あなたの道を(前)



「えぇ〜〜!?なんでだめなんじゃ!!」

「なんでっつったって、急な仕事が入ったんだ、仕方ないだろ」

「じゃ、じゃけん!今度の休みは、バザールで好きなもん買うてくれるゆぅたじゃろ!」

「だから、それは今度必ずつれてってやるから」

「今度っていつじゃい!こないだも同じことゆぅたじゃろが!!」

 緑色の瞳を、まるでアセチレンバーナーのように燃え上がらせて俺を睨みつけるリオを前に、本当にすまないとは思いながらも出勤の準備を済ませる。

 リオの言うとおり、今度の休みにバザールへ連れて行って、月に一度の『なんでも好きなものをひとつ買ってやる日』の約束をしたんだが、運悪く立て続けに緊急の仕事が舞い込んできた。

 この間は、演習中にドジを踏んで半壊したメックの修理。今度は神判に臨む戦士からのチューニングの依頼ときた。しかも、この戦士というのが、他ならぬスターコーネル・イオをはじめとする、クラスターのノヴァキャット乗りな訳で、予備機と補修部品状態で、合わせて1個スター相当のノヴァキャットの配分補正を要求する神判なものだから、事は軽くない。

 知っての通り、メック・ノヴァキャットは、ノヴァキャット氏族の主力メックにしてフラッグシップでもある。そんなハイエンドメックを、うちみたいなセカンドライン級扱いのクラスターが保有するなんてことは、普通だったら考えられないことだ。

 中心領域なら、協議やらなにやらの話し合いでどうにかなりそうなもんだが、そこは氏族、欲しいものは実力で手に入れろ。と言うことで、補給を渋る銀河隊本部の態度に業を煮やし、新規に補給を受ける一線部隊のリストを調べ、その部隊を相手に、所有の神判をブチ上げることになった。

 ちょっと前までの、ややごたごたした状況の時は、どさくさに紛れて要求を通すことも出来たが、最近のように落ち着いてきた時分になると、当然といえば当然だが、銀河隊本部もオムニメックの補給を快く思わなくなってきた。

 だが、戦力的に充実を図りたいというのは、セカンドラインだろうがフロントラインだろうが関係ない。特に、うちは何か事があれば、まっさきに第一線編成に組み込まれることが多いだけに、強力なオムニメックは一機でも多く欲しい。と言うのが正直な所だ。

 クラン・ヴァリアントであるIICも悪くないメックだが、やはり、ここぞと言うところでオムニメックとの差が目立ってくる。それに、うちのクラスターには、スターコーネル・イオを初めとして、数々の戦役をくぐり抜けた、百戦錬磨のメック戦士を多数有している。

 普段の言動ではまったく見当もつかないが、俺のマスターである、スターキャプテン・ローク、そしてスターコマンダー・アストラ、そしてメックウォーリアー・ディオーネは、紛う事なき我がクラスターの主力であり、エースでもある。

 そんな彼らに、考えられる限り最高の装備を持たせたい。と言う、スターコーネル・イオの意向もある。

 つまり、何が言いたいかといえば、これは、クラスターの命運を左右すると言っても過言ではない重要性がある仕事って訳だ。リオだって、その辺りはわからない訳ではないだろうが、それを納得するにはいかんせん幼すぎるし、そもそも理屈と感情は別物だ。

「うぅ〜〜〜〜〜〜!!」

 ・・・・・・とは言え、これはマズい状況になってきたな。いかん、リオの目がふやけたメロンゼリーみたいになってきたぞ・・・・・・。

「リオちゃん、いますか?」

 その時、涼やかな声がして、居室のドアをノックする音が聞こえた。感謝の極みを、天は我を見放してはいなかった!

「うぅ〜〜っ!ハナヱ姉ちゃぁ〜〜んっっ!!」

 リオは、弾かれたように駆け出すと、ドアを跳ね開けるなり、戸口にいたハナヱさんに飛びつくようにしがみついた。

「ど、どうしたの?リオちゃん」

「クルツがまた約束やぶったんじゃ〜〜〜!!」

 むぅ・・・・・・、なんと人聞きの悪い事を・・・・・・事実だけど。しかし、リオがそう受け取っても無理はない。そして、リオは涙ながらに俺の悪行とやらをハナヱさんに訴え始めた。

 ・・・しかしコイツめ、黙って聞いていれば、あることないことよくもベラベラと・・・・・・。

「それじゃ、行ってきますね、クルツさん」

「ええ、よろしくお願いします」

 それから10数分後、リオの話を聞き終えたハナヱさんは、代わりにリオをバザールに連れて行くと言ってくれた。昨日、多分こういうことになるだろうと予測し、ハナヱさんに相談してみたわけなんだが、彼女は俺と違って人間が出来ているから、こうして俺の頼みごとを快く了承してくれたわけだ。

「ほいじゃ、行ってくるけん!クルツ!!」

「ああ、ハナヱさんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「わかっとるわい!!」

 やれやれ、泣いてたカラスがなんとやら、だ。けど、これでどうにか当面の問題はクリアしたようだな。それじゃ、そろそろ俺も出るとするか。




「これの、ポケットがバックル式のやつはないんかのう?ベルクロだと、ひっかけた時に簡単にあいてまうけん」

「なら、これはどうだい、嬢ちゃん」

「これ?う〜ん、でも、サイドポケットが少ないのぅ・・・・・・。ドライバーとか、しょっちゅう使うもんは、外に出しておきたいけん」

 作業用品を扱っている店の前で、主人を前にしてワーキングポーチの吟味を行っているリオを前にして、ハナヱはどうにも複雑な表情を浮かべつつ、その光景を見守っている。

 普通、この年頃の少女と言えば、欲しがるものはもっと他にありそうなものだが、リオが真っ先に自分を引っ張ってきたのは、作業着や装具品を扱っている店だった。確か、自分が彼女くらいの年の時は、新しい服とか人形とかをねだった覚えはあるが、さすがに、テックが使う道具を欲しがった記憶は、どこを探したってある訳が無かった。

 これも氏族の子供の性質なのだろうか、いや、でもリオのベッドの上には、見るからに上等な作りをした、大きな黒豹のぬいぐるみが置いてあった。と言うことは、必ずしも興味が無いと言う訳ではないのだろうが、やはり、保護者の影響と言うものなのだろうか。

「それじゃ、これはどうだい?」

「これは・・・・・・、頑丈じゃし、ベルトのサイズ調整も簡単じゃのぅ。うん、クルツが使ぅとるもんとそっくりじゃ。・・・・・・でも、いくらかのぅ?」

「これかい?6KEだけど、クルツさんの娘さんだから、5KEにおまけしとくよ」

「そ、そうなんか・・・・・・?じゃけん、やっぱりええもんは高いのぅ・・・・・・。やっぱり、さっきのやつでええけん・・・・・・」

 主人から値段を聞いて、リオはほんの一瞬未練の表情を浮かべたが、やはり諦めたように商品を主人に戻す。

「いいよ、リオちゃん。それ、買ってあげる」

「え!?」

 思いがけないハナヱの言葉に、もともと大きいリオの目が、さらに丸くなって彼女を見上げた。

「で、でも・・・これ、ぶち高いけん。ハナヱ姉ちゃんに悪いけん・・・・・・」

「大丈夫よ、リオちゃん。おじさん、これ、包んでくださいね」

「毎度あり!」




 買い物を済ませた彼女達は、いつもの露店街で食事を取ることにした。無心になってランチを口に運んでいるリオを見ていると、午前中ずっと歩き詰めだった疲労も、なぜか心地よいものに変わっていくから不思議だった。が、さきほどから、小虫がまとわりついているような、微かな不快感がどうしても拭い去れない。

「・・・・・・・・・・・・・・・?」

「どうしたんじゃ?ハナヱ姉ちゃん」

「え?ううん、なんでもないよ」

「でも、ちょっと怖い顔してたけん・・・・・・」

 不安そうな表情を浮かべるリオに、ハナヱは柔らかい笑みを浮かべ、それから、わざと憤慨した表情を作ってみた。

「こんな可愛いリオちゃんの約束を破るなんて、クルツさんも酷いひとだなあ、って思ってたんだ」

「えっ!?ク、クルツは悪くないけん!大事な仕事じゃし、それに、クルツにしかできんことじゃけん。クルツはなんも悪くないけん!」

 慌てた様子で、必死にクルツをかばうリオを前に、ハナヱはこらえきれずに満面の笑みを浮かべた。誰よりもまっすぐで優しい少女、自分もいつか母となり、自分の子とこういう会話が出来るようになれるだろうか。

「ごめんね、ちょっとといじわる言っちゃった。おわびに、ケーキ、もうひとつ注文していいよ」

「ほんま!?おおきに、ハナヱ姉ちゃん!!」

 安堵と喜びの表情を浮かべながら、ウエイトレスを呼び止めているリオを見たあと、ハナヱはもう一度、往来の人波に視線を巡らせる。

 さきほどから、誰かに見られているような感じがしてならない。人手の多いバザールだから、当たり前と言ってしまえばそれまでだが、極限まで訓練された彼女の感覚が、それをどうしても無視させなかった。

 過激派?それとも・・・・・・

 ノヴァキャットとドラコ連合が同盟を果たしてから、もう2年近くが経とうとしているが、それでもこの事実を受け入れられない人間は多く存在する。そして、各地で反対を叫ぶ過激派勢力が、時としてテロ活動を行うことは珍しくはなかった。事実、彼女もイレース駐在官として派遣された折、赴任早々過激派の爆弾テロで宿舎を破壊され、財産その他一切合財を焼き払われた経緯がある。

 万が一の場合、リオを巻き込んで危害が及ぶような事があってはならないが、だからといって、不必要に彼女を不安がらせる訳にも行かない。幻妖舎突入要員としての矜持以前に、クルツがなによりも大切にしているものを守り抜かねばならない。クルツにとってかけがえのないものなら、それは自分にとっても同じこと。

 ハナヱは、デザートのケーキをほおばっているリオに感づかれぬよう、そっと、静かに巫王村雨を包んでいる袱紗の帯を緩めていた。




「それにしても、ハナヱ姉ちゃん、いっつもそれ持っとるのう。大変じゃないんかのぅ?」

「そんなことないよ、それに、刀は武士の魂だから、その心構えを忘れないようにしなきゃいけないの」

「ふぅん・・・そうなんか・・・・・・」

 リオの言うとおり、長刀の部類に入る巫王村雨は、最近の流行にあるような合金製のサーベルなどとはわけが違う。ドラコにおいて、テラの時代から脈々とその歴史と技を受け継いできた刀鍛冶の匠達が炎と槌を振るい、技の限りを尽くし心魂込めて鍛え上げた玉鋼の業物。

 そして、いざ有事となれば、それは破邪顕正の刃となって、邪なる者の頭上に、その露なす秋水を振り下ろすだろう。が、はからずしも、その瞬間は刻々と迫っている。自分ひとりなら、いくらでもやりようはある。しかし、必ず守り抜かねばならないものが、そのすぐ傍らにいる。

 たとえ、この命に代えても。

「・・・・・・ちゃん、・・・・・・ハナヱ姉ちゃん?」

「へっ!?あ、なに?どうしたのかな」

「いや・・・・・・、ハナヱ姉ちゃんこそどうしたんじゃ?なんか、目が遠かったけん・・・・・・」

「ううん、大丈夫だよ。それじゃ、そろそろほかの所にいってみようか」

「うん、わかったけん!」

「あ、そうだ。ちょっと待っててね」

「うん」

 リオをその場に待たせ、食事の勘定を済ませた後、ハナヱはハンドバッグから携帯無線機を取り出すと、領事館の警備部に連絡を入れた。そして、リオの所に戻ってきた時、目に飛び込んできた光景に、ハナヱは思わず言葉を失った。

 リオが、2人いる?

 リオは、さっきと同じ場所に座ったままだったが、あらゆる感情が入り混じるその表情は、凍りついたように固まり、その傍らには、長身の女性が鋭い笑みを浮かべながら、まっすぐに視線を向けていた。

 夜空色の髪、褐色の肌、そして、磨きぬかれたエメラルドのような瞳。それは、リオとは年恰好は明らかに違うものの、現在のリオと未来のリオを並べたかのように、それは似通った空気を感じさせた。

 しかし、彼女から感じる気配は、鋭利な刃のように鋭く、そして、濃密な戦場の匂いを漂わせていた。

「ハ・・・・・・ハナヱ姉ちゃん・・・・・・・・・」

 搾り出されるように発したリオの声は、明確な恐怖と共に、細かい震えを混じえている。ハナヱは、努めて平静に言葉をつなげた。

「貴女は、どなたですか?私は、ドラコ連合イレース駐在官、ハナヱ・ボカチンスキー准尉と申します」

 ハナヱは、ほんのわずかな時間だったとは言え、リオを一人にしてしまったことを激しく後悔する。領事館に連絡を入れるため、リオに余計な不安を与えまいとしたことが、却って裏目の結果になってしまった。彼女は、左手に携えた巫王村雨を静かに握り直し、この、黒豹の化身のような女性に問いかけた。

「私の名は、リノ。かつては、スモークジャガーと呼ばれた一族の戦士」

「・・・・・・では、リノさん。この子にどういった御用ですか」

 リノと名乗った女性に問いかけながらも、ハナヱは間合いを見極めつつ、リオを奪回できる位置を探る。こうもあっさりと、自分がスモークジャガーの戦士であったことを告げる以上、目的はひとつしかない。かつて、スモークジャガーと呼ばれた氏族の残党が、今はダークと名乗り、アンタロスを拠点としているテロリストに身を落としていることは、彼女もよく知っていた。

「その子をどうされるつもりですか?」

「まだ、何も言ってはいない。だが、いい。察しはついているはず、私は、我がシブコであるこの子を、スモークジャガーの一員として迎えに来た」

「・・・・・・私は、それを了承できる立場ではありませんね。彼女の意思がどうであれ、その意向を、彼女の所属先に伝えてからでしょう」

 ハナヱは、リノの緑色の瞳をまっすぐに見据えながら、彼女に対して毅然とした言葉を返す。

「裏切り者の意向を聞けと?それこそ無意味な話。年端も行かぬ者をボンズマンに貶め、満足しているような者達の話など、最初から聞く耳などない」

 予想通りの返答に、ハナヱは巫王村雨の柄に手を触れ、無意識のうちに姿勢を半身にする。話し合いが通じない以上、次に出る手段は1つしかない。それが、アンタロスを根城にする無法者集団の人間なら、なおさらだ。

「いい選択、とはいえませんね。ですが、それも止む無し。ですか」

 リノは、戦闘体勢に移行しつつあるハナヱを静かに一瞥すると、その緑色の瞳に鋭い光を走らせた。

「なればこそ」

 眉一つ動かさず、リノが一言そう答えた瞬間、ひとつ向こうの通りから、爆音と共に突然火の手が上がった。

「貴様!!」

 瞬時に状況を理解すると同時に、ハナヱは激しい怒りを隠さずに叫んだ。

「その子に指一本触れるな!」

 その瞬間、リノは上着の内側に隠し持っていた大振りのナイフを抜き放つと、黒い疾風のような勢いで数メートルの距離を瞬時に縮める。黒く塗り潰した刃が影のように目の前に迫った瞬間、ハナヱは巫王村雨を鞘走らせてリノの初撃を弾き返した。

白昼の爆破テロに重ね、突然始まった戦士同士の剣戟に、瞬く間に恐怖と驚きの悲鳴が響き、民間人は我を争って逃げ出し始め、瞬く間に大通りは怒涛のような人の渦で埋め尽くされた。

「くっ!卑怯な!!」

 尋常に対峙しているときならともかく、逃げ惑う群集の渦の真っ只中では、不用意に剣を振りかぶることもできない。ほんの一瞬、ハナヱの手が止まった時、それが彼女の命取りになった。

『がっっ!?』

 突然、背後から腰に激痛が走り、ハナヱは声にならない悲鳴を上げる。人の渦を巧みにかいくぐって接近したリノの一撃。だが、ハナヱは反射的に全身の筋肉を引き絞ると、腎の臓にその漆黒の刃が届く寸前、どうにかそれを押しとどめた。

 だが、彼女の超人的な筋力をもってしても、耐え難い激痛は彼女の全身を疾走し、脳髄を麻痺させていく。さらに、容赦なく引き抜かれた刃の背に並ぶ、鋸のような峰がその傷口をさらに深くえぐった。

「フン」

 群集の波に紛れ、ハナヱの急所にナイフを突き立てたリノは、鮮血に染まるナイフを手にしたまま、力なく群集の中に崩れ落ちていくハナヱを一瞥した後、あまりのことに硬直しているリオの手を掴むと、彼女を引きずるように走り出した。

「ハ、ハナヱ姉ちゃん!!」

 驚愕が事実の認識へと変わり、リオは、リノに手を引かれながらも、ハナヱの沈んだ方を振り返って叫ぶ。しかし、リノの力は、その細腕からは及びもつかないほど強く、リオは、必死の抵抗もむなしく、やがて逃げ惑う群集の海の中に引きずり込まれるように姿を消していった。




 もう、何を言ったらいいのかわからない。言葉が見つからないとか、そんな生易しいものではない。脳味噌自体が、いままで当たり前のようにひねり出していた言葉や知識というのを、きれいさっぱり忘れてしまったかのように、ただ、ぐるぐると不快な感覚だけを分泌し続けている。

 激しい後悔。確かに、後悔という言葉自体は知っていた。そして、それの定義に見合う感覚も味わったことはある。しかし、これだけの苦痛を伴って体を喰い荒らしてくれたのは、母さんが殺された。と報された時以来かもしれない。

 集中治療室で出来得る限りの看護を受けているハナヱさん、彼女がどうなるのか、医者ではない俺にはさっぱり見当もつかない。俺にできることは、ただ、彼女の無事を祈ることだけだ。そして、何者かに連れ去られてしまった、リオの無事と。

「クルツ君」

 静寂を破るように、俺の肩に乗せられたイオ司令の声に、俺はぎくしゃくと顔をあげた。

「クルツ君が気に病むことはありません、クルツ君は自分のなすべきことをしていました。そして、彼女も、それを了解しての結果だったはずです」

 何を馬鹿な。俺は、司令の口から聞く言葉に、微かな反感を覚えた。確かに、代わりを彼女に頼んだのはこの俺だ。けど、刺し殺されかけることまで、代わりに頼んだ覚えなどない。

「神判に向けて、もう時間もありません。私達のメックの調整作業は急がれなければなりません」

 ああ、そうだろう。そうだろうともよ。

「ですが、私達は、それに立ち会うことができません。残りの作業は、クルツ君の判断に一任します」

 ・・・・・・何を、言っているんだ?

「私、スターコーネル・イオは、これより急遽クラスター隊員の救出作戦を立案しなければなりません。もちろん、スターキャプテン・ローク、スターコマンダー・アストラ、メックウォーリアー・ディオーネは、外すことの出来ない作戦要員であるからして、今回のメック調整作業に立ち合わせることはできません。

 ですから、残りの工程については、クルツ君の判断にすべてを委任します。長年、私達のメックを整備してくれたクルツ君です。私達は、安心して全てを任せることができます。やってくれますね」

「し、司令・・・・・・!」

 その予想外の言葉に、俺は電気に打たれたように立ち上がった。間近に控えている神判。それが、所有の神判であっても、己の名誉と命を賭して戦うべきものであることに、なんの変わりもない。

 そして、自らが駆るメックを最高の状態にするためには、そのメックの搭乗者が立ち会い、細かい調整を求める声を何百回と積み重ねなければならない。それを、彼女は全てを俺に任せると言ってくれた。それは、テックにとって、これ以上無い信頼と名誉を与えられたことに他ならない。

「もちろん、神判を放棄するつもりなどありません。リオさんを救出した後、万全を期して臨みます。後顧の憂いを絶ち、完璧な態勢で戦いに望む。これなくして、完璧な勝利は望めません。・・・・・・フフ、そう言うことです」

 彼女の言葉に、その場に居合わせていたマスターも、そして、ディオーネ、アストラ姉弟も、自信に満ち溢れた戦士の顔でうなずいている。

 ・・・・・・やっぱり、俺は馬鹿だ。こんなにも熱く、そして燦然と輝く綺羅星の如き、クラン・ノヴァキャットの戦士達。彼らは、俺を信じると言ってくれた。なら、俺も彼らを信じなくてどうすると言うのか。

「イオ司令・・・私は・・・・・・・」

 俺が言葉を言いかけた時、ポンポンと、軽やかだが気品の漂う拍手がロビーに流れた。

「ほんまに、ええお話を聞かせてもらやはったどすぇ」

 いつの間にか現れた、ドラコ・ジャパニーズの正装、『キモノ』に身を包んだその女性は、雪のように白い肌に、優雅な微笑をたたえてこちらを見ている。そんな彼女に、司令は訝しむように誰何の声を向けた。

「貴女は・・・・・・?」

 ・・・・・・いや、待て。この、気品と柔和さが絶妙に織り上げられた美貌。そして、その表情や立ち居振る舞いの仕草。・・・・・・まさか!?

「これは、えらい失礼いたしますぇ。申し送れたんやが、わいは、アヤメ・ボカチンスキーと申します。娘が毎度えらいお世話になっておりまんねん」

 アヤメ・ボカチンスキーと名乗った女性は、たおやかな笑みとともに、ゆっくりと一礼すると、緩やかな旋律の音楽のような口調で挨拶をした。

 ・・・・・・こ、この女性、ハナヱさんのお母さんか!?

 しかし、それを疑う理由はどこにもない。ハナヱさんと瓜二つの顔、声も、どこか似通っている。これを親子じゃないと言い張るやつがいたら、そいつは救いようのない馬鹿だ。それだけ、よく似ていた。

 もし、ハナヱさんの髪を黒く染めたら、今目の前にいる御母堂と同じになるだろう。・・・・・いや、だが、申し訳ないが、人間としての熟成が加わった美しさは、ハナヱさんはまだまだ『少女』にしか過ぎないとさえ思わされてしまう。

「今回は、わいの娘がえらいご迷惑をおかけしはりました。せやけど、手前の不始末は手前で責任をとるのが、わい達の家訓ですさかい、皆様は、皆様のするべきことに全力を向けてくだはるよう、お願いいたしまんねん」

 ドラコ・ジャパニーズの数ある派生語の中でも、かつてテラの時代、ミカド一族が使っていたという、流れる旋律のような『ミヤココトバ』と共に、優雅に頭を下げた彼女の前に、イオ司令をはじめとして、居合わせた氏族戦士達は、毒気を抜かれたように目を丸くしていた。

「で、ですが、娘さんは重傷を負い、絶対安静なんです。それを、ご自身で責任を取らせるとおっしゃられても・・・・・・」

「ご心配なく、わいは、娘にこの程度で音を上げるような、柔な育て方はしておりまへん。では、少々失礼いたしまんねん」

「え・・・・・・?あ、ちょっと・・・・・・!?」

 アヤメさんは、たおやかな笑顔で一礼すると、微かに狼狽の色を浮かべたイオ司令の声を意に介することもなく、彼女は、面会謝絶の掛札を完全に無視すると、普通に集中治療室の中に入っていってしまった。

『キィヤァァァァァァァァァァァァァ―――――――――ッッッ!!』

 さほど間をおかずして、突然、凄まじい絶叫が集中治療室で炸裂し、さしもの氏族戦士達も、予想外の展開に思わず全身を震わせて驚いている。もちろん、俺だって驚いた。驚かなくて他にどうしろと。

『イヤッ!イヤッッ!アグゥ!ウグッッ!!アッ!アァアアァァアァァァァッッッ!!』

 まるで、拷問室か処刑室から聞こえてくるような、断末魔じみた悲鳴は、やがてドアのすぐ向こうまで接近してくると、今度は必死にドアを叩いたり引っかいたりする音が鳴り渡る。が、すぐにその音は遠ざかっていく。多分、引き剥がされたのだろうか。

『お願いです!許してください!許してください!助けてっ!助けてっっ!!クルツさんっっ!クルツさぁぁぁんっっっ!!ヒッ!ヒイィィィッッッ!!』

 今度は、俺の名前を呼びながら泣き叫んでいる。もうこれ以上黙ってられるか!いくら母親だからって、やっていいことと悪いことがある。ドラコの有名なミュージシャン、シーゲル・イズミャーだって言ってるだろう。

『許せねぇ、児童虐待』

って奴だ!!

 集中治療室のドアに取り付くが、びくともしない。なんてこった、中から鍵をかけたな!?

「待つだぎゃ、クルツ!」

「放してくれ!!」

『アアアアアアアアアアアアアッッッ!!』

 肩を掴んで引き戻そうとするディオーネに、俺はついいつもの言葉遣いも忘れて怒鳴り返してしまった。

「ええから落ち着くでよ、あのおっ母さん、どーみたってタダモンじゃねーだぎゃ。任せろと言ぅとるだで、ここはあのおっ母さんに任せるだぎゃ」

「けど!!」

『アウッ!アウウゥゥゥゥゥッッッ!!』

「・・・・・・ディオーネ、お前、目が笑ってるぞ?」

「んなこたぁねーだぎゃ」

『アヒッ!イッ、イヒィッ!アグゥッ!!』

「それに、ボカチンの奴、なんか楽しそうだぎゃ?」

「そんな馬鹿なことあるわけないだろう!!」

『ぃ痛ぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!』

 もう限界だ。これ以上、無駄な時間をつぶす訳には行かない。俺は、ディオーネの手を振りほどくと、今度は蹴破る覚悟で、もう一度集中治療室のドアに駆け寄ったその時、ドアが開いた。

「皆様、どへんお騒がせしはりましたどすぇ。もう、どもないでおまんねんさかい」

「ハ、ハナヱさんは?ハナヱさんは大丈夫なんですか!?」

「ええ、もうどもないどすぇ。・・・・・・ほら、クルツ様が呼んでおりまんねんよ?出ておこしやす、ハナヱ」

「・・・・・・は、はい。お母様・・・・・・・・・・・・」

 まるで、着替えの手伝いをしてきたかのような気楽さで姿を現したアヤメさんは、キモノの袂を押さえながら手招きをしている。すると、地の底から響くような返事と共に、げっそりとした表情で、真っ青な顔にびっしりと冷汗の玉を浮かべたハナヱさんが現れた。

「ボ・・・ボカチン・・・・・・!お、おみゃー・・・・・・っっ!?」

「・・・・・・楽しいわけ、ないじゃないですか」

 一様に驚愕の色を張り付かせる一同をよそに、さっきのディオーネの声が聞こえてでもいたのか、ハナヱさんはまっすぐにディオーネに近づくと、ゆっくりと腕を持ち上げ、軽く彼女の胸を小突いた。ように見えた。

「ギャオオオッッッ!?」

 力の限り蹴飛ばされた猫のような悲鳴を上げ、ディオーネは映画のワンシーンのようにキリキリと回転しながら吹っ飛ぶと、派手な音と共にロビーのゴミ箱に頭から突っ込んだ。

「こ・・・・・・これは、一体・・・・・・」

 ついさっきまで、瀕死の重症を負い生死の境を彷徨っていたとは思えない、その凄まじいまでの怪力を見せたハナヱさんを前に、俺は口の中が痛いほど乾いていくのを感じた。

「あんたはんが、クルツ様・・・・・・でおまんねんか?」

「は、はい、私が、トマスン・クルツです」

「クルツ様のお話は、娘から毎度聞いておりまんねん。娘が毎度お世話になっとるようで、ほんまになんと言ってお礼を申し上げたらええでっしゃろか」

「そ、そんな、私の方こそ・・・・・・。それに・・・・・・今回のことも、私のせいで大切なお嬢様に取り返しのつかないことをしてしまい、本当に、本当に申し訳ありませんでした」

 うっはぁ・・・・・・、勘弁してくれ。まさか、こんなことがあった後で、その母親に出くわすなんて予想外だ。

「クルツ様、そへんな他人行儀はなさらへんでおくんなはれ。せんどしゃべるようですけんども、お気になさらへんでおくんなはれ。それに、先ほども申し上げたんやように、武門の家に生まれた以上、この程度で音を上げはるような育て方はしておりまへんさかい、どへんかご安心おくんなはれませ」

「で、ですが、私は・・・・・・」

 すると彼女、口元を袂で隠しながら、鈴の転がるような若々しい声で笑い出した。

「わいの娘が見込んだ殿方なら、こうなることも、娘にとっては納得済みでおまんねんよ。どすから、どへんかクルツ様がお気に病むことのへんよう、重ねてお願いいたしまんねん。・・・・・・ほれ、ハナヱ、いつまかてお連れと遊んでやらへんで、はよう段取りをしてしまいやす」

「わ、わかりました、お母様・・・・・・」

「ハナヱ」

 憔悴しきったハナヱさんに向き直ったアヤメさんは、ほんの一瞬だけ、その表情を変えた。人としての感情も温もりも全て消滅した、絶対零度の刃の目。

・・・・・・この女性、本当に一体何者なんだ!?

「は、はいっ!」

「・・・・・・受けた恥は、そのまんま相手にお返しするか、でなければ、あんはん自身の命でしか贖えへんこと、よもや忘れておまへんね?」

「は、はいっっ!!」

「よろしい、では、お行きやす」

「はいっっ!!い、行ってまいります!!」

 まるで、学校に送り出すようなアヤメさんの言葉に、ハナヱさんは顔中に恐怖と緊張の色を浮かび上がらせると、あっという間にロビーから駆け出していってしまった。

 ・・・・・・し、しかし、本当についさっきまで瀕死の重傷だったんだぞ?それを、なんでまた、こんな短時間で!?

「・・・・・・ハナヱの母ーちゃん、ちょっと聞いてもえーかみゃあ?」

「へぇ、なんでっしゃろか?」

 やっとの思いでゴミ箱から這い出してきたディオーネは、懸命に怒りをこらえながら、アヤメさんにつめよっている。

 ・・・・・・が、流れ落ちた鼻血と、髪に絡みついた、いくつものゴミが絶妙のアクセサリーとなって、どう見たって間抜けなコメディアンにしか見えない。

「母ーちゃん、いったいハナヱの奴になにしよっただぎゃ?」

 そうだ、それは俺も知りたいところだ。

「そうです、ハナヱさんは絶対安静の重傷だったんです。どんな方法かはわかりませんが、本当に行かせてしまって良かったんですか・・・・・・?」

 俺達の問いに、アヤメさんはにっこりと微笑むと、袂で口元を隠して微笑を浮かべる。

「そへんですね・・・・・・申し訳あらしまへんが、これはDEST秘伝の秘術としかお答えできまへんね。やけど、クルツ様がハナヱんとこ婿に来とっただけるのどすえら、ご伝授して差し上げてもよろしいですけれど?」

「ああ、言うひつよーねーだぎゃ」

「あ痛っっ!?」

 俺はディオーネに突き飛ばされ、彼女はアヤメさんの前に立ちふさがるようにして、不機嫌な表情を浮かべている。

「あらあら、元気のいいお嬢さんどすなぁ。フフフ、クルツ様も、なかなか隅に置けない方のようどすなぁ」

 ディオーネの挑戦的な視線を前にしても、アヤメさんは、そう言って楽しそうに笑っている。彼女にかかれば、ディオーネもまだまだお子様でしかないのだろう。

「先ほど、DESTとおっしゃられましたが、貴方はもしかして・・・・・・?」

「あらあら、クルツ様。DESTに興味があおりどすか?」

「え・・・・・・?い、いや、それは・・・・・・」

「年齢的な問題もありまんねんが・・・・・・ふむ、やけど、クルツ様はどへんやら問題あらへんようどすぇ。そへんですね、先ほども申し上げたんやが、婿に来とっただけるのどすえら、推薦状を書いて差し上げまんねんけれど?」

「だから!もうええっちゅーとるだぎゃ!!クルツ!おみゃーも、よけーなこと首突っ込んでんじゃねーだぎゃ!!」

「痛たたたっっ!!」

 ・・・・・・それにしても、これは偉いことになった。リオの誘拐、ハナヱさんの負傷、そして、ただならぬ何かを持ち合わせた、彼女の母、アヤメ・ボカチンスキー。

 次から次へと、非常事態が列をなしてやってくる。なにをどうしたか知らないが、突然回復し、テロリスト共へのリヴェンジに向かったハナヱさん。彼女のことももちろんだが、リオの安否が鉛のようにのしかかってくる。

 しかも、アヤメさんは、一切の助太刀無用。とまで宣言した。それを鵜呑みにするのは、普通子供じゃあるまいし、はいそうですかとはいかないが、彼女の言葉は、そうさせない言霊を持って、俺達を縛り付けた。

 ・・・・・・ああもう、なにがなにやら。こんな非常事態だってのに、俺達は一体どうしたらいいんだ!?

『クルツ様』

 いつの間に背後に来たのか、気配も前触れもなく、微かに聞こえたアヤメさんの言葉に、俺は振り返ろうとしたが、なぜか金縛りにあったかのように、指先一本動かすことができなかった。

『出来の悪い娘でおまんねんけど、どへんかあの子を信じとっただけへんでっしゃろか?クルツ様のお嬢様は、きっと、ハナヱが連れて帰りまんねんさかい』

「で、ですが・・・・・・」

 敵意はもちろん、殺気なんてこれっぽっちもない。なのに、なのにどうして、この、体をすり潰されるような恐怖はなんなんだ!?

『・・・・・・『ティンダロス』様のお手を煩わせるには及びまへん。是非とも、わいの娘の手際、見届けてやっては頂けへんでっしゃろか?』

「な、何を言って・・・・・・!?」

 小さく囁きかけられた言葉。猛毒のように全身を侵食する、その言霊の前に、俺は全身の全ての水分が流れ出てしまうかとさえ思うくらい、滝のような汗が止まらなかった。

 なんてこった、今日は厄日だ。しかも、とびっきりの。

 母さん、セント・サンドラ、トーテムノヴァキャット、どうか、どうかあのふたりをお守りください。私の持ちうるもの全てをささげる覚悟でお願いします、どうか、どうか慈悲と加護を賜らんことを。




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