浄めよ炎讃えよその名



「リオ、このシリンダー、全部磨いといてくれ」

「・・・また、部品磨きかい」

 リオ介の奴は、錆びの浮いたシリンダーの山を前に、憮然とした表情を浮かべている。

「ペーパーとコンパウンドの種類はわかるな?横着してサンダーなんか使うなよ、乱暴に扱って形を歪ませたら使いものにならなくなるからな」

「わかっとるわいっ」

 何かひとこと言い返さないと気が済まない、強情な性格は相変わらずだが、それでも一度始めると、黙々とシリンダーを磨き始めている。まあ、文句は多くても、仕事は人一倍真面目にするから、班の連中からもよく面倒を見てもらえるようになっている。

 ・・・まあ、もっとも人気の秘密は、いまだ解除されないディオーネのスルカイのせいなんだろうが。

 最近、イレースの周りを海賊がうろつきだしていると言う、ドラコからのありがたい情報のおかげで、うちのクラスターもまた慌しい空気に包まれ始めた。ああ、そうだよ。早い話が、『手前の庭先をうろついてる野良犬は、手前で何とかしろ』ってことだ。まったく・・・。

 まあ、それはともかく、今日は、月間表の予定に組まれていたC整備の日程にそなえ、負担を少しでも軽くするため、いつもより念を入れて整備するようになった。

 いやぁ、それにしても、リオが入ってから、仕事がやりやすくていい。・・・なに?バカ、皮肉なんかじゃないよ。確かに、こいつは確かに一言多い奴だが、実際仕事をさせれば下手な大人なんか問題にならないくらい真面目に仕事をする。

 もちろん、こいつをテックにしようと言うわけでもないが、メック戦士を目指す以上、メックの構造に精通しているに越したことはない。だから、今の段階では、機械に慣れさせるため、部品のクリーニングとかの雑用をやらせている。

 今までは、それらも俺がみんなやっていたわけだが、リオと言う強力なアシスタントのおかげで、俺は本来の仕事に専念できるって訳だ。

 ははは、水を張ったたらいを前に、耐水ペーパーでシリンダーをゴシゴシやってる姿は、まるで餌を食べる前のアライグマみたいだな。頑張れよ、仕事が終わったら、ジュースでも飲みに連れてってやるから。

「ごくろうさま、2人とも頑張ってますね」

 これはこれは、スターコーネル閣下直々に。

「ありがとうございます、司令」

 俺は、作業を中断すると、ハンガーに現れたスターコーネル・イオに敬礼する。礼式がついついコムガード式のものになってしまったが、彼女は気にした様子もなく、琥珀色の小さな目にあふれんばかりの笑みをたたえている。みると、俺の隣に駆け寄ってきたリオも、俺とまったく同じ礼式で可愛い敬礼をしていた。

「お、おつかれさまです!イオ様!」

 をやをや、このおチビさん、我がクラスター率いる彼女を前に、感動と興奮で顔が真っ赤だよ。まあ、いい加減地黒だから、慣れてないと見分けられないだろうけどな。ともかく、彼女はそのトレードマークともいえる、温和な笑顔をリオに向けてうなずいている。

「いつも真面目にやっているようですね、リオさん。特練で頑張るのももちろんですが、クルツ君のお仕事も、しっかり手伝うんですよ」

「は、はいっ!わかりました、イオ様!」

「いろいろ大変かも知れませんが、どんな小さなことも、一つ一つ、決しておろそかにしないで努力を忘れずに。必ず、誰かが見ていてくれますからね」

「は、はい!ありがとうございます!!」

「ええ、頑張ってくださいね」

 彼女は、エレメンタルほどではないが、それでもかなりある身長を折り曲げて、生真面目な造型師が作った人形のように、背筋をはって直立不動の姿勢になっている、リオの頭を優しくなでている。

「それと、クルツ君。今日の会議で、私達のクラスターも海賊討伐に参加することになりました。整備作業の段取りにも影響があるでしょうし、早めにお伝えしておきますね」

「了解です、お心遣い感謝します」

「そんな大げさなものでもないですよ、クルツ君のおかげで、クラスターのメック稼働率は常に90パーセントを超えているんです。これからも頑張ってください、期待していますよ」

「はい!最善を尽くします!」

「ええ、任せましたよ。それと、最近臨時報告の時間がありませんが、それも折を見てお願いしますね」

「は、はい!了解ですっ!」

 そう言うと、スターコーネル・イオは、氏族人にしては珍しい、実に優しい笑みを俺達に向け、ハンガーを立ち去っていった。

 ・・・・・・やっぱり、いいよなぁ。ああ、彼女が氏族人じゃなけりゃどんなに・・・って、げふん!げふん!

「うちとは、ずいぶん態度がちがうみゃあ?」

「うわっ!?」

 ディ、ディオーネ?いつの間に後ろに?

「そんなこたぁ、どーでもえーだぎゃ。それよか、おみゃー、スターコーネルといると、ずいぶんうれしそーな顔するみゃあ、ん?」

 な、何を言ってるんだ、そ、そんなことないぞ。

「まー、えーだぎゃ。それよか、しばらく会えんよーなるだで、顔出しにきただぎゃ」

「会えないって、どこか派遣されるんですか?」

「このたーけが、このカッコ見てわからねーがや?」

 この格好って・・・、そう言えばその紅白のやたら景気のいいツートンカラーは、こりゃこの前、ミキの店で買った、ドラコの神官装束じゃないか。ってことは・・・・・・。

「おー、そのとーりだぎゃ。今回も、うちが神託の儀を任されたでよ」

「なるほど、それでさっそく、と言う訳ですか」

「だでよ。しっかしまー、この服ときたら、胸とか股とか、やたらスースーしてどーにも、だぎゃ。まー、ゆったりしとって、気分的にはOKだどもがみゃあ」

「だったら、下着とか着ればいいじゃないですか。なにもそんな・・・・・・」

「たーけ、そんな邪道な真似して、効果ある訳ねーだぎゃ。ミキの奴に聞きゃー、ドラコの神官はそー言う着方はしねーっちゅー話だぎゃ。ま、それはともかくとして、歌と踊りのほーも、しっかり頼むでよ。そっちのチビ介も、クルツからしっかり習っとくだぎゃ。ほいじゃー、あさってくれーには出てくるだで、そんときゃー、なんぞ美味いもんでも食わせてくれみゃあ」

「わかりました、手配しておきます」

「おー、楽しみにしとるだぎゃ。ほいじゃ、いっちょ頑張ってくるだぎゃ」

 最後にようやく機嫌が良くなったディオーネは、彼女の言う通り、ゆったりとしたアワセ・ジャケットの袖やハカマ・スカートを風になびかせ、親指の分かれた白いショートソックスの下に履いた、ゾーリ・サンダルをペタペタ言わせながら立ち去っていった。

 やれやれ、今日はどうにも来客が多いな。

「クルツ、クルツ」

「ん、どうした」

 俺のジャンプスーツの腰を引っ張りながら、リオが疑問を顔に浮かべながら話しかけてきた。

「う、歌とか踊りとか、どーいうことじゃ?」

 ああ、そう言えば、リオはまだ知らなかったか。

「リオ、ノヴァキャットが、戦争とか外交とか、そう言った大きな節目には、予言者が未来予測をするというのは知ってるよな」

「え?ああ、なんぞ胡散臭い占いをするっちゅーあれか?」

「・・・・・・胡散臭い?まあ、確かにそう見えなくも無いだろうが、馬鹿にできるもんじゃない。それに、ディオーネの神託は、今まで外れたことが無い。今回も、その力を見込まれてのことだろうな」

「そー言うもんかのぅ・・・・・・」

 ははは、まったく信じてないよ。まあ、無理も無い。俺だって、最初の頃はどうにも胡散臭く感じていた。まあ、古巣だったコムガードの大元のコムスターにも、予知視と言う能力を使えるとかいうプリセンターがいたが、そんなに違いと言うものは無いだろう。

 強いてあげるとすれば、コムスターのプリセンター達が視て、そして判断する予知視というのは、おしなべて悲観的なものが多いのに比べ、ノヴァキャットの視る予言というのは、もちろんいいことも悪いこともあるのだが、決して悲観的にはとらえず、必ず次のステップになるように解釈する。と言ったところだろう。

 まあ、俺だって、それで結構振り回されたりもした。メックをピンクに塗ったくったり、改装した挙句が猫そのものの姿にしちまったりとかな。なんにせよ、今は他の連中と同じく、予言について異論をさしはさむ気は毛頭ない。実際、この目で見て、時には当事者にもなって体験してきたことだから、なおさらさね。

「でも、それと歌ったり踊ったりすんのが、どう言う関係があるんじゃ?」

「ああ、早い話が、予言者の応援みたいなもんだ。楽しいぞ、夜、広場ででっかい焚き火をしてだな、その周りを囲んで、みんなで歌ったり踊ったりするんだ。メックもたくさんでてくるしな」

「そ、そうなんか?そりゃ、面白そうじゃのぅ・・・・・・」

「ああ、面白いぞ」

 なんだかんだ言っても、やっぱり子供だな。夜に焚き火をする、と言ったワードが、さっそくこのおチビさんの琴線に触れたらしい。

 まあ、本当に楽しいかどうかはともかくとして、嘘は言ってない。




「ほらほら、腕の振りが遅い!腰が入ってないぞ」

 その日の夕方、俺はリオを連れて宿舎の裏庭に来ると、さっそくに神託の儀で用いる歌と踊りを仕込むことにした。

「そんなんじゃ、2日も3日も絶食して頑張るディオーネに失礼だぞ!ほらほら、足がふらついてる、腰が甘いから安定しないんだ!」

「ちょ、ちょいとタンマ・・・ッ。の、のどがカラカラじゃけん・・・・・・」

「弱音吐かない、だんだん良くなってきてるんだから、もうひと頑張りだ!」

「う、うう〜〜〜っっ!」

 わざと情け容赦のないことを言ってみるが、それでもリオはへこたれたりすることなく、一生懸命その細い腕を上下に振り、中腰の姿勢で下半身をくねらせるように踊り続ける。まあ、踊りと言っても、早い話モンキーダンスだ。覚えるのに対して時間がかかると言うわけでもないが、まあ、なんか楽しいし。

 だってほら、動きにあわせて尻尾ふりふり踊るとこなんか、見ていて飽きない。

「ふう、ふう、ひい、ふう・・・・・・」

「よ〜し、よく頑張ったぞ。たったこれだけの時間で、完璧にマスターしたのはたいしたもんだ。さすがはトゥルーってとこか」

「そ、そんなん関係ないわい・・・・・・」

 リオは、汗びっしょりになりながら、肩で息をしながら座り込んでいる。・・・・・・それにしても変だな。リオのベルトにくっついているクリップ式の尻尾。こいつの中身はただのスプリングしか入っていないはずだが、なんでヘロヘロに縮こまってるんだ・・・・・・?

 風がない時でも、リオの感情に合わせて動く時がよくあるが、はて?・・・・・・まさか、体の一部と化してたりしてな。

「よし、今日はこの辺にしとこう。いって風呂入ってきな、そのあと外出するぞ。なんか冷たいものでも飲みに行こう」

「ほ、ほんま!?やった!!」

 リオ介は、俺の言葉を聞くなり、表情を輝かせて勢いよく立ち上がった。

「クルツは風呂入らんのか!?一緒に行こう!!」

「いや、俺はまだすることがある。いいから行って来い、詰め所で待ってるからな」

「わかった!!」

 リオは、うきうきと返事をすると、弾かれたようにすっとんでいった。やれやれ、あのスルカイだってまだ解除されていないのに、これで風呂まで一緒に入った日には、あとでいったいなんて言われるやら。




 その翌日も、練習の仕上げとして、リオにもうひと頑張りしてもらった。まあ、元がそんなに難しいものでもないから、二日程度の練習で完璧にものにしたようだ。これだけ覚えられれば、当日訳がわからずオロオロすることもないだろう。

「よく頑張った。もう、お前に教えることは何もない」

「頑張ったも何も、簡単じゃろーが、こんなん」

「ハハハ、まあ、そう言うな。どれ、一休みしたら、会場の設営でも手伝いに行くか」

「わかったけん」

 市場で買い置きしておいたジュースをリオに振る舞い、彼女が落ち着いた頃を見計らって、俺達は神託の儀が執り行われる広場に顔を出した。

「お、やってるやってる」

 そこでは、シャドウホークIICが、その持ち前の器用さを生かして丸太を組み上げ、やぐらを組み立てている真っ最中だった。そして、その周りでは、若い衆達が広場の掃除をしている。

「な、なんでシャドウホークで・・・・・・?」

 メックと言えば、ドンパチしか発想にないのか、リオは土木作業に駆り出されているシャドホを見て、あっけにとられた表情をしている。

「しかたないだろ、ライフルマンやノヴァキャットじゃ無理なんだし」

「そー言う意味とちゃうわいっ!」

「ははは、まあ、言いたいことはわかるが、ノヴァキャットの人間にとっちゃ、神託の儀の準備にメックを使うのは、戦闘と同じくらい大事なことなんだ。神聖な仕事を任されている、ってことでな。で、リオ、あれ見てみ」

「え・・・?な、なんじゃありゃあああっっ!?」

 俺の指差した方向にある練兵場を見た瞬間、リオは驚愕の色を顔中に貼り付けた。・・・・・・って、また、こいつの尻尾が毛を逆立たせて跳ね上がってる。あらやだ、これは一体どういうことかしら?

 ・・・・・・まさか、本当に体の一部になってんじゃないだろうな。

「な、なんでメックがうちと同じモン踊っとるんじゃ!?」

「神託の儀の時は、人もメックも一緒に踊るんだよ」

「な、なんで!?」

「・・・なんでって、それがノヴァキャットのやり方だからさ」

「む、無茶苦茶じゃ・・・・・・」

「でもまあ、楽しいぞ。本番になったら、まるでウラヤス・ネズミーランドのナイトパレードみたいで」

「そ、そういうもんかのう・・・。って、ネズミーランドってなんじゃい」

「遊園地のことだよ、・・・ああそうか、まだ一度も行ったことなかったんだっけか。それじゃ、いつかルシエンに一緒に行く機会があったら、連れてってやろうな」

「う、うん・・・・・・?」

 やれやれ、ピンとこないって顔してるよ。まったく、強さも大事だけど、心の豊かさも大事だとは思うんだけどね。




「ディオーネ姉ちゃん、ほんまに3日出てこんかったのぅ・・・・・・。ご飯とか、大丈夫じゃったんかのぅ・・・・・・」

 いよいよ神託が下されると言う当日、大広場へと向かう途中、リオが表情を曇らせながらつぶやいている。

「だから、飯は食ってないよ。断食して体を空っぽにして、それで精神の集中を高めるって話だからな」

「なっ・・・!?それじゃ、ほんまに3日間、なにも食べとらんのか!?」

「ああ、そうなるな」

「あ、あの大喰らいのディオーネ姉ちゃんが・・・・・・。だ、大丈夫かのう・・・・・・」

「まあ、それが予言者としてのやり方だしな。俺達が心配したって始まらないさ」

「なんじゃい、クルツ、冷たいのぅ・・・・・・」

「はぁ?」

「こんなことじゃったら、もっといっぱい持ってくればよかったのぅ・・・・・・」

 リオは、自分のポーチを開けて、ドライケーキやチョコバーを心許なそうな顔で数えている。なるほど、そのつもりだったのか。

「な、なんじゃいっ!?」

 俺がついその頭を撫でると、リオは驚いた表情をこっちに向けてくる。

「すまんすまん。リオ、お前は俺の誇りだよ」

「・・・せ、戦士を応援すんのは、うちらの仕事じゃろーが」

 とりあえずまあ、そうこうしているうちに、大広場が見えてきた。まだやぐらに火はかけられていないみたいだし、遅刻はしなかったようだな。さて、このおチビさん、びっくりして腰を抜かさなきゃいいけどな。

 さて、俺達ボンズマンの場所は円陣の外縁だ。まあ、気楽と言えば気楽な場所だよな。ただ、その10数メートル後ろで、メックがドタバタやりだす寸法になるから、危ないっちゃ危ないわな。

 まあ、踏み潰されないように気をつけないと、たまにやらかすことがあるらしいしな。

「リオ、後ろの気配にはくれぐれも気をつけろ。少しでもおかしいと思ったら、すぐ確認するんだぞ」

「わ、わかった」

 さすがに、自分の背後にメックが控えていると言う状況は、どうにも落ち着かないらしい。リオは、ちらちらと後ろを振り返りながら、城壁のように居並ぶメック達を見上げている。

「お、いよいよだぞ」

 大きな松明を掲げ、グリーンを基調とした詰襟の正装に身を包んだスターキャプテンとスターコマンダー達が、やぐらの周りを取り囲むように駆け寄る。その中には、我らがマスターやアストラの姿もある。そして、正面に控えていた、スターコーネル・イオの乗機である、メック・ノヴァキャット『リオンレーヌ』がゆっくりと前に進み出て、やぐらを睥睨するように立ち止まる。

 その間、誰も一言も発したりしない。それどころか、松明の燃える音が、ここまで聞こえてくるような静けさに包まれる。そして、リオンレーヌのコクピットハッチが開くと、一際鮮やかな礼肩章で飾った礼服に身を包んだスターコーネル・イオが、月明かりの中、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。

「我らは求む!未だ見ぬ世を照らす光を!我らは求む!より全き生を導く光を!皆の者!呼べよ、その御名を!崇めよ、その御名を!」

 機械の力を借りなくても、彼女の清冽な声は夜の闇を貫き、凛と響き渡る。そして、彼女が颯爽と手を振りかざす合図と共に、やぐらに松明が投げつけられ、やぐらは、数秒と立たないうちに巨大な炎の柱と貸し、辺り一面を昼間のように照らし上げる。

「さあ、時は来た!捧げよ!崇めよ!畏敬と信仰の極みをもって!!浄めよ炎!讃えよその名!!」

 その瞬間、今まで闇を支配していた静寂を打ち砕かんとせんばかりの大歓声と共に、ノヴァキャット氏族にまつろう聖人達を讃える歌の大合唱が始まった。そして、大広場は、怒涛のような熱気と興奮に包まれ、誰が始めるともなく、一斉に奉納の踊りと歌が夜の闇をうねり巻き上がっていく。

 人も、そしてメックも、トゥルーボーンもフリーボーンも、今この瞬間だけはその境を失う。皆があらん限りの声で歌い、あらん限りの力で踊る。

 うなりを上げて燃え盛る炎は、血潮の如く全てを真紅に染める。人々の歌声は、眠る力を呼び起こす振動となって大気を振るわせる。そして、大地を揺らがせ、腹の底に打ち響くメックの足音は、ここにいる全ての人間の鼓動と融合してさらに激しく高鳴り、邪なものどもを打ち払う、破邪の響きとなって夜の闇を清めていく。

 今夜始めて儀式に参加したリオですら、まるでなにかに突き動かされているかのように、小さな体をあらん限りに動かして踊り、その鈴の転がるような声で歌い続けている。絹糸のような黒髪が乱れるのも構わず、松明の光に照らされながら一心不乱に踊るその姿。

 その時、リオの足元から伸びた影法師を見て、俺は思わず恐怖にも似た驚きを覚えた。

 トーテム・ノヴァキャット

 あらゆる危険を聞き分ける耳、俊敏な動きを作り出す、しなやかな体と長い尻尾。そして、身を守るため、日々の糧を得るために逆立てる、一撃必殺の力を宿すたてがみ。

 それら全てが、影法師となって踊る。小さな少女の足元から伸びた影が。

 だが、不思議じゃない。なにも不思議なんかじゃない。

 ここは、クラン・ノヴァキャットの世界。科学に凝り固まった物質文明の常識では、到底理解し得ない、純粋にして崇高なる精神の息づく世界。

 この場に集まった、ありとあらゆる命と精神の波動に突き動かされてうねり逆巻く大気に力を注ぎ込まれ、やぐらを覆い包む炎の柱が大きくその巨体を揺らがせた。次の瞬間、広場中の大気が渦巻き、燃え盛るやぐらへと殺到する。

 そして、轟音と共に、生命を吹き込まれたかの如くうねりを上げた炎の柱は、体内のやぐらをひねり潰すように粉々にした。同時に、粉砕されたやぐらは、炎の柱に一瞬のうちに飲み込まれ、さらに勢いを増した炎の柱は、まさしく竜巻の如く逆巻き始めた。

 もう、誰の目にも理性の光など宿ってはいない。誰もが人知を超えた大いなる意思に畏敬の念を捧げ、聖人達に敬意を捧げる。割れんばかりの合唱は、激しく大気を震わせ、メックの踏み鳴らす足音は、どんな打楽器でも奏でられない力強いビートを刻み、歌声に力を与えていく。

 ただひたすら祈り、ありったけの畏敬と信仰を、渾身の歌と踊りに変えて捧げ奉る。その肉体も、魂も、全てを聖なるものに捧げきったその瞬間だった。

 巨大な肉食獣の咆哮の如き轟音が、大気を激しく振動させた。そして、炎の竜巻は激しく身悶えるようにうねると、徐々にその姿が形あるものへと化していく。瞬間、凄まじいエア・バーストが、爆音と共にその場にいた人々をなぎ倒す。それでも、歌はやまない。すぐに全員が立ち上がり、そして渾身の力で踊り続ける。

 奉納の歌、そして踊りが最高潮に達し、全ての魂がひとつとなった瞬間、凄まじい咆哮じみた轟音が大気を震わせた。そして、次の瞬間、炎の柱は紅蓮の光に輝く、巨大なトーテム・ノヴァキャットの姿となって、光の粒子を撒き散らしながら、数多の星々が煌く天空高く駆け上っていった。




「リオ、リオ、おい、しっかりしろ、リオ!」

 俺は、その涙の跡がくっきり残るその顔に、何度も呼びかける。あの時、失神したリオを抱え、安全な所まで退避したんだが。・・・いや、驚くとは思ってはいたが、まさか気絶までするとは思わなかった。

 小さな体は、まるで枯れ木のように軽く、魂が抜けきってしまったようで、余計小さく見える。その小さな唇の端には、吹き出した泡がまだかすかに残っている。すまん、そんなに驚くとは思っていなかったんだよ。本当に悪かった、だから、目を覚ましてくれ。

「ぅ・・・・・・」

 弱々しい声とともに、その目がうっすらと開くと、エメラルド色の瞳が俺の顔を映し出した。

「クルツ・・・・・・」

「よかった、気が付いたか。・・・悪かった、本当に悪かった」

「・・・な、なにがじゃ。なに言ぅとるんじゃ、クルツ・・・?」

 憔悴しきった様子ながらも、リオは俺をきょとんとした表情で見上げた。

「怖い思いをさせて、本当にすまなかった。気分は悪くないか、リオ」

 そんな俺の言葉に、リオはふっと優しい笑みを浮かべると、俺の顔に手を伸ばした。

「クルツはなんも悪くなんかないけん、うち、クルツのこと、なんも怒っとらんよ」

「リオ・・・・・・」

「じゃけん、ちっとばかし疲れたけん。寝てもええかのぅ・・・・・・」

「あっ!お、おいっ!?」

 まるで今際の際みたいな言葉を残して、静かに目をつぶったリオに、俺は全身の血が凍りつく感覚を覚えたが、それもすぐ、小さな可愛らしい寝息を聞き、ようやく強張っていた顔がほぐれた。

「おつかれさま、おやすみ、リオ」

 俺は、その小さな体を抱き上げると、まだ興奮の余韻が伝わってくる大広場を後にして、宿舎へと歩き出した。




「お願いじゃ!ディオーネ姉ちゃん!!」

「アホか!そんなん言われて簡単にいくわけねーだぎゃ!!」

「やってみんとわからんじゃろーが!お願いじゃ!うちを弟子にしてつかぁさい!!」

 やれやれ、ディオーネも、帰ってきたばかりと言うのに大変だな。お、やっぱり短距離走じゃかなわなかったか、とうとう捕まったな。ははは、腰にしがみつかれて、まるで子猫にじゃれつかれた親猫みたいだよ。

 よう、おはようさん。どうやら、ディオーネの予言どおり、俺達のクラスターは海賊討伐に成功して、損害ゼロで帰ってきたよ。まあ、多少の怪我人は出たみたいだが、まあ、これは予定計算だしな。

「あっ!こら!なに這い登ってきて!猫かおみゃーは!!・・・ぎゃっ!?ち、乳を握るんじゃねーだぎゃ!あいででででっ!い、痛ぇ!痛ぇっちゅーとるだぎゃあぁっ!!」

 ははは、リオ介め、なんてうらやましい真似を。

「放せ!放すだぎゃあ!!」

「嫌じゃ!弟子にしてくれる言うまで、絶対放さんわい!!」

「こっ、このガキャ!まだクルツにも触らせとらんのに、図々しい!!」

 ・・・・・・なんで、俺?

 まあ、ともかく、あの日の一件は、リオにとっていろんな意味で衝撃を与えたみたいだった。そして、海賊討伐に出撃したクラスターが帰還してくる日、ディオーネを待ち構えていたリオは、ドロップシップから降り立ったディオーネをさっそく強襲したって訳だ。

 え?弟子ってなんのことだって?ああ、リオも、あの場面には相当価値観をひっくり返されたらしくてな。あの翌日、目を覚ますなりずっと、自分も予言者になるってやかましかったんだ。だからこう言ってやったさ。

『好きにしろ』

ってな。

 ・・・・・・お、ようやくリオ姫を振りほどいたようだな。だけど、ディオーネもなにもあんな必死に逃げなくても。お、転んだ転んだ。ははは、お約束だな。

「と、とにかく!いきなり言われてもわからんだで、少し考えさせるだぎゃ!」

「う、うちだってちっとは勘もええし、予感だって結構当たるわい!!」

「そんなもん、あてになるわけねーだぎゃ!」

「そ、そんなことないけん!!」

 ディオーネが走りながら投げつける、携帯食料パックのデザート菓子のパックを、いちいち立ち止まりながら拾うため、じわじわと間を開けられながらも、必死にディオーネを追いかける姿は、あまりにも可愛らしくて笑ってしまう。見ると、俺だけじゃなくて整備班員や、ドロップシップから降りてきた他の戦士達も、その様子に笑いをこぼしながら見守っている。

「お願いじゃけん!ディオーネ姉ーちゃん!!・・・あっ?」

 お?どうした急に立ち止まって。

 なにやら、ドロップシップから降ろし、駐機スペースに並べられたメックと、走り去っていくディオーネを交互に見比べながら、リオ介はなんとも不思議そうな表情を浮かべている。いいのか?ディオーネを捕まえなくても。

「だめじゃ!!危ない!ディオーネ姉ちゃん!!」

「ギャオッッ!?」

「おわっ!?ディオーネッッ!!」

 俺達の見ている前で、ディオーネは突然動き出したライフルマンのつま先に蹴飛ばされるようにはねられた。まさか!あそこにあるメックはみんな、トレーラーに積むまで動かないように固定してあったはずだぞ!?

 そ、そんなことより、ディオーネは大丈夫なのか!!

「このクソたーけが!おりてくるだぎゃああ!!」

 ・・・・・・お、無事みたいだな。

 ディオーネはすぐさま跳ね起きると、物凄い剣幕でライフルマンにわめき散らしている。景気よく鼻血を垂らしているが、すぐさまメディックが駆け寄っていく。エレメンタルのメディックである辺り、みんなわかっている。

 それにしても・・・・・・

「リオ、お前、あのライフルマンに誰か乗り込むのを見てたのか?」

「え?いや、なんとなく危ないって思っただけじゃけん。たまに、それっぽいのが見えたりするんじゃ。・・・その、行きたいとこに行く船とか、感覚でわかるし・・・・・・」

 なるほど、よくわからんが、このリオ介、ずいぶんと勘は鋭いらしい。なるほど、だから子供のくせに、ハントレスからここまで、密航して無事にたどり着いてるって訳か?

「放せ!放すだぎゃ!あのたーけを一発殴らせるだぎゃああぁぁっっ!!」

 やれやれ、元気なことだ。

「デ、ディオーネ姉ちゃん、大丈夫かのう・・・」

 両腕にディオーネが投げた菓子のパックを抱え、エレメンタルのメディック達に担ぎ上げられて運ばれていくディオーネを見送りながら、リオは不安そうにつぶやいている。

「彼女の頑丈さは、エレメンタル並だから心配ない。それと、ディオーネの弟子の話だが、今度アストラと一緒に、俺からも頼んでみるさ」

「ほ、ほんま!?」

「ああ、そうなるといろいろ忙しくなるだろうけど、お前なら大丈夫さ。頑張れよ」

「う、うん!!」

「それじゃ、今度、ミキに連絡して、子供サイズの神官装束でも注文するか」

「ほんま!?や、やった!!」

 跳ね回って喜んでいるリオの姿に、俺はふとその影法師に目を落とす。あの時見た、トーテムそのものの影法師。もし、あれが彼女の内なる姿だったとしたら。

 まあいいさ、真実がどうであれ、リオはリオだ。それに、この子も、ようやく自分の進む道を歩き出そうとしているみたいだ。それは、祝福すべきことだ。

「ディオーネ姉ーちゃーんっっ!うち、絶対弟子になるからな――っっ!!」

「やかまし――っっ!勝手に言ってるだぎゃ――っっ!!」

 ははは、2人とも本当の姉妹みたいだな。まあ、なにも心配なんていらないだろうな。さて、話もまとまったことだし、仕事、仕事。




浄めよ炎讃えよその名



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