕いてくれている。なんとも、掛け値なしに有り難いことではあるが、今の所、これと言った決定打が見つからないのが、偽らざる現状だ。

 あの時、マスターが、子供であるにもかかわらず、リオに対して、ボンズマンとしての処置をとったこと。今にして思えば、こうなることを予見していたのではないか、そう思えても来る。

「・・・・・・そうなんだ、だから、ボンズコードを持ってるんだね」

「うん、でも、うち、絶対に、戦士として相応しい人間と認めてもろぅて、三本全部切り取ってもらうんじゃ!それで、必ずメック戦士になってみせるけん!」

「そうだね、リオのお姉さんみたいに、リオだって絶対なれるよ。頑張って」

「おおきに、パック!」

 ハハハ、子供同士、盛り上がっているようで何よりだ。コイツのこんな楽しそうな顔を見ていると、なんだか、俺まで嬉しくなってくる。

「ところでさ、クルツさん」

「ん、どうした、パトリック?」

「うん、今、クルツさんやリオがやってるキモダメシ、なんだけど」

「ああ」

「どうせだったら、他のみんながびっくりするようなこと、してみない?」

「びっくりすること?」

「うん、確か、兵員食堂跡に置いてある、『証明のコイン』を持って帰るのがルールなんだよね?」

「ああ、そうだが?」

「クルツさん、それなら、もっといいものがあるよ」

「・・・・・・なに?」

 不意に、パトリックは、何かを問いかけるような表情を浮かべると、俺とリオの顔をかわるがわる覗き込んでいる。

「パック、いいものって、なんじゃ?」

「とっても凄いものさ、あれを持っていけば、リオ達が一等賞さ」

「そ、そうなんか?」

「うん」

 持ち前の好奇心を刺激され、俄然目を輝かせ始めたリオに、パトリックは満足そうな笑顔を浮かべて立ち上がった。

「リオ、クルツさん、こっちだよ」

 先に立って手招きをしながら、パトリックは、コインを置いた兵員食堂とは反対方向へと歩いていく。彼の言う『いいもの』が、いったいなんなのか見当もつかないが、あれだけ自信を持って言うのなら、話に乗るのも悪くないだろう。

「ほら、早く早く!」

「わかったわかった、今行くから」

「パック、待って!」




「ここだよ」

 パトリックが連れてきたのは、兵員宿舎跡の外郭にあたる、シブコ達の居住区に使われていた区画だった。しかし、ここは、二年前の爆弾テロの時、もっとも手ひどい被害を受けた場所でもある。

 事実、当時の被害の凄まじさを物語るかのように、半壊した建物は、瓦礫の撤去こそすんでいたものの、吹き飛ばされた壁は、あの時のままの大穴を開け、そこから、夜の闇に沈んだ裏山と、満天の星空が覗いていた。

「でも、すっかり片付けられとって、なんもないけん」

 確かに、爆発で吹き飛ばされ、食い散らかしたウェハースのように砕けた壁が、虚ろな四角い空間を連続させているだけの光景に、俺とリオは、パトリックの意図が読めずに、ただ辺りを見渡すしかなかった。

「そんなことないよ、ほら、こっちこっち」

「あっ、おい!そっちは危ないぞ、パトリック!」

 だが、俺の呼び止めを、まったく意にも介さない様子で、パトリックは、かまわず奥へと進んでいく。そして、突然廊下が途切れると、かわりに、ぽっかりと口を開けるような広場が現れた。

 ・・・・・・いや、ここは広場なんかじゃない。テロ屋共が仕掛けた、C8ワンカートンのグランウンド・ゼロだ。

 戦車一台、跡形も無く吹っ飛ばすほどのC8爆薬がここで炸裂し、就寝中だったシブコ達が、何が起こったのか理解する暇も無く、一瞬で消し飛ばされた場所。

・・・・・・しかし、なんだって、パトリックはこんな所に?

「ここ・・・・・・なのか?」

「ううん、もうちょっと先・・・・・・ほら、向こう側の廊下の天井、通風孔が見える?」

「ああ、よく残ってたもんだな」

「そうだね・・・・・・でね、クルツさん。あの中なんだ、見てみてよ」

 パトリックの指し示す先を見上げてみると、3メートルくらいの高さの天井に、食いちぎられたように口を開けている通風孔があった。

「どう?届くかな」

「ああ、まかしとけ」

 俺は、パトリックにそう答えると、ひとつ伸びをしてから身をかがめ、全身の力でジャンプして通風孔の縁に飛びつく。そして、器械体操の要領で、振り子のように勢いをつけた下半身の反動を上体に伝え、一気に体を持ち上げた。

「わっ!すごいのう、クルツ!」

「さすがだね」

「フハハ、これが大人パゥワーって奴だ」

「どう?クルツさん、あった」

「どれ、ちょっと待てよ・・・・・・」

 暗がりに慣れた目は、すぐに通風孔の中を見通す。そして、中を覗き込んだすぐ目の前にあったものを見て、俺は思わず息を呑んだ。まるで、俺を待っていたかのように、ひとつしかないその虚ろな眼窩を、真正面から向けているもの。

 ・・・・・・・・・なんてこった。

 現代に蘇ったマカーブル、死後数年は経過したであろう、半壊した頭蓋骨だ。

「ねえ、クルツさん?」

 足元から、パトリックの声が聞こえてくる。しかし、俺は、どう返事をしたものか、言葉を見つけられずにいた。

「・・・・・・ああ、パトリック。お前の言うとおりだ、これは、確かに・・・・・・な」

「ねえ、持ってこれる?」

 こいつをか?

 俺は、そう言いかけた言葉を、もう一度喉下に押し返す。確かに、冗談にもなんにもなっていないシロモノだが、コイツを、そう軽々しく扱っていいものかどうか、さすがに、即座に判断は出来なかった。

「そのままじゃ、寂しそうだからさ」

 もう一度届いた、パトリックの言葉。そう、確かに、そうだ。なぜ、こうして発見されることも無く、この場所にあったのか。だが、そんなことはどうでもいい。俺は、顔半分が砕けた、小さな頭蓋骨に手を伸ばすと、どうにか片腕で体を支えながら、それを、そっとジャンプスーツの胸元に収めた。

「ね、凄いでしょ?クルツさん」

 ぶら下がった通風孔から飛び降りた俺に、パトリックがかがみこむようにして俺に声をかけてくる。

「ああ、けど・・・・・・パトリック、どうして、ここにあると知ってたんだ?」

「たまたまさ、爆風で吹っ飛ばされた時、偶然うまい具合に突っ込んだんだろうね。だから、探しに来た人達も、まさか、こんな所にあるとは思わなかったのかもね」

 俺の懐にしまわれたそれに、じっと視線を向けながら、パトリックは悼むような表情を浮かべている。

「でも、僕はクルツさんみたいに、まだ力が強くないからね。見つけるだけで、精一杯だったんだよ」

「けど・・・それなら、他の大人に・・・・・・教官に知らせたって良さそうなもんだろう?」

「そんなことしたら、立ち入り禁止区域に忍び込んだことがばれちゃうよ。スルカイで済めばいいけど、もっとひどい罰を受けるのは嫌だったからね。だから、いつか、自分で何とかするつもりだったんだよ」

「そうか・・・・・・でも・・・いや、まあ、いいさ。とりあえず、早いとこ戻って、内務班に連絡しないとな」

「そうだね」

「く・・・クルツ、パック・・・・・・いったい、何があったんじゃ・・・・・・?」

 薄々気配は察しているんだろうが、怖いもの見たさとでもいうのだろうか、リオが、恐る恐る尋ねてきた。

「ここで、犠牲になったシブコのひとりだ」

「えっ・・・・・・!?」

「これは、見世物なんかじゃない。だから、それだけしか言えない。さあ、リオ、パトリック。ちとばかし状況が変わった、今すぐ戻るぞ」

「わ・・・わかったけん」

「うん、そうだね。でも、僕は、このまま帰るよ」

「そうか・・・なら、建物の出口まで一緒に行こう。ひとりじゃ危ない」

「ありがとう、クルツさん」

 素直にうなずくパトリックを促して、俺達三人は、急き立てられるように歩き始めていた。

「クルツさん」

「ん?どうした」

 もう少しで出口、と言う所で、不意に立ち止まったパトリックが、俺を呼び止める。

「僕は、ここでいいよ。そろそろ、みんなの所に帰らなきゃ」

「そうか・・・・・・まあ、ここまで来たら、もう大丈夫だろ」

「うん、そうだね」

 どことなく、安堵にも似た表情を浮かべているパトリック。彼は、穏やかな瞳を、俺とリオに向けて、静かに微笑んでいる。

「よし、じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」

「うん、わかった。・・・・・・クルツさん、今日は、本当にありがとう。それと・・・リオ」

「ん、なんじゃ、パック?」

「今日は、リオと友達になれて嬉しかったよ」

「うん、うちもじゃ!」

 屈託の無い表情でうなずくリオに、パトリックは、心から嬉しそうな笑顔を浮かべると、ふたりは、その小さな手で、固い握手を交わしていた。




 パトリックと廃墟の入り口で別れたあと、合流場所で待っていた面子の元に戻ると、案の定というかなんというか、やはり、大騒ぎになった。そりゃそうだろう、証明のコインの代わりに、子供の頭蓋骨を持って帰ってきたわけだから。

 内務班に報告を入れた後、案の定、俺は、事情聴取やら何やらで、内務班のオフィスに缶詰にされることになった。そして、班長であるジャックの計らいで、リオだけは、事実確認をしたあと、先に帰してもらえた。

 そして、居残り組となった俺は、状況報告書の作成やらなにやらで、一通りの事務処理が終わったのは、日付も変わって、すっかり深夜になってからだ。だが、とにもかくにも、この頭蓋骨は、然るべき検死を受けた後、埋葬されることとなった。

 これで、この子も、ようやくゆっくり眠ることが出来るだろう。もう、暗闇の中で、埃にまみれ続けることもない。それを思えば、シチ面倒臭い内務班の事情聴取や報告書作成も、どうってことはない。

「・・・・・・ま、長いことすまんかったけどもが、とにかくお疲れさん」

「ああ、こっちこそ、急な仕事を作って悪かった」

「なにたーけたこと言ぅとるがね、これで、最後のひとりが見つかったんだで。俺としちゃー、やっとこひと安心。ってヤツだでよ」

「そうか・・・・・・」

 当時、内務班から出動した捜索隊の指揮を執っていたジャック。あの時の惨状を思い出すかのように、彼は、静かに瞳を潤ませている。けれども、俺の視線に気付いたのか、ほろ苦い笑みを浮かべると、持っていた缶ビールを俺に差し出した。

「ま、飲んどくでよ」

「いいのか?まだ勤務中なんだろ」

「今日の仕事は、もう終わったも同然だでよ。あとは、若ぇー衆に任しとくでよ」

「そうか」

 まだ、残務整理やらで、数人の班員達が残っているオフィスで、俺は、ジャックが差し入れてくれた缶ビールの蓋を開ける。

「とんだ『キモダメシ』にしちまって、すまねーとは思うけどもが、俺としちゃー、クルツには本当に感謝しとるでよ」

「・・・・・・まあ、そう言ってくれると何よりだが」

「おー」

 お互い、軽く缶をぶつけて、ささやかな乾杯をしたあと、ほろ苦い液体を口に含む。

「・・・・・・なんで、見つけてやれんかったんかな」

「ジャック・・・・・・?」

「まあ、いまさら言ぅても、単なる言い訳だけどもが。最後まで見つからんかった訓練生がいた部屋、ありゃー丁度、爆心地にあったんだで。俺達ゃー、てっきり跡形もなく吹っ飛んだもんとばっかり思ぅとったでよ・・・・・・ま、それがそもそもの間違いだった、ってわけだけどもが」

「そうか・・・・・・」

「まーまー、とにかく、やっとこひと段落ついたんだぎゃ。今は、おみゃーさんにお疲れさん、だでよ」

「ありがとう、ジャック」

 なんというか、今日はいろんなことが詰め込まれすぎて、本当にあっという間だ。修理中の室外機を、目の前で蹴り壊されたかと思えば、暑っ苦しい居室の中で、当の下手人の喚き声を聞きながら、破損した回路の応急処置をする。

 そして、夕涼みの席上、肝試しなるドラコの遊びをすることになった流れから、いったい誰が、行方不明者の遺骨を発見するなんて想像しただろう。他ならぬ俺自身、まるで、今まで、悪い冗談につき合わされている、というか、脈絡のない夢を見させられているような感じだ。

 けれども・・・・・・・・・・・・。

 まあ、今となっては、それはそれで、なんだかよくわからんが、とにかく良し。といった感じだ。それに、あの廃墟での一連の出来事。確かに、俺もリオも、この目で見て、言葉を交わしたのは間違いようがない。そして、パトリックの言葉によって、俺が見つけることになったもの。

 もしかしたら、と、思わなくもない。そして、確証もない。でも、それならそれでいいのかもしれない。

 真夏の夜の夢、そうともさ、夢は、夜見るものだしな。



真夏の夜の夢(終)

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