ランドエアメック無頼



 凄まじい衝撃音と共に、装甲板がショートする音がコクピットを怪しく振動させる。あれだけ、レーザーを食らっておきながら、コクピットにただの一発も直撃が無かったのは奇跡だ。いや、奇跡とかそんなことはどうでもいい。早く俺を地上に降ろしてくれ。

 俺は、360度ありとあらゆる方向に振り回されるLAMのコクピットの中で、ただひたすらそれだけを祈りながら、朝メシに食ったキシ・ヌードルが、逆流しそうになるのを必死でこらえる。

 勘弁してくれ、ほんとに。




 事の発端は、またもやイレースを訪れたダイヤモンドシャークの商人が、ご自慢の売り物と一緒に持ってきた、1機のLAMだった。

「・・・・・・あのな、ミキよ、この際だからはっきり言っておくが、俺は一介のボンズマンで、クラスターの中の発言力なんて、無いも同然なんだぞ。それを、いきなりうちの司令に取り次いでくれって言ったって、そんなの無理に決まってるだろ」

「いややわぁ、なに言ぅてはりますのん。一介のボンズマンやなんて、そうは言ぅてはりますけど、うち、ちゃーんと知ってますねんで?」

「なにを」

「ンフフ、クルツはんのボンズコード、一本だけ残ってはるそれな、いつでも切れる準備があるってことですがなぁ。

 忠誠・知略・闘魂のうち2本が切れとって、あとは強さを示して戦士としてふさわしいとこをみせるだけ。それに、10年近いキャリアの中で、クラスターに貢献した実績もバッチリ。ただのボンズマンやなんて、ジェイドファルコンやウルフならともかく、そないやかましいこと言う人が、ここのクラスター、いや、氏族におりましたっけ?」

「いや、でも俺はフリーボーンなわけだしな・・・・・・」

 俺は、しつこく食い下がってくるダイヤモンドシャークの商人、ミキの執念深さに閉口する。くそぅ、こうと知っていれば、用事をでっちあげてすっぽかしたってのに。

 しかし、いくらなんでも、商談の話を俺が直々にイオ司令のところに持っていくなんて、無茶もいいところだ。一応、ノヴァキャットにだって、フリーボーン差別はあるし、ましてや、ボンズマンなんてのは、パシリを通り越して奴隷扱い同然だ。

 なに?そうは見えない?・・・ずいぶん好き勝手にやってただぁ?バカ言え、誰が好き好んで苦労話なんかするかよ。大体、俺自身が思い出したくないんだ。

 ・・・・・・まあ、ここでムキになっても仕方ない。ともかく、このミキさん。新しく試作開発したメックを売り込もうと、わざわざイレースくんだりまで足を伸ばしたって訳さな。ともかく、物には順序ってもんがある。と、いうことで、俺はまず、マスターに話を通してみることにした。

「まー、シャークにはいろいろ世話になったで、別にえーんでねーかみゃあ。イオの奴にゃー、俺から話を通してみるだぎゃ」

 ・・・・・・いいのか?そんなに簡単で。

 それは、あまりにもあっさりと了承された。時間にして、3秒もたってない。

「おみゃー達はここで少し待っとるだぎゃ、ちっと行って、話をつけてくるだぎゃ」

 そう言うと、マスターはクラスター本部へと出かけていった。そして、後には、俺とミキ、そして、彼女がつれてきた、初老の女科学者が取り残された。

 ・・・・・・どうでもいいが、この女科学者。かなり愛想が悪い、いや、悪いなんてもんじゃない。あからさまに不機嫌だ。

「・・・・・・まっだく。ミキよ、おめぇの言うことだから信用してきたけんど、よりにもよってノヴァキャットだべか?はぁ、オラァ、あきれてものもしゃべれねぇべさ」

 この頑固極まりないしゃべり口、もしかして、ジェイドファルコンの人間か。いやはや、この間、派手にガチンコかました氏族の人間がここにいること事態、もはや非常事態だ。どうも、ミキにとっては、敵対勢力だろうがそうでなかろうが、金を持ってりゃみな同じ。と考えてるとしか思えない。

「まーまー、センセ。そないくさらんと、このクルツはんは、信用できるお人でっさかい。心配は無用でっせ」

「だけんど、フリーボーンで、しかもボンズマンだべさ。そっだら奴、なしてそこまで高く買うか、オラにはまったくわかんねぇだ」

 ミキは、さっきからぶつぶつと文句をたれ続けている女科学者を、ニコニコ愛想笑いをまじえながら、巧みになだめすかしている。まあ、それはもうミキの当然の義務としても、このオバハンも、嫌ならこなけりゃいいだろうに・・・。

「まーまー、そないなこと言わんと。人の良し悪しはフリーとかトゥルーとかではかれるもんやあらへんのは、センセが一番よく知ってるはずでっしゃろ。な?」

「・・・・・・はぁ。ミキよ、おめぇにはかなわねえべさ。わかっただよ、とりあえず、ここはおめぇの顔さ立ててやるべさ」

 なんとも。とりあえずこの2人、まんざら知らない仲でもなさそうだ。




 あのあと、イオ司令から承諾を取り付けたマスターは、ミキの運んできたLAMのデモンストレーションを行う許可を委任され、その旨をミキに伝えた。司令と言えば、LAMにはさして興味も示さず、マスターに全てを任せたと言う話だ。

 まあ、無理も無いな。氏族と言う一族において、どうにも相性の悪い存在のひとつに、LAMが上げられる。

 ・・・・・・なに?魅力的な兵器なのにどうしてって?まあ、そりゃ中心領域の考え方だな。氏族のように、人的・物的に資源が限られてくると、おのずから節制の精神でやりくりする必要がでてくる。

 そして、無駄なもの、非効率的なものを極力排除しようともする。つまりだ、『ランドエアメック』という名前でわかるとおり、ひとりでメックも気圏戦闘機も、両方の戦闘技術を習得させなければならない。と言うのは、中途半端な技術の習得につながり、時間の浪費も同然。氏族人にとって、ナンセンスの極みなわけだ。

 だからなのかもしれないが、たとえば、俺達が今、ドラコに間借り同然で住み着いているイレース。ここにも、昔ノヴァキャットがやってくるまでは、LAMの生産ラインが存在していた。が、ノヴァキャットはそのラインを丸ごと、メック・ノヴァキャットの生産ラインに作り変えちまった。

 地上施設や装甲車両には絶大な威力を誇っても、どうにも中途半端さが拭えず、しかもそれなりの戦果を上げるためには、乗る人間を選ぶ機体であるLAMは、当然、その選択肢から除外されても、なんの不思議でもない。

 ミキが持ってきたLAMの性能緒言を見せてもらった限りでは、まあ、手堅いつくりと言えるだろう。いわゆる、マルチロール・ファイターといったところか。しかし、LAMはファイター形態の性能だけでは成り立たない。エアメック、そしてバトルメック形態時の性能も、バランスよく配分されていないとならないからだ。

 しかし、運動性と電子装備系は驚くほど高い。複座型コクピットを採用してるってのも、これまた氏族製兵器としては珍しい。

 けど、基本的に個人の能力に絶対の自信を持ち、自分自身の力で戦功を上げる事を好む氏族戦士が、こういった類の兵器になじむとは到底思えない。中心領域に売り込むなら、まだ買い手もあろうが、なんだってこんなものをわざわざ・・・。




 いよいよLAMのお披露目とあいなったが、いつものメンバーのうち、アストラとディオーネは、他のバイナリーのメンバーと一緒に、メーカー点検のためメックと同伴して兵器工廠への出張で不在。リオは、スターコーネル・イオに連れられて、教育委員会へ赴いた。

 ・・・わざわざスターコーネルがする仕事じゃないと思うが、そんなに興味なかったのか・・・。リオをダシにまでして・・・。

 ともあれ、その場に居合わせたのは、俺とマスター、そして、整備班の連中とクラスターの戦士が何人か興味半分で野次馬に来ている。それから、どこからか話を聞きつけてきたのか、他のバイナリーの幹部数人も、後学と話のタネにするつもりなのか、なにやら肘をつつきあいながら、苦笑を浮かべつつ様子を伺っている。と、まあそれなりに人は集まってはいる。

「どうでっかー!みなはーん!!」

 ・・・いや、どうでっかと言われても。LAM、だよなぁ・・・・・・。

「形式番号X−02、『フェニックスキング』や!電子装備の充実と運動性能を極限まで追及!複座形式によるパイロットの負担軽減で、制空戦闘から強行偵察までこなす実力派!武装はER―PPC1基、ER−Mレーザー3基、LRM151門、アルテミスIV・システムと超充実!対空戦闘から対地攻撃まで、どんな局面にも即対応の優れもんでっせ!」

「なあ、ミキ。ひとつ聞いていいか」

「はいはーい、なんでしゃろ、クルツはん」

「それだけの武装を積んで、熱とかは大丈夫なのか?機体重量に比べて、ヒートシンクの数がいまいちな気がするんだが。いくら、ダブルヒートシンクとは言っても、これじゃせっかくの武装も生かせないんじゃないか?」

「こりゃまたお客さん、なかなか鋭い質問ですなぁ!でも心配無用や!このフェニックスキングが真の実力を発揮するんは、このファイターモードの時や!スーパークルーズでかっ飛んで、エアインテーク直結の空冷機構でガンガン冷やしまっさかい、ER−PPCの連続発射も可能でっせ!!」

「・・・・・・じゃあ、エアメックモードやメックモードの時は?」

「ちなみに、うちは上から88・54・86ですねん」

「んなこと聞いてない」

「またまたぁ〜?ちょっとときめいたクセにっ。もう、クルツはん、素直やないんやからっ」

「・・・・・・怒るぞ?」

 やっぱりな。こりゃ、アイデアだけが空回りした、完全なワンオフモデルだ。だいたい、ファイターモードでしかその実力を発揮できないなら、最初から気圏戦闘機として作ったほうが安上がりだ。

 ・・・・・・そう言えば、いつだったかコムガード経由の情報を配信した時に、聞いた覚えがある。確か、ジェイドファルコンで、これと同じような複座型LAMが試作され、評価試験を受けたって話だが、やっぱり、メックとも気圏戦闘機ともつかない代物は、あの聡明かつ気鋭の族長をもってしても、没と言わしめただけのことはある。

 さすがに、あの時はいまいちピンと来なかったが、確かに今なら、族長の心情を察して、腹を抱えて笑える。

「・・・・・・ヒートシンクの数は、大した問題じゃねぇべさ。X−02の主翼、こいつが放熱板の役割をするだ。主翼の中さ、冷却触媒が循環するラインも引いてあるだべし、主翼二枚でダブルヒートシンク5個分のお釣りがくるだべ」

 説明はミキに任せ、今までずっと不機嫌そうに黙っていた女科学者が、俺の方を睨みつけながら冷却機構の説明をしてくる。・・・なるほど、このオバハンがこのLAMの設計者、ってわけか。

「おめたつ、乗ってみりゃええべさ」

「・・・・・・え?」

「乗ってみりゃええってしゃべってんだ。若ぇくせに、耳も遠いってか?」

 白衣に手を突っ込み、視線だけをこっちに向けて挑戦的な視線を投げつけてくる彼女の姿は、完全にプライドを傷つけられた科学者のそれだった。ただし、枕詞に『マッド』がつく方の。

「ま、まあまあ、センセもそない興奮せんと。クルツはんは優秀な技術者でっさかい、新しい機械を見ると、とことん質問せぇへんと気がすまないお人なんや。うちに免じて、堪忍したってぇな」

「・・・・・・優秀かどうかはわかんねぇけんど、確かに一筋縄じゃいかなさそだな。まあええべさ、ミキ、お前ぇ、この若造さ乗せて、いっぺん飛んできたらええだ。お前ぇの言うとおり、この若造が優秀なテックなら、それでX−02の力がわかるはずだべさ」

「せやね、センセの言うとおりでんな。そいじゃ、クルツはん。このフェニックスキングは二人乗りでっさかい、うちが操縦するから、クルツはんも一緒にきたってえな」

「え!・・・でも、ミキ。お前、その目で戦闘機なんか操縦できるのか」

「ああ、心配あらへんよ。別にドッグファイトをするわけやあらへんし、規定飛行をするだけなら、ちーとも問題あらしまへんよ」

「いや・・・しかし・・・・・・」

「クルツはん、うちのこと、信じてくれへんの・・・・・・?」

 ・・・・・・いや、そんな潤んだ瞳で見上げられてもな。けど、お前の近眼と言う事実が、厳たる不安要素なんだ。・・・・・・それと、胸ポケットからはみ出てんのは、そりゃ目薬じゃないのかね?




「さっすがクルツはん!何着てもごっつ似合いまっせ!ああんもお!いややわぁ、うち、どないしよう!!」

 どないしようもなにも、とにかく事故防止だけはしっかり心がけてくれ。最初っからそのつもりだったのか、しっかり準備してあったフライトスーツの窮屈さに閉口しながら、ひとりで盛り上がってるミキの姿にため息を吐く。

「・・・それにしても、ちょっときついな。もう少し大き目のものはなかったのか?」

「なにゆうてますの、クルツはん。フライトスーツはきついくらいがちょうどええんやで?ユルユルのダボダボは、着心地はええかもしれへんけど、全身の血があっちゃこっちゃ動き回って、ブラックアウトやレッドアウトのもとでっせ」

 なるほどねぇ・・・、でも、お前のそれは、少し小さすぎるんじゃないのか。・・・なんていうか、体の線に密着してて、妙にいかがわしく感じるんだが。

「いやぁ、現役降りてから、急に胸とか腰とかおっきくなってしまいましてん。あ、ウエストは元のまんまを維持してまっさかい、別に太ったわけやおまへんで?」

 ・・・・・・いや、ポーズなんてとらなくていいから。

「それじゃ、さっそく行きまひょか?あ、せやせや。クルツはん、前と後ろ、どっちがええでっか?」

「どっちでもいいのか?」

「はいな!どっちでも問題あらしまへん。クルツはんなら、前からでも後ろからでもバッチOKでっせぇ?」

 ・・・・・・なんか、やな言い方だな。

「・・・・・・じゃあ、後ろで」

「クルツはん、見かけによらず征服志向なんやねぇ」

「・・・・・・なにが?」

 ・・・・・・もうやだ、やっぱり不安だよ。・・・・・・やっぱり、やめようかな。

「さて、それじゃポジションも決まったとこで、レッツラゴーや!」

 ミキは自信満々の笑顔を浮かべている。これでメガネさえかけてなけりゃ、100パーセント安心もできるんだが・・・・・・。まあ、ミキにしたって、商売優先のはずだから、とんでもない無茶はしないはずだ。いや、しないと願いたい。マジで。




 おお、なかなか小気味いい離陸だな。おまけに滑走距離も短い。重量の割には、なかなかいいスタートじゃないか。

 最初の不安もどこへやら。いったんコクピットシートに座ってしまうと、不思議と腹も据わってくる。それに、パイロットシートで操縦しているミキの余裕たっぷりの様子を見ていると、もしかしたら俺が必要以上に考えすぎてたんじゃないかとさえ思えてくる。

「うふふ」

 って、言ったそばから変な笑いを漏らすのはやめてくれ。

「どうしたんだ、ミキ」

「え?ああ、いやね、クルツはんとの初デェトが空の上ってのも、なかなか悪くないなぁ思うてましたねん」

「・・・・・・お前、こりゃ、こいつの性能を見せるためのデモフライトじゃなかったのか?」

「まあまあ、ええやないの。何事も楽しく、これが一番大事でっせ」

 ・・・・・・そりゃ、そうかもしれないけどな。

「それじゃ、ちょっと動きまっさかい。クルツはん、存分に堪能してやぁ?」

 ・・・・・・前言撤回、やっぱりなんか不安になってきた。だいたい、いちいち言い方がいかがわしいんだよ。

「お?・・・・・・おおっ!?」

 さっきまでの、遊覧飛行じみた機動から一転。フェニックスキングは軽快にロールすると、切れのいい旋回で機体を翻した。

「ほい、エルロンロール」

「あ―――――――っ!」

「お次はバレルロール」

「ア―――――――ッ!」

「そいでもって、スプリットS」

「あ゛―――――――っ!?」

「これなんかどないでっしゃろ、プガチョフ・コブラ〜〜〜」

「ア゛―――――――ッ!?」

 ・・・・・・い、いかん。なんか、頭がふらふらしてきた。

「あははっ、声なんか出してからに。クルツはんも、けっこう可愛いとこあんねんな」

 OK、もうなんでもやってくれ。

「と、とにかく、ファイターモードの性能はよくわかったから、次はメックモードとエアメックモードを見せてくれないか」

「あ〜〜、それなんやけど、うち、飛行機ならなんでもOKなんやけど、メックの操縦はからっきしやねん。っていうか、知らへんし」

「はあ!?それじゃ意味ないだろ!」

「そないなことゆぅたって、うちは気圏戦闘機乗りでっせ?メック戦士やあらしまへんもん。そっちのほうは、いちおうセンセがやってくれることになってますねん」

「先生って・・・・・・、あのオバハンにか?」

「まあ、そんなとこですわ。うちじゃ、ええとこお散歩させるくらいが精一杯でっさかい」

 ・・・・・・ところで、さっきから一体何がビービー鳴ってやがるんだ。やかましいな、まったく・・・・・・って、おい!

「あかん!誰や知らんけど、うちらロックされとる!!」

 あ、あんですと――――――――っっ!?

「やばいで!ミサイルや!!」

 そうミキが叫んだ瞬間、突然機体がひっくり返されたようにロールし、ひるがえるように旋回したと同時に、凄まじいGが俺の全身をシートに押し付けた。

「ぐえぇぇっっ!!」

「しゃべったらあかん!舌かむで!!」

 ・・・・・・もう噛みました。

「この!誰やいったい!!」

 パイロットシートのミキが叫ぶのと、先ほどとは比べ物にならない、急激な機動でフェニックスキングが回避運動を取るのとがほとんど同時に起こった。その瞬間、視界の隅を、猛烈な勢いでシロネ戦闘機がすっ飛んでいく。ちょっと待ってくれ!あれは味方の戦闘機じゃないか!

「どうやら、うちら領空侵犯機と間違えられとるようやね。っにしてもまあ、警告もなしにいきなり撃つかいな、普通!」

 いや、確かに普通でない奴がいる。こんな短絡的な真似をするのは、あいつしかいない。

「ミキ!撃つなよ、あれは味方だ!!」

「わかってまんがな!それに、撃ちたくても、この子にはパチンコ一本積んでへん!!」

 ちょっと待ってくれ!それじゃ、信号弾もなしか!?

「武装ポッドはみんな、重量バランスを見るためのダミーや!大体、武器なんか積み込んだら、通関パスでけへんし!!」

 そりゃそうだ。・・・・・・ってことは、なんとしてでも逃げるしかないって訳か!?

「とにかく、クルツはん達の基地まで行きまっせ!そうすりゃ、センセかロークはんがなんとかしてくれるはずや!」

「通信は!向こうのパイロットや基地と通信は出来ないのか!?」

「・・・・・・それが、さっきからやっとるんやけど、さっきのパワーダイブでどっかイカれたらしいんや。雑音ばっかでなんも聞こえへんねん。堪忍や!」

 ちょっと待てよおい!それじゃ何のための複座型だよ、ぜんぜん意味無いだろ!

「しゃあないやん!まさかこない乱暴なことになると思わへんかったし、バトルプルーフなんてあらへん、ほとんど手作りに近い試作品なんやもん!」

 まるで、俺の思考を読み取ったかのようにミキが叫んだ瞬間、レーザーがすぐ両脇をかすめるように飛び抜けていき、当たりの浅いレーザーが装甲を削り、金属がショートする不吉な音がコクピットに響き渡った。

「と、とにかく今はそんなこと言ってもしょうがない!なんとかして逃げられないか!?」

「合点や!クルツはんも手を貸してや!」

「わかった!」

「レーダーと索敵監視、よろしゅう!」

「わかった!!」

「うちんとこ、婿に来て!」

「わか・・・って、違うだろ!?」

「・・・・・・あ〜〜、なんや、がっくりやる気のうなったわ。ま、ここで死ぬんも、運命やね」

「待て待て待て!!わかった!生きて帰れたら前向きに検討する!!」

「・・・・・・フッ。せめて、あの世で一緒になろな、クルツはん」

「待ってくれお願いだお前だけが頼りなんだ!!わかった!真面目に考えるから!だからお願いだ!い、いや、お願いしますっ!!」

「んふふ、そない泣きそな声せんでもええよ。ほいじゃ、クルツはん!いっくでぇ〜〜!!」

 その瞬間、コクピットまで振動させる凄まじいエンジン音と共に、見えない空気の壁が激突してきたかのように、俺の全身を押し潰した。

 目の前のコンソールパネルに、アフターバーナー・オンの表示が転倒し、スピードメーターがぐんぐんと上昇していく。そして、ローリングと旋回が小刻みに繰り返され、50トンの機体がまるで羽毛のように空中を舞うのがわかる。その巧みな回避運動で、フェニックスキングは相手の射線をかわしていく。

 機体が身をひるがえすたびに、目の前でレーザーが機体のすぐ横を流れていく。そして、突然機体が180度裏返ったかと思った瞬間、そのまま鋭く下降した。その強烈なGで、意識が一瞬途切れ、気がつくと、頭上のシロネが、すれ違うように反対方向へとかっ飛んで行くのが見えた。

 鮮やかなスプリットSをきめたフェニックスキングは、そのまま離脱を図ろうと、再びアフターバーナーに点火し、凄まじい轟音と共に強烈なGが全身を締め上げてくる。

 視力障害というハンデを負っているとは思えない、ミキの素晴らしいフライトマニューバーに、思わず安堵のため息をつこうとした瞬間、再びコクピットに響き渡るアラーム音に、呼吸が凍りついた。

 レーダーレンジに、いくつものブリップが点滅し、そいつらはまっすぐにレンジの中央。つまり、俺達に向かって猛スピードで突っ込んでくる。

「み、ミサイルだ!6・・・10・・・20!?馬鹿な!全力射撃か!?」

「上等やっ!!」

 ミキの怒号と共に、彼女の気合が乗り移ったかのように、フェニックスキングは凄まじいローリングとともに、今までのバレルロールとは比べものにならないほど高速で、しかも、本当に見えないパイプの内壁を滑るようななめらかな回避運動で、白煙を引いて迫るミサイル達の間をくぐり抜けるように機体を舞い躍らせた。

 そして、包囲網から抜けた瞬間、機体が90度真横に倒立し、引力に引き込まれるように機首が沈んだと思うや否や、再びアフターバーナーが点火し、落下速度も加わってスピードメーターのデジタル文字が痙攣するように震える。

 その急激な回避運動で、凄まじいGが全身を直撃し、体中の骨や関節が軋みを上げた。そして、視界が真っ黒に塗り潰されていく。

 耐Gスーツが全身を締め付けて、下半身に下がりまくった血液を上半身へと押し戻そうと縮み上がる。それでもまだ、視界には古ぼけた写真のように、その周囲に灰色の縁取りが消えずにいる。

ようやく視界がまともに戻ったとき、ミキの様子がおかしいことに気付いた。

「どうした!大丈夫か、ミキ!!」

「あ、そ、その、大丈夫や!」

 嘘つけ、その様子はちっとも大丈夫そうじゃないぞ。

「こんな状態でこれ以上何を驚くんだ!いいから正直に言え!!」

「あ・・・、そ、その、今ので調子に乗りすぎて、メガネが真ん中から折れてしもうてん。・・・か、堪忍や、クルツはん!!」

 ミキの言葉を聞いた瞬間、俺は反射的に叫んでいた。

「コントロールをこっちにまわせ!こうなりゃ意地でも基地に帰る!!」

「む、無茶や!クルツはん!」

「まわりが見えない方がよっぽど無茶だ!ライトプレーンのライセンスは持ってる、俺が操縦するから、アドバイスを頼む!!」

「わ、わかった・・・・・・ユーハブコントロール!!」

「よし!アイハブコントロール!!」

 畜生!こうなったらやれることまでやってやる!!

 俺は、スティックを握り締めると、スロットルレバーを全開に開けた。その瞬間、フェニックスキングは暴走じみた加速と共に、うなりを上げて疾走する。

 しかし、手間取っていたほんの少しの間に、再びシロネが真後ろにつけている。あいつめ、無事に帰れたら覚えてろ!!いや、絶対に帰って見せるからな!!

 昔、遊びで乗り回していたライトプレーンと違って、レスポンスにほとんどあそびのないフラップとラダーは、俺のちょっとした動きにも敏感に反応し、そのたびに巨体を揺るがせて狂ったように回転し、物凄い勢いで旋回していく。

「あかん!クルツはん、スティックはちょいと力を当てるだけでええんや!!」

 ミキの声が飛び、その声に従いながら操縦桿を握る力を緩める。姿勢は安定してきたが、それでも絶え間なく襲いかかるGに意識が薄れかけ、視界が塗り潰されそうになる。

 だが、そのたびにミキの声に振り起こされ、下っ腹に渾身の力をかけて、持てる気力と根性の全てを動員して耐える。そして、またもやアラームが鳴り響き、ロックオンされた事を報せる。思わずスティックに力が入り、機体はとんでもない勢いで急降下を始め、ミニチュアのような地表が、ぐんぐんと視界一杯に迫ってくる。

 アラームは鳴り止んだが、今度は地面に激突する。思わずスティックを引き起こした瞬間、半端ではすまないGが脳天を直撃し、一瞬、機体が垂直に沈み、すぐさま弾かれたように、木の一本一本までもがはっきり見えるほどの低空を弾丸のように疾走し始めた。

 おまけに、後方監視モニターが、ソニックブームの爆煙と共に空中に吹っ飛ばされていく木々の様子を映し出し、いつかこのままでは誰かを巻き添えにすると、気ばかりが焦る。

 とたんに、危険状態を警告する別のアラームが鳴り響き、このままでは地上に激突すると警告をがなりたてる。慎重に引き起こしたつもりだったが、緊張した手は思い切りスティックを引いてしまい、首をへし折らんばかりの衝撃と共に急角度で上昇を始める。

 だが、要所を押さえたミキのアドバイスのおかげで、どうにか要領はつかんだ。スティックの操作はかなり微妙だが、それでも力加減は多少飲み込めてきた。

 だが、それでもヤバい状況に変わりは無い。必死にラダーペダルとスティックを操作しながら、追いすがるシロネの射線から機体を振り回すようにかわそうとする。が、それでも奴はぴったりと後ろをついて離れず、時折レーザーの斉射を浴びせかけてくる。

 機体装甲がショートする、総毛立つような破裂音が数を増してくる。シロネより機動性は上のようだが、それでも明らかに、ミキが操縦していたときより命中弾が増えている。

 どうやら、向こうはミサイルを打ち尽くしたらしい。だが、俺の腕では打ち落とされるのを待つカモ同然だ。このままじゃ、撃墜されるのも時間の問題だ。

 その時、俺の頭に、この機体がただの気圏戦闘機ではなく、LAMである事実が不意によみがえった。・・・・・・そう、メックなら、俺もひとかどは扱える。

 よし、なら駄目でもともとだ。どうせ、このままじゃジリ貧でしかない。

 俺は、コントロールパネルの中にある、モードセレクターに手を伸ばしながら、後ろにいるシロネの位置を見る。チェック・シックスの言葉どおり、本当に真後ろにいる。今度こそ、急所に当てるために狙いをつけているんだろう。畜生、そうはさせるか!!

 セレクターを操作した瞬間、壁に激突したような衝撃が全身を叩きのめす。次いで、バトルメックモードになった機体が、空気抵抗に押し上げられるように浮き上がった。その瞬間、こっちの突然の減速に反応しきれずに、真下を通り過ぎていくシロネが見えた。こいつ、逃がすか!!

 ファイターモードのメインスラスターから、メックモードのハイパワージャンプジェットにシフトしたスロットルレバーを全開に引き込むと、ジャンプジェットをフルパワーでブーストさせたフェニックスキングは凄まじい加速を見せ、飛びかかるようにシロネに迫ると、人の手の形を模したマニュピレーターが、がっしりとその翼を捕まえた。

 そして、フェニックスキングとシロネは、眼下に映っていた基地の敷地にむかって、力を失ったグライダーのように降下していった。




「クルツ・・・、大変じゃったのう・・・」

 数日後、明日帰ると言うミキのために、俺とリオは彼女を呼んで、市場にあるビアホールで慰労会をすることになった。そして、初めてその話を聞き、リオは俺とミキを見て、気遣わしそうな表情を浮かべる。

 まあ、なんと言うか、非常識なGを連発して受けたせいか、全身の筋肉どころか、軟骨がすり潰されたように関節がきしむ。もしかしたら、2・3センチくらい背が縮んでいるかもしれない。

 ・・・・・・ところで、こいつ何を持ってるんだ?見たところ、アザラシかなんかに見えるが、ちょっと違う気もする。

「リオ、そのぬいぐるみ、何だ?」

「これか?これはミキ姉ちゃんから、お土産にもろうたんじゃ。『しぃふぉっくす』ゆうてぶちかわええんじゃ」

 シーフォックス、ねぇ・・・。むぅ、可愛いかどうかは、ちと微妙だが・・・。

「いや〜、ほんま堪忍や、クルツはん。まさか、あないなことになるなんて、思ってもみいひんかったんよ」

「そりゃ俺も同じだ。まあ、気にするな。あのシロネのパイロットは、変わり者を通り越してどこかおかしい奴だからな」

 あの時、俺達に襲いかかってきたシロネのパイロットは、案の定、ジークだった。実弾演習中、偶然俺達に気付いたあいつは、形式不明機は全て敵とばかりに、問答無用で攻撃を仕掛けたそうだ。

「ところで、博士はやっぱり?」

「ん〜、堪忍なぁ、クルツはん。うちも何度も頼んだんやけど・・・・・・」

「まあ、仕方ないさ。やっぱり、他の氏族にしてみりゃ、ノヴァキャットと一緒にいるのは不愉快なんだろうしな」

「・・・・・・まあ、せやねぇ。なんでみんな、リオちゃんみたいに心を広ぅでけへんのかなぁ」

「まあ、それが普通の反応って奴さ。それより、本当に悪かったな。大事な商売道具を台無しにしちまって」

 あの後、ボディボードよろしくシロネを腹に敷いたまま、胴体着陸を強行したフェニックスキングは爆発炎上こそ免れたものの、シロネ共々大破するという悲惨なことになった。あの博士が、並々ならない情熱を注いだとわかる機体だけに、さすがにあの直後は合わせる顔がなかった。

「ああ、それは大丈夫や。機体に記録されたデータは無傷のまんまやったし、丸腰の状態で、本気でケンカ売ってきた相手を捕獲して戻ってきたちゅうんで、少なくとも、自分の研究理論が間違おてなかったゆうて、喜んでたさかいな。

 それに、うちかて収穫はありましたで。なにより、貴重な実戦データが手に入りましてん。これだけでも、LAM運用してる部隊に対してええ商品になりそうやし、フェニックスキングにしても、もっと練り直せば、売り物としちゃ十分いけそうなんや。それに、デモンストレーションも、やらせ無しのガチンコ勝負やさかい、説得力はばっちしや」

「そうか、ならいいんだが・・・・・・」

「うふふ、これも、みーんなクルツはんのおかげでっせ?今度はドラコはんのとこに話し持っていこ思てますねん。今回、かなりいい手ごたえがありましたさかい、元は十分取れそうやし、旨くいけば大儲けの予感がしとるんよ。ほんにまぁ、クルツはんは、うちの福の神様やわぁ」

「ははは、それは本当に儲かった時まで保留にしといてくれ。何があるかわからないのが、商売の世界だろ」

「へへっ、せやね。でも、感謝しとるのは、ホンマでっせ」

 大事な器材を大破させられて、烈火のごとく怒り狂うかと思われた2人だったが、意に反していたくご機嫌だった。何より、貴重な実戦データが収集できたというのが、それぞれ共通する見解だった。

「ところで、あのシロネのパイロットはん、どないなりましてん。あれは事故やったんやし、洒落にならんことになってなけりゃええんやけど・・・・・・」

「大丈夫だ、そこいら辺は、うちの司令官も承知しているって話だった。マスターがそう教えてくれたよ」

「そうでっか、ならええんやけど・・・」

俺のクラスターと、航空団との間で協議があったようだが、結局、非があるのは、事前にろくすっぽ警告もせず、いきなり問答無用で攻撃を仕掛けたジーク。と言うことになったらしい。

一度は、かなり深刻なレベルでの処分も検討されたようだが、イオ司令と、マスターのとりなしで、処分の方法は2人に一任されることになった。まあ、話を聞けば、ミキも博士も、あまり厳罰は望んでいないようだし、話は全て理想的な形で落ち着き、そして解決したといっていいだろう。

 しかし、それでもひとりだけ貧乏くじを引いたバカがいる。それを思い出しただけで、腹の底から笑いがこみ上げてくる。

 お、噂をすればなんとやら。

「あ、ジークじゃ」

 普段口にできない、ジョッキ入りの特大ジュースをいたくご機嫌な様子で味わっていたリオが、知った顔を見つけてジョッキを持つ手を止めた。俺は、その姿に、改めて吹き出し笑いをこらえる。

 うはははは、無愛想なウサギがいるよ。

「なんやの、あれ?・・・・・・そういや、リオちゃんもネコ耳つけとるし、ノヴァキャットじゃ、動物アクセサリーがはやっとんの?」

「ふはは、まあ、そんなとこだ。いや、しかし、怖いくらい似合うな」

 みなさま、あちらをごらんください。あれが、スルカイ2号でございます。

「ク、クルツ。・・・・・・貴様、ここにいたか」

 おうおう、平静装ってても、顔が真っ赤だぞ。

「こんばんは、なにか御用でしょうか、スターコマンダー・ジーク」

「・・・・・・なにうちの真似しとんじゃい」

「ストラバグ!真似たくてしているのではない!・・・・・・ク、クルツ!これは、貴様のせいで受けたスルカイだ!」

「・・・・・・私の、ですか?」

「そうだ!貴様のせいで私は・・・・・・!」

「そりゃちゃうやろ、ジークはん。あのLAMを飛ばしとったんはうちやで?クルツはんは、ナビ席におったんや」

 ジークの剣幕に、かすかに眉をひそめたミキが、すかさず助け舟を出す。しかし、このウサギたん。そんなことじゃ刀を納めようともしない。

「でたらめを言うな!そんな視力で、パイロットができるわけがあるか!」

「そうでっか、まあ、こんなんでも、飛ばすぐらいならできまっせ?」

 そう言うと、口元に薄く笑いを浮かべながら、ミキはゆっくりとメガネを外し、その青い瞳をジークに向けた。そして、最初はいぶかりながらも、ミキを睨んでいたジークの表情が、凍りついたように固まった。

「ま、まさか・・・・・・。きさ・・・・・・い、いや、貴女は、ヴァーミリオン・フォックス・・・・・・!?」

「さあ、どうでっしゃろ。うちはただの商人でっさかい。あ、せやせや、そのアクセサリー、よう似合ぅてはりますな。うちんとこでも動物アクセサリー、仰山扱ぉてまっさかい、ひとつよろしゅう」

 そういうと、ミキはポーチの中から、一枚のミニディスクを取り出すと、ニコニコと商人スマイルを浮かべつつ、それをジークに差し出した。

「これ、カタログでっさかい、お気に入りがあれば、お気軽に案内のアドレスに申し込んでくださいな。迅速な通販もうちの自慢でっせ!」

「わ、わかりました!・・・・・・ク、クルツ!貴様との話はまた今度だ!!」

「わかりました、スターコマンダー」

 そう言い捨てると、ジークはディスク片手に、ビアホールの喧騒の中をそそくさと立ち去っていった。

「・・・・・・なんだありゃ?」

「さあ?なんでっしゃろな」

 あいかわらず、ミキはニコニコと笑顔を浮かべながら、楽しそうにビールのジョッキを傾けている。

「ジーク、ええのぅ・・・・・・。ミキ姉ちゃん!うちも、そのカタログ欲しい!」

「うんうん、ええよええよ。リオちゃんになら、こっちの動物パジャマカタログもつけてあげようなぁ。クルツはんと一緒に見たってな」

「うん!おおきに!!」

 コラコラコラ、そこ。勝手に人の財布を薄くするようなことしてんじゃないよ。

「それより、こりゃええ情報が手に入りましたわ。今、ノヴァキャットでは動物アクセサリーが静かなブーム!う〜ん、ネコ耳やウサ耳は定番やしねぇ・・・・・・。せや!上級マニア向けに、豹柄とかイヌ耳ってのもありやね!よっしゃ、さっそくゴーストベアーはんとこに発注しよ!」

 ははは、お前、そりゃちょっと違うぞぉ?

 ・・・でも、やる気満々のミキを見てると、なんだかそれもOKって気がしてきた。まあ、なんにせよ、最終的に丸く話が収まってめでたしめでたしだ。うん、この一杯が美味い。

俺はトマスン・クルツ、メカならなんでもござれのテックだ。戦艦だって整備してやるぜ。でも、飛行機だけは勘弁な。




ランドエアメック無頼



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