鬼は外福は撃ち



『チームブラボー!応援を頼む!!こっちはもう持たない!!』

『なんとしても持ちこたえろ!ここを突破されたら終わりだぞ!』

『応援は!?味方はいないのか!』

『駄目だ!俺達だけで踏ん張るしかない!』

『畜生!戦力に差があり過ぎる!』

『アガッッ!』

『しっかりしろ!メディック!どこだ、メディィ――――ッック!!』

『くそっ!誰でもいい!応答してくれ!』

 殺気じみた怒号と、自動小銃の貴智凱じみた銃声が、夜のしじまに絶え間無く炸裂する。

『MGはどうした!?なんで黙ってる!!』

『さっきの突撃でやられた!気をつけろ、後ろに回られたぞ!!』

『畜生!畜生畜生ォッッ!!』

『わああああああっっ!!』

『ぎゃああっっ!!』

『た、助けて!助けて!!』

 悲痛な叫び声が、夜の闇を通して響き渡る。俺達は、助けに走りたい気持ちを無理矢理押し殺して、ひたすら司令部を目指してひた走る。

「・・・・・・私が、私があんなこと言わなければ・・・私が・・・・・・!」

 蒼白になった表情で、准尉が震える唇の隙間から声をもらす。

「今はそんなことゆぅとる場合じゃねーだぎゃ!ほれ、ボカチン!立つだぎゃ!!グズグズしとると奴らに見つかるでよ!!」

 力なくへたり込んだ准尉を、ディオーネが叱咤しつつ引き起こす。くそ、なんてこった。彼女は、もう駄目だ。

「わあっっ!?」

「リオッ!大丈夫か!?」

 鋭い衝撃音と共に、ヘルメットを弾き飛ばされたリオが、悲鳴と共にひっくり返る。だが、見た目かなり目を回した様子ながらも、すぐさまサブマシンガンを抱えて立ち上がる辺り、さすがといったところだ。

「だっ、だだ大丈夫じゃけん!流れ弾がかすっただけじゃ!!」

「気をつけろ!俺の側から絶対離れるなよ!!」

「う、うんっ!」

「見つかった!こっちに来るぞ、走れ!!」

 叫び声と共に、アストラは自動小銃をフルオートで乱射し、接近してくる相手の動きを牽制する。俺は、リオにヘルメットを被せ直し、俺の陰にかばうようにして走り出す。

「そういえば、マスターは!?」

「わからん!途中ではぐれた!!」

 振り向きながら自動小銃を撃ちまくりつつ、俺とアストラはいつの間にか姿が見えなくなったマスターの消息を尋ねあう。あの人のことだ、無事だとは思うが・・・・・・。

『ぎゃあああぁっっ!!』

 またもや、突撃に失敗した戦士達の断末魔の悲鳴が上がり、そのたびに、銃声の数が確実に減っていく。

 畜生、ここは、地獄だ。




「よー、ボカチン。めっきり寒くなっただどもが、カゼとかひーとらんかみゃあ?」

「え・・・ええ、まあ、なんとか・・・・・・」

 冬の足音も本格的になってきた今日この頃、最近では夜もめっきり冷え込むようになり、未だ重営倉暮らしを解除されない准尉を気遣い、俺達は毛布と電気アンカの差し入れをしに彼女の元をおとずれた。

「ふはは、おみゃー、まるで『ダルマサン』みてーだぎゃ」

「し・・・しょうがないでしょう・・・っ!テントの中で火気は厳禁なんですから・・・!」

 准尉は、ありったけの衣類と毛布に身をくるみ、それでもテント布一枚を通して浸透して来る厳しい冷気にガタガタ震えながら、頭からすっぽりかぶった毛布の塊となった姿で、底冷えする寒さと戦っていた。

「むはは、そーかと思ってほれ、追加の毛布と電気アンカだぎゃ。あったけーコーヒーも持ってきただぎゃ、ちったあ足しになるでよ」

「・・・・・・あ、ありがとうございますっ!」

 さすがに、じわじわと容赦なく体内を蝕んでいく冷気には勝てず、准尉は、一も二もなく素直に礼を言うと、ディオーネが差し出したぬくもりグッズを抱きしめた。

「なんちゅーかまあ・・・、ずいぶん高くついたスルカイだぎゃ。そろそろ解除されてもええころと思うけどもがみゃあ」

「・・・・・・仕方ありません、大勢の方に大怪我をさせてしまったのは事実なんですから」

 准尉は、追加の毛布にくるまり、電気アンカを抱きしめながら諦めきった表情を浮かべている。

「ああ、そうそう。これ、こいつの予備のバッテリーだぎゃ。使い切る前に、クルツなりリオ介なりに充電を頼んどくとえーだぎゃ」

「すみません、なにからなにまで・・・・・・」

「気にするこたぁねーだぎゃ、ま、凍死でもされた日にゃー、洒落にならねーだで」

 ケラケラと無責任に笑いながらも、ディオーネは魔法瓶のコーヒーをカップに注いで、准尉にすすめている。他で思われているより、彼女は細やかな気配りが出来る女性だ。ただ、普段の言動がそれを打ち消してなお余りあると言う訳なんだが・・・・・・。

「どれ、ここで寒みぃ寒みぃゆうててもせんないことだしが、ボカチン、なにかドラコでやっとる冬の行事の話でも聞かせるだぎゃ」

「冬の・・・行事、ですか・・・・・・?」

「だでよ、いろいろあるだぎゃ?『オーミソカ』とか、『オショーガツ』とか」

「それは行事と言うより、習慣ですよ。・・・・・・そうですね、冬の行事って言ったら・・・節分とか・・・かなぁ・・・・・・?」

「セップン?なんだぎゃ、そりゃ。みんなでキスでもしてまわるんかみゃあ?」

「何言ってるんですか。接吻じゃなくて節分です、節分って言うのは、厄除けの儀式で、鬼を追い払うことで災いを追い出し、代わりに福を招くためのものなんですよ」

「オ・・・オニ!?オニっちゅうたら、オーガーのことだでよ!・・・・・・なんだか話が物騒になってきただぎゃ、ドラコにはそんな妖怪が本当にいるんかみゃあ!?」

「え・・・?なにを言って・・・・・・」

 准尉の言葉に、心底驚いた表情を浮かべたディオーネに、彼女は一瞬怪訝そうな顔をして見せたが、すぐに、なにか思いついたような様子で、いたずらっぽい笑いを小さく目元に浮かべた。

「ええ、そうですよ。鬼というのは、そうですね、ここで言うエレメンタルの方々と同じくらいの体格で、頭には牛のような角が生え、猪のような牙を持っているんです。岩や鋼をも砕く怪力を持った赤鬼や、知略とスピードに秀でた青鬼がいるんです。

 彼らは、テラにおいて、私達ドラコ国民の故郷であるヤーパンに住む魔族達で、男の生皮を剥いで八つ裂きにし、女を犯し魔族の子を孕ませ、赤子を生きたまま喰らう、最凶最悪の魔物です。ヤーパンでは、それら鬼を撃退し、駆逐するための軍事演習を、毎年2月3日の日に国を挙げて執り行っていたんです。節分とは、銃後の女子や子供達が、戦士達の精神を学ぶため行う儀礼行事。と言う訳なんですよ」

 ・・・・・・へえ、そんなイベントがあったとは。俺も始めて聞くが、さすがはドラコの故郷、東洋の神秘、ヤーパンだ。

「こんばんは、失礼しますよ?」

 どわっ!?イ、イオ司令っっ!?

 突然テントの中に入ってきたイオ司令は、いつもの柔和な笑みの中に、並々ならぬ興味を輝かせている。

「近くを通りかかったら、何か興味深いお話をされていたようでしたので。失礼とは思いましたが、一部始終をお聞かせさせていただきました。よろしければ、そのお話、もっと詳しくお話していただけますか?」

「ひぇっ!?あ、あのっ!りょ、了解しましたっっ!!」

 悲しいかな、完全無欠の縦割り帝国、ドラコニス・コンバインで生まれ育った影響か、彼女から見れば、少佐相当のイオ司令の言葉は、抗うことなど絶対出来ようもない言霊となって、准尉を直撃したようだ。

 そして、准尉は、真剣な面持ちで耳を傾けているイオ司令に、岩のように緊張しつつも、さっきの話をもう一度説明し始めていた。




 その数日後、月も変わり、2月に暦が変わったある日、部隊内での白兵戦演習を執り行うことが急遽決定されたことが、クラスター内部の掲示文書に基地司令付けで内示された。

 内容としては、部隊を急襲したエレメンタルを、小火器装備のみで撃退する。と言う、まともな神経で聞いたら、無謀以前に自殺行為以外の何物でもない内容だった。

 レギュレーションでは、エレメンタル側は2人。掃討し損ねたものが基地に侵入、白兵で強襲をかけたという設定だった。そして、迎え撃つ側も、突発事態のため、使用火器はハンドガン、サブマシンガン、ショットガン、そして、口径が7・62ミリ以下の自動小銃および分隊支援機関銃のみという、フル装備のエレメンタルを相手とするには、豆鉄砲としか言いようのない、かなり絶望的な装備しか許可されないといった状況だった。

 もちろん、双方実弾を使用する訳ではない。弾薬は、強化ラバー弾を使った暴徒鎮圧用の実包であり、当たり所によってはかなりの重傷を負うが、一応はアンリーサルウェポンとなっていた。しかし、エレメンタルの持っている武器が、これまた問題だった。

 一応、設定上飛び道具は携帯していないものの、近接格闘用の得物を持っているという状況設定により、エレメンタル同士が格闘教練で使用する、ピューギル・スティックを装備すると言うことになっていた。

 いや、教練用だからといって馬鹿には出来ない。シャフトは頑丈な金属の棍棒だし、打撃部分の発泡ウレタンを強化ゴムできつく締め上げるように巻かれ、さらに表面をプラスティックコーティングした代物だ。生身の人間がこいつで思い切りぶん殴られでもした日には、運が良くても脳震盪は確実、下手を打てば骨折は免れない。

 クラスターは、この前代未聞の軍事演習に、全ての兵科の隊員達が色めきだち、慌しく準備を進める雰囲気で覆いつくされた。しかも、厄介なことに、この演習は基地が襲撃されたと言う設定のため、俺達整備班の人間もこの演習に参加することになった。というより、早い話が、この基地で勤務している人間全員が、エレメンタル2人を撃退するための戦力として駆り出されることになったって訳だ。




 って言うのが、今回の騒動のいきさつ、って奴だ。そして、いよいよ演習本番となり、開始早々、当初のレクレーション気分は、アカ・オニ役のトムとアオ・オニ役のマイクの、2人のエレメンタル達の必要以上の張り切りと頑張りようにより、実戦さながらの阿鼻叫喚の地獄絵図に変わるのは、ものの10分とかからなかった。

 氏族の演習と言うのは、中心領域の連中みたいにあらかじめシナリオなんて上品なものは用意されちゃいない。お互いに与えられた状況設定だけを頭に入れ、あとは双方死力を尽くして激突する。

 もちろん、演習で死人が出るなんてこともざらにある。氏族人にとって、演習も戦闘のひとつであり、決してお定まりのお勉強コースなどではないと言うのは、確かに言える。

 しかし、これはいくらなんでもやりすぎだ!!

「わ、私が、私がふざけて冗談なんて言ったから、こ、こんなことにっ!!どうしよう!どうしようどうしようどうしようっ!!」

 すでにパニック寸前の准尉は、走りながらも半ベソ顔で取り乱しかけている。自分の発した不用意な言動が、この未曾有のパニックを生み出したことに、さしもの彼女も、あのブシドー・モードを発することすら忘れさせてしまっていた。

「そんなこといまさら言ってもしかたねーだぎゃ!!早いとこ司令部まで行って、イオ司令に洗いざらい白状して、どうにかまとめてもらうしか方法はねーだぎゃ!!」

 状況が状況だけに、ディオーネもいつもの毒舌を吐く余裕もない。しかも、四方八方から流れ弾がすっ飛んでくるこの状況下で、落ち着いて話などすることなど不可能なのは、すでにわかりきった事実以外の何者でもない。

『後退しろ!ここはもう持たない!!』

『誰か!予備のマガジンをくれ!!』

 ほんの数十メートル離れた向こうで、突進してくるエレメンタルに向けて、数名の戦士達が自動小銃を乱射しているのが見える。周囲に転がり、うめき声を上げている人数を見ると、おそらく分隊規模のチームだったようだが、瞬く間にそれは1人減り、2人減りして、とうとう最後の1人を残すのみになった。

『来てくれ!シュタイナー!!来てくれ――――っっ!!』

 他の分隊にいるのであろう友の名を叫びながら、彼は明らかに非力とわかるサブマシンガンを、迫り来るエレメンタルに向けて乱射する。まずい、いいからもう逃げろ!!俺がそう叫ぼうとした瞬間、真紅にペイントされたエレメンタル・バトルスーツが、その手に構えたピューギル・スティックを高々と振り上げるのが見えた。

『うおおぉぉ――――っっ!シュタイナァァ―――――――――――――――ッッ!!』

 ピューギル・スティックでメッタ打ちにされ、彼はボロ雑巾のように吹っ飛ばされると、地面に叩きつけられた。だが、そこで人並みに硬直している暇なんて無かった。俺達に気付いたエレメンタルが、こっちに向かってきたからだ。

「わっ!わわっ!!きっ、きき来たけんっ!来たけんっ!クルツゥゥッッ!!」

 先ほどの凄惨な衝撃映像を目の当たりにした余韻も冷めやらないリオが、小刻みに震える細い腕ですがり付いてくる。

「クルツ!ここは俺が食い止める!!姉さんと一緒に2人を連れて、早く司令の所へ!!」

「アストラ!無茶だ、俺も残る!!」

「ストラバグ!状況を考えるんだ!!姉さんひとりでは准尉とリオをカバーできん!彼女の状態を見てわからないか!?」

 ・・・・・・確かに、普通に戦闘になったのならともかく、自分の不用意な発言でこのような大惨事を招く結果を引き出してしまったことに、准尉は罪の意識のためか、完全にショックを受けてしまっている様子だった。早い話、まったく使い物にならない。

「・・・・・・わかった、すまない、アストラ!先に行く!!」

「ああ、ケレンスキーとトーテムの加護あらんことを!!」




 自ら捨石となって俺達の血路を開いてくれたアストラのおかげで、俺達4人は、野戦司令テントまであと6ブロックのところまでたどり着いた。しかし、無線から聞こえてくる状況では、防御側の戦力も、あとは絶対防衛ラインを残すだけとなり、今現在、予備戦力部隊が交戦中とのことだった。

「もう少しだ!リオ、准尉、大丈夫か!?」

「う、うちは大丈夫じゃ!でも、ハナヱ姉ちゃんが・・・・・・」

 走りづめで荒れる呼吸を整えながら、状況を確認しようと立ち止まったときだった。

「ぐははははっっ!!見ぃつけただぎゃああああああああっっ!!」

「おわっっ!?」

「わっ!わあああっっ!!」

 突然、模擬陣地として積み上げられていた土嚢を蹴散らして、凄まじい土埃と共に真っ青にペイントされたエレメンタル・バトルスーツが現れた。しまった!マイクに追いつかれていたのか!?

「ぬぅありゃあああああああああああああっっ!!」

 素早く背後に回りこんでいたディオーネが、トード・バトルアーマーの後頭部に、凄まじい撃発音と共に、自動小銃の零距離射撃を叩き込むように乱射して火花を散らさせる。

「おみゃーの相手はうちがしてやるだぎゃ!どっからでもかかってくるでよ!!」

「ディオーネ!無茶はやめろ!!」

「たーけ!!おみゃーは早よチビ介とボカチンをつれていくだぎゃ!!」

「ディオーネ!!」

「弟にばっかり苦労はさせんだぎゃ!姉ーちゃんの意地ってもんがあるでよ!!」

「・・・・・・っ!すまない!ディオーネ!!」

「ぬおっっ!?逃ぃがさんだぎゃあああああっっ!!」

「クソたーけ!!おみゃーの相手はうちがするゆぅただぎゃ!!」

『どぅおっっ!?』

 モリタ式コンポジットライフルのマルチプルランチャーに装填した、20ミリダブルオーバックショットガンを続けざまに乱射し、顔面に次々と直撃を受け、さしものエレメンタル・バトルアーマーも一瞬動きを止めた。

「ディオーネ姉ちゃあぁぁ―――――――――んっ!!」

「振り向くな!!走るんだ、リオッッ!!」

 凄まじい銃声と怒号を背中に聞きながら、俺は准尉の手を引っ張り、リオをせかしつつ、後ろ髪を引かれる思いでその場を全速力で離脱した。




「頑張れ!あともう少しだ!!」

 ヒステリックな銃声と、不気味なうなりを上げて飛び交う曳光弾の不吉な光の間をかいくぐりながら、とうとう3人まで減ってしまった俺達は、司令部テントまであと3ブロックまでたどり着いた。

 しかし、無線から聞こえる状況は、もはや絶望的なものしか聞こえてこない。

『こちらチームアルファ!スターキャプテン・サンダースがやられた!スターコマンダー・リックが引き継ぐ!オーヴァー!!』

『こちらチームズールー!もう俺1人になった!最後の通信だ、これから突貫する!!』

『チームラムダ!応答しろ!!・・・くそっ!全滅したのか!?』

『こちらチームデルタ!残存戦力をまとめ、チームチャーリーと合流後、突撃を開始する!これが最後だ、オーヴァー!!』

 どれもこれも、まともな部隊行動を保っているところはひとつもない。スターコーネル・イオ、貴女は今、どんな気持ちでこの無線を聞いているのですか。

 そして、俺たちにも、彼らと同じ運命が舞い降りようとしていた。

「クッ・・・クルツ・・・・・・ッッ!!」

 心底引きつった声を上げて、リオが俺にすがり付いてくる。その前には、こともあろうに、ふたりそろったエレメンタル・バトルアーマーが月明かりに浮かび上がり、俺達の前に立ちふさがっていた。

「・・・・・・畜生、これまでか」

「ど、どないしようっ、クルツッッ!?」

「・・・・・・リオ、良く聞け。今度は、お前が准尉を連れて司令部まで走るんだ。奴等を俺が食い止める。絶対に5分は持たせて見せる。いいな?」

「クッ、クルツッッ!?駄目じゃ!やられてまうけんっっ!!」

「これしか方法がないんだ、早く行け」

「嫌じゃ!うちもクルツと一緒に戦うけん!!」

「駄目だ。それに、准尉を守り、司令のところまで連れて行けるのは、リオ、お前しかいない。お前だけにしか頼めないんだ。お願いだ、頼りにしている。准尉を連れて行ってくれ」

「・・・・・・ク、クルツゥゥ・・・・・・ヒ・・・ヒック・・・う、うん!わかったけん!」

「ああ、頼んだぞ、リオ」

 リオは、にじみ上がった涙を拭うと、放心状態の准尉の手を引っ張って駆け出した。

『女子供だからって逃がさんだぎゃああああっっ!!』

 まるでステレオのように叫びながら、走る2人を捕まえようとしたエレメンタル達に向けて、俺は自動小銃の弾幕をお見舞いした。

「勘違いするな!この俺が、お前ら2人まとめて相手してやると言ってるんだ!!」

「ぬはは、面白れーだぎゃ」

「よーゆぅたでよ」

 マイクとトムは、じわじわと俺に向かって距離を詰めてくる。・・・怪我で済むかな、・・・いや、すまねぇだろうなぁ。畜生。

 だが、俺はリオと約束した。必ず5分はこいつらを足止めしてみせる。母さん!マティ!俺に力を!!

そして目覚めよ、その魂!!

「おー、クルツー。こんなとこにいたんかみゃあ。たいがい探したでよ〜〜〜〜」

 不意に、その状況からは明らかに場違いな、暢気きわまる声がしたと思ったら、なにやら凄まじい大きさの荷物を背負ったマスターが、ひょっこりと現れた。

「いや〜、こいつを取り外すのに、たいがい苦労しただぎゃ。おみゃーがいつもたやすくやっとるから、簡単かと思ぅとったどもが、けっこう技がいるもんだみゃあ」

「ま、マスター!それ、バルカン・・・・・・ッッ!?」

「おお、これかみゃあ。だいじょーぶだで、口径は7・62ミリだしが、レギュレーションにゃー違反しとらんでよ。いやいやいや、弾詰め替えるのに、たいがい難儀したでよ」

「い、いや、そういう問題じゃなくて!」

 冗談だろう?ドラム缶ほどもある弾倉を背中に軽々と背負い、駆動モーターをスポーツバッグのように左脇に引っさげ、バルカン本体を右脇に腰だめに構えた姿で、小型クレーンでもなければ到底持ち上げられないようなミニガンユニットを、マスターは、それら全てを体中に巻きつけて、得意げな表情でひょこひょこと近寄ってくる。

「ほれ、クルツ。危にゃーでよ、どいとくだぎゃ」

「え、えっ・・・・・・おわっっ!?」

 リオと准尉の頭を押さえて地面に伏せた瞬間、ジェットエンジンの作動音に似たモーター駆動音と共に、マフラーが外れた自動車を思い切り空吹かしさせたような轟音が夜の空気を引き裂いて、火炎放射器のような凄まじいマズルフラッシュが周囲を照らし上げた。

「だはははっ!鬼はー外――っっ!福はー撃ち――っっ!っだぎゃ―――――っっ!!」

『ギッ!?ギィニャアアアアアアアアアアアア――――――――――――――ッッ!!』

 火山の噴煙のような凄まじい爆煙と、装甲を乱打する耳をつんざくような衝撃音に包まれたマイクとトムは、予想外の秘密兵器の登場とその威力の前に、全身の装甲から凄まじい火花を炸裂させて、悲鳴を上げながら踊るような姿で悶絶している。

 一秒間におよそ百発もの銃弾を発射するミニガンの前に、2人は体をのけぞらせ、その爆発的な瞬間圧力の直撃の前に、身動きひとつ出来ない状態になる。あの分だと、間接部分の非装甲部にもかなりの数が直撃しているはずだ。

 メックやヘリから瞬間的に掃射されるのではなく、直接照準でタイトな弾幕を集中させられているのだ。いくらエレメンタル・バトルアーマーとは言え、貫徹こそしないものの、毎分六千発もの連続的な掃射の直撃を浴び、その内部に響き渡る轟音と衝撃は、到底防ぎきれるはずがない。

「むははははっ!ほーれほれっ!鬼は――外―――っ!!福は――撃ち―――っっ!!」

 生身の人間なら、まともに構えるどころか、そのマズルブラストで吹っ飛ばされてしまうほどの威力をもったミニガンを、マスターは生身の体ひとつで支えている。その足元は、かかとが地面にめり込みかけているが、その逞しい両足はしっかりと地面を踏みしめ、少しも揺らいだりなどしていない。

 バルカン本体からは、凄まじい数の薬莢が噴き出すように吐き出され、一瞬のうちにマスターの足元に金属のじゅうたんを作り上げると、真鍮独特の澄んだ音色を奏でている。

 マスターは、破邪顕正の呪文を心底愉快そうな声で唱えながら、まるでホースの水をひっかけるかのように、気楽かつ楽しそうにエレメンタル達に銃弾を浴びせ続けていた。

 凄いよマスター!あんた最高だよ!!

 そして、数分後、弾切れと共に、カラカラと余韻を残しながらバレルを回転させるミニガンの銃口の先には、まるで砲撃の爆心地のようにえぐり飛ばされた地面の中に、細かく痙攣しつつ、折り重なって倒れているマイクとトムがいた。




「まったく、おみゃーの与太のせーで、どえりゃーめにあっただぎゃ」

 新居祝い、と言う訳でもないが、俺達は晴れて戦士階級宿舎に戻った准尉を訪ねてみることにした。そして、鼻の頭にでかい絆創膏を貼り付けたディオーネは、新しく支給された准尉の宿舎に押し入るなり、その冷蔵庫から、ケーキやらプリンやら、めぼしいものを引っかき出すと、さっそくのようにがつがつと食い荒らし始めた。

「も・・・申し訳・・・ありません・・・・・・」

 さすがに彼女、今回ばかりは反駁する元気もないらしく、せっかくの買い置きがディオーネの胃袋に消えていくのを黙って見ている。

「まーまー、准尉もそんなにしょげるこたぁねーだぎゃ。俺はけっこう楽しかったでよ。スターコーネルも、この演習の効果についちゃー、どえりゃー満足しとったし。ほれ、だからこーして、ちゃんと宿舎に帰ってこれただぎゃ」

「は・・・・・・はい」

 マスターのとりなしにも、准尉は心底申し訳なさそうにうなだれている。クラスターを恐怖と混乱のどん底に叩き落した冬季白兵戦演習。幸い、死亡者はでなかったものの、重傷6、軽傷23とけっして軽くない被害が出たにもかかわらず、スターコーネル・イオは、戦士達の白兵戦能力の不足を認識し、演習で得られたそれら様々な結果についていたく満足し、さっそく訓練カリキュラムの見直しを図ることにしたそうだ。

 ・・・・・・しかしまあ、准尉も今回ばかりはやらかしてくれた。普段、真面目な奴がたまに冗談を言うと、みんなそれを真に受けてしまうと言う事があるが、今回それが滅茶苦茶洒落にならない規模で発生したとも言える。

 しかし・・・、准尉が絡むと、どういう訳か騒ぎが大きくなるよな・・・。まあ、それは彼女自身、薄々自覚しているようではあるけど、・・・な。

 やれやれ、もう、あんなのは、二度と御免だよ。

「しかし、そう言えば、先日の白兵戦演習。我々のクラスターにおいて、恒例化するという内示を司令が出していたな・・・・・・。

 俺も、来年に備えて、一から鍛えなおさんといかん。あの演習で、いかに自分が修練が足りないかを思い知らされた」

 真剣な表情でうなずきながら、体中に包帯を巻いたアストラがつぶやいた一言に、マスター以外の、その場に居た全員の表情が凍りついた。

 ・・・・・・嘘だろう?お願いだから、嘘だと言ってくれ。

 なんてこった、鬼を追っ払って、福どころか、逆に災いが一個ギャラクシーで押しかけてきたのも同然だ。

 勘弁してくれ、本当に。




鬼は外福は撃ち



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