ワシは舞い降りたけぇのう



 嵐のように降り注ぐミサイル。大気を焦がし、不吉な閃光と共に飛来するプラズマ弾。建物はお菓子の家のようにもろく吹き飛び、逃げ遅れたメックがプラモデルのように木っ端微塵にされる。

 最後まで踏みとどまろうとするかのように、マッドキャットMK−IIが必死にガウスライフルを撃ち続ける。だが、その一撃必殺のはずの亜光速弾も、奴の装甲に命中した途端、鉄の扉に当たった小石のように弾け飛んでいく。しかし、それでも彼は、とり憑かれたように全ての火器を奴に向けて撃ち続ける。

 もういいから逃げろ、いったん退いて態勢を整えるんだ。エクスターミネーターのコクピットの中で、無駄だと知りつつそう叫ぶ。その時、奴の右腕が動き、肩と連動した長砲身砲塔がゆっくりと動く。

ああ、もう手遅れだ。神よ、願わくはあいつの魂を、どうかエリュシオンへと連れて行ってください。

 スナイパーキャノンが轟然たる砲声と共に紅蓮の炎を吐き出し、その瞬間、マッドキャットMK−IIは、衝撃と爆風で飛び散った手足を残して、跡形もなく消滅した。

 地震のような振動と、大地を踏み砕かんばかりの轟音と共に、立ち込める黒煙を押しのけ悠然と現れた巨大な影。燃え盛る炎に赤々と照らし出される、金属の塊そのものの重厚な機体には、全てのものを拒むかのように、切っ先を地に向けた剣の紋章が描かれている。

 ブレイクの言霊、『ワード・オブ・ブレイク』

救いようのない狂信者達の軍団。世界の滅びを具現化するような超重メックは、焼け焦げる街と人を見下すかのように、業火の中に屹立する。




 予備陣地を経由し、どうにか駐屯基地へ集合したクラスターのメックや歩兵達は、その半分以上が帰ってこなかった。そして、その誰もが、立っていられるのが不思議なほど傷付き、そして疲労の極みにあった。

「クルツ、大丈夫か」

「ああ、なんとか生きてる。俺だけな・・・・・・」

 ジャンプスーツや頭に巻かれた包帯に赤茶けた血を滲みあがらせ、連戦に次ぐ連戦のために、濃い疲労の色を浮かび上がらせたアストラが俺に声をかけた。

「自分を責めるな、俺も同じだ。誰ひとりつれて帰ってやれなかった」

 そう言うと、アストラはがっくりと汚れた床の上に座り込む。そして、俺達は、濁ったオイルのようにからみつく疲労と、仲間を失ったやるせなさでしばし黙り込んだ。

「・・・・・・フロントライン部隊は壊滅、セカンドライン部隊とゾラーマ部隊が最後の防衛線の主力。しかも、ほとんどが年寄りとシブコのヒヨコ達だ。

 ダイヤモンドシャークから、いくらマッドキャットを融通してもらっても、動かしているのがいい加減ガタのきたジジババとド素人同然のガキじゃ、スクラップを作りに行ってるようなもんだ・・・・・・」

「クルツ、少し休め。お前は戦闘だけではなく、メックの整備にまで手を貸している。シゲ達に任せておいてもいいのではないか?このままでは、オルカに食われる前に自滅する」

「・・・・・・わかってる、わかってるんだが。でも、どうしても体が動いちまう。ははは、これもボンズマン暮らしが長かったせいかな・・・・・・」

「フッ・・・・・・、そうかもしれんな。それだけの腕を持ちながら、本当にもったいのない事をしたものだ」

 アストラが、疲れきった顔にうっすらと笑みを浮かべた時だった。

「クルツ!よかった、おみゃー、生きとったがや!!」

 負傷者の間をかき分けるようにして、ギブスで固められた右足をかばうように松葉杖を突きながら、ディオーネが必死の表情で駆け寄ってくる。

「よかった・・・・・・、報せを聞いたときにゃあ、もう生きた心地がせんかっただぎゃ。よかった、本当によかった・・・・・・」

 うっすらと涙まで滲ませながら、ディオーネは張り詰めていたものが一気に緩んだように泣き笑いを浮かべている。彼女は、3日前、乗機のノヴァキャットがオルカのガウスライフルの直撃を受け、どうにか自力で帰還したものの、大破した機体から救出された彼女は、右足を骨折すると言う重傷を負ってしまっていた。

 機体の方は、さすがオムニメックの強みと言うか、破壊された右肩周りのフレームを修理すれば、あとはユニットを乗せかえるだけで、ほとんど稼動には問題ない状態まで持っていけた。

 しかし、修理に使った火器の大部分が、他からの流用や戦場から回収してきたジャンクパーツだった。吹っ飛ばされた右腕のERラージレーザーの代わりに、半壊したメックから取り外したLRMランチャーを無理やり取っ付けた姿は、誰がどう見たってデチューンだ。

 ディオーネには申し訳ないが、これでは火力・性能的共に良くて6割といった所しか回復してない。いや、言い訳するつもりじゃないが、こんな状況じゃ、これが精一杯だったんだ。

「ディオーネ、少し休んだほうがいい。基地警備とは言っても、そんな足でメックに乗ったら辛いだけじゃないのか」

「ふへっ、なにゆうとるだぎゃ。クルツが戦場で必死にがんばっとる時に、ぬくぬくと寝てられやせんだぎゃ」

「ディオーネ、休むのも仕事の内だ。そう言ってくれるのは嬉しいが、早く傷を回復させてみんなを安心させた方がいい」

「・・・・・・ふふっ、おみゃーもゆぅようになっただぎゃ。了解しました、スターコマンダー・トマスン・クルツ。私、メックウォーリアー・ディオーネは、負傷療養を最大限努力します。・・・・・・で、えーんかみゃあ?」

「ああ、けど、本当にそうしてくれるとありがたい」

「ありゃあ・・・・・・、見抜かれとったがや」

 ディオーネは、いたずらっぽい笑みを浮かべて俺を見る。年齢を重ねても、少しもその美貌を損なっていない。むしろ、積み重ねてきた時の分だけ、熟成した美しさを放っている。いい加減付き合いが長いが、それも、今日か明日でお終いになるかもしれない。

「クルツ、アストラ、帰ってきてそーそーすまねーけどもが、イオが作戦会議をするっちゅうとるでよ。司令部まできてくれみゃあ。」

「わかりました、マスター」

「了解、隊長」

「あー・・・、その、なんだぎゃ。クルツ、もうおみゃーはボンズマンじゃねーわけだしが、そのマスターっちゅうんはよすでよ」

 たしなめるようにいいながらも、マスターの表情は少年がはにかむような笑顔を浮かべている。この人も、いろいろな意味で変わっていない。

 変わったのは、世界が地獄になりつつあるということだけだ。




 作戦会議とはいっても、あんな化け物相手に有効な手段など、いまさらある訳もなかった。軌道上爆撃による大量無差別攻撃、その大打撃から立ち直る暇も与えないかのように、ワード・オブ・ブレイクは見たこともない超重メックを投入してきた。

 傍受した奴らの通信から、そのメックが『オルカ』と言うことはわかった。元は、今は名も無き氏族の生き残り達が、最後の力を結集させて作り上げた、力と破壊に取り付かれた、妄執と怨念の塊のようなメックと言うのは伝え聞いている。そして、オルカはまず、ジェイドファルコンにその牙を剥いた。

 並の重量級メックの、優に2倍はある巨大な機体。その絶望的なまでの足の遅さを補って余りある、航宙巡洋艦並の装甲と火力は、近づくもの全てを消し炭に変えた。たった1機でジェイドファルコンのケシークを壊滅寸前にまで追いやり、あまつさえ、当時の族長を、乗機であるツルキナごと木っ端微塵にした。

 だが、滅亡寸前にまで追いやられたあの一族に、ここまでのメックを作り上げる力など、どう考えてもありっこない。どこかで糸を引き、技術を提供した奴がいる。そう思っていた矢先に、あの事件のあと、WOBが量産したオルカをこれ見よがしに戦線に投入し、各地で五大王家軍・氏族軍を問わず、その機甲部隊を粉砕した。

 状況は最悪だった。オルカを主力としたWOBの打撃部隊は、すでに全ての防衛線を突破し、いよいよ最終防衛ラインを残すのみとなった。ここで突破される訳には行かない、主だったフロントライン・タウマンやケシークは、そのほとんどが粉砕され、俺達のクラスターが、戦力と呼べる最後の守備隊だ。

 もしここを突破されたら、イレースは完全に狂信者共の手に落ち、あとはドラコ連合の構築した絶対防衛線に進撃するのを止める手立ては無くなる。

 奴らは最悪だ。核兵器、化学兵器、生物兵器、ありとあらゆる大量破壊兵器をなんのためらいもなく使い、通った後におびただしい死体の山を作り出した。そして、五大王家だけではない、氏族人にも奴らは同じように侵略を開始した。

 ・・・・・・いや、同じじゃない。WOBは、氏族人を同じ人間として見ちゃいない。奴らは、氏族人を絶対に捕虜にはしない。その意味は、お前ならすぐわかると思うが。

 ドラコの応援は、もう期待できない状況になった。DCMSはもとより、ゲンヨーシャ、光の剣、DEST、これら全ては、ルシエンを防衛するため、そしてWOBを迎撃するための戦力として投入される事となり、他所に割く余裕は歩兵一人ないと言ってきた。

 今や中心領域・氏族世界を股にかける貿易商となった、ダイヤモンドシャークのミキから、非公式に何度かメックの無償支援があった。しかし、前線まで搬送するにはあまりに危険すぎるため、駐屯地から陸送するしか方法がない。

 もうこの辺りは、ほとんどがWOBに制圧されている。制空権も同様だ。そんな中にコンボイだかそれとも自走だかでこちらまで届けようとしても、半分も行かない内に戦闘爆撃機に捕まり、ほとんどがスクラップにされてしまう。

 シャークだって、1機でも多くのメックが必要なはずだ。それを、シャーク・タウマンに納入する分からキャットへ流していると知れたら、絶対ただでは済まないだろう。そんな危険を冒してまで送り届けてくれたミキの努力も、結局は報われない結果になりそうだ。

 他に味方がいない訳ではない。DCMSイレース駐留部隊長、ハナヱ・ボカチンスキー少佐。彼女は、WOBのイレース侵攻の際、帝都から下命された帰還命令を一蹴し、あくまでも直属の指揮下にある部隊と共に、義勇軍同然でイレースに残留した。

 ドラコにおいて、下命に逆らえば、それは即、自分の死となる。あのセオドア・クリタがいた時ならともかく、彼はもう、この世にはいない。恐らく、WOBの暗殺者の仕事だろう。奴らなら、当然やりかねない。

 とにかく、今の彼女の立場は相当に危険なものだ。それでも、彼女は自分の保身より、ノヴァキャットの、そしてイレースの人々の為に戦うと言ってくれた。実際、彼女の率いる部隊と、その愛機であるハタモト・カスタム『シコン』に助けられ、ここまで持ちこたえられたのは紛れもない事実だ。

 それと

 リオ。あの子はどうなっただろう。もう1年になるだろうか、逼迫した戦況のために、ある程度年齢のいったシブコ達も、即席のメック戦士として戦線に駆り出されるようになり、リオも、員数合わせのため練成部隊に組み込まれ、それから一度も会っていない。

 リオのように、滅亡した氏族の元シブコという、微妙な立場の者でさえも徴用せねばならないほど、ノヴァキャットは後がなくなっていた。過去の歴史を紐解いてみても、子供を戦争に駆り立てた国や組織に未来はない。だが、どのみちそれは、死ぬのが少し遅いか早いかの違いでしかなくなっていた。もう、WOBはすぐそこまで来ているのだから。




 あれから一週間、オルカとWOB機甲部隊の動きは止まったままだ。あれだけの巨体だ、一度の戦闘で膨大なエネルギーと弾薬を消費するのはわかっているが、もうこちらから攻め込んでいく余力はどこにもない。

 敵の戦力は、当然あのオルカだけじゃない。あの忌々しいハイエナのような四足メック、ホワイトフレイム。奴らは、オルカの周囲を忠実な下僕のように群れを成して固めている。おそらくC3システムを搭載しているのだろう奴らは、一度標的に定めた迂闊な敵に対して、悪魔的なまでの連携攻撃で集中砲火を浴びせかける。それで鉄屑と消し炭に変えられた不運なメックとメック戦士は、いちいち覚えてなどいられない。

 WOBの方も、もうこちらが攻勢に出られない事をよく知っていて、オルカの補給整備を悠々と行い、偵察隊は、ハイエナ共に守られたオルカを遠巻きに眺めながら、指をくわえているしかない状況が当たり前になった。

 もう、俺達は守るだけで精一杯なんだ。それがどんなに絶望的か、10年前に経験したノヴァキャットの放棄。あの時の戦いだって、こんなに辛くはなかった。

「クルツ!オルカが動いた!出撃だ!!」

 装備を固めたアストラが走ってくる、俺は、傍らに置いたヘルメットをつかむと、咥えていたタバコを地面に押し付けた。

「わかった!場所は!?」

「ここから3エリア先だ!」

 俺のくだらない質問にも、アストラは律儀に答えてくれた。そう、もう場所を聞くとかそういった次元じゃない。おそらく、パトロール隊と遭遇したのだろう、遠雷のような砲声がかすかに聞こえてくる。戦場は、もう5キロも離れちゃいない。そして、もうこれが俺にとって最後の出撃になるだろう。

「クルツ!待つだぎゃ、クルツッッ!!」

「ディオーネ?どうした!?」

 その時、ハナヱさんに支えられながら現れたディオーネが、痛みをこらえるように汗を滲ませて、必死の表情で俺を呼び止めた。

「クルツ!うちのサンドラに乗っていくだぎゃ!おみゃーのミントウォーター、あれはもうもたねーだぎゃ!の?だから、サンドラを・・・・・・!!」

 ディオーネは、青ざめた表情で、自分のノヴァキャットを持って行けと叫ぶ。多分、ディオーネも、もうわかっているのだろう。ハナヱさんも、辛そうに目をそむけたまま、ディオーネの肩を支え続けている。

「ありがとう、ディオーネ」

「お、おう!操縦はわかるだぎゃ?いつも整備してもらってただで、大丈夫だぎゃ?」

「・・・・・・いや、気持ちだけ受け取っておく。ディオーネは、サンドラでここの守りを固めてくれ」

「んなっっ!?な、なにたーけたこと抜かしとるだぎゃ!!ほ、ほれ!ボカチン!お、おみゃーからもなんか言ってやるだぎゃ!」

「・・・・・・ディオーネさん・・・その、ク、クルツさん、ディオーネさんの気持ち、こたえてあげるわけには・・・・・・」

「いや、2人とも聞いてくれ。ディオーネ、お前がここに残るといっても、それは戦いから外れた訳じゃない。戦いは何が起こるかわからない。俺達が必死に食い止めても、網を潜り抜けてくる奴がいるかもしれない、もしそいつらがここを見つけたとき、戦力が必要なのは一緒なんだ。

 サンドラは、ディオーネ、お前が乗るべきだ。頼む、俺達が、後ろを気にせず戦えるように、お前がここを守ってくれ」

「ク・・・クルツ・・・・・・ッッ!この・・・この・・・ストラバグ!!お前はいつもそうだ!いつもいつも、私の気持ちを無視して!いつも私をごまかして!昔から・・・昔からそうだ!私が・・・私がいつもどんな気持ちでいたか・・・・・・お前は!お前はぁっっ・・・・・・!!」

 その細い眉が吊りあがった瞬間、ディオーネの両目から大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。まるで少女のように泣き出したディオーネを前に、俺はその肩を支えてやりたい気持ちで一杯になる。

「・・・・・・ディオーネさん、クルツさんの気持ちもわかってあげてください。私達全員、生還を期するつもりはありません。だから、必ず帰るなんて無責任な約束は出来ません。でも、私達は、私達にできる全ての事をしてオルカを止めます。

 ディオーネさん、クルツさんは、みんなの思い出が詰まったこの場所を護って欲しいんです。そして、それをお願いできるのは、クルツさんにとって、ディオーネさんしかいないんです」

 ハナヱさんは、いまや無二の親友でもあるディオーネに、俺が言いたくても言い出せなかった事を、すべて代わりに言ってくれた。本当に済まないとは思っている、思えば、ハナヱさんにも、昔から迷惑のかけっぱなしだった。

「そんなこと・・・そんなこと、わかっている!!・・・・・・ハナヱ、私はお前がうらやましい。クルツと一緒に戦いに行けるお前がうらやましい・・・・・・。こんな肝心な時に、役に立たない自分が、心底恨めしい・・・・・・!!

 ・・・・・・だが、わかった。クルツ、ここは私が何があっても護ろう。私達の記憶が全て詰まったこの場所を護ろう。たとえ何があっても、私はこの場所を護る。そして、ここに居続ける。・・・・・・それでよろしいな?スターコマンダー・トマスン・クルツ」

「ああ、重ねて頼みたい、ディオーネ」

「わかった、行ってこい、クルツ」

「ああ、行ってくる、ディオーネ」

 そう、もう言うべきことは全て言った。後は、出かけるだけだ。




「調子に乗るでない!!」

 市街地の廃墟で、ホワイトフレイム隊と遭遇戦となり、敵味方入り乱れての乱戦の中、裂帛の気合とともに、ソードに切断されたホワイトフレイムの首が飛ぶ。どのような武器でも、達人が使えばそれは一撃必殺の神器と化す。

 格闘戦に特化させたというハタモトカスタム・シコンは、ジャンプジェットの水平噴射で一気に間合いを詰めると、2匹目のハイエナに狙いを定め、強烈なキックで相手を転倒させると、薄い腹部装甲にソードを突き立て、その中枢をえぐり抜いた。

 配下のグランドドラゴン達と共に、鬼神の如く戦場を獅子奮迅の勢いで駆け抜けるシコンは、ハタモトシリーズの特徴とも言えた左腕のハンマーの代わりに、左右対称のマニュピレーターを装備し、両手で支えるソードは、普通のソードの2倍近い大きさを持ち、その姿は、まさしく騎馬武者を引き連れて戦場を疾駆する大将軍を髣髴とさせた。

 マスターやアストラのノヴァキャットも、自身が囮となり、2機の巧みな連携を組み合わせたサテライト・マニューヴァーでホワイトフレイムの包囲網を拡散させたところを、瓦礫や廃墟の陰に潜ませていたマッドキャット達に合図を送り、逆にWOBのハイエナ共にガウスライフルの嵐を浴びせかけた。

 ゾラーマやシブコ達の搭乗するマッドキャットMK-II隊も、マスターの巧みな指揮によって、それなりに善戦している。そして、予想外の反撃に奴らが混乱しているところを、ER−PPCが次々とその側面装甲や背面装甲を焼き溶かしていく。

 さすがに、百戦錬磨のメック戦士の前では、たかがC3システム程度のギミックでは、その勢いを止めることは出来ない。さて、俺も仕事をするか。

 瓦礫だらけの廃墟は、俺の分身、エクスターミネーターカスタム・ミントウォーターにとって最高の狩場だ。ほら、今俺の目の前に、なにも気付かずに尻を向けているハイエナが2匹。

 ステルスシステムを作動させながら悠々と間合いを詰め、ジャンプジェットを噴かす。それでようやく奴も俺に気付いたようだ。だが、もう遅すぎる。

 ホワイトフレイムの頭を真上から蹴り潰し、間髪入れずもう1匹に飛びかかる。そして、両腕に組み込んだクローで、奴の背中の砲塔を鷲掴んで動きを封じた。・・・・・・いいからおとなしくしていろ、すぐに終わる。

 爪を閉じ、スピアのように尖らせたクローを、コクピットハッチに突き立てる。そして、腕を引き抜くと、コクピットや中枢がむき出しになったそれに向けて、ミントウォーターの頭部マシンガンが、マフラーのイカれた自動車の排気音のような砲声と共に、一瞬で頭の半分を弾き飛ばした。

『クルツ!ハイエナが逃げていく!オルカが来るぞ!!』

 緊張の色が混じったアストラの通信が、インカム越しに俺の耳に届く。見ると、生き残ったホワイトフレイムは、まるで主の到来に怯える犬のように、次々と戦場を駆け去っていく。そして、入れ替わりに耳障りな重量音が轟き、瓦礫を踏み砕いて奴が現れた瞬間、いきなり砲声が轟き、マッドキャットMK-IIが右半身を吹っ飛ばされて転倒した。

 そして、それを合図にするかのように、パルスレーザーが嵐のように吹き荒れ、大地が沸騰したかのように凄まじい爆炎を吹き上げると、瞬く間に視界が黒煙に覆い尽くされた。

「MK-II隊は下がれ!火力支援に徹するだぎゃ!!」

 マスターの指揮に、マッドキャットMK-II隊は瓦礫や廃墟の影に後退して身を潜めると、ありったけの火力をオルカに叩きつける。しかし、こっちが一発撃った瞬間、向こうからは10倍返しとなって返ってくる。

 距離を開ければLRMやPPCが、逆に懐に潜り込もうとすると、SRMやパルスレーザーが容赦なく浴びせかけられ、瞬く間に装甲の半分が持っていかれた。砂を掴んでばら撒くような弾幕の前に、ステルスシステムなど何の役にも立たない。奴もそれを知っているから、四方八方に惜しげもなく弾幕を張りまくる。

『クルツ!大丈夫か!?』

「ああ、まだなんとか行ける!」

 とは言うものの、アトラス1個小隊分の一斉射撃に近い数のLRMの弾幕は、エクスターミネーターの足でも逃げ切る事が出来なかった。火力に差があるといっても、限度ってもんがある。こいつの体の中には、中枢の代わりにミサイルでも詰まってるってのか!?

 水を詰め込んだ袋に、針ででたらめに穴を開けたかのように、オルカの全身からは後から後からミサイルやレーザーが噴き出るように撃ち出される。ミサイルのカーテンがうなりを上げ、狂ったように巻き上がる爆炎と渦巻く黒煙の中を必死に逃げ惑う。

 ようやく瓦礫や廃墟の影に身を隠したと思った瞬間、せっかくの遮蔽物も、惜しげもなく撃ち込まれるガウスライフルやスナイパーキャノンの直撃で、砂の山を蹴散らすように粉砕され、追い討ちをかけるかのように、唸りを上げて途切れることなく降り注ぐミサイルやレーザーの集中豪雨が、隠れ場所を取り上げられた哀れなメックの装甲を剥ぎ取り、パイロットと機体を粉々に粉砕する。

 もう、こうなってしまっては、パイロットの技量とかメックの性能など、まったく問題にすらならない。特に、俺のミントウォーターやハナヱさんのシコンのように、近接格闘戦に特化させてしまったメックは、近づこうとするそぶりを見せただけで、貴智凱じみた集中砲火を浴びせかけられ、どうにもお手上げな状況に追い込まれた。

 戦場では、あれだけ勇壮に見えたはずのノヴァキャットも、オルカの前では子猫同然に追い立てられている。マスターやアストラのノヴァキャットは、暴風のように殺到する弾幕の中をかいくぐるように疾走しつつも、不安定な姿勢からPPCやラージレーザーを撃ち込んでいる。けれども、この時ほどそれが無力に見えたことはない。

 そう思った次の瞬間、マスターのノヴァキャットがガウスライフルの直撃を受け、ストロボのような金属崩壊の閃光に包まれる。被弾したのは左肩だったようだが、この一撃で左腕は手ひどく破壊され、何本か無傷で残ったマイアマーとケーブルで辛うじて肩にぶら下がり、オイルやマイアマー保護液をボタボタ垂れ流している様は、腕を引き千切られかけた人間のそれに、ぞっとするくらい良く似ていた。

 その凄惨な光景に息を呑んだのもつかの間、こんどは、アストラのノヴァキャットが突然がっくりと膝を折ると、苦痛に耐えんとする人間のような姿でうずくまった。・・・・・・しまった、熱が溜まり過ぎたんだ!!

『来るな、クルツ!!』

 そうアストラが叫んだ時には、俺はもうノヴァキャットに駆け寄っていた。そして、全身から白煙を立ち昇らせているノヴァキャットをかばうように引きずり動かした。

『やめろ!俺はいいからここから離れるんだ!!』

 そういわれて、はいそうですねなんて言えるか!・・・それに、こうなった以上、もうどうにもならないだろう!!

 気付くと、後方に下がらせていたはずのマッドキャットMK-II達が駆け寄り、1機がオルカを牽制するかのように弾幕を張り、もう1機が牽引用のアンカーをノヴァキャットに打ち込み、熱暴走で動けなくなったノヴァキャットを牽引する。

『トラ坊!ここはメックが冷めるまで、いったん退いとくだぎゃ!!動けるよーになったら、また戻ってくればえーだで!!おみゃー達!なるべく風通しのえーとこまで運んでくだぎゃ!!』

『了解であります!!』

 まだ子供としか言いようのない、インカムから聞こえてきたシブコのパイロットの声を聞きながら、俺のミントウォーターと、使い物にならなくなった左腕を炸薬ボルトで強制パージしたマスターのノヴァキャットは、彼らの壁になるように立ちふさがると、オルカに全力射撃を浴びせかける。

 オルカの注意が俺達の方を向いたその一瞬の隙をついて、シコンがジャンプジェットの水平噴射でオルカに突撃すると、全機重をかけた突きをその膝関節に突き立てた。

『くたばるがいい!この化け物め!!』

 咆哮じみた怒声と共に、シコンは渾身の力を込めてヘヴィーソードを捻り込むように突き刺し、駆動系の振動が伝わったのか、激しい火花を散らしながらオルカの足を切り裂こうとする。

 だが、それだけでも丸々重量級メック1機分はありそうな装甲に包まれたオルカの足は、シコンの渾身の一撃にも大した痛痒を示した様子もなかった。それどころか、オルカが大きく足を蹴り出した途端、シコンはその重量差から来る勢いに大きくバランスを崩し、その衝撃で、ヘヴィーソードが耳障りな金属音とともに真っ二つに折れ砕けた。

 そして、奴は、そのアトラスの足ほどもある左腕を振り下ろし、シコンはエレメンタルに蹴飛ばされた子供のように、凄まじい轟音と共に吹っ飛ばされると、完全に沈黙してしまった。

「少佐!?・・・・・・ぐあっっ!!」

 ミサイルアラートに反応するのがほんの一瞬遅れたその瞬間、背骨をへし折らんばかりの衝撃がコクピットを揺さぶり、ヘルメット越しでも鼓膜を破りそうな轟音が耳を乱打する。システム異常のアラームがけたたましく鳴り響き、警告灯がコンソールパネルを真っ赤に塗り潰す。

 どうにか機体を立て直した時、SRMとパルスレーザーの乱撃を受けて、正面装甲が粉々に砕け散ったマスターのノヴァキャットが、瓦礫を吹っ飛ばしながら仰向けに転倒する光景が目に飛び込んできた。

「マスター!?マスタ―――――ッッ!!」

 胴体から吹き上がる黒煙の中に、小さな炎が見え隠れしているノヴァキャットに、俺は全身の毛が逆立つのを嫌というくらい感じていた。

『うわああああああああっっ!!』

 突然、悲鳴じみた絶叫と共に、生き残っていた2機のマッドキャットMK-IIが飛び出してくると、狂ったように全ての火器をオルカに乱射し始めた。指揮官であるマスターがやられたことで、完全に理性を失っちまったらしい。

「やめろ!遮蔽物まで戻るんだ!!」

 典型的な戦闘ショックに陥った2人のシブコ・パイロットは、もはやまったく周りが見えていない。インカム越しに怒鳴る俺の声も、もはや聞こえないのか、それとも人っ腹生まれの言うことなんぞ、聞くつもりもないのか。

・・・・・・あの2人は、もう駄目だ。

 オルカの右肩の砲塔が旋回し、砲声とともに衝撃波で地面が砂埃を吹き上げたと同時に、MK-IIのセンタートーソが、まるで目に見えない鮫に一瞬で食い千切られたように、ごっそり上半分を削られるように吹き飛ばされた。

 そして、間髪入れずに、ガウスライフルの一撃が、もう一機のMK-IIのキャノピーのど真ん中に直撃し、コクピットブロックがまるで風船のように弾け飛ぶのが、やけにゆっくりと見えた。

 2機の重量級メックを一瞬の内に鉄屑に変えたオルカは、ゆっくりと俺の方に顔を向ける。その水棲動物の顔を切り取って貼り付けたような、無表情な顔が俺をまっすぐ見据えている。そして、スナイパーキャノンの砲身がゆっくりと旋回し、地獄の入り口のような、不気味な闇を潜ませた砲口がまっすぐに俺を覗き込む。

終わったな

 心のどこかで、もうひとりの俺自身の声が聞こえた。アストラ、ディオーネ、すまないが先に逝く。イオ司令、お役に立てず、本当に申し訳ありませんでした。そして、リオ、元気でな。

 後は、衝撃波と破片が、俺の体を塵に変えるのを待つだけだ。俺は、もはや立っているだけでも精一杯のミントウォーターの中で、やけに乾いた気分でそれを見つめていた。

 その時、オルカが何かに気付いたかのように、その巨体を一瞬揺らがせた。それと同時に、瓦礫の中から、黒い影が疾風のように飛び出してきた。

 その、たった1機の軽量級メックは、レーザーやミサイルをオルカに浴びせかけながら、物凄い速さでその周りを疾走しつつも、まるでオルカをからかうかのように、ダンスのように軽やかなステップで、巧みにオルカからの射線をずらしていく。

 極限まで引き絞られた鋭角的なフォルム、そして、低く身をかがめた黒豹を思わせる、機動性にあふれた小型メック。まさか、あれはもしかしてクーガーか!?あれは、ジェイドファルコンの高機動メックだ。しかし、どうしてこんなところに?・・・・・・ミキの奴、あんな物まで手に入れて送ってきたってのか!?

 突如現れた漆黒のクーガーは、挑発するようにレーザーを撃ち込みつつ、全速力でオルカの周りを疾走する。

一方、オルカのほうも、自分の周りをすばしこく走り回る、小うるさい新手の出現に業を煮やしたかのように、委細構わず激しく地面を踏み鳴らし、その巨体を軋ませながら旋回させてクーガーを追い駆け、SRMやパルスレーザーの弾幕を浴びせかける。

 その時だった、オルカの足元が鈍い音を立てた瞬間、床板を踏み抜いた象のように、オルカの下半身が地面にめり込んだ。あの下に地下街があったのだろう、その天井になる地面は、急に奴が派手に暴れまわったせいで、その重量と衝撃に耐え切れなかったんだ。うまいぞ、奴の身動きが取れない今ならチャンスだ!

 しかし、オルカを罠にはめたクーガーは、突然向きを変えると一目散にその場を駆け去って行く。なにをやってるんだ!あのメック戦士は!?

 しかし、そう思ったのもつかの間、クーガーは倒壊したビルの斜面に取り付くと、巧みなジャンプジェット制御で、ステップを繰り返すように駆け上り始めた。いったいなにをするつもりなんだ・・・って、まさか、あいつ・・・・・・!?

 もしそう言うことなら、のんびり見物なんかしている場合じゃなさそうだ。オルカは、左腕のアームを使い、落とし穴から這い出ようと暴れ始めた。まあ慌てるなよ、せっかくこれから面白い事が始まるんだぜ?

 俺は、ガタガタになったミントウォーターに、もう少し無理をしてもらうことにした。ここでじっとしていれば、死んだと思われてやり過ごせもしただろうが、こんな素敵なチャンスを前に、そんなケチな事をするつもりはない。

「そらどうした!ここにもいるぞ!!」

 1基だけどうにか生きていたM・レーザーをでたらめに撃ち込むが、的が馬鹿でかいおかげで狙わなくても当たる。そして、当然だが撃ち返してきた奴の攻撃を、瓦礫を盾にしながらどうにかしのぐ。

 それでも何発かのレーザーやミサイルが直撃し、ただでさえボロボロの装甲を削っていく。その時、スナイパーキャノンの砲口がまっすぐこっちを向いていた。そして、紅蓮の炎が大輪の花を咲かせた瞬間、おれの目の前の瓦礫は、小麦粉の山のように飛び散り、凄まじい衝撃と轟音がコクピットを打ちのめした。

「・・・・・・っつ!この野郎、大雑把な真似しやがって・・・・・・!!」

 運がいいのか悪いのか、あの一撃でさえ背骨や首を折らずに済んだ俺は、激しい耳鳴りに舌打ちしながら、砕け散ったキャノピーの向こうに見えるオルカを見た。そして、今度こそエクスターミネーターの全システムは完全に死に絶え、見ると、両足が吹っ飛ばされている。瓦礫越しでもこの威力か。やれやれ、素晴らしいことで。

 ともかく、これで、こいつは文字通り鉄の棺桶になったって訳か。どうやら、今度こそお終いのようだな。しかし、不思議なもんだ。文字通り絶体絶命って状況なのに、俺の気分は愉快なほど満ち足りている。そう、俺は、俺のやるべき事をやり遂げたんだ。

 トタン板のようにひしゃげたコクピットから這い出し、すべての役割を果たし終えたミントウォーターの上に立つ。

 ・・・・・・お疲れさん、最後まで俺の無茶に付き合ってくれて、本当にありがとう。

 もう用のなくなったヘルメットを放り投げ、やけに汗がうっとうしいと思って額を拭うと、グローブが真っ赤に染まっていた。

 まあいい。で、最後はなんにする?ミサイル?PPC?それともご自慢のスナイパーキャノンか?まあ、どうせなら派手で豪華な奴にしてくれよ。さ、好きにしな。

 そう覚悟を決めた時だった。耳鳴りがひどい俺でも、思わずひるむほどの衝撃音と同時に、オルカの頭上に、クーガーがまるでテレポーティションでもしたかのように現れ、そのコクピットをまともに踏み潰した。

「・・・・・・・・・ははっ」

 予想していたこととは言え、あまりにも鮮やか過ぎる光景に、あっけにとられる俺の目の前で、クーガーは器用にバランスを取りながら、ひしゃげたオルカのコクピットブロックの上にその足を何度も踏み降ろし、容赦なくコクピットハッチを叩きのめす。

そして、とうとう鈍い音と共に、クーガーの足は、オルカの頭にハッチごと足首までめり込んだ。そして、クーガーは足を引き抜くと、身軽な動作でその上から飛び降りた。

 覚めないと思っていた悪夢の、あまりにもあっけない最期。

 俺は、今この目の前で起こっている事が、どうにもタチの悪い夢を見ているようで、ただ呆然とその光景を眺めていた。多分、他から見れば、相当な間抜け面だったに違いない。

「さて・・・・・・」

 俺は、ジャンプスーツのポケットから、くしゃくしゃになったタバコの箱を取り出すと、どうにか一本だけ残っていた、へろへろに折れ曲がったタバコを咥え、火をつけた。

『クルツ!タバコはだめじゃゆぅてるじゃろ!!』

 クーガーが、まるでどっかの誰かさんのような事を言う。・・・・・・って、ちょっと待て。

『・・・・・・まったく、うちが少しでも目を離すと、すぐこれじゃ!タバコなんて、体にええことなんかひとつもないけん!』

 キャノピーがゆっくりと開き、そこから立ち上がったパイロットの姿を見たとたん、俺の口から、タバコが落ちた。

「リオ・・・なのか・・・・・・?」

 夜空のような黒髪、小麦色の肌に一際鮮やかなアイスグリーンの瞳。黒豹を思わせる、すらりと伸びた均整の取れたしなやかな長身。そして、絶望的に薄い胸。

「お待たせ!クルツ!応援のメックを運んできたけん!敵はどこじゃ!?」

「・・・・・・今、お前が踏み潰した。それがそうだよ」

 まぶしいほどの若々しいエネルギーに満ちた女性の、未だ抜けない彼女の故郷の言葉に、俺はどうにかそう答える事が出来た。

「どうじゃい!このデカブツ、コクピットだけ潰したけん!クルツなら、これくらいすぐ直して使えるよーにできるじゃろ!?」

 クーガーのコクピットから降りてきたリオは、黒豹のように身軽に駆け降りてくると、俺の前に走ってきた。1年振りに会う彼女は、最後に会った時よりも凛々しさと美しさに磨きがかかり、立派な戦士の顔になっていた。

「わっ!な、なんじゃ!?」

 俺は、思わずリオを抱き寄せていた。今じゃもう、俺よりも背が高くなっちまっているが、初めて会った時の、あの垢と泥にまみれたガリガリの小さな姿を思い出し、良くここまで立派に大きくなってくれたと思うと、万感の思いが頭を埋め尽くす。

「リオ・・・・・・こんなに立派な戦士になって、お前は、俺の誇りだよ。ありがとう、本当に、ありがとう・・・・・・」

「な、なにゆうとるんじゃ。あの時、クルツに拾われんかったら、うちはきっと野垂れ死んどったけん。うちだって、クルツには一杯感謝してるけぇね・・・・・・。へへっ!でも、うちがおらんとなんもできんのは、あいかわらずじゃけぇねぇ、クルツは!」

 俺より目線ひとつ高い背丈で見おろしながら、リオは生意気なことを言ってくれる。でも、それでもいい。この子は今、すべて俺を越えてくれた。それは、俺にとって、なにものにも変えがたい喜びだ。

「そうだな、本当にその通りだ・・・・・・」

「でも・・・・・・、クルツがあいつを足止めしてくれたから、うまくいったんじゃ。・・・・・・へへっ、でも大丈夫じゃ!これからはずっと一緒じゃけぇね!・・・・・・あ、な、なに泣いとるんじゃ。ほんとじゃけん、また一緒じゃ。そ、それと・・・・・・た、ただいま、クルツ」

「ああ、お帰り、リオ」

 40年近く生きてきた俺だが、こんなに幸せだと感じたのは、生まれて初めてだった。でも、どうやらいつまでもこの幸福感を独り占めする訳にも行かなくなったようだな。

「・・・・・・あ、みんなじゃ」

「そうだな、英雄のお出迎えだ」

「え、英雄って、う、うちが・・・・・・!?」

「ああ、そうだ。さあ、胸を張ってみんなの所に行ってこい」

「え、・・・・・・で、でも、うち。そこだけは育ってないけん・・・」

「何を言ってるんだか、そうじゃないだろ。ははは、さあ、行ってきな」

「う、うん!」

 マスターが、アストラが、ハナヱさんが、そして、イオ司令に肩を支えられたディオーネ。生き残った戦士も、エレメンタルも。そして、民兵として志願した市民達も、彼ら全員が、あの子を讃える声を上げながら津波のように押し寄せてくる。

 困ったような表情を浮かべながらも、それでもみんなからの胴上げに、弾むように笑って応えているあの子の姿を見ていると、なぜだか不意に視界がぼやけてきた。

 ・・・・・・ははは、年をとると、涙腺がゆるくなってしかたないな。でも、わかるかい?人として、こんなに嬉しいことはないんだ。もう、あの子は小さな戦士なんかじゃない。この世界を、この星を救った偉大な戦士だ。

 リオ、お前は、俺の生涯の誇りだよ。




「うふふ・・・クルツゥ・・・・・・ほめすぎじゃけん・・・・・・」

 いったい何をやらかしたから、俺にほめられた夢なんか見てるのやら。深夜、眠りが浅くなった拍子に、ふと聞こえてきた寝言に気付き、何かうなされているのかと思って寝袋から這い出した俺は、実に充実した睡眠をおとりあそばされている姫君の姿に、さすがにあきれるしかなかった。

 そんなことはどこ吹く風、時折子猫のように体をくねらせながら、幸福の絶頂を絵に描いたような表情を浮かべつつ、小さな口をむにむにとにやけさせながら熟睡しているリオは、タオルケットを蹴っ飛ばして大の字になっている。俺は、へそ丸出しにして豪快に寝こけているチビ介に、元通りタオルケットをかぶせてやった。

「・・・・・・そこまでゆうんなら・・・部下にしてやってもええけんね・・・・・・」

 あんですと。

 これまた素晴らしい夢をみていらっしゃるようで。さてさて、ここで一発叩き起こしてみると言う方法もあるが、さあ、どうしましょうかね。

 ・・・・・・まあ、いいさ。子供の見る夢だしな。好きなようにさせとこう。どんな夢を見てるか知らないが、それが幸せであるなら、目が覚めた時、その幸せを現実にできるように、今生きる現実を一生懸命生きてみろ。

もちろん、お前一人で頑張ることはない、俺も、そしてみんなもいる。現実の中で道標を探しながら、お前の夢をつかみとって見せてくれ。

 ゆっくりおやすみ、今はまだ、小さな戦士。




ワシは舞い降りたけぇのう



戻る