聞け戦巫女の唄(前)



 正直、困った。

 俺は、目の前の包帯だらけの小柄な女性を前に、どうにも進退窮まった状態を呪う。付き添いのマスターも、どうにも複雑な表情を浮かべている。

「スターコマンダー・ジーク。どうして、私なのでしょうか・・・・・・」

「お前にしか出来ないことだ、それだけだ」

「し、しかし・・・・・・」

 さて困った。こいつ、いったいどういった風の吹き回しなのやら。

「改めて依頼する、中心領域の戦士。トマスン・クルツ、私に力を貸してくれ」

 うむう・・・・・・・・・




 ちとばかり時間は遡るが、そもそもの事の起こりは、仕事中、突然司令本部へ呼び出された時だった。いったい何事かと思いながらも、とにもかくにも司令室へと急ぐと、果たして、ドアの向こうにはスターコーネル・イオ、マスター、そして、無愛想な黒ウサギ。もといジークがなにやら思いつめた表情で立っていた。

「お仕事中すみませんね、ご苦労様です、クルツ君」

 イオ司令は、相変わらずの笑顔と共に、俺の来室を迎えてくれる。しかし、視界の端に映ったジークの顔が、驚愕の表情で塗り潰されているのが見える。・・・・・・まあ、わからんでもない。クラスターの最高指揮官が、一介のボンズマンに、それこそ友人同然の挨拶をしたんだから。

 だが、混乱するのも無理はない。ジークはよそのクラスターに所属する戦士だ、ここのクラスターの、ある意味特殊な状況と言うか事情など、あずかり知らぬのも無理はない。

「ありがとうございます。本日はどういった御用でしょうか、司令」

「そうですね、どちらかと言えば、用事があるのは、スターコマンダー・ジークの方ですけれど」

 イオ司令の言葉に、長身揃いの面子の中で、一際小柄さを際立たせているジークを見てみる。何があったか知らないが、ジークの顔はあちこちアザだらけで、包帯と絆創膏が賑やかに顔面を飾っていた。いや、よく見ると、顔だけではなく、袖口からのぞいた腕にも、ぐるぐると包帯が巻かれていた。この分だと、全身包帯巻きかもしれなかった。

「どうぞ、スターコマンダー・ジーク。用件を」

「了解しました」

 イオ司令に言葉に、ジークは敬礼を返すと、そのカミソリのような目を俺に向けてくる。・・・・・・なんか嫌な予感がするぞ。今度は、俺を相手に神判とか言うつもりじゃないだろうな。

「今日は、お前に頼みたい事があってきた」

「頼みたいこと・・・・・・ですか」

「そうだ」

 こいつの口から頼み事なんてのも、ある意味意表を突かれたが、さて、こいつはいったい何を言い出すのだろう。そう思いながら、話を切り出すタイミングを見計らっているジークの小柄な姿を、俺は若干の緊張を伴いながら見ていた。

「実は、私の新しい機体が手に入った訳なのだが・・・・・・」

 俺の様子を伺うように話を切り出すジークを見ながら、俺はこの間のLAM騒動の事を思い出す。あの時に、ジークの搭乗機であったシロネは、ほとんど使い物にならなくなるほど大破してしまっていた。

「ダイヤモンドシャークのバーミリオンフォックス・カンパニーから、LAMを購入した。それが、今の私の機体だ」

 バーミリオンフォックスといえば、ミキが経営している総合商社だな。まあ、それはいいとして、言っちゃ悪いが、この言葉を聞いた時、大怪我をしてどこか当たり所でも悪かったのではないか、と疑った。

 だって考えても見てくれ、普通、氏族の戦士階級というのは、LAMという兵器をとことん駄作扱いしている。普通の気圏戦闘機乗りのみならず、メック戦士であっても、自らすすんでLAMに乗ろうなどと言う物好きはいない。

 おおかた、何かのテストケースのつもりで導入した機体を押し付けられたのだろう。しかし、それはそうとして、ならばなぜ、わざわざ俺の所に来たのかが理解できない。

「私は今後、LAM乗りとして戦うことに決めた。そのために、お前の力が要る」

 さてさて、これはいよいよ風向きが怪しくなってきたぞ。気圏戦闘機乗りがLAMに乗り換えるというのも、いい加減おかしな話ではあるが、それに加えて、一介のボンズマンの手助けが必要とまで言っている。

 これはアレか?もともとおかしなヤツだと思っていたが、いよいよ本格的におかしくなってきたってことだろうか。そう考えている所に、それらを否定するかのようなジークの声がかかった。

「LAMに乗る事を選択したのは、あくまで私の意志だ。そして、代替機にLAMを配備するよう申請し、そして最終的に神判によってその要求を認めさせたのも、私自身の力によってだ。・・・・・そして、お前に助力を求めるのも、全て私自身の意思で決断したことだ」

 少しのよどみなもなく言い切ったジークの、その真剣な表情を前にして、俺は、再び災厄が列をなして訪れたであろうことを、その瞬間確信した。

「急な話で戸惑うのもわかる、しかし、私の所属するクラスターには、LAMの構造や概念について精通しているテックも戦士もいない」

 まあ、そうだろうな。

「神判に打ち勝ち、LAMの支給を認められた。そして、納入されたLAMと共に、ミキ女史より、クルツをアドバイザーとして推薦する書簡もいただいた。そして、お前に協力を要請するための許可も、スターコーネル・イオ並びに、スターキャプテン・ロークから、正式な手続きにのっとって申請をし、これを許可された」

 なるほど、だからそんなに顔中ボコボコになっているわけだな。だが、俺の所に来るよりもまず、病院に行く方が先じゃないのか?

 それはともかく、ジークんとこのスターコーネルはともかくとして、イオ司令やマスター達も、どうにも面倒なことをしてくれたものだ。

「それと、今回の件にあたっては、イオ司令とローク隊長から、ある一定の条件が出された。つまり、最終的な決定権はクルツ、お前にあり、それでどのような判断を下そうと、お前に対して、いかなる強制力も一切行使されない。と言われた。その件については、私も了解している」

 おやおや、ここまで来て、ずいぶん弱気な路線になってきたな。最終的な判断が俺にあるってことは、ここで断っちまってもいいってことだネ?

「それじゃ・・・・・・」

「待て!そ、その前に、一度機体を見てから考え直せ!!わ、私が言うのもなんだが、素晴らしい機体だぞ!?」

「いや、もう・・・・・・」

「タダでとは言わん!手当ては出す!!」

「タダだろうとなんだろうと、空を飛ぶ機械には係わりたくないんだ」

 わざと放った、俺のぞんざいな口調に、ジークはほんの一瞬だけ不快そうな表情を浮かべている。ジークは、俺の知っている氏族人の中でも、一番氏族の戦士のイメージにヒットする堅物だ。これで、気を悪くしないわけがない。いや、してくれたほうが、それこそ望む所、ってやつだ。

 そうとも、ここで少しでも譲歩したが最後、あとはなし崩し的に面倒事に巻き込まれるに決まっている。幸い、マスターも最終的な裁量権は俺にあるとしてくれた。それなら何も遠慮することはない。さっさと断りを入れて、この疫病神を追い返すべきだ。

「だが、私もここで引き下がるわけにはいかない。私の、戦士としての命運がかかっている。ならば、お前が協力してくれるというまで、私もここに滞在することにする。どの道、お前が協力してくれなければ、LAMはまともには動かんから仕事にもならん」

「ちょっと待て!?」

 あまりといえばあまりな言葉を口走ったジークに、俺は思わず声のトーンを上げてしまった。こともあろうに、このクラスターに居座るだと!?そうなれば、こいつを心底嫌っているリオが当の本人に出くわした時、どんな騒ぎになるかはたやすく見当がつく。

「リオのことだろう、心配するな、良好な関係を維持できるよう、最大限の努力をする」

 だから、そんな問題じゃねえっつうの!!

 思わず、イオ司令とマスターの方を見ると、2人とも完全に『我関せず』といった表情でシカトを決め込んで、ドラコ直送の緑茶なんぞをすすっている。いくら2人が戦士階級としては変わり者の部類に入ると言っても、LAMに対する認識までが例外というわけではない。

 いったん興味を引けば、こちらがうろたえるくらいに乗り気になるが、逆に興味のない話には、とことん乗ってこない。これがふたりの大まかな性格だ。さすがはシブコ同士の結束といったところだが、俺にとっては、それで済む問題ではない。

「とにかく、私もここで引き下がるわけにいかないのは、先ほど話したとおりだ。お前にはお前の矜持があるように、私にも私の矜持というものがある。お互い、ここは根競べと行こうじゃないか」

 ・・・・・・このチビ介、だんだんなりふりかまわなくなってきやがったな。くそ、なんてこった。

 勘弁してくれ、本当に。




 結局、俺はジークの要求を呑み、イオ司令の承認決裁のもと、クラスター本部付けで気圏戦闘機部隊への出向を命じられた俺は、ジークの所属するクラスターに着くや否や、さっそく予想通りの台詞を頂戴することになった。

「クルツ、最初に言っておくことがある」

 さあ来た、どうせ立場をわきまえろとか、命令には絶対服従とかそんなもんだろう。

「はなはだ不本意ではあるが、今回の件において、私に対して遠慮なく物申してかまわん」

 別にへりくだりたいとか、高圧な態度をとられたいとか、そんなM男みたいなことを言うつもりは、ジャガーメックの背中の装甲ほどもないが、さすがに、この言葉を聞いた時は、我が耳とジークの正気を疑った。

「お前は、私が思っていた以上に、あのクラスターの中では重要な位置を占める男と認識した。スターコーネル・イオやスターキャプテン・ロークからの扱われ方もそうだが、なによりも、あの『バビロンの紅狐』が高く買われている男だ。今回の件にあたって、彼女より通達があった。LAMの事に関しては、お前を特に推薦すると。

 その、一本だけ残されたコード。それは、いつでも切れる用意がある。しかし、お前並みの技術をもったテックは貴重であるがゆえに、お前の後継者が見つかるまでの間、やむなく保留処分にされている、と言うことも書き添えられていた」

 おやおや・・・・・・、一応、ミキも考えてくれたようだ。どこからそんな嘘八百もいい所な話を。まあ、自慢じゃないがテックとしての技量はクラスターにいる氏族出身の連中には負けない、って自信はある。だが、代わりがいないかと言えばそうでもない。

 たとえば、俺の部下ってことになるシゲ。あいつは間違いなく、俺の後を任せられる技術と知識を持っている。今では、俺の仕事って言ったら、メンテナンスやチューニングプランの起案の吟味と承認、そして、作業工程の中間および最終チェックくらいだ。だから、俺はリオの教育に専念できるわけなんだが。まあ、そんなことは今はどうでもいい。

「言ってみれば、お前は我々氏族人のテックがふがいないばかりに、足止めを食っているようなものだ。今はたかがテックに身を落としているとは言え、戦士階級と比べても、能力的にはなんら遜色ないことは彼女からの書簡や、クラスター本部での一件で了解した」

「なるほど・・・・・・なら、ひとついいか?」

「どうした」

「いくら言葉のあやだったとしても、テックを落とすような発言はやめて欲しい。確かに、実際に戦場で戦うのはお前達戦士かもしれない。しかし、その戦場で駆る機体を万全の状態に整えるのは、俺達テックの仕事だ。代わりはいくらでもいるなんて考えもやめて欲しい、熟練したテックひとり養成するためにも、お前達戦士を一人前にするのと同じ、いや、それ以上の時間と金がかかってるんだ」

「なに・・・・・・?」

 俺の遠慮ない言葉に、ジークの元々鋭い目が、さらにきつく吊りあがる。だが、俺はかまわず言葉を続けた。ここで逆上するようなら、俺はこの仕事を下りる。それが、たとえミキの紹介によるものだったとしてもだ。

「お前達戦士が戦場で戦うように、俺達テックはハンガーで戦っている。自分が整備したメックや気圏戦闘機、戦車達が戦場で生き残れるように、搭乗員と一緒に帰ってこれるように。もし、敵に撃破されたとしたら、それは戦士だけの敗北じゃない、テックの敗北でもあるんだ。

 でも、自分の整備した機械が、一度もやられること無く帰ってきた幸運なテックなんてひとりだっていやしない。それでも、俺達は自分の持つ技術と知識の全てを注いで、機体をより完全な状態にする。

 メカを愛せないヤツに、テックの資格なんてない。自分の整備したメカが無事に帰ってきたことが、テックにとっての最高の喜びさ。だから、俺達テックは、1機でも多く、ひとりでも多くの戦士が帰ってこれるように、散って行った戦士とその愛機の重さを背負って、どんな目にあっても歯ァ食いしばって工具を握るんだ。

 俺は、テックが身を落とす場所だなんて思わない、氏族人の技術階級がふがいないとも思わない。ジーク、お前の言ったことは、間違っている」

「クルツ、貴様・・・・・・・・・」

「お前達の言う、たかがテックにここまで言われたのは腹が立つか?だがな、俺は間違った事を言ったつもりなんてないから、撤回なんてしない。生粋の氏族人ならともかく、俺は中心領域の人間だ。いくらボンズマンになったからって、その記憶は消せないし、そのつもりもない。

 俺は、この世界が気に入ってる。大切な仲間も出来たし、守っていきたいと思える奴も出来た。だから、俺はノヴァキャットのために、自分に出来る限りの事をしたいと思っている。だから俺はここにいる」

 さあ、ここまで言った以上、こいつの性格なら絶対タダでは済ますまい。今まで思っていても口にしなかった事を、なんで今頃になってコイツに対しては叩きつける必要があったのか、自分でも、いい加減滑稽なことだとは思うが。

「・・・・・・そうまで言うからには、それ相当の覚悟があってのことだろうな」

 俺は、返事の代わりにジークの目を真正面から見据えた。耳に聞こえるあらゆる言葉よりも、より一層効果的な対決姿勢の意思表示だ。

「表へ出ろ」




 膝の真横に、コンバットブーツの爪先が鞭のように打ち据え、たまらず姿勢を崩した所に、右目の奥に響く衝撃が炸裂する。その瞬間、視界の端に映った小さな影に、すかさず蹴り出した俺の右足に、標的を捉えた鈍い感触が伝わる。そして、間髪要れず俺が振り上げた腕の真下を、かいくぐるように飛び込んできたその小さな背中めがけて、ここぞとばかりに肘を振り下ろした。

「グッ・・・・・・!き、貴様っっ・・・・・・・・・!!」

「そっちこそ・・・・・・ゲフッッ・・・・・・好き放題しやがって・・・・・・・・・」

 旗色は、五分か正直それ以下だ。手数は圧倒的に向こうが多い、そして、怪我をしているとは思えないほど、スピードも身のこなしも圧倒的だ。おまけに、体格が子供並みに小さいから、こちらの攻撃はほとんど当たらない。とは言え、一発ごとの威力は我慢できないほどじゃない。当たってやる代わりに、カウンターを思いっきりお見舞いしてやる。

 おかげで、どっちもどっち、今の所なんとか持ちこたえはいる。相手がチビだとかそんなことは、もうこの際まったく関係ない。遠慮なんかしていたら、こっちがやられる。

「オウッッ!!??」

 ・・・・・・こ、こいつ、なんて真似を。

 ヤツのコンバットブーツが、俺のオートキャノンの弾倉に直撃した。当然、俺はメックじゃないから、CASEなんて気の利いたものがあるわけもなく、誘爆ダメージはそのまま中枢を直撃し、エレメンタルに下っ腹を鷲掴みにされ、そのままはらわたをもぎ取られるような形容しがたい激痛に、呼吸が止まり全身から脂汗が噴き出してくる。

 ・・・・・・このチビ、もう勘弁ならねぇ!!

 全身を駆け巡る激痛と怒りをそのままエネルギーに変換し、感情を爆発させるがままに全身の筋肉をフル稼働させると、俺に致命的命中を食らわせた事で油断していたジークをとっ捕まえた。

「きっ、貴様っっ!?」

 まさか動けるとは思ってもいなかったのだろう、ジークの顔が、明らかな驚愕の表情で覆いつくされていく。俺は、ジークの細い肩をがっしりと鷲掴みにしたまま、思い切り背中を反らせると同時に、腹筋背筋全ての力を使って頭を振り下ろした。

「喰らえ!!」

 鈍い音と同時に、衝撃が視界を真っ暗に塗り潰し、チリチリとショートするような感覚が目の奥を焼く。そして、うっすらと戻ってきた視界の中に、額にでかいタンコブを作ったジークが、白目を剥いてひっくり返っていた。




「よう、目が覚めたか」

「む・・・・・・?っ痛ぅっ・・・・・・・・・!」

 小一時間ほどして、ようやく目を覚ましたジークは、頭を押さえながら周囲を見渡すという約束動作をしている。

「私は・・・負けたのか・・・・・・?」

「そうなるかな」

 俺の言葉に、ジークは額に巻かれた包帯を不思議そうになぞっている。

「・・・・・・まさか、あんな原始的な手でやられるとはな」

「油断大敵だ、それに男子の御本尊様を足蹴にするお前が悪い。あれですっかりキレた」

「切れた・・・・・・?出血はないようだが」

「そうじゃなくて、堪忍袋の緒が切れた、ってやつだ。粉砕なんかされてたら、勝負はお前の勝ち。そのかわり、俺も使い物にならなくなって原隊送り。ってやつだ」

「む・・・・・・・・・」

 俺の言葉を聞いたとたん、ジークの顔色が変わった。まさかこいつ、何も考えずにあんな危険極まりない蹴りを入れたってのか?冗談じゃねぇぞ、ったく・・・・・・。

「それは困る、今お前がいなくなったら、私とLAMはどうなる」

「というわけさ、俺の言ったこと、少しは納得してくれたかい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・そう・・・・・・だな」

 憮然とした表情で、目を合わせようともしないが、こいつはこいつなりに納得はしてくれたのだろう。とりあえず、そう思うことにしよう。考えること自体、時間の無駄だ。

 ・・・・・・それにしても、俺がジークに逆転の一発をかました時だ。あの時も、確かにチョークで引いた対等の環を遠巻きにするように、結構な数の気圏戦闘機乗りやテック達が集まって見物していた。そして、卑しくも戦士様をノシてしまった以上、これはただで済むまいと思っていたら、連中、ニヤニヤと笑いを浮かべながら、あとは知ったことではない。とでも言うように、三々五々散って行ってしまった。

 当然、ジークを気遣う奴なんてひとりもいなかったし、衛生兵を呼びに行った奴もいなかった。つまり、俺とジークは、完全に放っておかれてしまったわけだ。

 いくらなんでも、頭を強打して失神したんだ。素人でも、少しは心配するのが普通だ。それが、揃いも揃って知らん振りってのは、あんまりじゃないのか?

「気にするな、いつものことだ」

「いつものことって、お前・・・・・・」

「私は、嫌われ者だからな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 自分でそう言ってれば、世話はないと思うが・・・。それにしても、コイツについては、クラスター内の位置付けといい、どうにもわからない事が多すぎる。

 確かに、氏族人というのは協調の精神ってヤツをかなり重視している。だから、ジークのように独断専行・自己中心のオフィシャルサンプルのような人間は、それだけでかなり苦しい立場を強いられるのはわかる。だが、ここまで総スカンを喰らうってのは、少し考えられないことだ。

 けれども、こいつは不思議な奴だ。今さらかもしれないが、戦士階級の連中から罵倒されたり侮辱されたりなんてのは、それこそ日常茶飯事だった。さっきジークに言われたような言葉だって、ありていに言えば聞き飽きた類であって、いまさら腹を立てるのも馬鹿々々しいとさえ言えるようなものだ。

 なのに、こいつに対しては、真っ向から反論しただけじゃなく、あまつさえ神判騒ぎまでブチ上げるといった結果になった。普通なら、また野蛮人がわけのわからんことを。で済ませられるはずなのに。

 それにしても、こいつとのガチンコは結構高くついた。俺の肩ほどもないチビだから、ましてや女だからと侮ったわけでもないが、こいつの格闘能力はかなりのもんだった。急所を狙い、なおかつ確実にヒットさせるだけの技量とスピードをもっている。

 AC2の連射を喰らっときながら、たいしたことはないと高をくくっていると、いつの間にか関節やら武器やら、当たって欲しくないところに連続して当たって青くなるってやつだ。実際、ジークの拳や蹴りは、俺の関節やら脇腹やらに今でも焼けるような痛みを残している。

 お互い素手同士だったからよかったようなものの、これでもしジークが本調子だったら、ましてやナイフやらの武器でやりあっていたとしたら、多分、俺は立っていられなかっただろう。

 まあ、そんなことはどうでもいい。どうでもいいことなんだが・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・それはそうと、これはお前が手当てしてくれたのか?」

「ああ、まあな。頭を強く打ったわけだし、念のため病院に行こう」

「いや、いい。私がフェノタイプだったら、それも考えなければならないかも知れないが、私はただの発育不良で小さいだけだ。それに、私がいなくなっても、気にする者はいない」

「アホウ、そう言う問題じゃないだろう。俺が気にするよ」

 まったく、どこまでも不貞腐れたチビ介だ。俺は、ここのテックから借りてきたジープに、有無を言わせずジークを放り込むと、一路ホスピタルに向けて走り出した。




「なんとも無くてよかったな、さすが戦士様、頑丈そのものだ」

 精密検査の結果は、まったく異常なし。軽い脳震盪と、単純型頭部外傷。平たく言えばたんこぶのみと診断された。頭なんだから、念入りに検査しろ。と、しつこくドクターに言い続けていたら、どちらかと言えば、俺の全身の打撲の方が酷く、右目に喰らったパンチは、ひとつ間違えば角膜損傷と網膜剥離を起こす所だった。と、逆に脅かされた。

 とりあえず、ブチ犬のような輪っかが出来てしまった事と、大事を取る、と言う事で、眼帯を巻かせてもらった。

 隣のシートに、憮然とした表情で座っているジークは、額に薬液パッドを貼り、包帯を巻き直して終わりだ。これじゃ、どっちがケンカに勝ったのかわからない。だが、客観的に見れば、ふたりともぐるぐる巻きの包帯コンビで、どっちもどっちだ。

「なあ、ひとつ聞きたい事があるんだが」

「神判の勝者はお前だ、お前にはその権利がある」

「そんな大したことじゃないさ、ただ、なんだってLAMに乗る気になったのか、ってことさ。確かに、見た目は戦闘機だが、ありゃメックでもあるんだぞ?」

「それは、お前が教えたはずではないのか?」

「俺が?」

「そうだ。・・・・・・あの時、私は、あの紅い気圏戦闘機を確実にしとめたと思った。だが、突然それはメックに変わり、空戦ではありえない機動で私のシロネを行動不能にした。もし、あの紅いLAMが武装をしていたとしたら、私は、今ここにいないはずだ」

 ジークは、額の包帯を気にするようになぞりながら、とつとつと答える。

「それも、戦士ではない、テックの操縦によってだ。・・・・・・正直、ショックだった。試作の域を出ない機体で、しかも、空戦の素人の手によってその命を握られた、ということがな」

「あれは・・・・・・・・・」

「別に、今さら隠すこともないだろう。話は全てミキ女史から聞いた、事故で操縦できなくなった自分の代わりにLAMを操縦し、私の追撃をかわし機体を捕獲したとな。

 あの時は、心底はらわたが煮えくり返る思いだった。気圏戦闘機のパイロットとして、数多の敵を墜としてきた私が、今日初めて操縦桿を握った男に全てをひっくり返されたことがな」

 そりゃそうだろうな。俺は、ジークの言葉を聞いて、そう思わずにはいられなかった。誰だって、絶対の自信を持っていることで、ずぶの素人に足をすくわれたなんて事になれば、平静でいられるほうがどうかしている。

「・・・・・・だがな、時間が経つにつれ、冷えていく頭が恐怖を感じた。もし、あれが本気で反撃を加えていればどうなっていたか。翼をもぎ取られていたら、コクピットに拳を加えられていたら。

 気圏戦闘機は高速で飛んでこそ、初めてその力を示す事が出来る。それが、敵に捕えられた途端、生殺与奪を握られたアヒル以下の存在に落ちてしまった。・・・・・・そう思った時、心底恐ろしいと思った」

「それで、自分もLAMに乗ってみようと?」

「単刀直入だな、その通りだ。あの緩急自在の機動を持つ機体を、自分の意のままに操れたとしたら。それは、新しい空を与えてくれる。そんな気がしたんだ」

「新しい空・・・・・・か」

 ジークの言う新しい空、それがどんなものなのか、俺にはわかりようもない。この、根っからの氏族人である彼女に、あえて困難な道を選ばせる空とは、いったい何なのだろう。

「なあ、ジーク」

「何だ」

「・・・・・・お前にとって、空ってのは、仲間からそっぽを向かれてまで、行きたい場所なのか?そうやって、独りで何もかも背負い込んでまで、行きたい場所なのか?」

「・・・・・・どういう意味だ?」

「人間、独りで出来ることなんて、たかが知れている。俺は、そう思ってる」

 予想通り沈黙が流れ、聞こえてくるのは、エンジンの音とオープントップのフロントガラスをすり抜けていく風の音。

 さっきの事もそうだったが、どうして俺は、こいつの言う事を受け流す事が出来ないのだろう。自分でもおかしいくらい、ジークの言うことなすことにいちゃもんをつけて。

 ・・・・・・なぜだかよくわからない、けれども、なにがどうあろうと、こいつとは真正面から向き合い、それがたとえ相手の逆鱗に触れるような事でも、お互いを向かい合わせなければならない。そう思えて仕方なかった。LAMがどうとかそう言った問題ではない、おせっかいかもしれないが、とにかく、そう思った。

「フッ・・・・・・ハハハハハッッ!それで私を試しているつもりか?なら無駄な努力だったな、クルツ。今後一切、お前が私に対してどんな口を叩こうが、私がLAMをものにするまで、ここから帰すつもりはない。

 ・・・・・・まったく、なにを言い出すのかと思えば、そういうことか。お前の性格は、すでに重々承知している。言うことにいちいち腹を立てていては、神判に打ち勝ち、わざわざドラコからLAMを取り寄せた意味がなくなってしまう。

残念だったな、私を怒らせて家に帰ろうという腹だったのだろうが、そうはいかん。もっとも、そうなったとしても、今度はお前に負けるつもりはないから、どの道帰しはせんがな」

 突然笑い出したジークは、まったく予想外の反応を俺に見せた。ジークの解釈は、当たっているとも間違っているとも言えない。けれども、確かにジークは、俺の言う事を受け止め、そして自分の言葉で返してきた。

 それは、とても大事なことのように思えた。

「・・・・・・そうか」

「そうとも、・・・・・・だが、こういうのも悪くない」

 視界の端に、かすめるようにして映ったジークの表情は、微かだが、穏やかな表情が浮かんでいた。そう思うのは、俺の思い上がりかもしれないが。




「今日はご苦労だった、散らかっていて済まないが、ゆっくり休んでくれ」

 その日、結局ケンカと病院の往復で一日が終わり、ジークの居室に帰ってきた俺達は、全身を包み込んでくる泥のような疲労感に、どちらからともなく、ぐったりとその場にへたり込んだ。

「それにしても・・・・・・飛行機だらけだな、この部屋は・・・・・・」

 俺は、初めて見るジークの部屋を見渡して、その飛行機マニアも裸足で逃げ出すようなインテリアを眺める。

 ポスターやピンナップ、スクラップ写真は当然として、古今東西ありとあらゆる気圏戦闘機のソリッドモデルが机や棚の上を飾っている。そして、机の上を、彫刻刀や小刀、紙ヤスリと一緒に、様々な大きさと形の木片が埋め尽くし、彼女の意外な趣味と特技を見て取れた。

「すごいな、こいつはみんな、お前が作ったのか?」

「作ったものもある、市販品もある」

 ジークのコレクションを眺めていると、それらの中に、見たこともない型の飛行機が混じっているのに気がついた。鼻っ面が妙にとんがったタイプや、プロペラがくっついたヤツは、どれもこれも、今時の戦闘機とは違う、どこか懐かしさを感じさせるような雰囲気を持っていた。

「ジーク、こいつらはいつの飛行機なんだ・・・・・・?」

「ああ、これか・・・。これは、まだ人間が、テラにしか住めなかった頃、その大空を舞った飛行機達だ。数少ない資料しかなかったが、ひとつひとつ裏をとり、それらを参考にして私が作った」

「なるほど・・・・・・、『GRAMMAN F−14 TOMCAT』、こっちは『Mitubishi A6M5−A Type−zero』・・・・・・。みんな知らないヤツばっかりだな・・・・・」

「それはそうだろう、この子達は、みな千年以上前に生まれたものばかりだ。今となっては、覚えている者のほうが珍しい」

「千年前?・・・・・・良く調べたもんだな」

「ああ、私のファルコナー・・・・・・、ああ、教官の事だと思ってくれていい。まだ私がシブコの教導隊にいた頃だ。教官はよく、ブライアン・キャッシュから見つけてきてくれた、大昔の飛行機の資料を私に見せてくれたものだ。今にして思えば、勝手にブライアン・キャッシュから資料を持ち出すなど、厳罰ものの行為だったがな・・・・・・。

 カラーもあればモノクロもあった。どれもこれも、ノイズだらけの不鮮明なフィルムだったが、それでも、私は震えたよ。今にしてみれば、性能など比べるべくもないものだとしても、それでも、私は彼らに魅せられていた」

 機体にかけた人間の情熱が、どこか不思議な懐かしさと温かみをまとっているような飛行機達に、心から慈しむような表情を向けるジークは、いつに無く饒舌だった。

 病院からの帰り道以来、まるで憑きものが落ちたかのように、彼女を包み込む空気は穏やかなものに変わった気がする。まあ、こちらとしても、四六時中角を突っつき合わせるのは御免なわけだから、それはそれで歓迎なんだが・・・。

「そうか・・・・・・、でも、よくここまで作ったよな。お前、本当に飛行機が好きなんだな・・・・・・」

「フフッ、まあな」

「・・・・・・そうか。今度、俺にもひとつ作ってくれよ」

「む・・・・・・?フ・・・フフッ、そうだな、考えておこう」

 俺の何気ないひとことに、ジークは、まるで少女のように目を細めて笑う。その笑顔には、部隊のつまはじき者としての影は、どこにも見つからなかった。

「・・・・・・私には、夢があるんだ」

「夢?」

「そうだ、いつか、この子達がその翼を広げた、テラの空を飛びたい。誰とも争うことなく、誰とも競うことなく、ただ、飛びたい」

「そうか・・・・・・」

 彼女の夢は、かなう日が来るだろうか。是が非でもかなって欲しい。俺は、その時、心からそう思った。

「ありがとう、クルツ」

「・・・・・・なにが?」

「フッ・・・・・・、なんでもない。今日のこと、と言うことでいい」

 そんなジークの言葉に、どう答えようかと考えているうちに、だんだん目蓋が重たくなってきた。せめて、持参してきた愛用の寝袋にもぐらねば、とわかっていても、俺の意識は少しずつ塗り潰されていく。ジークの声が聞こえたような気がしたが、その時には、もう俺は眠りの淵に滑り落ちていた。




聞け戦巫女の唄(前)



戻る