聞け戦巫女の唄(後)



「起きろ!」

 アサノメザメハイッパツノローキック

「な、なんだ!?スクランブルか!!」

 頭上から降ってくるジークの声に、俺は枕元のヘルメットを引っつかんで飛び起きた。

「朝食だ」

 ・・・・・・朝メシって、それだけのことで人に蹴たぐり入れるってのかよ・・・・・・。

「クルツ!貴様、夜中に脱け出して、一体どこに行っていた!!」

「脱け出すって・・・、俺はお前の言うとおり、おとなしく寝てたぞ」

「なら何故お前が寝袋で寝ていた!私は鍵を外した覚えはないぞ!?」

「いや、お前が外したね」

「なんだと!でたらめもたいがいにしろ!!」

「夜中に、どうしても寝辛いから、何とかしてくれ。って言ったら、お前が外したんじゃないか。覚えてないのか?」

「む・・・ぅ・・・・・・?」

 ふはは、考え込んでるぞ。まあ、自分で外したなんて言ったら、それこそ厄介事の種を自分で作るようなもんだ。思い出せないんなら、ジーク自身の仕業、ってことにしておきましょうかね。とにもかくにも、俺はジークに案内され、隊員食堂へ向かうことにした。




「・・・・・・やはり納得がいかん。なぜ、私が鍵を外す必要がある」

「またその話か・・・・・・」

 俺は、日曜市の出店以外の場所で食べる、品数が2品以上もある豪華な食事と対決しながら、ジークのぼやきを適当に聞き流す。

「だが、鍵を外すのはいいとして、なぜわざわざ寝袋で寝る必要がある?ベッドの方が、十分休めるだろう?それに、体を冷やしたりはしなかったか・・・?」

「家じゃ、いつもあの寝袋さ。それに、枕が変わると眠れないんだよ、俺は」

「嘘をつけ、お前がそんな繊細な人間なものか」

 ・・・・・・ひでえ言われようだな、おい。

「ま、まあ、いい。それと、誤解の無いよう言っておくが、別にいかがわしいことを強要するつもりは無いぞ。だから、あれだ。ただ、体調を管理するなら、きちんとした寝床で就寝したほうがいいのだ。私はそう思う」

 そういった情緒面では、まったくこだわらない氏族人だから、まあ、深読みするのも意味無いことなんだろうけどな。でも、氏族人とは言え、やはりああいった状況は抵抗がある訳なんだが・・・・・・。

 まあ、子供じゃあるまいし、30過ぎて言う台詞じゃないわな。

「しかし、今回ばかりは、ドラコの連中も余計な事をしでかしてくれたよな・・・・・・」

「アルシャインに侵攻した部隊のことか。だが、五大王家やコムスターとの連携による総力戦ならともかく、まだ今の中心領域には、氏族との戦いは手に余るもののはずだ。可哀相だが、アルシャインに侵攻した部隊は、おそらく無事ではすむまい」

「・・・・・・確かにな」

「それに、それだけで済めばいいがな。おそらく、近いうちにゴーストベアーと一戦交えねばならなくなるだろう。これからが大変だぞ」

「とんだとばっちりだな、ドラコが咳をすればノヴァキャットが風邪をひく。ってか」

「ドラコの動きに対して傍観を決め込めるほど、キャットの立場は強くはないからな」

「そうだな・・・・・・」

「しかし、ベアーのキャットに対する憎悪の度合いは、さすがに理解できんな。確かに、他の氏族も、キャットに対していい感情を持っているわけではない。何をして、ここまで執拗な憎しみを抱けるのか・・・・・・」

「なまじ近くにいるから、目障りな存在がよく見えるんだろうな」

 氏族のメンタリティを、俺は全てを理解した訳じゃない。だが、戦いに明け暮れ、戦いそのものを己の存在意義に置き換えてしまったことで、もはや、彼らはジェネラル・ケレンスキーの理念を、真の意味で継承していると言えるんだろうか。

 彼が絶望したものに気付かなければならない。争いと欲望、死と破壊、乱れ荒みゆく世界と人の心。

 欲望は何処より生まれ出でたるものか、争いは何処より生まれ出でたるものか。それに続きつながる執着、確執、葛藤。その全てを断ち切る為に、彼は無より生まれ出でたる人間の存在を欲したと言う。何者にも縛られる事のない、己の力のみで地に立ち存在する、完璧にして無二の人間を。

 なにものにも囚われず、なにものにも縛られない、真なる無より生まれ出でたりし完全なる人間。しかし、それがまた、支配するものとされるものの差別を作り出し、力こそ正義という思想を作り出した。そして、それは同じ氏族だけでなく他の氏族に対しても向けられ、主義主張の違いを、戦いによってのみ解決しようとする。

 星間連盟への回帰を図るのであれば、ノヴァキャットはその先陣を果たしたことになる。しかし、それが他氏族の憎悪の対象となるのなら、それはもはや、ウォーデンもクルセイダーもない。五大王家を全て打ち滅ぼし、その後釜に成り代わろうと言うのだろうか。どちらにせよ、中心領域と氏族とは、相容れない存在となっているのかもしれない。これは、本当に彼の望んだ結果なのだろうか。

「・・・・・・ツ、クルツ、・・・・・・おい!どうした、クルツ!」

「え?ああ、少し考え事をしていたよ」

「考え事・・・・・・?」

 ・・・・・・おい、なんで鼻で笑う?そんなにおかしいこと言ったか。

「フン、リオのことでも思い出していたか?それともディオーネ?いや、スターコーネル・イオか?」

「・・・・・・なんでだよ」

「気にするな、これも食べるがいい」

 そう言って、ジークは分厚いハムのソテーを、返事も聞かずに俺の皿の上に乗せた。

「いいよ、お前の分がなくなるぞ」

「うるさい!いいから食べろ!!」

 ・・・・・・な、なんなんだよ、もう。




「・・・暇だな」

「待機に暇も何もあるか」

「ずっと座りっぱなしなんだぞ」

「私は慣れている」

 朝食後、俺たちはすぐさまアラート要員として、5分待機任務につくことになり、それからずっと、アラートハンガーに詰めっぱなしだった。五分待機ってのは、五分以内に気圏戦闘機を飛ばせる態勢でいる、ということだから、不自由なこと極まりない。

「もうすぐ交替がくる、それまで辛抱していろ」

「了解です、スターコマンダー・ジークルーネ」

「・・・・・・ジークでいい、お前にそう呼ばれると、何故か馬鹿にされている気がしてならん」

「ひどいこと言っていると思わないか?」

「お前に限って、思わん」

 ひでぇなぁ・・・・・・。

「なにをらしくない顔をする、私ほど優しい戦士はいないぞ」

 自分で言ってりゃ、世話ねえや。

「それはそうと、おかしいとは思わんか」

「何が?」

「現在、D4−PSポイントに接近しているアンノウンだ。まるで、こちらの注意をひこうとせんばかりの配置だ。気に入らない」

「注意を・・・・・・?」

「そうだ。・・・・・・例えば、だ。出来るだけ敵の目をひきつけるために、これ見よがしの部隊行動を展開する。そして、その反対側から特務隊を送り込み破壊活動を行う。そうすれば、混乱に乗じて侵攻が容易くなるし、効果的な打撃も与えやすい」

「・・・・・・それは、確かにありえないことじゃないが。でも、それは・・・・・・」

「中心領域の戦法といいたいのだろう?我々氏族も愚かではない、有効な手は取り入れるのにやぶさかではない。それに、作戦の性質にもよる」

「作戦の性質?」

「そうだ。たとえば、大規模な侵攻作戦における準備。効率よく進軍・拠点確保を遂行できるルートやポイントを調査し、同時に撹乱行動で警戒態勢を拡張・混乱させる。レコン・チームやデモリッション・スクワッドと言うものか。それらを配置するとしないとでは、作戦の効率がまったく違ってくる」

「確かにそうだが、氏族の戦士がそんな戦法をよしとするか、だな」

「現実的ではないと?なら、それは違う。クルツ、自分自身に目を向けてみろ。ベアーの支配している宙域で、中心領域に属していた場所は多い。そして、侵攻によってボンズマンとなり、そのまま戦士階級に組み込まれたものも多数いる。

 彼らのノウハウをもってすれば、それらの任務は容易に行えるはずだ。そして、ベアーの戦士達の矜持を傷つけるものではない。なにしろ、『人っ腹生まれ』のやらかすことなのだからな」

 こいつは驚いた。確かに推測の域を出ないとは言え、可能性の範囲で警戒すべき因子を、的確に指摘している。

「それに、考えてみろ。規模的に大きいとは言え、この地域に配置されているのは、セカンドライン級のクラスターがほとんどだ。攻略すべき重要拠点がない代わりに、戦力もそう固くはないから侵入も容易い。即効的な戦果ではなく、後の時間経過による効率的な戦果を期待する。さっき言った特務部隊を確実に、そして安全に送り込むには、まさにうってつけのポイントだ」

「おい・・・、それじゃ・・・・・・!」

「ああ、思っている以上に、今回は危険な状況かもしれん。ここで、ひとつでも抜かりがあれば、後々手痛い打撃を受けることは、間違いないだろうな」

「ジーク・・・・・・」

「どうした?」

「お前、凄いな・・・・・・」

 口の中が乾く感触を感じながら、思わず率直な感想を口にする。すると、ジークは、腕組みをしたままの姿勢で顔を向けると、鋭い造りの目に不敵な笑みを浮かべた。

「こう見えても、私はタスタスのブラッドネームを持っている」

「え!そうなのか!?」

「ああ、そうとも。驚いたか?驚いたろう」

 俺の反応に気をよくしたのか、ジークは小さな鼻をぴすぴす言わせながら、満足そうな表情を浮かべている。

「・・・・・・じゃあ、なんでセカンドラインにいるんだ?」

「お前が、今まで見てきたとおりだ」

「ああ、なるほど」

「あっさり納得するな、本当に憎たらしい奴め」

 なんで怒られるのかさっぱりだが、ちょうど交代要員がアラートハンガーに現れたことで、俺達ふたりは30分待機に移行し、そのまま待機室に場所を移すことになった。そこなら、少しはくつろぐことも出来る。いやはや、戦士ってのも存外窮屈なもんだな。

「ジークルーネ!」

 アラートハンガーを立ち去ろうとした俺達を、聞き覚えのある声が呼び止める。

「スターコーネル・ジョージ、何かあったのですか?」

「ああ、すまんがお前達二人、今すぐ飛んでくれ。場所はN1K2−J、警戒空域外だが、現地の地上部隊から、所属不明の航空機を目撃したとの通報があった。他の航空団にも問い合わせたが、該当空域を飛行予定の航空機はなし。民間からの報告も同じだ。ワルキューレは、電子偵察機並のアビオニクスがある。この任務に、最も向いていると判断した。お前達両名は現場へ急行し、状況の確認と所属不明機の捜索を行ってもらう。」

「了解しました。我々両名は、これより座標N1K2−J空域へ急行します」

「よし、頼んだぞ、ふたりとも」

 スターコーネル・ジョージは、ジークと俺に向かって深くうなずく。そして、俺を呼び止めると、素早く耳打ちするようにささやいた。

『すまんな』

 ジークは、一瞬こちらを振り向いたが、先に行くと身振りを残して駆け去っていった。

「本来関係ないはずの貴様に迷惑をかける。だが、あのイオやロークが特に目をかけている貴様だ、必ずうまくやってくれると信じている。

 ジークルーネは、確かに優秀な戦士だ。だが、皆に対して心を閉ざしている。どんなに屈強であろうと、戦友を信じない戦士に武運は続かない。貴様なら、ジークルーネの戦友になれるかもしれないと思っている」

 スターコーネル・ジョージの言葉に、俺はあの無愛想な相棒を思い起こす。アイツは一人なんかじゃない、こうしてちゃんと背中を見守ってくれる奴がいる。

「了解しました。二つのクラスターの名誉にかけて、全力を尽くします」

「貴様、いい目をしている。奴らの判断は正しい、イオとロークの期待に応えろ、問是」

「是、残されたこのコードにかけて」

「よし、もう言うことはない。行け、ジークルーネが待っている」

 ジーク、お前は自分で思っているほど、嫌われちゃいないよ。それがわかった時、お前は、今よりもっと高く速く飛べるんだろうな。




「調子はどうだ、クルツ」

「現在高度6000フィート、スーパークルーズ毎時890マイルで巡航中。システム正常稼動、レーダー・センサー共に異常検知無し、エンジン出力も良好だ」

「そうじゃない、お前のことだ」

「俺?」

「他に誰がいる」

 ・・・・・・こりゃ驚いた、ジークが、よりにもよって人の心配をしているよ。

「貴様・・・・・・、今、無礼な事を考えていたろう」

「そんなことはないぞ、断じてない」

「私がお前の体調を案ずるのが、そんなに意外か。お前は私の第二の目であり頭脳なのだ、当然のことだろう」

「大丈夫だ、訓練でずいぶん慣れた。この程度なら、遊覧飛行みたいなもんさ」

「調子のいい奴だ。いざとなった時に、やれ目が見えんだの嘔吐だのと騒ぐなよ」

「わかってる、訓練と本番は違う。気を抜いたら命に係わる、気合で頑張るよ。まあ、頼りにしてくれとは言わないが、せめて、あてにはしてくれよ」

「何を言っている、頼りにしていなければ、後ろになど乗せるものか」

 ・・・・・・お?なんか今日は、違う意味で予想外の言葉が返ってくる日だな。

「・・・・・・お前は不思議な男だ、どんなことでも、当たり前のようにこなしてみせる」

「だから、ずば抜けたものがないんだけどな」

「極めようとしないだけだろう、お前が何かを始めた時、ただならぬ光が目に宿るのを知っているか?」

「変態だからか?」

「根に持つ男だな、貴様は。違う、お前はあらゆる状況を楽しんでいる、それが私には理解できない」

「愚痴を言っても仕方ないからさ、なら、目の前にあるものを受け入れるしかないだろう。幸い、俺の周りは結構面白い連中が揃っているからな。

 ・・・・・・そう言えば、ジーク。お前、この間、うちのリオがうらやましいとか言ってたよな。俺なんかより、あいつの方がもっと不思議だよ。どうせわかってるだろうけど、あいつはスモークジャガーのシブコでね。始めの頃は、俺達に対して敵意剥き出しだったよ。

 あいつはあいつなりに、色々考えたり悩んだりしたんだろうな。正直、俺も最初は持て余してたし、やってけるのかとも思ったよ。でも、今は知っての通りだ、あいつは、拒絶じゃなく理解することを選んだんだ。だから、他の連中にも理解されている」

「・・・・・・いかにも子供の考えることだ、私には、そこまで器用には出来ん」

「そうかな、あいつが、ここに来てもう1年近くなるのに、どうして言葉遣いを変えないと思う?普通、子供だったら、周りに染まって言葉も変わるのが普通だろ?でも、あいつはそうしない。自分が、スモークジャガーの誇りを捨てていないからさ。

 考えて見りゃ危険な話さ、滅びた氏族の矜持を引きずるなんざ、下手すりゃどんな攻撃を受けるかわかったもんじゃない。そう言い聞かせても、やっぱりあの通りさ。立場は従えても、魂まで下る気はない。ってとこなんだろうな。でも、少なくとも、あのクラスターでそれにケチをつける奴はいない。リオは周りを認めている、だから、周りもあいつを認めるんだろうな」

 余計なおしゃべりがすぎたかな、ジークからは、何の返事も返ってこない。まあ、仕方ないことだな。こんな話、面白いはずないだろうし。

「そうか・・・・・・、奴が・・・・・・な」

「悪いな、変な話しちまって」

「・・・・・・いや、気にするな。・・・・・・そう言えば、クルツ。昨日、流星に願い事をするとか言っていたな。それは、中心領域のまじないごとか?」

 話を変えてきたか、まあ、今はその方がいいさな。

「そんなとこだな」

「何を祈願した?」

「悪いけど、それは言えない。人に話したら、その時点で無効になるんだ」

「随分と都合のいい言い訳だな」

「でも、本当だから仕方ない」

「まじないに本当も何も無かろう、自然現象に対して願をかけるなどと・・・・・・」

 呆れたように吐き出されるジークの声が、不意に詰まるように途切れた。

「どうした?」

「・・・・・・しまった、なぜ気付かなかったのだ」

 うめくようなジークの声に、俺はなぜか微かな悪寒を感じた。勘弁してくれ、こういう時の悪い予感に限って、ディオーネのヴィジョン並によく当たるんだよ。

「流星群だ、あの時、すぐにでも気付くべきだった。・・・・・・私がジェイドファルコンにいた時だ、中心領域の気圏戦闘機部隊に奇襲をかけられた事がある。その時、奴等は流星群に紛れて降下突入してきた。

 ここ最近の夜毎の流星群、それに紛れてこない奴がいないとも限らん。クルツ、もう一度HQに連絡を取れ。目撃情報の続報がないか確認するんだ、それと、レーダーの出力モードと無線のバンド域を上げろ。どんな些細なことでもかまわん、とにかくできる限りの情報を集めろ」

「ああ、わかった」

「私の取り越し苦労ですめばいいが・・・・・・。最大戦速で現場に急行する、気を抜くなよ、Gにやられるぞ」

「わかった、やってくれ」

 そう応えた瞬間、エンジン音の唸りが激しさを増し、俺の全身は見えない壁に押し潰されるようにシートに圧迫された。そして、機体速度が音速を超えた瞬間、加速した機体の先端に渦を巻き始めたベイパーが白いリングを形作り、超音速飛行にシフトしたワルキューレは、その中を潜り抜けるように突進するのがはっきり見えた。

「どうだ、クルツ」

「駄目だ、最初に報告されたポイントから、アンノウンに関する目撃情報は何もない」

「いや・・・・・・それでも、どこかにいるはずだ。私の勘が囁き続けるのだ、この囁きが狂ったことは一度もない」

「わかった、もう一度やってみる・・・・・・あ?」

「どうした」

「・・・・・・いや、さっき、ほんの一瞬だけ、パルス信号らしいものがひっかかった。波長の断片だが、救援信号に似てなくもないんだが。すぐに消えちまったから、単なるノイズかもわからんが」

「クルツ!そのパルスの断片が発信された方向を計測しろ。おおまかな位置でもかまわん、できるか!?」

「あ?ああ、大丈夫だ。記録には残っているから、おおまかな方向と空域なら算出できる」

「よし、頼むぞ。何も無ければそれにこしたことはない、だが、万一もある」

「わかった、それから、応援はどうする」

「お前の判断に任せる」

「わかった」

 かすかに逡巡するかのようなジークの返事と同時に、ワルキューレはその機体を震わせると、主の命のままに再び加速を始めた。




「おい、飛ばしすぎじゃないのか。これじゃ、プロペラントがもたないぞ?」

「間に合わなければ意味がない、何も無ければ、その時点でいったん帰投すればいい。それだけの残量は確保できる」

 アフターバーナーを全開にしたワルキューレは、ものの10数分で、例のパルス信号の断片が発信された空域へ臨場した。そして、通常巡航速度まで減速すると、周辺空域を旋回し索敵飛行を開始する。

「クルツ、レーダーはどうだ」

「いや、何も反応はない」

「むぅ、こいつのレーダーでも捕捉できないのか」

「半径100キロのおおまかな範囲だからな・・・・・・、もしかしたら、座標がずれているのかもしれないな」

「そうかもしれんが・・・・・・、ん?」

 ジークは、いぶかしげな様子でそう応えたかと思った瞬間、ワルキューレは突然機体を翻し、雲海の切れ間からかすかに覗く海面に向かって高度を下げ始めた。

「どうした!?ジーク!!」

「見つけた!船がやられている!!」

「なんだって!?」

 ジークはそう叫んでいるが、俺には船の影はもちろん、それらしい痕跡すら見えない。しかし、ワルキューレは微塵の迷いも無く降下していく。

「なんてこった・・・・・・」

 高度300フィートの低空で飛行し始めた時になってようやく、俺はジークの眼力と目の前の事実に唖然となる。ワルキューレが旋回する真下の海面には、船の影も形も無かったが、波間に浮かぶ油の膜が、太陽の光を鈍く反射して漂っていた。

「クルツ、やはりお前の探知した信号は、ノイズなどではなかったようだ。ここで何かがあった、おそらく、見られては都合が悪かったのだろう。問答無用で撃沈されたようだ」

「あ、ああ、そうみたいだな。けど、巡視船や高速艇とは言え、救難信号を最後まで打電させる暇もやらずに沈めるなんてことが・・・・・・」

「可能だ。少なくとも、私は出来る」

 なんてこった、それなら、この空域の周辺に、敵が潜んでいることになる。

「クルツ!踏ん張れ!!」

「な!?・・・・・・ぐあっ!!」

 ジークがそう叫んだ瞬間、機体は跳ね上げられるように急上昇を始め、あっという間に雲海を突き抜けた。

「来るぞ・・・・・・、5・・・いや、6だ!!」

「なんだって!?」

「お前に見える距離じゃない!レーダーに集中しろ!!」

 ジークの声に、反射的にレーダーに目を戻すと、レンジの外周ギリギリにブリップが点滅していた。なんてこった、この距離は人間の目で見える距離なんかじゃないぞ。

・・・・・・畜生、結局こうなるのか。だが、そんなことを言ってる場合じゃなくなった。こうなったら、腹をくくるしかない!

「反応が二手に分かれ始めた、包囲する気だぞ!」

「教科書どおりだな、望むところだ!」

 余裕に満ちた声と同時に、機体が翻ると、大きく回り込むように旋回を始めた。

「クルツ!アルテミスは作動しているか!?」

「ああ、どれでも好きな奴を狙ってくれ!」

「よし、E−03にロック!こいつが一番動きが鈍い!」

「わかった!」

 俺にはどれも同じブリップにしか見えないが、ジークにかかれば練度まで見て取れるようだ。さすが、ブラッドネームの看板は伊達じゃないらしい。

「いいぞ、ロックした!」

 その瞬間、ランチャーが一斉にミサイルを打ち出し、15発の音速の矢は、紺碧の空間に向かって真っ直ぐに突き進んでいく。

「6・・・9・・・13!13発命中、目標健在!」

「それだけ当たれば十分だ、この距離で喰らえば余裕を奪える!」

 そうジークが答えた瞬間、さらに加速がかかり、数秒後には、ようやく俺の目でもシロネ重戦闘機の編隊が見えてきた。そして、その中の一つが、不自然に煙を吐き続けている。

「すれ違うぞ、腹に力を入れろ!」

 ジークの言葉の意味を了解し、俺はもう一度03をロックし、次の急加速に備える。そして、ワルキューレは、獲物に襲い掛かる荒鷲のように、高位度からシロネに急降下をかけ、その相対速度も相まって、激突しそうなスピードで接近してきたシロネに、ER−PPCのプラズマ弾を直撃させ、命中したと同時に炸裂した火の玉とすれ違う。

 バブルキャノピーにへばりつくようにして後ろを見ると、敵機は右側の翼を吹き飛ばされ、木の葉のようにゆっくりと落下していく。その時、俺はあることに気づき、もう一度落下していくシロネを見た。主翼と、垂直尾翼の先端、そして腹面を黄色にペイントし、黄金の鷲のエンブレムをあしらった機体。その見覚えのあるマーキングに、俺はこれ以上ないくらい腹の底が冷えるのを感じた。

 間違いない、この気圏戦闘機隊は、エリート中のエリートばかりを集めた、元レイザルハーグ王立空軍第159戦術戦闘航空団、『ゲルプフリューゲ』だ。どうやら、こいつら、今や宗主であるベアーの片棒を担いでやってきやがったんだ。元からの反ドラコ思想と、その片割れの氏族が相手なら、参戦する動機は完璧だ。畜生、なんてこった!

 先制攻撃には成功したが、相手は一機で一個航空中隊に匹敵するとまで言われている連中だ。いくらこのワルキューレが最新鋭機とはいえ、ジークにとっては海のものとも山のものとも知れない機体だ。しかも、完全に乗りこなせている訳じゃない。

「見物している暇があるか!来るぞ!!」

「ジーク、気をつけろ!あれはレイザルハーグのゲルプフリューゲだ!!」

「それがどうした!知っている!!」

 そうこう言っているうちに、弧を描きながら向かってくるシロネの機影が映る。だが、いきなり突き飛ばされたように体が真横にひっくり返り、視界の半分に海が見えたかと思った瞬間、機体は旋回しながら下降した。スプリットSだ、そう思った瞬間、凄まじい圧力で押し潰されるGと共に、全身の骨がミシミシと嫌な音を立てる。全身の筋肉に力を入れて踏ん張るが、それでも目の前が薄暗くなっていく。

 溶接用ゴーグルをかけたような視界に、さっきまで後ろにいたはずの敵機の腹の下が見えた。相手も小刻みなヨーイングを繰り返しながら、こちらからの射線をかわそうと巧みに機体を旋回させるが、まるで相手に曳航されているように、回避機動を取る敵の斜め下に機体を滑らせ、機首をぴったりと敵の後方に取りついている。

 だが、感心して見物している場合じゃない。俺は照準システムと格闘しながら、逃げ回る敵機からロックを外されないようFCSを操作し続ける。そして、照準が固定しアラームが鳴ったほんの数瞬、待ち構えていたように、フルチャージされたER−PPCのプラズマ弾がシロネのノズルに直撃し、落雷のような放電とプロペラントの爆炎が炸裂するのが見えた。そして、急激に姿勢を崩した敵機にレーザーの掃射が容赦なく突き刺さり、シロネは巨大な火球となって後方へ流れていく。

 普通の人間なら、ロックオンを確認した瞬間には逃げられているような短い時間だ。それを、少しの狂いも無く実行した反射神経に、俺は驚くより恐ろしさを感じた。

 ただでさえ、上下左右に振り回される非常識な状態のなかで、まるでラジオのスイッチを押すかのように的確に攻撃を実行する。しかも、並の相手ではない。あのゲルプフリューゲ相手に互角のマニューヴァーを展開し、一瞬のチャンスを逃さず撃墜したジークの技量。それを思うと、以前ミキの操縦するLAMに乗り、ジークの追撃を受けた時、自分で考えていた以上に危険な状況にいたことを思い知らされる。

「ジーク!囲まれるぞ!!」

 レーダーに映るブリップは、中心点、つまり俺達の乗るワルキューレを取り囲むようにその距離を縮め始めた。キャノピーの外を見ると、二機一組になって、死角に回り込もうとするシロネの機影が見え、そのぞっとする光景に、脇の下を冷たい汗が流れる。

「さて、出会い頭に殴りつけるという手は、二つ落としたからまずまずだ。しかし、多分あの中に指揮官がいるはずだ。プロペラントも心許ない、連中相手にこれは厳しいな」

「おい!お前がそんなこと言ってたら、俺はどうするんだよ!」

 冗談じゃない、ここまできて、何弱気なこと言ってるんだ。

「誰が終わりと言った。ファイターモードだけでしのげればと思っていたが、そうもいかないようだ。LAMの力を試すには、相手にとって不足はない」

「大丈夫なのか」

「クルツ、さっきの言葉、そのまま返そう。お前は全力を尽くして、LAMのセッティングをしてくれた。今度は、私がお前の努力に答える番だ」

 とうとう、ジークはトランスフォーメーションを実戦で使う覚悟を決めたようだ。となると、このひと月の成果が、いまここで試されるわけだ。

「わかった、どの道このままじゃ、退くことも無理だ。やろう、俺も最後まで付き合う」

「それでこそ」

 ジークは、一言楽しそうに答えると、再び敵の真っ只中に向かって機体を旋回させた。相手の方も、さすがに2機も撃墜されたことで、動きに隙が無くなってきた。そして、2機一組の編隊で二手に別れ、執拗に死角に潜り込もうとしてくる。

 ジークも敵の間隙を突いて反撃するが、ゲルプフリューゲは、機首上げと同時に、空中で停止するような信じがたい機動を見せ、確実にロックしたミサイルを紙一重ですり抜けるように回避すると、その場で振り向くようにさえ見える旋回で、あっという間に視界から消える。

 そのたびに後方警戒装置がやかましく鳴り響き、機体のすぐ脇をミサイルやレーザーが掠めていく。太陽が足元をすっ飛んでいき、頭の上を海面が流れ去っていく。全身の力を少しでも緩めたが最後、サングラスをかけたように視界が曇り始め、Gが首の骨を容赦なくきしませる。もうどっちが上か下かもはっきりしない、締め上げるような息苦しさで、マスクに当たる呼吸がごうごうと獣のような音を立て、際限なく鳴り響く警報音で、どうにか意識をつなぎとめている。

 その時、いきなり顎をハンマーでブン殴られたような衝撃が走り、目の前が一瞬真っ白になる。その、余りの激痛に意識が飛びかけ、視界がぼやけていく。

「クルツ!トランスフォームのバックアップ!!」

 隣の部屋から聞こえてくるラジオのように、どこか遠いジークの声が耳の中に入ってくる。・・・・・・そうだ、ここで俺が音を上げる訳にはいかない。ジークは、まだ戦っているんだ。

「シ、システム異常なし、コマンド送信回線速度異常なし、いつでもいける!」

 ジークの声と、チェックシックスの警報音が同時に聞こえた時だった。突然、機体が見えない網に絡め取られたような衝撃と共に減速した瞬間、バレルロールで機体が洗濯機のように激しく回転したかと思うと、頭上に見える海面を背に、白煙を引いたミサイルが頭上を飛び去っていき、続いて敵機が追い越すように飛び出していく。

 インジケーターは、いつの間にかエアロメックモードを示していた。俺は、顎の激痛を無理やり押し込めながら、絶えずエラーを送ってくるシステムに、姿勢制御とFCSの補正コマンドを送り込み、それをジーク側のコンソールにリンクさせる。それとほぼ同時に、ER−Mレーザーがこっちを追い抜いた敵機を照射した。

 だが、狙撃された敵機は、突然急ピッチで機首を上げると、ほぼ90度ともいえる急角度で急上昇し、レーザーを間一髪回避する。その時、コクピットからも見えるほど大きく前方に突き出したLAMの脚部が逆噴射をかけ、真後ろから蹴りを入れられたような衝撃が走る。そして、気づいた時には、フルチャージ状態の放電を放つ荷電粒子が、敵機の背中のど真ん中に直撃していた。さすがに、ジークに同じ機動は何度も通用しなかったらしい。そして、コクピットが傾いたと思うと、キャノピーが装甲に閉鎖され、変わりにモニターが目の前に現れた。

 メックモードにシフトしたワルキューレは、敵を追うように機体を回転させると、背中から黒煙を噴きつつヨタヨタと飛んでいたシロネに、レーザーの掃射を浴びせかけ、駄目押しのようにPPCを直撃させた。そして、今度こそとどめを刺された敵機は、半分から引きちぎられるように空中分解を起こし、海面に向かってバラバラと落下していった。

 だが、メックモードのワルキューレも、そのまま海面に向かって自由落下を始める。だが、俺の打ち込んだ補正データがリンクされ、ジークの操縦に干渉しない程度に機動システムが姿勢制御を実行する。そして、空中を舞うように機体を翻しながら、敵機の予測進路にレーザー掃射を加えつつ動きを牽制していく。そして、再び装甲が開放され、メックからエアロメックにシフトした機体は、着水寸前でスラスターを吹かし、海面をホバークラフトのように疾走を始めた。

「クルツ!機体をチェックしてくれ!!」

「アクチュエーター、フレーム、異常負荷・損傷ともになし!エンジン出力も問題ない、まだいける!!」

 目が回るなんてもんじゃない、少しでも気を抜けば失神しそうな機動と衝撃で、内臓をすり潰されるような不快感。そして、口の中に手を突っ込まれ、下顎を捻り回されているような激痛に耐えながら、俺はコントロールシステムと格闘する。ひどい話もあったもんだ。だが、気圏戦闘機乗りが、メック戦士に対して上位意識を持つのも無理はないと、頭の隅で納得したりもする。なんだ、俺もまだ余裕があるじゃないか。

 ジークの方も、俺が送信する最適化した補正データをうまく操ってくれてるようだ。この前までの訓練飛行が嘘のように、ワルキューレは海面を滑るように駆け抜け、頭上から降ってくるミサイルやレーザーをすり抜けていく。

「クルツ!お前、大丈夫か!?」

「あ、ああ。ま、まだいける」

「プロペラントが尽きかけている、指揮官機を落とすぞ」

「わ、わかった、やろう」

 ・・・・・・確かに、推進剤のプロペラントは、コーションサインがつき始めている。これ以上戦闘機動を続ければ、ゲルプフリューゲに落とされる前に、燃料切れで墜落するのは時間の問題だ。ワルキューレは脚部ジャンプジェットスラスターのベクトルを変え、海面を蹴るように跳ね上がり、ファイターにシフトした時、またしても頭上から敵弾が降ってきた。が、突然機体が90度バンクしたかと思うと、キャノピーの間近をレーザーが掠め、一瞬コクピットを照らし上げた。

 そして、ワルキューレはバンク飛行のまま全速力で突進して弾幕を振り切ると、姿勢を建て直した瞬間、再び天空に舞い上がった。・・・・・・か、海面すれすれのナイフエッジか。この機動は、昔二度ばかり見たことがある。一度目はドラコ空軍の式典で、イワサキ中佐のデモフライト、そして、二度目もドラコだったが、名前は忘れたがロシア系パイロットで、3秒飛んだ所で墜落した。

 だが、敵弾の真っ只中で、これだけの大技をいとも容易くやってのけるジーク。そこに痺れる憧れるじゃないが、こうなると、もしかして勝てるんじゃないかと、紺碧の中を上昇する機体のなかで、そんな事を考えながら、俺は光明が見えてきたように思えた。

「クルツ、あの技、使わせてもらう」

「やるのか」

「ああ、トランスフォームの要領も掴めてきた、いける」

「よし、やろう」

 ジークのうなずく気配を感じたと同時に、ワルキューレは蒼空を舞う敵に向かって機体を翻す。そして、お互いにシザース旋回を繰り返しながら、相手の焦りとミスを誘い出すように競り合う。そして、ついに相手の機動に振り回されたふりをして、ジークは敵の指揮官機の前に機体を滑らせた。

 途端に、キャノピー越しからでも、レーザーが装甲を焼き、金属をショートさせる音がコクピットに響き渡り、ミサイルの至近弾で機体が大きく振動する。

後ろを見る必要なんてない。今の俺達はこれ以上ないカモだ。よほどのお人好しでもない限り、真後ろに着かない方がどうかしている。そして、この時こそ、俺達が待ち望んでいた瞬間だった。

「今だ、ジーク!!」

 後ろを振り向き、続いて後方レーダーの表示を見ながら、俺は自分でもおかしいくらい、うわずった声で叫んでいた。その瞬間、再びメックモードにシフトすると、急減速の衝撃と共に、機体全身に大気の流れを受け止めるように、悠然と大気に舞い上がるのがはっきりとわかった。

 そして、モニターの視界に、真後ろにいた指揮官機が現れたと同時に、ジャンプジェットが最大出力でブーストする。ここでしくじるわけにいかない、姿勢制御タスクに次々浮かび上がるエラーを潰しながら、ナビゲートシステムの進路を、指揮官機にロックする補正コマンドを打ち込み続ける。そして、再び機体が加速した瞬間、指揮官機はワルキューレの二本の腕にがっしりと拘束されていた。

「許せよ、クルツ」

「あ?おわっっ!?」

 その時だった、辛うじて聞き取れる程度のジークの声がインカムから流れ、意味を聞き返す暇もなく、突然俺のシートが背面パネルを吹き飛ばし、機体の外に射出された。

 メイン・パイロット制御の、緊急用イジェクト・システム。そう気付いた時にはもう、俺は海面に叩きつけられていた。

 パラシュートで減衰されたとはいえ、トレーラーの荷台から転げ落ちたような衝撃と、鼻や口に勢いよく流れ込んでくる海水で、一瞬意識が飛びかける。やっとの思いで水から頭を出すと、コクピットを叩き潰したシロネを振り捨てるようにワルキューレが離脱し、ファイターにシフトして上昇していく所だった。

「畜生!なにが『許せ』だ!!ふざけるなよ!戻って来い、馬鹿野郎!!」

 わめいてみても、もうどうにもならない。ワルキューレは、仇討ちとばかりに追撃してきた2機を引き連れていくかのように、飛行機雲の尾を引いて、やがてその機影は蒼空に溶け込むように見えなくなった。




 もはや毎度のことなので、もういちいち嘆く気にもならないが、俺は、砕けた奥歯を抜歯した傷と右足首の痛みで目を覚ました。

 空戦の真っ最中にワルキューレのコクピットから放り出され、パラシュートがあったとは言え、不自然な体勢で海面に激突したため、俺は右足首の靭帯を断裂する羽目になった。かてて加えて、根っこを残して砕け半分以下になった奥歯を抜き、裂けた歯茎を縫合すると言う、ちょっとした手術のおかげで、辛抱ならない激痛に悩まされ、こうして一時間に一度はその痛みで目を覚ますことの繰り返しだった。

 あとで聞いた話だが、虫歯とかがあった場合、歯に開いた小さな穴の中に残っていたわずかな空気が気圧の変化で急激に膨張し、亀裂が入ったり、最悪の場合、粉々に砕けっちまうことがあるらしい。

 だから、航空機パイロットには、虫歯がないか、あるいは完全に治療するのが絶対条件ってことだった。

 ・・・・・・もっとも、いまさらそんな話を聞いた所で、何の足しにもならないが。いや、もしかしたら。ジークはあの時、俺の様子がおかしいことに気づいていたのかもしれない。足手まといと思われたか、それとも気遣われたのか。だが、それこそもう、いまさらどうにもならないことだ。

 俺は、あれから半日位たった後で、捜索にやってきたコーストガードの警備艇に拾われた。盛大に吐血しながら失神していた絵面のおかげで、警備艇のクルーはもう助からないだろうと思ったのか、こともあろうにボディバッグの中に詰め込んで下さりやがった。

 それより、問題は別の所だ。ガス欠寸前のワルキューレで、無傷の気圏戦闘機二機を相手に飛び去っていったジーク。あいつは一体どうなっただろう。今日の今日までまったく連絡がない、どうなったのか消息さえ聞かされていない。

 誰も見舞いになんか来やしない、まあ、俺はあの航空団じゃ、それこそ一介のテックだ。しかも、フリーボーンでボンズマン。おまけに、肝心のジーク自身が勝ったのか負けたのかもわからない。堂々凱旋したってんなら話も別かもしれないが、俺一人が救命ボートでプカプカ浮いてる所を拾われただけ、というなんともしまらない結果になった訳で、これで

『よくやった、感動した』

なんて言われたら、ハナヱさんじゃないが、それこそセップクもののみっともなさだ。

「クルツ、起きているか?」

 おっと?誰も来ないといった傍から、飛行隊長自らおでましか?これは一体、どういった風の吹き回しなんだ。しかし、随分疲れきった顔をしているな。おまけに、フライトスーツのままだ。もしかして、俺が知らない間に、本格的な戦闘が始まったのか・・・・・・?

「クルツ、貴様にはすまないが、よくない知らせがある」

 そう言うと、スターコーネル・ジョージは、疲労でくすみきった表情を引き締めると、まっすぐに俺の方を見据えて言葉をつむぎ始めた。




 基地のフェンスを飛び越えるように、低空で離陸していく気圏戦闘機の放つ、アフターバーナーの轟音が、バスの窓ガラスを振るわせんばかりに鳴り響く。

「うおおぉ〜〜〜!!すっごいのう、羽根の下の字まではっきりみえるけん!!」

「こらこら、行儀が悪いぞ。それと、窓から頭を出すんじゃない、危ないぞ」

「でも、ぶちすごいけん!あんなでっかいのが飛ぶんじゃ!すっごいのう!!」

「人の話を聞けよ・・・・・・」

 席から飛び降りるようにして、今度は反対側の窓にへばりついて飛び去っていく気圏戦闘機を見送っているリオに、俺は一息ため息をつく。

 あれからひと月ほど過ぎた、けれども、いまだにジークの消息はわからないと言う。当然のことながら、捜索活動も打ち切りになった。

 病室で、スターコーネル・ジョージから聞かされた話。俺が打電した応援要請に、彼は集められるだけの部下を引き連れ戦闘空域に急行した。そして、捜索飛行の途中、所属不明のドロップシップを一隻拿捕したそうだ。

 だが、それ以降の捜索でも、肝心の敵機もワルキューレの姿も無く、現場から10キロほど離れた海上で漂流している俺を発見し、今度は反対側の70キロ海上で、沈みかけていたワルキューレを発見し、海軍とコーストガードに応援要請をしたという。

 けれども、ワルキューレのコクピットの中に、ジークの姿は無かったという。パイロットシートがイジェクトされた形跡は無く、海面に着水した時に吹っ飛んだのか、キャノピーは跡形も無くなっていたという話だった。おそらく、あいつは最後の最後まで機体を捨てることをよしとしなかったのだろう。それとも、他になにか訳があったのか。どちらにせよ、一体何故?としか言いようが無い。

 それから後も、スターコーネル・ジョージは、許す限りの時間と人を使い、ほぼ連日にわたる捜索活動にあたったそうだ。そして、そのため、見舞いに来るのが遅れたとも付け加えた。結局、ジークはMIAとして扱われることになり、基地に戻ってきたのは、激しい戦闘があったことを物語るダメージを刻んだ、主のいないLAMだけだった。

 これらを受けて、イレース全域に防空警戒が発令強化され、衛星軌道直前でその存在をちらつかせていた未確認艦隊は、徐々に後退を始めているそうだ。まさか向こうも、たかだかセカンドラインに、ゲルプフリューゲを撃退できる技量の戦士がいるとは思ってもいなかったのだろう。そして、ジークは敵の破壊工作隊をいち早く発見し、これを殲滅。イレース侵攻の尖兵を挫いたと言うことで、勲章もののアワードを贈られた。だが、当の本人は行方不明のままだ。

 ワルキューレは、そんな名誉ある機体として特例措置がとられ、当面の間、航空団で保管されることになった。その裏側には、スターコーネル・ジョージの尽力と口添えがあったことは疑いようが無い。そして、俺は両部隊の司令に許可を取り付け・・・まあ、例によって、マスターに頼み込んだ訳なんだが、仕事に差し支えない範囲、つまりは、俺の休日を使って、ワルキューレの保守整備とレストアをする分にはOKってことになった。

「じゃけん、クルツも物好きじゃのう。休みの日も仕事しにいくんか?」

「仕事っていうより、気持ちの問題だな。それよか、リオ。お前、いつもついてくるけど、ハナヱさんと遊びに行っててもいいんだぞ」

「別にええけん、それに、遠くに行くのは楽しいけんね」

「・・・・・・まったく。いつも食いきれないほどポーチに菓子を詰めてきて、重くないのか?」

「これか?これはジークのお供えもんじゃけん」

 これまた随分な言いようだな。しかし、リオ姫虎の子の中心領域製の菓子を、よりにもよって宿敵にお供えか?

「お供えって・・・・・・別に、まだ死んだと決まったわけじゃないんだぞ。それに、お前、いつもそれ全部持って帰ってるじゃないか」

「じゃ、じゃけん!お供えする場所がないから持って帰るんじゃ!!」

「部屋にでも置いときゃいいだろ」

「そ、そがーなことして、カビとか生えて食えんくなっとったらどうするんじゃい!!」

「別に、お供えだから関係ないだろう?しかも、来るたんびに、小遣いはたいてわざわざ新しいもの準備してからに・・・・・・」

「もうええわい!うちの勝手じゃけん!!」

 リオは、顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、座席の上に膝立ちになると、意固地になって窓の外を見ている。

 ちょっと、からかいが過ぎたな。しかし、こいつの反応は、俺も正直驚いている。だが、『戦士』という存在を信奉するリオにとって、ジークの行動は、英雄以外の何者でもなかったのだろう。

 確かに、リオはジークとそりが合うとは言えない。けれども、今にして思えば、その反発もお互い似たもの同士、というより、似た境遇だったからなのかもしれない。もしも、ジークのように、リオが戦士としての資格を得て、スモークジャガーの眷属、と言う意識をより堅固に持っていたとしたら。それはきっと、ジークのようにノヴァキャットを拒絶したかもしれない。

 あいつも言ったように、子供ゆえの柔軟さと素直さ。それが、似た境遇でありながら、まったく違う状況を作っていた。あいつも、悩まなかった訳はないだろう。リオに対する苛立ち、それはそのまま、自分自身に対する苛立ちだったのかもしれない。

 新しい機体を前に、目を輝かせながら言葉を途切れさせることを忘れ、クラシックエアプレーンのソリッドモデルを手に、自分の夢を語り聞かせたジーク。全てを跳ね返すような、堅固な鎧の裏側にあったもの。それを知ることも理解することも無いまま、あいつは姿を消してしまった。

 ・・・・・・まあ、俺の勝手な考えとはわかっちゃいるが。それでも、もう少し時間があれば、その何かが見えたのかもしれない。それこそ、俺の勝手な思い込みかもしれないが。

「リオ」

「・・・・・・・・・」

「リオさ〜ん」

「・・・・・・・・・」

「リオ介〜」

「もう!なんじゃい!?」

「お前は、俺の誇りだよ」

「なっ!?なんじゃい急に!!」

「ハハハ」

「もう!ほんまに知らん!!」

 湯気が出そうなくらいに赤面したリオは、再び反対側の窓にへばりつくと、今度こそ、どんな呼びかけにも答えようとしなかった。と、その時、また2機の気圏戦闘機が爆音を立てて離陸していった。漆黒の機体に描かれた紫の雷。あれは、スターコーネル・ジョージのパーソナルマークだ。そして、彼と僚機のパイロンの片方には、ライフ・ギアを収納したカプセルが吊り下げられていた。そう言えば、さっきリオが大騒ぎして見上げていた機体も、同じ装備を搭載していた。

 わかるか、ジーク。お前には、待ってくれているものがこんなにもいる。やり残した事だって、抱えきれないほど残っているはずだ。まだ、ヴァルハラにいくのは早い。そして、きっと帰って来い。お前の目指した空を、テラの空を舞い踊るために。




聞け戦巫女の唄(後)



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