スルカイするかい?
「えーかげんにせんかいっ!」 とうとう、たまりかねたようにリオがキレた。まあ、無理もないわな。 「何怒っとるんだぎゃ?」 「勉強の邪魔じゃい!」 リオは、書きかけのノートをびしりと指差しながら、緑色の瞳を燃え上がらせてディオーネをにらみつける。そんなリオ介の様子を、ディオーネはベッドの上に寝そべりながら、ニヤニヤと笑いながら眺めている。 「いつもいつも夜中にあがり込んで来てからに、ちったあ人の迷惑も考えんかいっ!」 「うちはにゃ〜んも邪魔なんぞしとらんだぎゃあ〜?それに、今勉強しとるのは、リメンバランスだぎゃ?戦士階級の、しかも予言者が立ち会っとるんだぎゃ。いたれりつくせりの環境だぎゃ」 「アホ言いよんなら!ただマンガ読んでゲラゲラ笑ぉとるだけじゃろぅが!」 「何ゆーとるんだぎゃ、ちっとは余裕も必要だぎゃ」 「そんな余裕のこき方があるかい!普通に邪魔じゃ!!」 やれやれ、まったくこの2人ときたら。 「もう勘弁ならんけぇね!」 「そーかね?どーするんだぎゃ?」 リオは、その絶望的なまでに平ぺったい胸を張ると、ひとつ息を吸い込んでから、あらん限りの威勢をかき集めてバッチャルを開始した。 「我こそは、ノヴァキャット氏族のボンズマン、リオなり!我は、自主学習の妨害につながる訪問を認めず、メックウォーリアー・ディオーネに対し、陸上競技をもって不服の神判を発動する!」 おやおや、またこの子の悪い癖が始まったよ。しかし考えたな、このおチビさん、戦士としての技量はともかくとして、足の早さだけは大人にも負けない。 「我は、メック・ウォーリアー・ディオーネなり。我は、1万メートル走をもって、陸上競技場にて汝を迎えん」 ちょっと待て!いくらなんでも、それは大人気ないだろ!!いくら短距離じゃ際どいからって、そんな子供相手に10キロも走らせるつもりか!? 「その言葉、確かに聞いたけぇね!さっそく、明日勝負じゃ!」 「まあ、えー言い訳でも考えとくだぎゃ」 「ゆぅたな!」 あれよあれよという間に、決闘騒ぎにまで事態を展開させた2人は、お互いに対照的な胸を張りながら、挑発的な表情でにらみ合っている。 ・・・なんて言うか、雌豹に向かって子猫が虚勢を張っているようにも見えるその絵面を見ながら、俺は、子供用のランニング・シューズを都合してもらうため、馴染みの靴屋に電話をかけに部屋を後にした。 「なんか、足元がふわふわするのう・・・」 新品のシューズを慣らすように、トコトコと軽く走り回るリオは、戸惑いつつもまんざらではない表情で、足元の感触を確かめている。 「だからって、あんな底のペラペラなズック靴よりはましだろう。あんなので走り回ったら、後で絶対足を痛めるぞ」 「わ、わかっとるわい!・・・・・・ただ、その、こんなぶち上等な靴はいたの初めてじゃけん、ちっと驚いただけじゃいっ!」 「まあ、それはいいけど。あまり無理せず頑張れよ、勉強の都合なんて、いつでもつけてやれるんだからな」 「・・・・・・そう言うのと違うわい」 「ん?なんか言ったか?」 「な、なんでもないわいっ」 リオはそういってそっぽを向くと、後は知らないとでもいうように柔軟体操を始めている。・・・へえ、子供だからとは言え、えらく体が柔らかいな。シーアン雑技団に入ったら、人気者になれるんじゃないか? 「お、やっとるだぎゃ」 相変わらず気楽な様子で、長い黒髪をポニーテールに結った、ジャージ姿のディオーネが現れた。すると、とたんにリオ介の奴は攻撃的な表情で目を三角にする。 「ウォーミングアップはこれからですか?」 「うんにゃ、家からここまで歩きながら適当に済ませてきただぎゃ。まあ、ストレッチでも手伝ってもらおうかみゃあ」 そう言うと、ディオーネはポンポンとジャージを脱ぎ散らかす。・・・相変わらず、いい加減だな。 「たたんどいてくれみゃあ」 はいはい 「クルツー!背中を押してくれみゃあ」 はいはい・・・って、みぞおちまでしか裾がないハーフカット・レースシャツと、足の長さを際立たせるカットのショートパンツ。これまた、基本的に体の線にフィットするような、本格的なマラソンウェアだ。 ・・・・・・いやぁ、まぶしいねえ。なんて嬉しい格好なんだか・・・って、ゲフン!ゲフン!そうじゃない、ディオーネは、かなり本気でこの神判に臨むつもりだ。 「この!なに水着みたいなカッコで出て来とんじゃい!」 「ふへっ、これだからしろーとは困るだぎゃ。長距離を走るときゃ、布擦れを防ぐために、ぴっちりしたウェアを着るのは、じょーしきだぎゃ〜?」 「うぐっ!し、知っとったわいっ!そんなこと!!」 ・・・・・・しまった、確かにディオーネの言うとおりだ。リオ介が今身につけているのは、俺のお下がりである半パンとTシャツだ。早い話、ディオーネの言う常識的なスタイルとは、まったくかけ離れたものだ。 まずいな、うっかりしていた。ただでさえ、10キロ走りきれるかどうかも怪しいのに、これで布擦れまで起こした日には最悪だ。 「それじゃ、そのカッコはなんだぎゃ?」 「いちいちじゃかあしいわい!こりゃ、ハンデじゃい!」 「ふへっ」 許せ、リオ。今回ばかりは、完全に俺のミスだ。 「よかった!間に合ったか!!」 俺が内心頭を抱えていた時、小脇に包みを抱えたアストラが、彼の愛車であるマウンテン・バイクに乗って競技場に入ってくると、かなり慌ただしく脇に自転車を止め、息せき切ってトラックの芝生へと駆け込んできた。 「おー、トラ坊。わざわざケッタマシーンで来てからに。おみゃーも、おねーちゃんの勇姿をおーえんしにきたんかみゃあ?」 「なーにゆうとるがね!こんな大人気にゃーことしといてよーゆーがな!」 「大人気にゃーって、先につっかかってきたんはリオ介のほーだぎゃ?」 「そーゆーんが大人気にゃーんだがね!」 ・・・うわぁ、初めて見たよ。 普段のアストラからは想像もつかない言動に、俺とリオは、しばらくその姉弟ゲンカらしきものを見守っていた。 「・・・まあいい。それよりクルツ、運動着を調達してきた、リオに使わせてやってくれ」 「そ、そうか、わざわざすまない・・・」 「気にしなくていい、それよりリオ、行ってこれに着替えてくるんだ」 「おおきに!アストラ兄ちゃん!」 「ああ、最善を尽くせ」 包みを抱えて走っていくリオを見送りながら、アストラはこれ以上ないほど表情を緩めている。あんなに幸せそうなアストラの顔は、初めて見たよ・・・って、痛っ!?なんだ・・・? 「このたーけが!おみゃーがアストラにいらんこと教えるから、あいつが変になってしもーただぎゃ!」 「わ、私は何も・・・・・・!?」 「とぼけんじゃねーだぎゃ!おみゃーがアストラに貸したCD−ROMの中身、うちが知らねーとでも思ってるんかみゃあ!?」 「そ、それは・・・・・・!」 不機嫌さを顔中に貼り付けたディオーネににじり寄られ、俺はこの場をどう言い逃れようかと思案を巡らせながらも、ついつい視線が彼女の量感ある胸元に固定される。と、その時、着替えを終えたリオが戻ってきた。 「待たしたけん・・・って、なにやっとんじゃいっ!!」 「はぁ?・・・って、ぶわははははっ!なんじゃそのカッコ!?」 アストラの持ってきた運動着に身を包んだリオを見たとたん、ディオーネは腹を抱えて爆笑している。 やや厚手の、袖口が締まった半袖シャツ。そして、まるでカボチャか何かのように見える、ぶかぶかの紺色をしたショートパンツに、赤の鉢巻。とりあえず、見てくれはともかくとして、動きやすそうな格好には違いない。 「・・・アストラ、これは一体・・・・・・?」 「ドラコの幼年学校で制式採用されている、体育教練における基本装備だそうだ。この間、ネットで見つけたんだが、リオはよく自主トレをしているのを見るのでな、最適だと思って調達しておいた」 「そ、そうか・・・?すまないな・・・」 「気にすることはない、やる気のある後輩を応援するのは、先達の義務だ」 ・・・本当に、それだけか? とは言え、無粋な言動でせっかくの厚意に水を差すこともない。それに、事情がどうあれ、俺の古着に比べれば、オールドファッション・メックとオムニ・メックほどの性能差だ。さあ、これで条件は整ったぞ。リオ介、どう戦う? 「それじゃー、念のため一応ルールは言っとくでよ。勝敗は先にゴールした方の勝ち、対等の環はこの競技場のトラックの外周部分が範囲、こっから飛び出したりしたら、その時点で出た方の負けだぎゃ。 今回は一応、マラソンが競技種目だで、故意に相手を環の外に突き飛ばしたり、走ってる相手の足を引っ掛けて突っ転ばしたりは禁止だぎゃ。けどもが、気力体力の限界とか、怪我とかで走れんよーなった場合は、走れんよーなった方の負けとみなすだぎゃ。 取り敢えず、以上だでよ。で、2人とも、なんぞ質問はあるかみゃあ?なけりゃ、ぼちぼち始めるでよ」 審判員、と言うか、立会人を務めてくれることになったマスターが、スタートラインの脇に立って、リオとディオーネの2人に声をかける。 「うちはいつでもええだぎゃ〜」 「うちもじゃ!」 2人は、マスターの言葉に異存ない旨を告げる。そして、2人の意思を確認したマスターは、腰に提げたホルスターから、愛用のヴィンテージ・ハンドガン、シュテルン・ナハト・アーマーマグナムを抜くと、銃口を空に向けた。 「ほいじゃ、いくでよ。位置について、よーい・・・」 瞬間、S・N・アーマーマグナムが、耳をつんざくような落雷並みの轟音を上げ、俺の鼓膜を直撃した。トラックから離れていてこれだから、あの2人はさらにひどい事になっているだろう。案の定、リオとディオーネの2人は、耳を押さえながらフラフラと駆け出した。マスター、せめて空砲を入れてきてくれよ・・・・・・。 「どっちも頑張るでよ〜」 マスターは自分の耳から耳栓を外しながら、耳をさすったり鼻抜きをしながら走る2人の背中に、気楽な声をかけつつ手を振っている。・・・どうでもいいけど、あんた、本当にトゥルーボーンなのか・・・・・・? 最初は、あまりにも無茶に思えた1万メートル走だったが、状況は意外な展開を見せた。リオは、スタート後すぐにディオーネの前に回りこむと、巧みに彼女の進行方向をブロックしながら、自分のペースに無理やりディオーネを付き合わせるように走っている。 当然、ディオーネはリオを追い越そうとするが、まるで後ろに目があるかのように、リオは巧妙にライン移動しながら、ディオーネの進路をふさいでいる。 「なるほど、考えたものだ」 アストラも、その様子に感心したようにうなずいている。確かに、ペースが速過ぎても、逆に遅過ぎても、スタミナの消費は適切なものではなくなる。しかも、若干10才のリオの体力では、10キロを走りきるにはかなり綿密なペース配分が必要となる。しかし、それだとメック・ウォーリアーとして鍛えたディオーネに対し、スピードで遅れをとることは目に見えている。 これは、ただ10キロ走りきればいいと言うものではない。10キロを完走し、なおかつ相手より先にゴールしなければならないのだ。となれば、相手のペースを崩すのが一番だが、まさかこう言う手を使うとは、正直予想外だった。 すらりと伸びた、カモシカのようにしなやかで長い足・・・バカ!違うよ!そういうつもりで言ってるんじゃない、要するに、コンパスの差っていう奴だ。つまり、リオとディオーネの足の長さの差で言えば、その回転数はおのずから違ってくるし、もちろん、適切な回転数というものが存在する。 リオは、常に自分の背後にディオーネを走らせておくことによって、言ってみれば、スポーツカーを常にローギアで走らせるような状態に置こうとしているってわけだ。 腐っても鯛、さすがは金魚鉢生まれ。実戦においての状況判断と作戦能力は、子供ながらに天晴れだ。頭を使うのは、寝小便の言い訳と隠蔽工作だけじゃなかったんだな。 『15』と書かれたボードをかかげ、手に持ったベルを振る。さて、残るところあと10周だ。2人とも、そろそろ足腰に来始めているようだな・・・。 「・・・こ、この!さっきから前をうろちょろしよってからに・・・・・・!」 序盤早々、ペースを粉砕されたディオーネが、前を走るリオの背中に毒づくのが聞こえる。一方、リオはと言えば、ただひたすら前だけを凝視して、黙々と走っている。・・・こりゃあ、相当しんどいはずだ。多分、意地と根性だけで走ってる。 なんか、こうして見ていると、勝敗は別として、かなり感じいってくるものがある。トゥルーボーンとは言え、若干10才の子供が、現役メック・ウォーリアーを向こうに回して懸命に頑張っている。見ると、アストラも、まばたきを忘れてトラックを凝視している。 ・・・で?さっきから聞こえる、気持ちよさそうな寝息は・・・・・・やっぱりマスターか。ベンチに長々と寝そべり、日差しを全身に受け止めながら、まるで昼寝中の猫のように寝入っている。ほんとに、あんたって人は・・・・・・。 『24』のボードを上げて、ベルを鳴らしたその時だった。 「だあっ!つきあってられねーだぎゃ!!」 たまりかねたようにディオーネが叫んだと思った瞬間、リオの脇を強引にすり抜け、その長身をひるがえすように前へと躍り出ると、そのしなやかな体は弾かれるように急加速を始めた。 「ま・・・待てっ・・・・・・!!」 あと、まだ2周もあると言うのに、今までとは桁違いのペースで疾走を始めたディオーネに、リオも慌ててその背中に追いすがろうとする。そして、その瞬間、俺達は信じられない光景に、我が目を疑った。 ほとんど全力疾走といってもいいスピードで走るディオーネの真横に、リオの小さな体がぴったりと併走している。そして、2人は24周目のトラックを、弾丸のように駆け抜けた。そして、俺はほとんど反射的に、最後のボード『25』を掲げ、ベルを鳴らした。 「ぬぁああああああああっっ!!」 「くぅううううううううっっ!!」 2人は、咆哮じみた声を上げながら、互いに一歩も譲らず最後のトラックを疾走する。お互いのプライドと意地をかけた勝負も、あと100メートル弱を残すのみとなった。 それは、まったく突然に起こった。残り50メートル地点で、リオの体がかすかに揺らいだと思った瞬間、その小さな体は崩れ落ちるようにレーンの上に倒れた。気配に気付いたディオーネは、ほんの一瞬だけ、わずかに振り向いたように見えた。しかし、彼女はそのままスピードを落とすことなく、ゴールラインを駆け抜けた。 「リオッ!!」 その光景を目にした瞬間、俺とアストラは反射的に駆け出した。しかし、間髪入れず、リオの叫びが俺達の鼓膜を打ちつける。 「来んな!入って来んな!!」 リオは、レーンにはいつくばったまま、トラックに駆け込もうとする俺達にそう叫ぶ。 「ふっ!ふぬぅうううううっっ!!」 おそらく、肉離れを起こしたのであろうか。そんな、大人でも耐え難いであろう激痛に顔を歪めながらも、両手と左足で踏ん張るように立ち上がると、硬直しきった右足を引きずりながら、ゴールに向かって前進を始めた。 「もういい!勝負はついたんだ、無理するな!!」 「じゃ・・・じゃかあしいわいっ!まだ・・・まだ・・・終わっとらんわい・・・・・・っ!!」 痛みをこらえるように歯を食いしばり、青ざめた顔に大粒の汗を流しながら、そのエメラルド色の瞳は、ただまっすぐゴールだけを見据えていた。 「この程度・・・なんぼのもんじゃいっ・・・!!」 小さな体に、みずから鞭打ってひたすら前進するリオを追い、俺とアストラはトラックの外周を移動する。そう、このトラックは対等の環。いわば、リオにとっての戦場。何人たりとも冒すべからざる聖域。そして、彼女自身の戦いは、まだ終わってはいない。 1秒が、それこそ1時間にも感じられるような重圧感。そして、とうとう、リオの左足が、ゴールの白線を踏んだ。 この神判は、ディオーネの勝ちとなった。一見非情にも思えたが、彼女は戦士として、全力でリオと勝負してくれた。そのことについて、どうこう言うつもりはないし、むしろ、リオを対等な挑戦者として認めてくれたことに感謝するべきだろう。 「クルツ、俺は姉の手当てをする。後のことは任せた」 そして、アストラは俺にそう告げると、芝生の上で体を休めているディオーネの元へ駆け寄っていった。ディオーネは、汗だくになりながらも、ちらちらと俺の方を見ながら、何か言いたそうな顔を浮かべている。だけど、今はそれどころじゃない。俺は、彼女のことはアストラに任せ、ゴールラインの上でうずくまったままのリオを抱え起こした。 「大丈夫か?」 それに答えず、いや、答えられないのか、リオは、ぜいぜいと荒い息のまま俺を見上げている。その時、俺の横で気配がすると、救急箱と氷をつめた袋が置かれ、同じように、ディオーネ達にもそれらを渡したマスターが、何かを一言二言彼らに告げて、立ち去っていくのが見えた。 「よく頑張った、見直したぞ」 濡らしたタオルで汗を拭ってやりながら、ねぎらいの言葉をかける。そう、確かに、リオは良くやった。この子が勝てなかったのは、ディオーネでも自分自身でもない。幼さゆえの未完成。ただ、それだけだ。 そして、リオはようやく張り詰めていたものが解けたのか、その緑色の瞳をぶるぶると潤ませると、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。 「これでお終いってわけじゃないんだ、お前には、まだたくさん時間がある。いくらでも強くなれる。まだまだ、これからさ」 俺の言葉に、リオは泣きながら無言でうなずいた。何度も、何度も。そう、お前はまだ、これからなんだよ。 頑張れ、小さな戦士。 「リオ、13番のレンチを取ってくれ」 「わかったけん・・・はい、クルツ」 メックの足の裏にもぐりこんだまま、側でジャッキの油圧を監視しているリオに手を伸ばす。そして、覗き込むように顔を見せた、猫耳の少女が俺にレンチを手渡した。 「・・・なに笑っとんじゃい」 「気のせいだ、それより、ジャッキの油圧は大丈夫か?ミートパイになるのはご免だぞ」 「えっ!?あ、ああ、油圧は正常じゃけん、大丈夫じゃ」 リオの声を聞きながら、対地センサーのカバーパネルをボルト止めした俺は、台車の上に仰向けになったままメックの足裏から這い出る。すると、そこにはジャッキの制御ボックスとにらめっこしている、ゆらゆらと揺れる黒い尻尾を生やした少女の姿があった。 あの不服の神判後、全身から湿布薬の匂いを漂わせたディオーネが、リオに対して 『戦士に対して、礼儀がなっていない』 と言うことで、スルカイとして彼女がいいと言うまで、リオは猫耳カチューシャと尻尾付きのベルトクリップをつけて生活するよう言い渡された。 さすがに、神判で負けた以上、リオも反論するつもりはないようだったが、さすがに、仮装パーティーにでも行くような格好は、やはり内心穏やかではない様子だった。 問題は、それがあざといくらい似合っていることだった。しかし、このスルカイ・・・ああ、スルカイってのは、平たく言えば罰ゲームみたいなもんだ。原則、命に関わらない程度にかけられるこれは、氏族人としてやってはいけないこととか、上の立場の人間に対して無礼があった時とかに食らうもんだ。 まあ、されたほうは、こんな屈辱を味わうくらいなら。と、大抵は反省して、二度とそんなバカをしないよう気をつける。って意義があるらしい。 ただね、ちょっと思ったんだが、これは、どっちかと言えば、リオより俺の方がダメージが大きいぞ。 ・・・実際罰を受けてるのはリオ介だろうって?違うね、確かにリオは仮装グッズをつけるよう言われているが、それによる副産物は、どっちかと言えばプラスのものだ。ボンズマン仲間からも、その黒猫の子のような姿がおおいにウケたらしく、前以上にかわいがられるようになり、休憩時間のコーヒータイムとかに、茶請けの菓子を譲られたりすることも多くなった。なにより、この整備隊のマスコットみたいな扱いになってる。 問題は俺だ。 事情を知らない奴から見れば、このチビ介をつれて歩いているところを見て、俺が何か極めて特殊な趣味を持っていると推測するのは、アトラスを見て、これは偵察に向いていない。と推測するくらい簡単な話だ。 ディオーネ・・・、いったい何のつもりでこんな・・・・・・。 ほら、今も、別のバイナリーから顔を出した連中が、俺を指差して何かひそひそやってやがる。くそぅ・・・、いっそ、俺も猫耳をつけてやろうか・・・・・・? スルカイするかい?(終) |
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